第148話市場

148.市場




ソーセージとドライフルーツの材料は朝、料理長に頼んできた。

今はアシェラと一緒に市場へやってきて他にも保存食になるかもしれない物を探しにきたのだ。


第1候補としては魚だ。3枚に下ろして天日で干せば干物になる。

迷宮の焚火で軽く炙れば1品オカズが出来てしまう。そこに日本酒があれば最高だ。


そう言えばこの世界の酒だが酒場ではエールやワイン、蜂蜜酒が一般的に飲まれている。

この世界にはまだ蒸留酒は無いらしい。


市場に到着すると露店が所狭しと並んでいる。この場所では売り上げの3割を払えば誰でも商品を売っても良い。

中には店番なのだろう。オレよりも明らかに小さな女の子が、オバサン相手に逞しく値段の交渉を繰り広げていた


「アルド。何を買うの?」

「そうだな……まずは魚。次に調味料が欲しいが……」


そうして歩いていると魚を並べている露店を見つけた。

露店の前には客がいなかったのでまじまじと魚を観察させて貰う。


魚は全て川魚の様でフナやマスに似た形をしている。時期的にあまり獲れないのか量は少なく割高だ。


(川魚かぁ。海の魚は天日干し、川の魚は焼き干しが美味いって死んだ爺ちゃんが言ってたなぁ。まあオレも死んだんだが)


