第149話ハチミツ漬け

149.ハチミツ漬け





次の日の朝、今日はギルドで報酬の分配を決める日だ。

オレ、エル、アシェラ、母さん、そしてマールも一緒にギルドへと向かっている。


何故、マールも一緒かと言うと報酬の分配の仕方や、素材の査定、など……要は商売の生の現場を見たいらしい。

長期休暇後に商業科へ転入をする意思は固く、最近では書庫の帳簿を見て過去のお金の流れを勉強している。


勿論、貴族家の帳簿を見ると言う行為は禁忌に近い。

爺さんも父さんも了承してくれたのは将来、独立する事を知っている数少ない人間で既に身内として考えられているからだろう。


「アル。その器は何?」


実は皆に試食して貰おうとハチミツ漬けの器を1つ持ってきている。

本当は無難なアポの実のハチミツ漬けを持って来るつもりだったのだが、うっかりして器に何を漬けたのか印を付けるのを忘れていた。


今となっては、器の中身はオレですら分からない。

アシェラにもその事を話したのだが、ハチミツ漬けはどれも美味しそうに見えたらしく”どれでも良い”ととびきりの笑顔で返事を貰った。


「保存食です。少しでも食事を改善できるかと作ってみました。後で試食しましょう」

「アルの作った保存食ねぇ……」


母さんが興味深そうに器を見ていたが、どうせ後で食べられると思ったらしく直ぐに興味を失ったようだ。

危なかった。氷結さんに狙われたら食べつくされかねない……


そんなこんなでギルドへと到着した。





オレがギルドに入ると一瞬、静かになったが喧騒がすぐに戻っていく。

いつもなら静まり返るのに……と首を傾げていると酒場からジョーの呼ぶ声が聞こえた。


どうやら先日のジョーの啖呵が効いた様だ。

遠目にオレ達を気にはしてるが、ちょっかいを出さなければ何もしないと気が付いたのだろう。


「「「「おはようございます」」」」

「「「「おはよう」」」」


「邪魔はしませんので勉強の為に、ここにいるマールの同席を許してください」


オレの言葉にナーガさんやジョー達が頷いて了承してくれた。


「因みにマールはエルの婚約者なのでその様に扱って貰えると助かります」


ナーガさんが難しい顔を、ジョー達は少し驚いた顔をしている。

それからオレ達が席に着くとナーガさんが話始めた。


「改めて迷宮探索お疲れ様でした……」


そこからはスライエイブの爪と魔石の売却益。探索に使った経費を説明していく。

最終的にはジョー達に1人当たり白金貨2枚と金貨3枚。オレ達に1人当たり白金貨3枚と金貨1枚が渡された。


1日当たりジョー達で23000円、オレ達で31000円。10日間の仕事と考えると微妙か?

