第58話学友 part2

58.学友 part2






屋敷の客間だろう部屋に通されお茶を出された。

部屋を見回すと、やはり伯爵家だけあってお高そうな調度品が多くある……万が一壊しでもしたら、一生分の小遣い抜きにされる未来しか見えない。


「ご学友の方には、本当に何と言って良いのか……申し訳ありません」

「気にしないで下さい。でもルイスベルはなんで学園に来ないんですか?」


「これは話して良いか迷うのですが、実はルイスベル様は家を出ようとされているのです」

「家を? 何故ですか?」


「ルイスベル様は、サンドラ家の世話になるのが気に入らないようでして……」

「あー、要するに反抗期ですか」


「反抗期……言い得て妙ですね」


苦労性っぽい執事さんと話していると、屋敷の中から言い争う声が聞こえてくる。

声はどんどん近づき、訝しんでいると乱暴に扉が開かれた。


「さあ、早くお友達にお礼と謝罪を言いなさい」


どうやらルイスベルを引き連れて、扉を開け放ったのはオリビアだったようだ。

自分の家なのだから居ても当然ではあるが、何故だかいつもの雰囲気とは全く違い、驚いてしまった。


そして連れられたルイスベルはと言うと……露骨に不貞腐れた表情をしている。


「さあ、お礼と謝罪を……」


言葉の途中ではあったが、オリビアはオレの顔を見て、何故か急にフリーズしてしまった。


「え? な、何故アルドがここに?」

「久しぶりだ、オリビア。今日はルイスベルのお見舞いに来させてもらったんだよ」


「ま、まさか……ルイスの友達ってアルドだったんですか?」

「あー、まぁ、そういう事になるのかな?」


オリビアは、オレとルイスベルの顔を交互に見比べて、1人納得した顔で頷いている。


「そう言えば、アルドはルイスと同じDクラスだったんでしたね」

「ああ、ついでに班も一緒だけどな」


「そう、班までですか……」


そう呟くと、オリビアはルイスベルと一緒にオレ達の対面の席に座った。


「アルド、聞いてほしい事があります」

「な、何を?」


「ルイスの事なんですが……この子、私が首席で自分がDクラスだからって家を出るって言うんです」

「ん? 何でそれが家を出る理由になるんだ?」


「自分がいるとサンドラ伯爵家の格が下がるって言って……そんな事は気にしなくて良いって言ってるのに……」

「そうなのか? ルイスベル」


オレは不貞腐れて座っているルイスベルへ話を振ってみた。


「オレは魔族だ。どうせ15歳になったら家を出る。だったら今出ても変わらないだろ」

「変わらないなら15歳で学園を卒業するまで待てば良いだろ」


「オマエには分からない! この国では魔族というだけで、何をしても認められないんだ!」

「うーん、確かに人族のオレには分からないな。だけど家を出てどうやって生きていくんだ?」


「オレは冒険者になって自由に暮らす。そしたら、こんな国 直ぐに出て行ってやる!」

「冒険者か……でもな、多分 お前は長生き出来ないぞ?」


「お前に何が分かる!」


あまり見せびらかす物でも無いが、オレは懐から冒険者カードを見せてやった。


「Gランクの新米だが、一応はオマエの先輩になる」

「……」


「ついこの間だが、冒険者ギルドのサブリーダーに言われたんだ。無理をするヤツは長生き出来ないってな」

「無理なんかしてない!」


「本当にしてないか? 学園を退学して、家を飛び出して……そもそもお前 戦えるのか?」

「舐めるな! オレは1人でも十分 戦える!」


担架を切るルイスベルを尻目に、オレはオリビアを見つめた。

オレの視線を受けオリビアは、心配そうな顔を浮かべながらも、少し考えてからルイスベルに重い口を開く。


「アルドに勝てたら認めてあげます。お父様にも私が一緒に取りなしましょう……」

「本当か?」


想像外の言葉だったのだろう。ルイスベルは、オリビアを見て喜色を浮かべながら話しだす。


「勝てたら……ですけどね……」


何故かオリビアの声音は、部屋の中でやけに冷たく響いたのだった。






全員でサンドラ伯爵家の庭の一角にある闘技場へと移動した。ルイスベルは自前のレザーアーマーに、木剣の大剣を装備して完全武装の出で立ちだ。

