第101話ナーガ part2

101.ナーガ part2



ナーガさんの話はこうだ。

受付嬢を何年もやっていたナーガさんに言い寄る男が現れた。その男はBランクで実力はあるが素行が悪く資格の剥奪の話が出ていたらしい。


男が思いついたのは受付嬢の中でリーダーだったナーガさんを手籠めにしてギルドの中の情報を得、あわよくばギルドの中で情報工作をし、自分の評価を上げようと画策したのだ。

そしてナーガさんは仕事帰りを狙われた……



回復魔法使いのナーガは男に襲われたが反撃する余裕も無く攫われそうになる。そこにたまたま通りかかったラフィーナが声をかけてきた。


「それはプレイなの?」


ナーガは一瞬、理解が出来なかったが自分は襲われている。楽しんでいるなんて絶対に無い。


「助けてください。襲われてるんです」


ラフィーナはナーガと男を一瞥すると杖を掲げる。すると杖の先から5個の魔法が現れてラフィーナの周りを漂い出した。

5個の魔法は風が2 火が2、水が1のようだ。


男は魔法が待機状態になった事で一気に戦闘態勢に入るが、鎧も武器も無くナーガの服を切るために用意したナイフが1本あるだけだった。

Bランクと言っても丸腰で尚且つ、魔法使いに魔法の発動を許してしまう。圧倒的に不利な状態に男が取った行動は…なんとナーガを人質に取ったのだ。


ナーガの首筋にナイフを当てなから男が喚く。


「来るな!来たらコイツを殺す!」


ナイフの感触が妙にリアルでナーガは逆らう事も叫ぶ事も出来なくなってしまう。

ただ震えて、この時間が過ぎるのを待つだけの子羊であった。


ラフィーナはナーガを一瞥すると、その眼に哀れみの色が浮かぶ。

まずは人質の安全の確保だ。ラフィーナは男とナーガを離す為に待機状態にしてある風の魔法2個を発動した。


魔法は時間差で真っ直ぐ進んでいく。

男はナーガを前に出して盾にするつもりだ。その行動がラフィーナの怒りに火を注ぐ。


1つ目の風魔法がナーガに当たるとナーガを中心に強い風が吹き荒れた。ナーガは立っていられなくなりその場に座り込んでしまう。


そこに2つ目の風魔法がナーガの頭上を越え男に当たる。今度の魔法は周りに風が吹くのでは無く、男を後ろに吹き飛ばした。

予定通り男とナーガを引き離したラフィーナは火魔法2つを男に撃ち込む。


男は躱そうともがいたが、どれだけ躱してもその度に火魔法は戻ってきて男を狙うのだ。

そして、その時が来る。バランスを崩した男に火魔法が命中。


男が燃え上がり、辺りに絶叫がこだまする。さらに…おかわり…もう1つの火魔法が追撃した。

男は火を消そうと土の上を転がっている。直に男の火は消えたが、周りの物に燃え移っていた。


ラフィーナは、すかさず最後の水魔法で火を消していく。

てっきり男の火を消して改心を促す為の水魔法かと思ったら、放火魔にならない為の自己保身用であった。


男はピクリともしないがラフィーナもナーガも回復魔法をかける素振りは無い。


「ありがとうございました。助かりました」

「良いわ。気にしないで」


「お名前を教えて頂けますか?」

「ラフィーナよ!」


そこから2人で警備兵の詰所まで移動し事の顛末を離した。そして警備兵と一緒に現場へ戻ると瀕死の男が、壁にもたれ掛かってこちらを睨んでいる。

ラフィーナはすかさず魔法3個を展開し自分の周りに漂わせた。


先程の記憶が蘇ったのだろうか瀕死にもかかわらず男は這って逃げようとしている。

ラフィーナはその様子を見ても魔法を解除する事無く戦闘態勢を解かない。


ナーガは一連の流れを見て思う。ラフィーナが来なければ自分はどうなったのか…

普段から感じる事がある。ナーガはエルフだ。迫害までは行かないが奇異の目で見られる事には事欠かない。


ラフィーナが来なかったら自分はきっとこの男に弄ばれていたのだろう。ギルドに泣きついてもエルフだからと真剣に対応してくれたか不明だ。

ナーガは今回の事件で、自衛のための戦うチカラの必要性を実感した。


男は警備兵に連れて行かれる。回復魔法を自分も含めて誰も使わないのは死んでも構わないと思っているのだろう。

正直な所、この城壁と言う密閉された中で”犯罪を起こす人間”に寛容な者はいない…事故や喧嘩程度なら許されるが完全な犯罪者は排除される。これも長年に渡って蓄積された経験則なのだろう。


