第399話脳筋の国 part3
399.脳筋の国 part3
「…………どうか非礼を詫びる機会を頂けないだろうか?」
殺さないまでも、騎士達に大怪我をさせて騎士団の戦力を削ごうとしたのだが……演習場の外から、いきなりかける声があった。
「騎士団長……ですか?」
「ああ、そうだ。どうやら私のあずかり知らぬ所で妙な企みがあったらしい。知らなかった事とは言え、いきなり攫うような真似をした事、騎士団長として正式に謝罪する。すまなかった」
本当か嘘かは分からないが、どうやら今回の件は騎士団長まで上がった話では無いようだ。
しかし、副団長は知っていた様子だったので、騎士団全体としての動きには違いは無い。
騎士団長の謝罪は、そんな背景から出たものなのだろう。
話し合いで解決出来れば一番なのは間違い無いが、しかし ここから交渉して決裂した場合、オレだけなら兎も角 ルイス達の安全を確保するのは難しいはずだ。
どうすれば良い……周りの騎士だけじゃ無くルイス達ですらオレを不安そうに見つめている。
この場の決定権がオレにある以上、オレが決めなくては……
色々な考えが頭を巡り、オレが出した答えは……
「分かりました……謝罪を受け入れます。但し、僕達は無理矢理 攫われました。申し訳ありませんが、直ぐにアナタ達を信用する事は出来ません。先ずは奪った荷物の返却と、安全な場所の提供を要求します。お話は改めて明日にでもさせて頂きたい」
領主の次男であり騎士団長を相手に、この要求はかなり失礼に値するのは理解している。
しかし、先ずは体制を立て直したい。
敢えて滞在場所を要求したのも、何処を提供するかで相手の思惑も分かると言うものだ。
これで何処かの小屋でも用意するようなら、小屋ごと焼き討ちされかねない。
「了解した。荷物は直ぐにお返しする。滞在場所は領主館の一室を用意しよう」
領主館……常に騎士が常駐している以上、闇討ちするには申し分ない……しかし、領主を始め、一族が住まう場所に招く……向こうからすればオレ達の強さは未知数のはずだ。
これは判断に迷う話である。
そんなオレの葛藤に気が付いたのか、カズイに通訳してもらっていたルイスが小声で話しかけてきた。
『アルド、話を受けよう。貴族同士の暗殺なら兎も角、強さの底が見えない相手を自分の懐に招く危険を冒してまで、オレ達を始末しようとは考え難い。勿論 警戒は十分して、最悪の事態は想定するべきだがな』
『そうだな……分かった』
ルイスとの人族語では無く、獣人語で騎士団長へと話しかけた。
「提案を受け入れます。先ずは魔喰いの首輪を外して、荷物を返してください」
「了解した。聞いたな? 直ぐに彼らの首輪を外し、荷物を持ってこい。急げ!」
周りは騎士団長の声に、慌ただしく動き出した。
直ぐに騎士の1人ががやってきて、ルイス達の首輪を外していく。
『ふぅ、やっとあのクソみたいな魔道具が外せたぜ。ネロ、カズイさん、魔力はどれぐらい残ってますか?』
『オレは2割しか残って無いんだぞ』
『僕も同じくらいかな。気を抜くと魔力枯渇で意識が飛びそうだよ』
『オレも同じくらいです……すまん、アルド。またお前に全部任せる事になっちまった……』
『気にするな。そんな事より、先ずは魔力を回復させて体制を整えよう。話しはそれからだ』
オレの言葉を受け、ルイスは真剣な顔で何かを考え始めた。数分が経った頃、目に決意を秘めてゆっくりと口を開く。
『……アルド、どうしようもなくなったら、最悪はお前1人で逃げろ。お前だけは、何があっても失うわけにはいかない。これだけは約束してくれ』