反対にオレはと言うと、汚れないように上着を脱いだだけである。


「ケガしても知らねえからな」

「ああ、遠慮は無しで全力で良い。ケガはさせないように手加減してやるよ」


「クソがっ、舐めやがって」


お互いに向き合うと、ルイスベルは大剣を中段に構え、オレは自然体で立っているだけである。

どうやらオリビアが審判をするらしく、オレ達の間に立ち真剣な顔で口を開いた。


「2人共、準備は良いですか?」

「ああ、いつでも良いぜ」

「大丈夫だ」


オレ達の返事を聞き、オリビアは深く息を吸って大きな声で開始の宣言した。


「では、始め!」


オリビアの声に合わせて、ルイスベルは間合いを詰めるべく走り寄ってきた。

そのままの勢いで大剣を真っ直ぐに振り下ろしてくる。


想像よりも鋭い剣戟ではあるが、エルの速さには到底追いつかない……オレは余裕を持って躱していく。

確かに12歳にしては鋭い剣だと思う。12歳にしては、だが……


剣筋は見た。後で言い訳されても面倒臭いのもあり、全力を出させるべく魔法も撃たせるよう軽く煽っていく。


「どうした? 魔法も撃って良いんだぞ」


オレの挑発に怒り心頭のルイスベルは一旦 距離を取ると、驚いた事にコイツは詠唱しだしやがった。

しかも、集中してるからなのか隙だらけである……


オレ、コイツをどこで倒せば良いんだろうか……この詠唱の時間だけで、5回は倒せるんだけど。

しかし、ここで倒してしまっては、何だか文句を言ってきそうだ。しょうがなく、ルイスベルが詠唱し終わるのをじっと待つ事にした。


「火よ。風よ。我が前に現れ給え。火は燃え盛り焼き尽くせ。風は吹き荒れろ。火よ風よ混じりて我の敵を撃ち滅ぼさん。ファイアストーム!」


ひたすらに待ってると、しょっぱい火の竜巻が現れて、こちらへ真っ直ぐに向かってくる。

あれだけ集中して出した魔法だ。きっと自動追尾に違いない。先ずは取り敢えず避けようと右へと移動した。


当然、追尾される物だと思って警戒していたのだが、さっきオレが居た場所を通り過ぎ、20mほど進むと何故か消えてしまった。

む? 何故?? 思わぬ挙動に、疑問がつい口から出てしまった。


「え? これだけ?」


オレの言葉を煽りと受け取ったのだろう。ルイスベルは顔を真っ赤にし、両手剣を構えてこちらに切りかかってきた。



5分経過-----------



オレはどこで倒して良いのか分からずに、ひたすらルイスベルの剣戟を躱し続けていた。

当のルイスベルはと言うと、体中から汗を噴き出させ必死の形相で剣を振っている。どうやら、もう寸止めとかは考えてなさそうだ。


どうして良いのか分からなくなったオレは、今回の戦いの発端でもあるオリビアを見ると、能面のような顔をしながら戦いを見つめているだけであった。

流石にもう良いんじゃないでしょうか? ルイスベルが両手剣を振りかぶった瞬間、剣戟を搔い潜り、鳩尾を拳で軽く撫でてやった。


ドスっと音が響き渡り、ルイスベルの体が前のめりに倒れていく……顔を覗き込むと、白目を向きピクピクと痙攣している。

すかさず回復魔法をかけて、ゆっくりと床に寝かせた。


「ルイスは……大丈夫なのですか?」

「大丈夫だ。回復魔法もかけたし直に眼を覚ますはずだ」


オレはルイスベルが気絶してる間に、少し聞いてみたい事があった。

それは模擬戦の前にルイスベルが言っていた事。流石に本人の前では聞き難いので、この機会にオリビエへ聞いてみた。


「オリビア、この国では魔族は排斥されてるのか?」


オレの質問に、オリビアは苦虫を嚙み潰したような顔をしながら、ゆっくりと口を開く。


「その様子だと本当に知らないのですか?」

「ああ、すまない。本当に知らないんだ」


「分かりました。伝承では、500年程前までこの世界では、異種族間の戦争が繰り返されていました。時には人とエルフ、時にはドワーフと魔族、敵と味方を変えて戦いだけが続いたのです。各種族も辟易していたのでしょう。いつしか不可侵の条約が結ばました。それからは各種族がそれぞれ国を作り、お互いは最低限の交流をするだけになったのです」

