第248話夜逃げ

248.夜逃げ






居間でアシェラとライラに結婚での要望を聞いた後、マールも含め3人はキャッキャと女子トークに花を咲かせている。

本当は途中で退席したかったのだが、アシェラやライラの嬉しそうな顔を見て、退席を申し出る勇気はオレには無かった。


結局、女子トークは昼食の時間まで続き、話題は新居での新しい生活にまで飛び火していた。

新居……そう言えば色々な魔道具を作らないと……冷蔵庫、冷凍庫、流し台、換気扇、後はエアコンもか……ミルドの件で完全に忘れていた。


ああ、忘れていたと言えば、ライラの鎧を風竜の素材で作って貰わないといけない。

正直、魔道具は時間がかかるので、直ぐに終わるライラの鎧を先に済ませたいと思う。


皆が昼食を食べながら、エルとオレの結婚について話している中、ぶった切るようにアシェラとライラへ話しかけた。


「アシェラ、ライラ、昼からボーグの所へ行ってライラの新しい鎧を作って貰いに行かないか?」

「分かった」「うん」


2人を誘って正解だったみたいだ。ぶっちゃけライラだけで良いのだが、先日のアシェラの”最近、ボクの事を後回しにしてる”発言が地味に効いてるのだ。

嫁を3人娶ると言うのは、言うほど簡単な事では無い気がしてきている、今日この頃である。


昼食が終わるとアシェラとオレは自室へ移動し、ドラゴンアーマーを身に着けて戻って来た。

これでいきなり地竜や風竜に襲われても大丈夫のはずだ!


「行こうか」

「「うん」」


風竜の素材が乗った人力車を引きながらボーグの店へと移動していくと、周りの眼が凄い事になってくる。


「あれって、まさか竜の素材?」「あんな子供が持ってる訳ないだろ」「あんなガキ、どうとでもなるだろ……」「あれって修羅だよな?」「騒がしいと思ったらアルドかよ……」


しまった……何か被せてくれば良かった。布が被せてあったのだが、邪魔だと思ってオレが取ってしまったのだ。あの布はこう言う事か……

途中、何人かに絡まれたが、全てアシェラに麻痺を撃ち込んでもらって、衛兵に突き出させてもらった。


「竜を屠った者に挑むなど、愚かとしか言いようが無いですな」


オレはシレア団長の件で、何度か騎士団の演習場にお邪魔しているお陰か、騎士団での知名度は中々のものだ。

今回の衛兵もオレを見知ってくれており、前述の言葉をかけられてしまった。


こうして無駄な争いをしながらも、ボーグの店へと到着したのだが……


「どうなってる……」


オレがボーグの店の前で呆然と立ち竦んでいると、アシェラが開け放たれた扉をくぐって中へと入って行く。


「空っぽ……」


そう、アシェラが言うようにボーグの店の中は、全てがそっくり無くなっており、店の外の扉には”突然の閉店申し訳ありません”と”空き店舗”の2枚の張り紙が貼ってあるのだ。

暫く呆然としてしまったが、ボーグはどうなったのか……確かにオレ達以外の客を見た事は無かった……潰れて夜逃げ……そんな言葉が頭をよぎる。


直ぐに近くの店に声をかけ、ボーグがどうなったかを聞いてみたが、「いきなり王都を出るって言われただけで、何処へ行くとは聞いて無いなぁ」「行先を聞いても、絶対に言わなかったんだ」と行先を聞く事は出来なかった。

ただ、出発は2週間ほど前らしく、奥さんに怒鳴られながら王都を後にしたようだ。


こうなると、もう、風竜の鎧処では無い。他に当てがある訳でも無いのだから……いつも金を払うって言ってるのに、サービスするから夜逃げなんて事になるんだ……それとも無理矢理にでも金を置いてこれば、こんな事にはならなかったのだろうか。


