第47話進学準備
47.進学準備
3月に入ったある日。
アシェラはルーシェさんが元気になり家に戻ってから、夕飯の前には自宅に帰るようになっていた。
帰る時には婚約者としてオレがいつも送っている。
その日もアシェラを送ろうと準備をしていると、マールが爆弾を投げてきた。
「お二人は婚約しているのだから、手ぐらい繋いで帰らないのですか?」
思わずオレは固まってしまいアシェラを見たのだが、何故か期待に眼を輝かせている。
「す、すみません。不意に思っただけなので忘れてください。申し訳ありません……」
余計な事を言った、と思ったのだろう。マールが謝ってきた。
「い、いや、大丈夫。手、ぐらい、どうって事、無いぞ」
そう言いながらオレはアシェラの手を取る、柔らかい……この手でどうやったら、あの殺人級の突きが出てくるのか不思議でしょうがない。
アシェラはオレの心を読んだかのように、チラッとオレの顔を見るが、すぐに俯いてしまった。
(こいつ魔眼でオレの心が読めるんじゃないだろうな……)
アシェラを訝しげに見ながらも、手を繋いで屋敷の中を歩いていく。
メイド達は微笑ましい物を見た、とばかりに笑顔ですれ違っていった。
そのまま玄関に到着したので、アシェラに聞いてみる。
「街中は流石に恥ずかしいだろ?」
「ボクは別に……」
マジか。街中でも手を繋い、で送って行くのか……
アシェラに期待を込めた眼で見られ、オレは覚悟を決めるしかなかった。
最近は馴染みになった、アシェラの家への道を歩いていく。
因みにに護衛はオレ達の後を付いてきている。今日はガルだが、砂糖を吐きそうな顔をしていた。
手を繋いでいると、すれ違う街の人達がオレ達の事を微笑ましそうに見ていく。
しかし、極稀にだが苦い顔をする女の子がいる事に気が付いた。
「アルド、どうしたの?」
「いや、なんか女の子に睨まれた?」
「良し……」
アシェラは小さな声で、何かを呟いている。
「何か言ったか?」
「何も言ってない」
「そうか?」
「うん、アルドは前を見てれば良い」
オレ達はいつものようにたわいない事を話しながら、アシェラの家へと向かう。いつもと違いがあるのは手を繋いでる事だけだ。
そしてアシェラの家に到着してしまった。
アシェラは扉を開けて、ルーシェさんに挨拶をする。
「ただいま、お母さん」
「おかえり、アシェラ」
今まで帰っても挨拶する相手が居なかったせいか、アシェラはとても嬉しそうだ。
「アルド君、毎日ありがとね」
「いえ、もう2週間しないで王都に出発しますから……」
「寂しくなるわねぇ」
「3年なんてすぐですよ。長期休暇には帰ってきますし」
「そうね、アシェラも3年で女を磨かないとアルド君が他の女の人になびいちゃうかも」
「オレはそんな……」
「ボクはアルドを信じてる……迎えにきてくれたもん……」
「あらあら」
こうして、ここ最近の定番になりつつあるやりとりをしてから、アシェラの家をお暇させてもらう。
ふと、帰りの道でガルに話しかけてみた。
「この地でやり残した事って何かあるかな?」
「やり残した事ねぇ……」
「何かあるような気がするんだよな……」
「じゃあ、あるんだろう」
「何をやり残したんだ?」
「そんな事オレが知るかよ!」
「ガル、使えねぇ」
「ん?そういえば、オマエ転移がどうとか言ってなかったか?」
「言ってたな」
「それとは違うのか?」
「短距離転移か……何か手がかりでもあるとなぁ」
「オレは魔法はからっきしだが難しいのか?」
「まあなぁ。何か取っ掛かりでもあれば、進展するかも知れないんだけどなぁ」
「過去の文献なんかはどうなんだ?オレは本なんか読みたかねえが、アル坊は好きなんだろ?」
「資料か……魔法書!昔は意味が分からなかったけど……今なら……」
「お、何か分かったのか?」
「帰ったら魔法書を読んでみるよ。ありがとう、ガル」
「よく分からんが、おう」
オレはガルと一緒に夕日の中を真っ直ぐに屋敷へと帰っていく。
屋敷に到着すると、夕飯の前に早速 書庫へ向かってみる。
本棚から魔法書を取り出して、ざっと流し読みをしてみた。
魔法を使えるようになった今になって読んでみると、役に立つ事が沢山書いてある。
魔力変化のコツだとか火を出す時のイメージだとか、これは確かに魔法を使えないと意味がない……
読み進めていくと、転移について書かれている項目を見つけた。
どうやら過去に転移魔法はあったらしい。
使徒?ってヤツが使ってた魔法で、世界のあちこちへ一瞬で移動していたとか。
しかし残念な事に具体的な方法までは書かれていなかった。
まあ、転移魔法があっただけでも充分な収穫だ。
夕飯の時にでも母さんに聞いてみよう。
夕飯----------
「母様、聞きたい事があります」
「なあに?」
「使徒って何ですか?」
「「!!」」
オレが使徒について聞いた瞬間、父さんと母さんが2人揃って立ち上がった……何々?マズイこと聞いちゃったの?
「アル、誰に聞いたの?」
「魔法書に書いてあったので……」
「魔法書?どこ?」
オレは魔法書を持ってきて、転移の事が書かれている部分を見せる。
「転移魔法を調べてたら使徒?が使ってたらしくて。使徒って何かと思って……」
「そう……」
母さんと父さんから崩れるように自分の席へ座った。
「使徒……」
難しい顔をした父さんが話しだす。
「僕が伝え聞いてる事でいいかな?」
「ヨシュア!」
「ラフィ、一般的な事しか僕は知らないよ……」
「……」
父さんが“それでも良いかい?”と眼で問いかけてくる。
「知ってる範囲で問題ありません」
「分かったよ。と言っても僕も大した事は知らないんだけどね」
「そうなんですか?」
「ああ。遠い昔、使徒と呼ばれる人がいたそうだ。その人は精霊に役目を与えられていた」
「……」
「魔の領域の瘴気を浄化して、人の領域を増やしたそうだよ」
「魔の領域って?」
「分からない」
「瘴気は?」
「分からない」
「人の領域って?」
「分からない。僕の知ってる事はこの程度さ」
「そうですか……」
「すごい人が過去にいて、その人が転移を使ってたんだろうねぇ」
「そうなると、転移はお預けかぁ」
「他にも何かあるかもしれない。書庫の書物はアルの好きにしたら良い」
「!ありがとうございます」
結局、使徒の話はそれで終わってしまった。
書物も家に居る間に一度、どんな物があるか読んでみようと思う。
1人では無理そうなので、エルとアシェラとマールにも頼んで一緒に探してみるつもりだ。
後日、アシェラとマールが話してる会話を聞いてしまった。
どうやらオレとアシェラが帰る時に、オレに声を掛けようとしていた女の子が多数いたようで、牽制のために手を繋ぐ事を提案したようだ。
どうやら異世界でも女の子の協力体制というのは変わらないらしい。
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