取り敢えずフナとマス(オレが勝手に呼んでいる)を2匹ずつ買っていく。

オレが魚を買っている様子をアシェラが珍しそうに見ている。


「3枚に下ろして焼いてから天日で干すんだ。出来たらアシェラにも試食して貰うからな」


アシェラは眼を輝かせて頷いていた。

魚屋から離れ市場を見ていると、なんと蜂蜜が陶器に入って売られている。


オレは即行で陶器ごと大人買いをした。

13歳のなりで金貨3枚をポンと出すオレを見て、何人かの男に興味を持たれた様だ……


騒ぎになるのは面倒なのでなるべく人の多い所を歩くが一定の距離を取って付いてくる。

正直、買い物の邪魔になってしょうがない。買った食材に何かあっても嫌だ。


「ハァ。アシェラ、掃除するか……」

「うん。ボクがやる?」


「いや、オレがやるよ。魚とハチミツを任せて良いか?」

「うん」


オレ達は市場から外れ人通りの無い路地へと入って行く。

暫く歩くと走って来たのだろう。少し息を切らした男が前方から2人、後ろから筋肉ダルマが1人現れた。


後ろの筋肉ダルマがリーダーなのかオレに殺気を向けて恫喝してくる。


「おい、ガキ。死にたくなけりゃ荷物と有り金、全部置いていけ」


オレはどうしようかと悩み、アシェラと一緒に筋肉ダルマへと振り向いた。

筋肉ダルマがアシェラを見て眼を見開いたかと思ったら厭らしい笑みを浮かべて話だす。


「ついでにツレも置いていけ。立派な女にして返してやるぜ」


後ろの男達も下卑した笑いを浮かべて”オレ達にも分けてくださいよ”と筋肉ダルマへ媚びている。

軽く躾ける程度のつもりだったがアシェラへの言葉は許せない。


オレは左腿と右の脛からナイフを抜き筋肉ダルマへと構える……とびっきりの殺気と共に。

筋肉ダルマは流石にリーダーだけあって瞬時に実力差を理解したのだろう。


体中から脂汗を流し出して立ってるのがやっとの状態だ。


「1つ言っておくがな、こいつはオレより強いぞ……」


筋肉ダルマがゆっくりとアシェラを伺う様に見つめるとオレを見た時より驚いた顔を見せ、その場に座り込んでしまう。

後ろの男2人が”アニキどうしたんですか?”としきりに声をかけているが筋肉ダルマはアシェラから眼を離せない様だ。


オレは路地の隅に転がっていた壊れた木箱を魔力武器(大剣)でバラバラにして見せる。

アシェラは壊れた樽に魔法拳を撃ち粉々にしていた。


ここに至って男2人はやっと実力差に気が付いた様で筋肉ダルマと同じように腰を抜かしてしまう。


「今日は魚とハチミツを買えて気分が良いから見逃してやる。ただ次に顔を見たら命は無いぞ」


殺気を込めて言い放ち、その場を後にした。

チラっと後ろを見ると3人共、這うように逃げ出していたのできっと王都から出て行ってくれるはずだ。


鬱陶しいイベントをこなして再び、市場で食材を物色する。

やはり醤油、ミリン、味噌は売っていない。ワンチャンあるかもと思ったが、どうやら無かったようだ。


アシェラと一緒に食べ歩きながら市場を楽しむと酢が売られていた。

少し試食させてもらうと日本の米酢とは風味が違うが確かに酢だ。


今回の保存食に使うか分からないが、これも大人買いさせて貰う。これでマヨネーズが作れる。

ふと、気が付いた時には昼食の時間を過ぎていた。


「昼食はどうする?」

「食べ歩き しすぎてお腹減ってない」


「そうだな。じゃあ帰って色々作ってみるか」

「うん」


今日の収穫は川魚とハチミツと酢だ。フルーツのハチミツ漬けは鉄板として……川魚の焼き干しと酢かぁ。

マヨネーズ……食べたいけど保存効かないしなぁ。


やり出すと際限が無いので取り合えずは保存食に限定して日本でのレシピを解禁していく事にする。





屋敷に戻り早速、厨房へと向かった。


「料理長。朝、話した食材はどうなった?」


いきなり厨房に来てこんな事を言うのは自分でもどうなのかと思うが時間が無いのが悪い。と言い訳させて貰う。


「手に入った果物はオレンの実とストロの実、レモの実、それとアポの実がギリギリ手に入りました」

「ありがとう!料理長。それと陶器の小さめの器を沢山出してくれ」


「……わ、分かりました」


料理長はオレの意図が分からず頭に???を浮かべながらも言う事を聞いてくれる。

スマン、料理長。あまり日本の知識を広げるつもりは無いんだ。


完成したら”レシピ”としてオレの言う様に作って貰う。

何故、保存食になるのか?は言うつもりは無い。レシピが広がっても意味が分からなければ廃れて行くと踏んでいる。


まずは大鍋に陶器を入れてお湯を張る。グツグツとそのまま10分程煮込む。

お湯を捨て陶器の内側を触らない様に水を切っていく。


一口サイズに切ったオレンの実、ストロの実、レモの実、アポの実を箸を使って丁寧に陶器の底に並べていく。

勿論、果物によって陶器は変えてある。陶器1つの大きさは握りこぶしほどだ。


底が埋まる程果物を敷くと次はハチミツを入れてやる。全体にハチミツがかかったら、また果物を敷いて行く。

大体3段くらいで器がいっぱいになったのでコルクで栓をする。


これをそれぞれの実を3個ずつ作った所でハチミツが無くなった。

木箱に緩衝材の布を間に入れて丁寧にハチミツ漬けの器を入れていく。


最後に魔法で氷を作り木箱の中へ入れた。

この季節なら1日に1回氷を入れれば大丈夫のはずだ。これでハチミツ漬けは完成。後は実際に食べられるかは迷宮探索のお楽しみ。


次はそれぞれの実のジャムを作る。ジャムは簡単だ。鍋に果物を入れて煮込んでいく。

砂糖で味を調整したら器に入れるだけ。これは少し大きめの器に入れて冷やしておく。


残りの果物はドライフルーツだ。後で魚と一緒に天日干しをして乾燥させれば完成する。


次は川魚の焼き干し。3枚に下ろして塩焼きにして天日干し。

日本で売ってた干物は1週間持たなかったからなぁ。カリカリになるまで干してやれば日持ちするはずだ。


美味いかどうかは……後日のお楽しみに取っておこう。

後はソーセージだが、挽肉か……頑張るしか無いか。


オレは豚肉(ボア)を包丁を使って必死に挽肉にしていく。

身体強化を使って1時間。汗が垂れそうになったのでエアコン魔法で凍える程に気温を下げて対応した。


豚肉の脂と肉の比率は料理長に任せよう。今は保存性の検証と大まかな味付け。

挽肉に香辛料を入れかき混ぜていく。いよいよ腸詰だが上手く入らない。


メイドに布で絞り袋を作ってもらって何とか対応できた。

豚の腸で作ったソーセージは思ったより大きい。これはフランクフルトの大きさだ。最終的に10本のフランクフルトが出来あがった。


後は茹でてから煙で燻して燻製にするだけだ。今日は昼からずっと調理場で料理をしている。

正直、ウンザリしてきた。なんとか気力を振り絞ってフランクフルトを完成させねば……


これも器に入れて冷やしておいた。1本だけ試食用に取り出しフライパンで焦げ色が付くまで焼いていく。

何とも言えない匂いがしてきて皿に盛りつけるとオレを呼ぶ声がする。


「アルド。試食の約束」


アシェラが腰に手をやり”怒ってます”と言うポーズでオレに声を掛けて来た。


「覚えてるよ。ただ、最初だからな。お腹を壊すかもしれないからオレが自分で食べるよ」

「ダメ。ボクも食べる」


「当たっても知らないぞ」

「うん」


そう言ってフランクフルトを1/4程に切って恐る恐る食べてみる……

日本でのフランクフルトには比べるまでも無いがこれはこれでアリな気がする。


どうやらアシェラも気に入ったようだ。


「料理長。大丈夫だと思う。食べてみてくれ」

「はい」


料理長に食べて貰い味を確認して貰う。ここからの味の改良は料理長に任せるつもりだ。


「美味い……」


料理長も気に入ったようだ。香辛料の配分と肉の配分を色々と試して欲しい。と頼み調理室を出た。

オレは2つの木箱を持って屋敷の外へ運んでいく。


氷で冷やすのでどうしても箱の下は濡れてしまうからだ。この箱2つは実際の保存性を確かめるのに、このまま迷宮探索に持って行こうと思う。勿論、氷は毎日入れて冷やすのは忘れない。


箱を移動する間もアシェラがずっと付いて来る。あのタイミングで厨房に来たと言う事はどこかからずっと見ていたのだろう。

当然、この中身が果物のハチミツ漬けとジャムなのは知っているはずだ。


「アシェラ、これは保存食なんだ。迷宮に持って行って保存性を確かめたい」

「うん」


「悪いが試食は迷宮の中になる」

「1つで良いから食べたい」


「これは開けるとすぐに食べないとダメなんだ。だから小分けにしてるんだが……1つか」

「うん」


「明日、1つだけ開けてみるか……味も確認しないといけないしな……」

「うん!」


焼き干しも1日干した物から4日干した物まで作って比べてみよう。

最悪でもジャムは何とかなったはずだ……



思ったより大変だった保存食作りに気力をゴッソリと持って行かれた長い1日だった。





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