『バカか! オレ1人で逃げられるわけが無いだろうが。そんな事より、全員で無事に逃げるんだ』
『……アルド、お前のその在り方はオレも気に入ってる。真っ直ぐで人情にも厚い、お前と親友になれて誇らしいぐらいだ……ただな、間違えないでくれ。お前とオレ達の命の重さは同じじゃない……お前の命は、この世界と同じ……世界の重さそのものだって事は忘れないでくれ』
何故こうなるのか……オレは使徒である前に1人の人でしか無いのに……しかし、ルイスだけで無く、ネロとカズイも決意を秘めた目でオレを見つめてくる。
『……分かったよ。最悪の最悪がきたらオレだけでも逃げる……これで良いのか?』
『ああ、無理を言ってる自覚はある。辛い覚悟をさせて悪いな』
そう言ってルイスは、心の底から安心した顔で笑みを浮かべていやがった。
ルイス達が決意したように、オレも1つだけ覚悟を決めた事が1つある。
それは、絶対にこの愛すべきバカ達を殺しちゃいけないって事だ。コイツ等を見殺しにすればオレの心には取り返しの付かない傷が出来る。
きっと使徒の使命を放り出したくなるほどに……
そんな決意を秘めながら、オレ達4人は騎士団長に促されて領主館へと向かったのである。
領主館へ招かれて最初は応接室へ通された。騎士団長の話では、急な事で客間を用意するのに幾ばくかの時間がかかるからだとか。
確かにブルーリングでも客がいない間の客間は、寝具が片づけられ殺風景なものである。
しかも、オレ達が5人同じ部屋でしか逗留を承諾しなかった事から、今はベッドを4人分 大部屋へ運んでいるそうだ。
こうして待ち時間が出来たわけだが、騎士団長は席を外したりせずオレ達の対面に薄く笑みを浮かべて座っている。
「卿達は良いパーティだな。全員が他種族であるにも関わらず、お互いを信頼しあっている」
これはどう受け取れば良いのだろうか……言葉通りの意味なら問題は無いが、何か探りを入れているのだろうか?
まぁ、どちらにしても既に腹はくくっている。であれば言葉のままに受け取らせてもらおう。
「はい、安心して背中を預けられる、私の自慢の友人達です」
「そうか……そう言える卿は幸せ者だな。私にはそう断言出来る者はいない……」
この団長は何を言いたいのだろう。奥歯に物が挟まったよう物言いには少しの違和感を感じる。
何処か気まずい空気を破るかのように、団長は意を決して口を開いた。
「実は卿達に頼みがあるんだ。話を聞いては貰えないだろうか?」
頼み? 完全に和解したわけでも無いのに……この状況でオレ達に何を頼むと言うのか。
ルイスを見ると、流石にこの場で通訳など出来るわけも無く、心配そうな顔で頭に?を浮かべている。
「頼みですか? その前に和解が先だと思います。失礼ですが、私達の間に頼み事をしあう信頼関係は出来ていまさせん」
「確かに卿の言うとおりだが、今の私はなり振り構ってはいられないんでな。明後日から始まる迷宮探索に失敗すれば、私は失脚させられる。恐らくは団長を解任され廃嫡させられるだろう」
「迷宮……明後日……」
「ああ、それに卿達にも悪い話では無いはずだ。上手くいけば王家への謁見も叶うかもしれない」
このタイミングで王家ときたか。
将来、ブルーリングが独立する際、グレートフェンリルの王家へのパイプがあれば助かるのは事実であるが、今はそれ処では無いわけで……
演習場で圧倒的に有利な状況にあるにも関わらず、オレ達に謝罪して更に領主館に招いたのには理由があったと言う事か。
これにオレはどう答えるのが正しい?
