第57話学友 part1
57.学友 part1
入学式から10日が経ち、オレ達の生活のリズムもそろそろ固まりつつある頃。
「エル、友達はできたのか?」
エルはオレのいきなりの質問へ、気負いもせず当然の顔で口を開いた。
「はい。同じ志で競い合える仲間ができました」
正直、今までの生活では、オレの知らないヤツがエルと仲良くなる事など無かった。
新しい生活を始め、ある意味 当然の答えではあるのだが、一抹の寂しさを感じてしまう。
親離れ、子離れ、弟離れ……ここは歯を食いしばって、エルの新たな一歩を祝おうじゃないか!
「そうか。今度、紹介してくれよ。一緒にお茶会でもしよう」
「分かりました。その時は兄さまの友達も一緒に」
「あ、ああ、そうだな」
エルは何気なく言ったのだろう。しかし、オレはその言葉に少しだけ詰まってしまった。
ネロもファリステアも楽しくて良いヤツなのは間違い無い。しかし、ルイスベルだけは、どれだけ声をかけても打ち解けてくれないのだ。
学園が始まって10日……この年頃の子供が打ち解けるのに十分な時間ではないだろうか。
エルとマールと分かれ、そんな気持ちを抱えながらDクラスへと入っていく。
「おはよう」
挨拶をしながら教室の扉をくぐると、クラスの知り合いやネロ、ファリステアは親し気に挨拶を返してくれた。
しかし、ルイスベルだけは我関せずを貫いて、居心地が悪そうに座っているだけだ。
「……」
何故だか分からないが、コイツからは頑なに人の輪に入らない意志を感じてしまう。
同じ班でなければここまで気にはならないのだろう。だが4人しかいない班で、その内の1人が輪に入らない。ちょっとしたストレスである。
しかし、友達にすらなってない相手にズケズケと入ってこられては嫌な想いしかしないだろうし……オレは少しだけ悩んだが、仕方無く放っておく事にした。
1週間後-----------
ルイスベルが学校に来ない……もうかれこれ1週間になろうとしている。
流石に心配になってきた頃、朝のホームルームが終わった後でアンナ先生がオレ達の班にやってきた。
「アルド君、ネロ君、ファステリアさんは……流石に無理ね。悪いんだけど学園が終わったら、2人でルイスベル君の様子を見てきてくれないかしら?」
いきなりアンナ先生からのお願いである。
「オレは良いですけど、あいつの家ってどこにあるんですか?」
「貴族街のサンドラ伯爵邸よ」
「サンドラ伯爵って……オリビアの自宅の?」
「オリビアさんとは母親が違う兄妹の関係ね」
「アイツって貴族だったんですか?」
「いいえ。ルイスベル君はサンドラ家の庶子らしくてね、フォンを名乗るのは許されていないそうよ」
「庶子……アイツも色々と抱えてたって事ですか」
「そうね。これはアナタ達だから教えたのよ。無暗に人へ話さないでね。アナタたちにはルイスベル君の良い友達になってあげて欲しいの」
「友達ですか。オレは構わないですが、アイツが心を開いてくれないからなぁ」
「ふふ。外から見てると分かるけど、アナタ達の事を案外 気に入ってると思うわよ」
「そうなんですか?」
「勘だけどね」
「勘ですか」
「あら、女の勘をバカにしちゃダメよ。ここ一番で正解を引き当てるんだから」
アンナ先生……数日前に彼氏が欲しいってボヤいていましたよね? 女の勘があるなら、彼氏ぐらい簡単に作れるんじゃないでしょうか?
「じゃあ、頼んだわね」
アンナ先生は、そう言って教室から出て行った。
「ふぅ。ネロ、そういうわけで放課後にルイスベルを見に行くか」
「おう、おもしろそうだぞ」
ネロは楽しそうに言うが、どこが面白いのだろうか。ぶっちゃけ面倒ごとの匂いしかしないんですが。
そうしている内に1日の授業は終わり告げ、校舎の入口でエルとマール、護衛のノエルへサンドラ邸へ向かう件を伝えていく。
いきなりの事でノエルから小言を言われてしまったが、相談の結果 オレの護衛にノエルが付いてくる事となった。
やはりどんな理由があろうとも、護衛無しでの移動は許しはもらえないらしい。エル達の護衛は、近くにある王国騎士団の詰所に依頼するのだとか。
余計な仕事を増やしてしまった事を謝罪し、改めてネロをエルとマールへ紹介した。
「エル、友達のネロだ。ネロ、オレの弟のエルファスだ」
エルはネロの耳を見ながら、興味深そうに口を開く。
「初めまして。弟のエルファスです。よろしくお願いします」
「オレはネロだぞ。オマエはアルドと同じ顔をしてるのに賢そうなんだぞ」
「おぃぃぃぃ! ネロ、そりゃ、どういう意味だよ」
「そのままなんだぞ。きっと皆、思ってるんだぞ」
この10日を過ごして分かった事は、ネロには驚くほど悪意が無い。だからこそダメージがでかいのではあるが。
気を取り直して、エルと同じように興味深そうに耳を見ていたマールも紹介してやった。
「ネロ、こっちはオレ達の幼馴染のマールだ。一応 エルの恋人でもあるけどな」
「ネロだぞ。よろしくなんだぞ」
「な、な、な、な、何を言ってるんですか! こ、こ、恋人なんて……恐れ多いです……」
俯いたマールは真っ赤になっていき、言葉尻がどんどん小さくなっていく。
「あー、スマン。嫌だったか?」
「い、嫌じゃないです! そんなわけ、絶対にありません!!!」
「そ、そうか……だってさ、エル。良かったな」
オレの言葉に2人は真っ赤になって俯いてしまい、見ているこっちが恥ずかしくなってくる。
詰所は直ぐ近くにあったので、エル、マールと別れてネロとサンドラ伯爵邸へ向かっていく。お邪魔虫は退散なのだー!
