第397話脳筋の国 part1
397脳筋の国 part1
「どうなんだ? お前達がやったのか?」
「……」
犬耳の男は何時までも黙秘を続けるオレに、苛立ちを隠そうともせず声を荒げてくる。
これ以上 引っ張るのは悪手だ……恐らくこの男がこの場の責任者なのだろう。
であれば、苛立たせて強行策に出られても、良い方向に転がるとは思えない。
「分かりました……全てお話します。ただ、仲間の安否だけは確認させてもらえませんか? 一目で良いので会わせて下さい」
男は眉を顰めて何かを考えてから口を開いた。
「ふぅ……良いだろう。但し、会わせた後は全てを話してもらうぞ」
「はい、分かりました」
犬耳の男は会話を聞いていた部下の1人へ、命令を下す。
「聞いていたな? 直ぐに残りの2人を連れてこい。ウィンドウルフを倒したと言う話が本当なら手練れの可能性が高い。拘束は忘れるなよ」
「はい」
そう言って部下の男は足早に部屋を出ていった。
「しかし、不思議なヤツだな、お前は……」
「不思議ですか?」
「ああ。いきなり攫われた身でありながら、慌てふためくわけでも、怒りを顕わにするわけでもない。勤めて冷静に、この場で出来る最善手を捜している……まるで、何時でも逃げ出せる自信でもあるかのようじゃないか?」
犬耳の男はオレの瞳をジッと見つめ、一挙手一投足を観察している。
確かに「魔食いの首輪」を無力化してある今、ルイスとネロの安全さえ確保出来れば、この場を制圧するのは難しい事では無い。
そんなオレの余裕が態度に出ていたのだろう。忌々しそうにオレを見つめながら、男は更に言葉を続けだ。
「この国では、何よりも「武」を尊ぶ。本当にお前達がウィンドウルフを倒したと言うのなら、ご領主様は客として遇する可能性もある」
「……武ですか」
「ああ。尤もその場合は、言葉だけで無くその「武」を実際に見せてもらう事にはなるがな」
この男の言う通りなら、本当の事を話しても問題ないのかもしれない。
勿論 使徒や主の事は隠して、善意での行動だと説明する事になるだろう……いや、やはり報酬も貰わなかった事から、武者修行の旅でついでに倒したとでも話した方が良いのか?
「最強を求めて世界を巡っている」とでも言えば、納得してくれないかな……してくれないだろうな……
取り留めの無い事を考えていると、唐突に扉が開けられ、先ほど出ていった男が戻ってきた。
「隊長、2人を連れてきました」
そう言って部屋に入った男の後にルイスとネロが連れ立って入って来る。
「ルイス、ネロ、無事だったか……良かった」
「アルド、カズイさんも無事か……起きたらいきなり牢にぶちこまれてて……一体どうなってるんだ、これは」
「アルド、カズイ、無事で良かったんだぞ!」
オレ達の再会を喜ぶ声を遮るように、犬耳の男の声が響く。
「約束通り2人に会わしてやった。今度はこちらの番だ。全部 隠さず話してもらうぞ」
「分かりました……」
そこからは1年前のウィンドウルフ討伐を順序立てて説明していった。勿論 使徒の件は秘密にしてある。
何故 報酬も貰わず逃げるように旅発ったかについては、急いでフォスタークの帰る必要があったためだと本当の事を話す事にした。
「…………と言う訳で、ウィンドウルフを倒して直ぐにドライアディーネへ向かったんです」
「なるほど。言いたい事は分かった。だがな、何故そこまで急いでいる旅でわざわざウィンドウルフを討伐した? ギルドとお前の話では、1ヶ月もここググの街に滞在したそうじゃないか。おかしいだろ」
「それは……以前のこの街は、火が消えたようでした……何とか出来るチカラがある以上、見て見ぬフリは出来ませんでした……」
「ほぉ、急ぎの用があるにもかかわらず、1ヶ月も滞在して街を救い、尚且つ富も名声も求めない……まるで何処かの英雄のようだな」
「……」
「そんな話を本気で信じろと言うのか? ふざけるな! そんなものは物語の中だけだ。何が目的だ? 本当はウィンドウルフの異常繁殖もお前達が何かしたんじゃないのか?」
「僕達は何もしていません。本当にウィンドウルフを倒しただけなんです。信じてください」
「話にならんな。そもそも、騎士団でも倒せなかったウィンドウルフをどうやって倒したと言うんだ。お前等は10人にも満たなかったと聞いているぞ!」
部屋の隅に座らされていたネロが、オレと犬耳の男の会話に怒りを滲ませながら割って入ってくる。
「アルドは強いんだぞ! ウィンドウルフなんて100匹いたって関係ないんだぞ! 自分達が倒せなかったからって、アルドにも無理だって決めつけるのはおかしいんだぞ!」
「頭がおかしいのか? お前はコイツが1人で100匹ものウィンドウルフを本当に倒せると言うつもりなのか? バカバカしい……」
「オレは嘘なんか吐いてないぞ! アルドなら倒せるんだぞ! 母ちゃんから獣人族は誇り高い種族って聞いたけど、嘘だったんだぞ。お前は口ばっかりで、実際には何も見て無いんだぞ!」
