第398話脳筋の国 part2

398.脳筋の国 part2






犬耳の男に促されるまま付いていくと、そこは騎士団の演習場であった。

やはりオレ達はググ領の騎士に囚われていたようだ。きっと犬耳の男は諜報部隊の長だったのだろう。


そして先ほどのクマ男が副団長……あー、自由奔放な所がフォスターク王国騎士団長のシレアさんに似ているなぁ……

もう、4年近く会ってないけど元気にしているのだろうか?


思考が逸れた。

犬耳の男に連れて行かれる際、「ルイス達が一緒でないと従わない」と伝えた所、これまた溜息を吐いて同行を許してくれた。


ここまではオレだけでなく、ルイス、ネロ、カズイの3人も同道している。

改めて演習場を見ると、クマ男が嬉しそうな顔で広場の中心に立ち、その周りを沢山の騎士が見守っていた。


「おい、お前、名は何という」


いきなりの質問に言い淀んでいると、一段と大きな声で同じ事を聞いてきた。


「お前だ。ギャロを圧倒して見せたお前に聞いている」


ギャロと言うのは恐らく犬耳の隠密部隊長の事なのだろう……いきなり名前で呼ばれても誰が誰なのか分からないのですが。


「僕ですか?」

「ああ、ギャロを相手に汗一つかかないお前に興味が出た。名を名乗れ」


「アルド、ただのアルドです」

「アルドか、良い名だな。早速だが、お前の「武」を見せてみろ。オレが納得したのなら、解放して更にウィンドウルフ討伐の報酬をやる。どうだ、悪い話じゃ無いだろう?」


「それは僕がアナタと模擬戦をして勝てば良いと言う意味ですか?」


オレの言葉に周りの騎士達が露骨に動揺している。

曰く「あの若造、副団長に勝つつもりかよ……」「バカか、アイツ。誰に言ってるか分かっているのか……副団長が本気になるぞ」「おい、団長を呼んで来い。副団長なら絶対にやり過ぎるに決まってる」「おいおい、アイツ死んだぞ」


当の副団長は軽く笑みを浮かべているが、目の奥が笑っていない……しかも殺気が滲み出している。


「誰か、コイツの首輪を外してやれ。それとお前の得物は何だ?」


騎士の1人が寄ってきて、魔喰いの首輪を外してくれた。


「僕は短剣を二刀使います」

「ほう、二刀流とは珍しい。しかもギャロを圧倒するほどの猛者。久し振りに面白い戦いが出来そうだ」


クマ男はもう殺気を隠すつもりも無いらしく、今ではオレを射殺さんとばかりに叩き付けてくる。

そんな中、騎士の1人が慌ただしくオレに木剣の短剣を2本 手渡してきた。


「得物はそれで良いな。嫌疑が晴れていない以上、それ以上は流石に難しい。魔力も無いだろうが、元より魔法など無粋でいかん」

「分かりました。これで十分です」


「では先手は譲る。好きなタイミングでかかってこい!」


副団長と呼ばれた男は、そう言い放つと片手剣と盾を構えてオレを見つめている。

であれば、魔力も4割しか残って無い以上、ここは最速で決める!


「行きます!」


その言葉と同時にオレは副団長へとバーニアを吹かせたのであった。






今は副団長に少ない魔力を使って回復魔法を使っている所である。

ギャロと呼ばれた隠密隊長の実力がアレだったので、もしかしてとは思ったのだが……魔力も少ない事から全力を出してしまったのは間違いだった。


副団長はバーニアを使った動きに一切反応出来ず、綺麗に首への一撃を貰い、意識を失ってしまったのだ。

たってあんなに強者感を出しておいて、全く反応出来ないとか思わないじゃん!


副団長の動きは恐らく昔戦ったSランク冒険者のヤルゴと同じくらい……今のネロと同じか少し強いくらいの気がする。 

今は回復魔法をかけるオレを、騎士達は言葉も無く呆然と見つめるだけだ。


しまったなぁ、少しやり過ぎたかもしれない……警戒させないと良いのだけど。

回復を終え、辺りを見ても騎士達はどうして良いのか判断出来ないらしく、遠巻きに見つめているだけだ。


オレは刺激しないようワザとゆっくり動き、ルイス達の下へと移動した。


「ルイス、大丈夫だったか?」

「ああ、体は問題ないが魔力がな……残りは2割も残って無い」


「そうか。ネロとカズイさんも大丈夫ですか?」

「オレもルイスと同じだぞ。魔力が全然無いんだぞ……」

「僕もだよ。空間蹴りの魔道具も取り上げられちゃったから、正直 逃げるだけでも厳しいかな……」


やはり3人共 魔力枯渇寸前のようだ。先ずは魔力を回復したい所だが、完全に回復するには4時間の睡眠が必要となる。

この場でそんな時間的余裕があるわけも無く……


「ルイス、逃げる事も出来ない以上、オレとお前の身分を明かした方が良いと思う……実家に迷惑をかける事になるが、牽制にはなるはずだ」

「そうだな……先ずは体制を立て直さないと、どうしようも無いか……どうやらコイツ等は正式な騎士団らしいからな。他国の貴族家の子弟と分かれば、多少の脅しにもなるか……分かった、身分を明かそう」