唐突だが、この王都は城を中心に同心円状に街が広がっている。
中心に王城、王城を覆うように貴族街があり、貴族街を覆うように商業街があるのだ。
そして、それぞれの街の間には城壁が建っており、東西南北にある門で出入りの制限がされている。
更に商業区、貴族区共に、東西南北と地区が分かれているが、地名だけの話で区を分ける城壁は無い。
そんな商業区の地区にはある程度の特色がある。
東区は商店や商館等の商業施設が多く建っており、買い物は東区が定番だ。実は学園も東区にあったりする。
西区は民家が一番多い。自然と公園や遊び場なんかも多くあり、商業区の中でも比較的裕福な者が住んでいる。
南区は城から正門(南門)まで真っ直ぐ大通りが続いているため、騎士の凱旋などで使われるらしい。
その関係か大店の商館や役場等の建物が多い区である。
北区は色街があり、悲しい事にスラムがあるそうだ……色街、もう少し大きくなったら、是非 お世話になりたい所である。
実は貴族街も東西南北と、名前だけは分かれているが、商業街のような特色は無い。
因みにブルーリング男爵邸は西区にあり、サンドラ伯爵邸は南区である。
学園が東区にあるので、サンドラ邸へはここから南区へ移動し、貴族街の南門を越えれば辿り着けるはずだ。
オレは道行く人へ訪ねながら進んでいくのに、ネロとノエルは基本 何もしない。周りを見ながらノンビリついてくるだけである。
やっとの思いで南区にある、南門へとたどり着いた。早速 門番へサンドラ伯爵家に用がある事を伝えると、騎士が人好きのする笑顔で話しかけてくる。
「何だ、坊主、サンドラ伯爵邸に行きたいのか?」
「はい。友達の家なんですが、最近 学園に来ないので、お見舞いに行きたいんです」
「そうか。じゃあ、これに名前と目的を書いてくれるか。坊主みたいな子供でも規則なんでな」
「分かりました。名前はアルドっと。目的は友達のお見舞い。書けました」
「そうか。じゃあ、通って良いぞ。ただし、夜は門を通るのに厳しくなるからな。早めに戻れよ」
「分かりました」
騎士の言葉から、帰りはブルーリング邸から馬車を出して、ネロを送った方が良いのかもしれない。
そう言えばネロはどこに住んでいるのか……興味半分で聞いてみた。
「そう言えばネロはどこに住んでるんだ?」
「オレは商業街の北区だぞ」
「そうか。じゃあ、サンドラ邸からは距離があるなぁ」
「オレは元気だから、簡単に歩けるんだぞ」
含む事も無く、楽しそうにするネロと会話をしていると、直にサンドラ伯爵邸に到着した。
門には門番が2人立っており、護衛を付けて学園の制服を着るオレ達を、興味深そうに見つめている。
「すみません。ルイスベルの学園の友達ですが、最近 学園に来ないのでお見舞いに来ました」
門番はオレ達を見て、次にブルーリングの紋章が入った剣を持つノエルをマジマジと見つめた。
どうやらオレ達の制服や年恰好、ノエルの素性から本当に学園の友達だと判断したようだ。
「少々お待ちください」
門番の1人がうやうやしく告げ、屋敷へと向かっていく。
5分は待ってない所で玄関の扉が乱暴に開くと、ルイスベルが不機嫌な顔で執事らしき者とこちらに歩いてきた。
「何しに来た」
「お前のお見舞いだよ。1週間も休んだ割に、随分 元気そうだな」
「見舞いなんていらない。サッサと帰れ」
「うーん、帰るのは良いんだけどな……」
「何だ?」
「オマエの態度だ。一応、学園からわざわざ来たんだぞ。礼の1つもあって良いんじゃないか?」
「オレは頼んでない」
「それはそうなんだけどな」
オレ達の会話を横で聞いていた執事が、流石にマズイと思ったのだろう、口を挟んできた。
「ルイスベル様。わざわざ来て頂いたのです。お茶すら出さないとあっては、サンドラ伯爵家の名前に傷が付きます」
「くっ……好きにしろ。オレには関係ない」
何故かルイスベルは苛立たしそうに言い放って、踵を返し屋敷に戻ってしまった。
「申し訳ありません、ご学友の方。どうぞ屋敷にお入り下さい」
ぶっちゃけ、もう帰りたいんだけど……同じ思いだと思うが、一応 一緒にここまで来たネロにも聞いてみた。
「どうする? ネロ」
「オレは喉が渇いたぞ」
オレの想像と反対の言葉を吐いたネロに、執事はニコリと笑顔を零してオレ達を招き入れたのだった。
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