「ライラ、風竜の鎧は少し時間がかかりそうだ。取り敢えずはオレのお古を着れないか屋敷に戻ったら着てみてくれ」

「アルド君のお古……」


「ああ、ワイバーンレザーアーマーでバーニア用にも改造してある」

「ありがとう!」


ボーグが居ないのであれば、これ以上どうしようもない……オレ達3人は行きと同じように人力車を引いてブルーリング邸まで帰って行く。

ボーグの事も心配ではあるのだが、鎧を作ってくれる人がいなくなってしまった……オレ達の装備は主に鎧に仕掛けがある。ヤルゴには鎧自体が魔道具と言われたほどだ。


他の防具屋でボーグ以上の物が作れるのか……これからはブルーリングの街が拠点になる。一度、ブルーリングの街の防具屋に顔を出してみるしか無いか……






屋敷に戻り、ライラにオレのワイバーンレザーアーマーを装備して貰ったのだが、やはりだいぶ大きい……これでは防御力はあるものの、素早く動くのは無理だ。

しかし、今のライラのワイバーンレザーアーマーは、お腹の部分が剝き出しなので、それよりはマシではあるのだが……


「ライラ、悪いが風竜の鎧が出来るまで、これでガマンしてくれないか?」

「うん、全然、これで良い!むしろこれが良いかも!」


「うぇ?」


ライラは何故か鼻息荒く、嬉しそうに言ってくる。

ほ、本人が良いなら良いか……オレはどこか釈然としないままに、ワイバーンレザアーマーをライラに譲る事にした。


これでライラの鎧に関しては、今すぐ出来る事は無い。なるべく早い段階でブルーリングで防具屋を探すつもりだが、他にやらないといけない事も山積みだ。

先ずは魔道具作りを少しでも進めたい。


アシェラとライラには、新居の魔道具の設計をする、と話し、ローザの作業場へと移動した。

作業場にはオレの他には誰もおらず、静寂が辺りを包んでいる。ローザや娘のサラはミルドからの襲撃を避けるために、ブルーリングに避難したままである。


今頃はブルーリングに建設中の、新しい魔道具作りの拠点を、父さんやローランドと一緒に頑張って造っている筈だ。

自分専用の机に座り紙を広げると早速、設計を開始する。魔法陣を描き、他の魔法陣に繋いでいく……この魔法陣で冷却して、こっちで風を出すから……何度も書き直し、何とか試案を作ってみたが、魔法陣の全体が想定よりだいぶ大きくなってしまった。


改めて試案を見てみる……オレの魔法陣も悪いわけでは無いのだが……これはセンスなのか、魔法陣同士の繋ぎ方に無駄が多いような気がする。

魔道具作りの知識はこの数年で、一通り教わってはいるが、ローザの域には全くと言っていいほど届かない。ローザは魔法陣の使い方や組み合わせ方に抜群のセンスを発揮するのだ。


やはりブルーリングに飛んでローザに手伝ってもらった方が良いのだろうか……しかし、それではいつまで経っても一人前に成れない……師匠が優秀すぎると弟子が甘えちゃうんだよなぁ。

余談ではあるが、オレが学園を卒業すると同時に、ローザとサラは奴隷から解放される事となっている。


実は最近、ローザには魔道具作りの現場責任者として動いて貰っているのだが、それが奴隷では色々と不都合が出てきたのだ。

例えば、魔道具作りの為に人を雇うとして、現場の責任者が奴隷ではどうなるか……責任者を軽く見て言う事を聞かないか、奴隷より自分は下なのか、と怒るかのどちらかである。