そしてラフィーナとナーガだけが残された。展開していた魔法をやっと解除してラフィーナが言う。


「ねぇ。私、王都に来たばかりなの。どこか美味しいお店知らない?」


さっきまで鉄火場で死闘を繰り広げていた凄腕の魔法使いが、町娘が噂話をする様に聞いてくる。そのギャップに思わず驚くより笑いが湧き出してきた。


「フフ、お礼に私に奢らせて」

「私、結構食べるわよ?」


「私もだから気にしないで」

「じゃあ、お言葉に甘えさせて貰うわ」


「私、ナーガ」

「ラフィーナよ」


「さっき聞いた」

「そうだっけ?」


「そうよ」


こうしてナーガとラフィーナと出会った。


そこからはラフィーナと意気投合してパーティを組む事になる。

受付嬢は休職扱いにして貰えた。Bランク冒険者の犯罪を言いふらさない事を条件に。


ギルドにとってAランクやSランクは一ヵ所に留まらなかったり、気難しい事で有名だ。

普段の細々とした依頼はB、Cランクが頭になってこなしている。


そんなBランクが犯罪を犯した等、絶対に広まって欲しく無い事だった。

勿論、ナーガの普段の仕事ぶりがあったからなのは間違いないのだが。




受付嬢から冒険者になって3年が経った。パーティも5人、ナーガもCランクになり、ラフィーナはBランクでもうすぐAランクになろうと言う頃。


「最近、同じ夢を見るの…」

「どんな夢?」


「2人男の子と一緒に探検する夢。その中で私はお母さんなんだけど、2人共私より強いのよ・・有り得ないわよね」

「楽しそうな夢ね」


「うん、楽しいのよ。あんな毎日が本当にあるなら…」


そう言ってた次の日、ラフィーナはパーティメンバーに1通ずつの手紙を残して突然いなくなった。




「私がラフィーナについて知ってるのはここまでです。まさかアルド君がラフィーナの息子だとは…」

「母様らしい…本当に申し訳ありません」


「良いの。心配だっただけだから…次にラフィーナに会ったら言っておいてください。今度はラフィーナの奢りだ。って」

「判りました。必ず伝えます」


「ありがとう。アルド君」


そう言って微笑むナーガさんに母さんの面影が見えた。


「それと最初の話に戻るけど、ラフィーナが付き添いで来てくれるなら爪牙の迷宮の探索を許可します」

「判りました」


「本当にラフィーナがくるなら私も嬉しいし…その時は私もご一緒しますね」

「ナーガさんが?」


「私もB級冒険者ですよ。怠けてたラフィーナより役に立ちますよ」

「怠けてたのかな…?むしろオレ、エル、オレの婚約者、と模擬戦で腕を磨いて昔よりだいぶ強くなってる様な…」


「もしかして…アルド君達とラフィーナは修行を?」

「…はい」


ナーガさんはコメカミを揉みながら”強さだけじゃない。経験も大事なはず…”とブツブツ呟いている。

直にナーガさんが復活した。


「ナーガさん、今日はありがとうございました」

「こちらこそ、ラフィーナの事を教えて頂きありがとうございました」


「冬休みにブルーリングへ里帰りするので、母様に話してみます」

「判りました」


そう言ってギルドを出る。


(さっきから嫌な視線を感じてた。ギルドの中だからガマンしてたが…)