近くの騎士に、オレ達の声は聞こえているだろうが、今は人族語で会話している。恐らく内容までは理解出来ていないはずだ。

オレはその場で立ち上がると、周りの騎士達へと大きめの声で話しかけた。


「僕の勝ちです。約束通り僕達を解放してください。これ以上やるのであれば、僕も実家へ報告しなくてなりません。フォスターク王国、ブルーリング領、領主バルサ=フォン=ブルーリング、僕のお爺様に……更に貴族家の子息は僕だけじゃありません。こっちは同じくフォスターク王国、サンドラ領、領主キール=フォン=サンドラ卿の嫡子です。今回の事は、不幸な行き違いから発生した事故だと理解しています。どうか賢明な判断をお願いします……」


オレの口上を聞いて、騎士達は明らかに動揺し始めた。

アチコチから「おい、アイツ等、他国の貴族の子息だってよ」「これマズくないか? 直ぐに団長を呼んでこい」「おいおい、見てたオレ達も何らかの罰を受けるんじゃないか?」「あんなの出任せだ。貴族の子息がこんな強さを持ってるはずが無い」と、声が聞こえてくる。

何とかこれで収まってくれれば……最悪は「面倒だ」と、口封じに動く可能性もあるわけで……


そんな数分が何時間にも感じられる中、大声が響き渡る。


「おい、今のは何だ! お前、何かズルをしただろう!」


そう言いながら副団長は、怒りを滲ませながらオレの下へと歩いてくる。


「貴様だ! 姿がブレたと思ったら意識を失っていた……お前、何をやった!」


くそっ、この副団長、最悪のタイミングで起きてきやがった……

もう少し強く打って半日ぐらい寝かせておけば……後悔の気持ちが湧いてくる。


「僕は後ろに回り込んで首に当身を打っただけです。特別な事はしていません」

「回り込んだだと? ふざけるな!」


周りの騎士が必死に止めようとする中、この副団長は激高してオレに詰め寄って来る。

恐らく先ほどの口上を聞いていなかったのだろう。騎士達との温度差がスゴイ……


「ふ、副団長、待って、待ってください」「本当にマズイんです。ちょっと落ち着いて下さい」「コイツ等は他国の貴族の子弟だと名乗ったんです。真偽が分かるまでは……」


騎士達が取り押さえようとするも、副団長の膂力は一段上だったようだ。

全てを振り払うと同時に、腰の片手剣を抜き真っ直ぐにオレへと向けてくる。


「怪しい術を使い、部下までも誑かすとは……もういい! この場で首を刎ねてくれる!」


首を刎ねるとか……真剣を抜いて殺気を向けてくる以上、もう交渉の余地はないわけで……


「後先考えないアナタは危険過ぎる……申し訳ありませんが、少し眠っててもらいます」


短剣の木剣に魔力を流し、魔力武器(刃無し短剣)二刀を構えると、副団長は目に見えて狼狽し始めた。


「な、何だ、貴様は……一体、何なんだ!」

「僕はただの旅人ですよ……何もしなければ直ぐにいなくなるはずだった……ここまで追い詰めて僕に牙を剥かせたのはアナタ達です」


副団長は何かを喚いていたが、もう関係ない。最速でバーニアを吹かして意識を刈り取ってやった。

くそっ、これ以上 魔力が減るのははマズイ……ここから更に魔力が減ると打つ手が無くなってしまう……残りの魔力は4割を切っているのだから……


今ならギリギリで、何処かの建物を占拠してルイス達の魔力の回復も図れるだろうか……

その場合は、この地で拭い去れない禍根が生まれるだろうが、もう割り切るしか無い。


オレ達はまだ死ぬわけにはいかないのだから。


「……まだ何かしてくるつもりですか? もう僕にはアナタ達に配慮する余裕はありません。向かってくるなら死ぬ覚悟で来て下さい……」


とびきりの殺気をこめて口を開くと、騎士達は後ずさりをして妙な空白の時間が出来た。

これからどうするか……奪われたままの魔道具が気になるが、今はどうしようも無い……もういっそ一番近くの建物を占拠するか?


2時間も眠ればルイス達の魔力も半分は回復するはずだ。

その後は、オレも1時間ほど眠る時間を稼げれば、犬神の森のマナスポットまでなら逃げられる……


勿論 余裕など無いギリギリの逃避行になるだろうが、こまで関係が悪化した以上それが今 出来る最善手だと思う。

本当に副団長が起きてしまったのが悔やまれる。


副団長が起きる前なら、まだ何とか交渉も出来ただろうに……

こんな事ならこちらの身分を明かすんじゃ無かった。


ルイス達の顔を見ると、3人共 覚悟を決めた目でオレを見つめている。

であれば、この場の騎士だけでも向こうの戦力を削っておきたい……可哀想だとは思うが……


そう覚悟を決めた瞬間、演習場の端から声が響く。


「待て!  待ってくれ、チカラ持つ者よ。私は、騎士団長ノイル=フォン=ググだ。ここググ領の現当主ダイ=フォン=ググの次男でもある。どうか非礼を詫びる機会を頂けないだろうか?」


オレが覚悟を決めたのと同時に、この場には凜とした声が響いたのであった。




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