爺さん、父さんと相談した結果、なるべく早い段階でローザを奴隷から解放する事になり、オレがブルーリングに戻るタイミングでの解放となった。

この報を聞いてローザは、嬉しさのあまり大粒の涙を流したとか……






魔道具の試案を作っていたら、何時の間にか夕食の時間になっていたらしく、アシェラが呼びに来てくれた。


「こんな時間になってるとは全然気づかなかった。ありがとうな、アシェラ」

「ううん、アルド凄く楽しそうだった」


「魔道具作りな……魔法陣を組み合わせてると、パズルみたいで楽しいんだよ。時間を忘れちゃうんだ」

「パズル?」


「ああ、うーん、どう言えば良いのか……図形の組み合わせを作るって言うか、凸と凹を合わせると言うか……」

「ボクには分からないけど、アルドが楽しいなら良い」


「そうか……」

「うん……」


「お爺様、帰ってきてたか?」

「うん」


「夕食が終わったらサンドラ伯爵との話を聞いてみるよ」

「うん」


「なるべく早く結婚できると良いな」

「ボクも早くアルドと結婚したい……そ、それで、、こ、子供が欲しいなって……」


「お、おう……お、オレもアシェラとの子供が欲しい……」


子供は結婚しなくても出来るんだぜ!と頭をよぎったが、口に出す勇気は無かった。

いや、違う!オレはアシェラを、大切にしているのだ。決してヘタれている訳じゃない!そう自分に言い聞かせながら、廊下の影でいつもより少しだけ長いキスをした。


アシェラの言うとおり、爺さんも夕食の席に着いているのは直ぐに目に入ったが、ここでサンドラとの話を出すのは余りにも配慮に欠けるだろう。

爺さんもアイコンタクトを送ってきたので、夕食が終わり次第、執務室へ向かわせて貰おうと思う。






夕食を終えると早速、執務室へと移動して、爺さんからサンドラ伯爵との話を聴かせて貰おうと思う。


「アルドです。お爺さま、よろしいでしょうか?」

「入れ」


いつものやり取りを終え、執務室へ入ると、爺さんは何とも言えない顔をしている。


「お爺さま、サンど……」


オレが話出すと、手を挙げ発言を中断されてしまった。


「アルド、オリビア嬢との結婚だがサンドラ伯爵としては、使徒であることを公表して、大々的に執り行いたいとの事だ」

「それは……」


「最後まで聞け」

「はい……」


「但し、それはサンドラ伯爵個人的な気持ちであり、お前やオリビア嬢、他の婚約者が質素な結婚式を望むのであれば、それに従うそうだ」

「……」


「どうやらサンドラ伯爵は、お前とエルファスへ信仰に近い気持ちを持っているようでな。リーザス第2夫人の件も使徒の仕事の役に立つならば、と認めるつもりのようだ」

「……役に立つ……でしょうか?」


「サンドラ伯爵は〝鮮血”とまで呼ばれた第2夫人が、役に立たないとは考えていない。オリビア嬢、リーザス第2夫人、ルイスベル君……身内を3人もブルーリングに送る決断をするのは、サンドラ伯爵からすれば断腸の思いなのは理解しておけ」

「はい……」


「それと、リーザス第2夫人とルイスベル君の滞在先は、領主館だ。そこらの宿で何かあってはサンドラ伯爵に顔向けできんからな。その場でリーザス第2夫人を呼んで貰い、この条件で無ければ滞在を許可しない、と言って強引に了承して貰った」

「それは……お疲れ様でした」


「サンドラといい、このブルーリングといい、女傑が多すぎる……」

「確かに……」


爺さんはオレを哀れんだ眼で一瞥すると、小さく口を開いた。


「結婚は家が出来てから婚約者達と決めれば良いだろう。さっきの話の通り、サンドラ伯爵はお前の決めた事に反対はしないはずだ」

「分かりました。全ては家が出来てからと言う事ですか……」


「ああ、そうなるな」

「……」


「話は以上だ……下がって良い」

「はい……」


オレは言われたように部屋を後にするが、爺さんの哀れんだ眼に納得がいかない。

あれでは、まるでオレが尻に敷かれているみたいでは無いか!


今朝のアシェラ、マール、ライラに詰問された時を思い出しながら、「少しだけ敷かれてるかも……」と呟いたのは誰にも聞こえなかった筈だ。






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