「おい、ガキ。懐の中の神銀貨を置いていけ」


今、オレは路地裏に連れ込まれカツアゲされてる真っ最中だ。


「断る」


オレが断ると思って無かったんだろう。男がさらに話し出す。


「ガキ。オレ様でもガキを殺すと寝覚めが悪いから言ってるんだ。さっさと懐の物、置いてどっか行け」

「だから断るって言ってるだろ。耳が悪いのか?あ、悪いのは頭か…スマン」


オレの煽りに眼の前の男が腰の片手剣を抜く。


「死んどけ、ガキ」


そう言ってオレを袈裟切りに斬ろうとしてきた。

瞬時に身体強化をかけ数歩後ろに下がる。


鋭い斬撃だ…例えるなら10歳の遠征に行った頃のエルの斬撃ぐらい。ここ最近では3番目に鋭い。


「ただのガキじゃないな…」

「お前もただの追剥じゃないな」


男は静かに激高しオレに吶喊してくる。

片手剣を振り下ろし、切り上げ、袈裟切り、右薙ぎ、左薙ぎ…


確かにここ最近で3番目に鋭い斬撃ではある。しかし今のオレには、この程度はどうとでもなる。ちなみに1番は勿論エル、2番はシレア王国騎士団長だ。

攻撃は一切しない。全ての斬撃を躱す。


5分程経っただろうか。男が肩で息をし出すと周りの男に叫びだした。


「お前等、何やってやがる。手伝え!」


恐らく舐めプでオレに”攻撃するな”と言っていたのだろう。周りの男達が明らかに動揺し出した。

オレは周りを見渡すと冒険者ギルドで見た顔がいくつかある。前にお腹を撫でてやったヤツもチラホラ…


逃げられると鬱陶しいのでウィンドバレット(非殺傷型)を8個、待機状態にする。ちなみに8個はオレが待機状態に出来る最大数だ。

今にも逃げようとしているヤツからウィンドバレットを叩き込む。


足りなくなると”おかわり”を出して叩き込んだ。

目の前の男以外11人がオレの周りに気絶している。


気絶した男達の中から短剣を2本拾う…あまり良い短剣じゃ無いが文句は言えない。早速、装備して目の前の男に向かって構えた。

男は明らかに怯えている。良くみると足が震えていた。


「お、オレは本当はこんな事したく無かったんだ」

「……」


「本当だ。信じてくれ…こいつ等に言われて仕方なくやったんだ」

「……」


「なぁ、信じてくれ…」


オレは少しイラついていた…悪人なりの矜持は無いのか。


「で?言いたい事はそれだけか?」

「え、いや…お、オレじゃ無いんだ…」


何がオレじゃ無いんだろう…ハァ、もう終わりで良いか。


オレの雰囲気が変わったのが判ったのか男は脱兎の如く逃げ出した。




男は走った。今までの人生でこれほど真剣に走ったのはパーティが全滅する時に、仲間を囮にして逃げた時 以来だろう。


どれ程走ったのだろうか…口の端から泡を吐き、息をするのもキツイ、踏ん張っていないと倒れてしまいそうだ・・

最後のチカラを振り絞って周りを見渡す。居ない…居ない…前、後ろ、右、左、どこにもアイツはいない。”逃げ切った”そう思った時に頭上から声が聞こえた。


「もう良いのか?」


上を見るとさっきのガキが建物の壁に立っていた。言ってる意味がわk……


「ひゃーー、ひ、ひひ…ぁぁぁ…」


最早、言葉を交わす事も出来ないのか。と溜息をつきながら聞いてみる。


「はぁ、まだやるか?降参するならさっきの場所で警備兵に突き出す。どっちが良い?」


何処にそんなチカラがあったのか男は走りだした。一瞬もう良いか。と思ったがどうもさっきの場所に向かって走っている様に思える。

しょうがないので男に付いて行くとオレの言葉通り、さっきの場所に戻ってきた。


しかし男はこの場所に着いたと同時に白目を向き、呼吸もおかしい。放っておくと恐らくは死ぬんじゃないかと思える。

何度目かの溜息をつきソナーをかけて回復魔法をかけてやった。恐ろしい事にソナーをかけて判った事だが肺機能と心臓、全身の筋肉に壊死の兆候が見えた。


身体強化をして限界以上に酷使したのだろうか…回復魔法をかけてやらないと本当に死にそうだ。

しょうがなく男に回復魔法をかけているとナーガさんとギルドの職員がやってきた。


「アルド君大丈夫ですか!」


必死の形相でナーガさんがオレに聞いて来る。


「え?大丈夫です。何か変な追剥に会いましたけど撃退しました」


ナーガさんとギルド職員が周りを見ると雑魚追剥が11人、少し手応えがあった追剥が1人転がっていた。


「ちょっと待て、こいつはBランクのジャガーじゃないのか…」「こっちはDランクのナイアルだ」「Dランクのロイエもいるぞ」


この中で唯一状況が判るであろうオレに視線が集まる。


「神銀貨の追剥にあったので一網打尽にしました」


オレの一言で全員が生暖かい眼をオレに向けるのであった。


まずは最初に警備兵を呼んだ。これだけの人数をどうにかするのはどうしても人手がいる。にわかに騒がしくなってきたがオレは13歳だ。

”親が心配するので自宅に連絡して欲しい”と警備兵にお願いしたが何度か無視された。しつこくお願いするとやっと渋々ながらも名前を聞いてくれる。


そこで爺さんの名前、バルザ=フォン=ブル-リングと名前を告げた瞬間、警備兵達の空気が変わった。

それまでは”面倒臭い事件を起こしやがって”とオレに文句を言う者すらいたのだが、青い顔をしながら犯人を絶対に逃がさない様に確保している。


実家への連絡もさっきまではあれだけ嫌そうだったのが、大急ぎで走って伝令に向かった。

オレは密かにシレア騎士団長に会う事があったらこの事を絶対に告口してやる。と心に誓う。


本当なら何時間も拘束される案件である。しかし、ブルーリング家の執事が現れ、穏便にオレを連れ出してくれた。


「アルド様、この度は大変なご苦労を…心中お察しします」


慇懃にオレを労わってくるが、どうも腹に一物がありそうに見える。


「で、本音は?」

「修羅の道を塞いだ愚か者め。仕事を増やすんじゃない!と言った所ですかね」


「名前を教えてくれ」

「はい、セーリエと申します。改めてよろしくお願いします」


結局、オレが帰ったのは日が変わるギリギリの時間だった。

早速、エルに神銀貨6枚を渡そうとしたが、”2人で狩った”と固辞されてしまう。


最後はお互い3枚ずつ貰いニコニコしながら自室へ戻った。

ベットの中でナーガさんの話を思い出してみる。


爪牙の迷宮に入るには母さんに同行を頼まないといけない…

氷結さんに借りを作ると後が怖いのだ。


(どうしたって母さんに聞かないと…だよなぁ。明日にでも手紙を書いてみるか)




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