「良いだろう……そこまで言うんだ。コイツの「武」を見てやろうじゃないか。おい、コイツの拘束を解け」
犬耳の男は部下にそう命令すると、腰の片手剣をゆっくりと抜いた。
「ウィンドウルフ100匹を1人で倒せるのなら、武器など無くても私程度どうとでも出来るはずだな……」
「た、隊長、流石にマズイですよ……まだ何か罪を犯したと決まっていないんですよ?」
「大丈夫だ、手加減はする。コイツ等には自分の立場を分からせる必要がある。お前達は下がれ」
くそっ、どうしてこうなった……犬耳の男は部屋の中央に移動し、オレを真っ直ぐに見つめている。
「この状態で僕が勝てば、言ってる事を信じてくれるんですか?」
「良いだろう。私の責任において、お前達の言葉を真実だと上に報告してやる……勝てればだがな」
「分かりました」
オレが歩き出そうとした所でカズイの声が響く。この場で唯一 獣人語が話せないルイスは、難しい顔で事態を見守っているだけだ。
「ちょっ、ちょっと待ってください。アルドは僕達と同じで「魔食いの首輪」で魔力が底をついてるんです。こんな勝負は無茶苦茶じゃないですか。せめて魔力を回復してからにしてあげてください」
「コイツはウィンドウルフ100匹を1人で倒せるのだろう? 魔力切れ程度はどうとでもなるはずだ」
「カズイさん、大丈夫ですよ。心配しないで見ててください。僕は負けませんから」
「アルド……」
「もう御託は良い。サッサとかかってこい。その伸びきった鼻を叩き折って、本当の事を吐かせてやる!」
くそっ、何でいつもこうなるのか……
「分かりました……行きます」
「来い!」
魔力は5割だが残っている。しかし、ここは圧倒的に勝っておかないとマズイ。でないと後々 もっと面倒な事になる気がする。
最悪は敵対する可能性があるのは否定しないが、「武」を信仰する獣人族に舐められるのは悪手だ。
(ここは魔法、空間蹴り、バーニア、全ての技を封印して身体強化だけでねじ伏せる! それが獣人族に武威を見せつける一番の方法だろうから! )
オレは犬耳の男の前に躍り出てて、正々堂々 真っ向勝負で向かっていったのである。
男は体を半身にし片手剣を付きだすように構えている。
どうやらこの男は正統な騎士剣術では無く、我流の剣を使うようだ……最初から盾を持つつもりの無い構えから、恐らく隠密部隊かそれに近い者なのだろう。
「どうした? 来ないのか?」
「僕の武を確かめるのでしょう? 先手はお譲りします」
「舐めた真似を……」
そう言って軽く片手剣を振るってくるが、オレに当たるどころか掠る気配すら無い。
「ちょこまかと!」
徐々に剣が鋭くなっていき、5分も経つ頃には寸止めや手加減は止めたらしく、必死な形相で攻撃をしてきた。
隊長と呼ばれていたので少し警戒していたが、この程度の剣であればルイスやネロでも余裕を持って躱せるはずだ。
「ハァハァ……どうなってる……ハァハァ……コイツは何か卑怯な手を使っているんだ……ハァハァ……」
肩で息をする男の剣には、既に最初の頃のような勢いは失われている。
あまり酷い勝ち方をして禍根を残したくは無いし、瞬殺すると実力の差にも気が付かないわけで……
どうやって実力を知らしめるか困り果てていると、不意に扉が開いて訝しそうな顔をしたクマの獣人族の男が入ってきた。
「これはどういう事だ? 説明しろ」
「副団長……ハァハァ……こ、これは……ハァハァ……コイツが暴れようとしたため……ハァハァ……制圧している所です」
「なるほど……魔喰いの首輪を付けた無手の者を制圧するのに、それほど消耗しているのか?」
「そ、それは……」
「その者達は昨日 報告のあった者達だな? 1年前 ウィンドウルフを殲滅し、逃げるようにエルフの国へ去っていった旅人達。強引にでも捉えて事実関係を調べる手筈だったはずだ」
「で、ですから、取り調べの途中で暴れようとしたために取り押さえようと……」
クマ男は厳つい顔に似合わない、可愛らしいクマ耳をピクピクと動かして口を開いた。
「もう良い、ここからは私が引き継ごう。お前では荷が重いようだ。こんなおもしろ……ゴホン。そんな危険な役は副団長たる私が適任だろう」
「あ、いえ、副団長 少しお待ちを……この戦闘は口を割らせるためと言うか、分からせるためと言うか……決して戦闘を楽しんでいたわけでは……」
「御託はいい。オイ、そこのお前、ここは狭い。場所を変えるぞ。どうせなら全力でやりたいからな」
そう言ってクマ男は嬉しそうに部屋を出ていってしまった。
残されたオレは苦い顔で立ち尽くしている犬耳の男へ口を開く。
「あの……これ……僕はどうすれば良いんでしょう?」
男はオレを見て一つ溜息を吐くと、小さな声で呟いた。
「もうオレにも分からん……殺されんように気を付けろとしか言えん……」
あー、何というか……立場は正反対ではあるが、何処であっても脳筋に悩ませられる者はいるのだと、妙な親近感を感じてしまったのであった。
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