悩んだ末にオレが出した答えは、何はともあれ今は時間を稼ぐ事であった。
「分かりました。お話だけはお聞きします。但し、受けるかどうかは全ての話を聞いて明日以降に返事をさせて下さい」
「分かった。卿の判断に感謝する」
そこからは団長の話を聞かせてもらった。ルイスだけは獣人語が話せないのでカズイが隣で同時通訳をしている。
「…………と言うわけだ。我が領にある、「鱗の迷宮」の討伐を手伝ってほしい」
団長の話はこうだ。
この団長は元々 個の強さは大した事は無いらしい。しかし、子供の頃から騎士の英才教育を受け続けた事から、陣形や連携、将としての能力はかなり高く、団長に抜擢されたのだとか。
他の種族なら身分も能力も高く全く問題にならない所か褒め称えられる案件である。しかし問題はここが獣人族の国であることだった。
獣人族は「武」を重要視する。ではその「武」とは何なのか?
答えは個人の武威である。この国は個の武を尊ぶのだ。
団長の話によると、王都では3年に1度 武道大会が開かれ、有象無象がこぞって参加する国を挙げてのイベントがあるらしい。
オレが倒した副団長は、何とその大会で3位に入賞した猛者なのだとか。
あの程度で? と一瞬思ってしまったが、ヤルゴもフォスタークでは3人しかいないSランク冒険者だったのを思いだした。
「あの方はそんなに強かったんですか……」
「ああ、それを卿は子供扱いして倒したと聞いている。勝手を言っている自覚はあるが、その武を明後日から始まる迷宮探索に貸してはもらえないだろうか?」
何故ここで迷宮探索が出てくるのか。今までの話と全く繋がらないのだが……
「今までの話で、何故 迷宮探索が関係してくるのですか? 私には理解しかねます」
団長は苦い顔を隠そうともせず、ゆっくりと口を開いた。
「副団長の名はダン。ダンは武道大会の祝いの席で吹聴したんだ。「自分は領で一番強いのに騎士団のトップでは無い」とね。その事が王族の耳にも入ったらしく、父が王から苦言を呈された」
「それはおかしくないですか? 個の武とリーダーの資質は別の物です。強い者が必ずしも上手く組織を引っ張れるとは限りません」
「卿はそれだけの武を持ちながら、俯瞰的にものを見る目も持っているのだな。卿の言うように確かに私もそう思う。実際にダンの指揮は、猪突猛進で引き際もわきまえていない。しかし、ここはグレートフェンリルだ。個の武が何よりも優先される……」
「そうですか……でも、部下は? 実際に戦う立場の部下からは、そんな指揮には従えないと苦情が出るのでは?」
団長はゆっくりと首を振る。
「ダンは一定の支持を得ているよ。アイツの指揮での死傷率が高い事から、私を支持する者も多いがね。正直な所、今の騎士団は真っ二つと言って良い。現に君達を攫う作戦についても、私には何の連絡も無かった」
「僕達を攫ったのは副団長の一派だったと言う事ですか……」
「まぁ、そうなるね。それで話は戻るんだが、王家から苦言を呈された父は、どちらが団長に相応しいかを競わせる事にしたんだ」
「それが迷宮探索ですか……」
団長はゆっくりと頷くと、更に口を開いた。
「明後日の朝からお互いに10名を連れて鱗の迷宮へ潜る。どちらがより深部まで辿り着けるか……踏破するのであれば、どちらが先に迷宮主を倒せるかの勝負だ。元は王家からの口出しがあった事から、勝った方は王宮に招かれ王から言葉を賜る事になっている」
「そんな勝負に余所者の私達が参加しても良いのですか?」
「そこは問題無い。私達 騎士は迷宮探索の類は素人と言って良い。ダン達も迷宮探索に数人の冒険者を雇う事になっている」
「なるほど……冒険者の代わりに私達をパーティに入れたいと言う事ですか……」
「ああ、これは私の進退に関わる事でもある。王家からの言葉もあり、負ければ私は廃嫡され領から放逐されるだろう」
これは……要は他国の中の権力争いに首を突っ込むと言う事だ。
失敗の場合 ヘタをすれば責任を追及され、成功しても恨まれる可能性が高い。
しかし、既にオレ達は団長の庇護下にあるわけで……演習場で副団長からは「首を刎ねる」とまで言われているのだ。
この難問を前に、オレは「考えさせてください」としか言えなかったのである。
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