今日の様な準備の日もあるし武器や鎧の消耗もある。こう考えると情報を精査して目的を明確にしてある“ギルドの依頼と言うシステム”は結局、割の良い仕事になるのだろう。


報酬の分配には誰からも文句が出る事は無かった。ナーガさん曰く”珍しい”との事だ。

普通は事前に決めてあっても、少しでも報酬を多く貰おうと揉める事が多いらしい。


それは信頼しあっているパーティでも起こり得る事だそうだ。

長くパーティを組んでいて解散のキッカケになるのが男女の問題と金銭の問題の2つ。


それ程に報酬の分配には気を遣う。


「報酬で揉めないのはお前等3人が、何も言わねぇからだよ」

「ん?どう言う事だ?」


「今回の探索でアルド、エルファス、アシェラの3人で殆どの魔物を狩っただろ?」

「んー。まぁ、そう言う役割だったからな」


「それだよ」

「それ?」


「普通は自分が狩ったから多く貰おうとするが、お前等は何も言わない」

「そりゃ、そうだろ。それぞれが役割を持って動いているから、オレ達が魔物を狩れるんじゃないか」


「それが分からないヤツが多いって事だ。お前等も他の人間とパーティを組む事があるかも知れないが、報酬の分配は揉めると思っておいた方が良い」

「……分かった」


ジョーの言葉には納得できる。今はお金に困っていないから良いが、生活に困窮するレベルであれば形振り構っていられない。

報酬の話はこれで終わりだ。次は5日後に予定されている2回目の迷宮探索について。


「次の迷宮探索についてなんですが……」


次の迷宮探索では地竜を目指すのは決定事項だ。

そうなるとジョー達に4階層まで来て貰っても意味が無くなってしまう。


寧ろジョー達の出番はその後、地竜を王都まで運ぶ事と踏破した後の魔物の掃除。


迷宮は魔瘴石を奪われるとその活動を停止する。

今いる魔物はそのままだが、新たに湧いてくる来る事は無くなるのだ。


魔物も迷宮から解き放たれ、階層を隔てる階段も普通に上り、地上を目指して溢れ出してくる。

食事も必要になり、恐らくボア辺りは下層の魔物の食料にされてしまうだろう。


オレ達は魔瘴石を取ると同時に、魔物の掃討戦に移らなくてはならない。

地竜戦>魔物の掃討戦と連戦が続き、かなり無理をしなくてはならなくなる


そこでジョー達に上層の魔物だけでも何とかして貰いたいのだ。

実際に迷宮から魔物が溢れ出すと言っても1日、2日の事ではない。


最初は迷宮から解放された事で戸惑い、次第に初めての空腹で食事を覚え、最後に獲物を求め上へ上へと上って行く。

9階層のミノタウロスが溢れるには10日以上はかかるはずだ。


逆に言えば1階層のウィンドウルフが溢れるのに1~2日しかないのだが。


「ジョグナさん達には溢れそうな魔物の討伐をお願いしたいと思います」

「溢れそうな魔物ですか。オレ達だと4階層のスライエイブが限界です。マッドベアは1匹ずつなら何とかなるが、群れで来られると対処出来ない」


「分かりました。4階層以上の魔物でも危険を感じたら撤退して下さい」

「すみません」


「いえ。本来はもっと厳しい事になるはずなので、大助かりです」

「そう言って貰えると助かります」


ジョー達の役割も決まり打合せもそろそろ終わりだ。


「じゃあ、最後に保存食の試食会をしよう」


全員がオレを興味深そうにみてくる。


「アルド、保存食なんてマズイのが相場だ。わざわざここで食べる意味があるのか?」

「じゃあ、ジョーは食べないって事で良いな?」


「あ?……分かったよ。食べれば良いんだろ」

「本当に無理しなくても良いぞ」


「良い。食べる。大丈夫だ」

「分かった……」


1人、減るかと思ったらジョーめ。


オレは用意してきた木で作った串を全員に渡してから器のコルク栓を取り外した。

一気に辺りへ、ハチミツとイチゴの甘い匂いが広がる。


「これが保存食?」

「ああ、ストロの実のハチミツ漬けだ」


ジョーに中身を説明した通り、どうやらこの器はイチゴの器だった様だ。


「甘~い。アル。これすごいわ。こんなの食べた事無い」


オレがジョーと話していると何時の間にか氷結さんが食べている。

氷結さんに続けとアシェラ、マール、エル、ナーガさんまで食べ始めた。


「甘い。アルド。これすごい!」

「美味しい!こんな料理をどうやって……」

「兄さま。美味しいです」

「甘い……40年生きて来てこんなに美味しい物、食べた事ないわ……」


オレはこれ以上食べられない様に器を懐へと隠す。


「待ってください。試食です。保存の状態やら調べる事があるんです」


オレが真剣に言っているのが分かったのだろう。流石に皆、落ち着いてくれた。

器を机に置き中身のストロの実を確認する。


色、匂い、問題は無い。味を観るためにストロを1つ串に刺して食べようとすると……全員の視線が怖い。


「本当に試食なんです……」


一言、呟き、小さく囓ってみる……甘い。

腐ってはなさそうだ。


囓った断面も確認するが変色や異臭も無い。

残りを一気に食べる。甘くて美味しい。


どうやら問題ない。まあハチミツに漬けなくても1日ぐらい持つので当たり前なのだが。


「大丈夫みたいです」


一斉にハチミツ漬けに群がりそうだったので釘を刺す。


「順番ですよ」


母さんが当然のように一番最初に食べようとしているので器ごと取り上げる。


「順番です。ジョーお前からだ」

「オレ達も食べて良いのか?」


「当たり前だ。チームだろ」


ジョー達が照れくさそうに頬を掻く。


「じゃあ、遠慮無く…」


3人が順番に食べて行き満足そうな顔をしていると、氷結さんが文句を言ってきた。


「アル、もう良いでしょう。早く」


何でこんなに態度がでかいのか……謎だ。

そこからは順番で食べていったのだがジョー達は女性陣の勢いに圧倒され辞退した。


2つ目を食べた時点でオレとエルも女性陣の圧力に負けてしまう。


「オレの分はアシェラに……」

「僕の分もマールに……」


言い終わる前に氷結さんとナーガさんから、とびきりの殺気が放たれオレとエルは黙らされた。


「「何でも無いです……」」


ナーガさん、お前もか!

10分程で試食も終わったのだが母さんが恐ろしい事を言い出す。


「庭に木箱があったから何かと思ったらこれだったのね……」


ニチャっと笑いながらそんな事を言い出した。


「母様、ダメですからね。保存期間も確認してる所なんですから」

「でも沢山あったわよ~」


「果物は4種類でそれぞれの持ちも見てるんです。本当に止めて下さい」

「また作れば良いじゃない」


「ハチミツが売ってるかも分かりませんし……もし食べたりしたら僕は金輪際、絶対に料理はしません!」

「……分かったわよ」


なんとか分かってくれたみたいだが……氷結さんだからなぁ……不安だ。


「他にも少し考えてますから、本当に食べないでくださいよ」


ナーガさんからオレが持って行く試作保存食の分、干し肉や黒パンを減らすか聞かれたが今は試験中なのでオレの食料は数に入れないで貰う。


「あ、運ぶのに支障が出るのか……オレの保存食の量を減らすか……」

「「ダメよ!」」

「アルド!ダメ」


母さん、ナーガさん、アシェラの反対でオレの保存食の試作品は全て持って行く事に決まった。



これで後はオレとエルの鎧が帰ってくれば準備は完了だ。たまに料理長の所に顔を出してフランクフルトの進捗を聞いて出来が良い物があれば是非、持って行きたいと思う。





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