「そうなのか」


「それから500年が過ぎ、大々的に人族は基本どの種族とも友好を唱えるようになります。しかし、それは人族だけ。エルフは独自の魔法文化を作り排他的な種族となりました。ドワーフも独自の鍛冶技術を発展させるに至ります。そして、獣人族も独自の文化を持ち『強さ』を尊重するようになったのです」

「それぞれの種族が、独自の道を歩み始めたのか」


「ええ。最後に、魔族も国を作ったのですが場所が悪かったのです。痩せた土地に何もない荒野……絶えず飢えに悩まされる事になってしまいました。結果、豊かな土地を求めたのです。不可侵の条約を破り再度、戦争を始めてしまいました。その戦争は魔族 対 全ての種族、という図式になり魔族の敗北に終わります」

「全種族に魔族だけで挑んだのか……どれだけ追い詰められていたんだ」


「戦争後、国は残されました。しかし実情は散り散りになると困るからというのが他種族の本音でした。結果、痩せた土地と荒野に嫌気がさし、他の種族の生活圏に逃げる者が多く出たのです」

「それがルイスベルだと?」


「ルイスのお母様は冒険者でした。それをお父様が見初めたのです」

「ちょっと待ってくれ。母親が魔族なのは分かった。でも半分は人族なんだろ?」


「アルド、他種族間で子を成せるのは人族だけです。そして人族と他種族が子を成す場合、必ず他種族の子になります」

「そうなのか?」


「はい、一説によると人族は全ての種族の祖であるとか……そこから各種族が生まれた名残だと説く者もいます。正確な所は分りませんが、実際に人族だけが多種族と子を成せ、生まれてくる子は必ず多種族の子になると言う事です」

「……」


「魔族は魔力も身体能力も人族より高いはずなのに、自分はそうではないと……ルイスは自分が劣っていると思っているのです。アルド、何とかルイスに自信を付けてもらう事はできませんか?」

「自信……オリビアは自信って何だと思う?」


「言葉の通り、自分を信じる気持ちでしょうか?」

「じゃあ、どうすれば自分を信じられると思う?」


「心を強く持つ……だとか、そんな事だと思います」

「オレが思うのは、ぶっちゃけ成功体験だと思うんだ。小さい成功が積み重なっていって、やっと自分を信じられるようになるんだと思う」


「成功体験……」

「ああ。こいつに必要なのは誰かの言葉じゃなくて、自分の行動の成果を身を以って体験する事じゃないかな?」


「そう……なのかもしれません」

「オリビア。ルイスベルと一緒に冒険者をさせてくれないか?」


「冒険者を?」

「いきなり実戦をさせたりしない。先ずは学園で戦闘技術を叩き込むつもりだ。後は実戦の中で自信を付けていくのが良いんじゃないかと思う」


「なるほど。一度、お父様に話してみます。ありがとうございます、アルド」

「ああ、学園は3年もあるんだ。ゆっくり強くなれば良いさ」


こうしてオレとネロは、気絶したルイスベルをオリビアに任せて家に帰る事になった。

オリビアとの会話の途中から、ルイスベルの拳が握られていた事には気付かずに……


ネロは遠方という事で馬車を用意してもらうらしい。オレはノエルと言う護衛がいて、家も近い事から馬車は辞退させてもらった。



次の日の朝の学園-----------



いつものように挨拶をしながらクラスへ入っていくと、ルイスベルの姿が見えた。今日は学園に来たのか……良かった。


「おはよう」


ネロやファリステア、数人のクラスメイトも挨拶を返してくれる中、小さくはあったが、確かにルイスベルからの挨拶が聞こえてくる。

驚きと嬉しさを感じながらも、顔には出さないように自分の席へと着いた。


そんなオレへ斜め後ろに座るルイスベルが声をかけてくる。


「昨日は世話になったな。これから頼むぜ、センパイ。おっと血濡れの修羅殿だったか」

「お、おま。それをどこで!!」


「さあな?」

「おま、それ絶対に誰にも言うなよ!」


「さあな? クククッ」

「おい!」


「おっと身体強化の修行は早めに頼むぜ」

「むぎぎ、、、、」


笑いながらルイスベルが話しかけてくる。お前、こんな顔もできるんじゃねえか、と心の中で呟きながら、苦笑いを浮かべたのだった。




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