第102話シレア

102.シレア



王様の謁見から1週間とちょっと経った闇曜日


オレは起きてルイス達と依頼を受けに行く時だった。

エルと一緒に屋敷を出ると門の前にシレア王国騎士団長が立っていた。


「やぁ、アルド…く、ん……」


オレとエルを交互に見てシレアは明らかに動揺している。


「おはようございます、シレア団長。これがオレの弟のエルファスです」

「エルファスです。よろしくお願いします」

「あ、ああ。同じぐらいの強さ何だってね…よろしく頼むよ…」


これだけ動揺してると少し怪しい…もしかして模擬戦の仕返しを不意打ちでするつもりじゃなかっただろうな…流石に切れるぞ…


「シレア団長。オレ達はこれから冒険者ギルドの依頼を受けに行くんですが」

「ああ、急に押しかけてすまない。もし迷惑じゃなければ私も同行させて貰え無いだろうか」


「シレア団長はギルドカードを?」

「持っていない。なので分け前も要らない。ただ見たいんだ。私を”おもちゃ”にした修羅と呼ばれる者の本気の戦いを!」


シレア団長が熱く語っているが依頼は集団戦の修行も兼ねているので全力は出さない。


「あー、オレもエルもたぶん本気で戦わないと思います」

「それでも良い。片鱗でも感じられれば良いんだ…正直、あれから寝ても覚めても君の動きと太刀筋を思い出している…もう一度、見れれば私は吹っ切れると思うんだ」


「……」


オレは瞬時に身体強化をかけて臨戦態勢に入る。


「急に何を?」

「オレの貞操を狙っているのですか……」


「違う!私はノーマルだ。妻も娘もいる。信じてくれ!」


”寝ても覚めてもオレの事を考えている”と公言したヤツの言う事を信じる事は出来そうに無い…

シレア団長の必死の叫びにエルが苦笑いを浮かべながら助け船を出してきた。


「兄さま、あまり”おもちゃ”にしては気の毒ですよ」

「……」


オレは戦闘態勢を解き、シレア団長に向き直り話し出す。


「ふざけ過ぎました。申し訳ありません」

「ふ、ふざけてたのか…ま、まあ、良い…」


シレア団長が肩を落として沈んだ空気を醸し出している。

オレは思ってしまった…”弄りがいがある”っと。


爺さんが素行不良と言ってたのはこう言う所なのだろう。

自分が思ったら、それが立場的にマズイ事でも即、行動に移してしまい周りに迷惑をかける。


しかし、オレは嫌いじゃない。弄りがいもあるし同行を許そうと思う。


「”手を出さない”と約束出来るなら仲間に聞いてみます」

「ありがたい。見学だけにする事を約束する」


「判りました。でも本当にオレもエルも全力は出さないですよ」

「大丈夫だ。それで構わない」


シレア団長の眼には”嬉しくてしょうがない”と言った感情がありありと浮かんでいる。




ルイスやネロとの待ち合わせは冒険者ギルドだ。最近は何も言わなくてもギルドが集合場所になっている。

冒険者ギルドの扉をくぐると喧騒が一気に静寂へと変わった…もうイジメかと。


少数ではあるが、ワイバーンの騒ぎでジョーと一緒に救援に来てくれた冒険者達が声をかけてくる。


「おう、アルド。今日はどこへ行くんだ?」

「決めてないが、たぶん薬草採取じゃないか?」


「ワイバーンスレイヤーが薬草採取とか…」

「まだFランクだしな」


「お前がFとか…ランク詐欺にも程があるな」


オレは肩を竦めてギルドに併設されている酒場へと向かう。

3人でテーブルに座りウェイトレスに注文をする。


「ミルク3つくださーーーーい」

「はーーい」


慣れたウェイトレスがミルクを用意しに厨房へ向かった。


「アルド君…3つと言うのは私の分もあるのだろうか?」

「勿論ですよ。シレア団長だけ何も出さないなんて失礼な事は出来ません!」


「そ、そうか…ありがたく頂くとするよ」


エルファスは思った。”兄さまはこの人で遊ぶつもりなんだ…”っと。

すぐにウェイトレスがミルクを3つ持ってきてくれた。


3人で乾杯をしてミルクを飲んでいるとルイスとネロが現れる。


「「「「おはよう」」」」


オレ達はお互いに挨拶を交わした所でルイスとネロがシレア団長をチラチラ見ていた。


「紹介するよ。王国騎士団団長シレアさんだ」

「紹介に預かったシレアだ。今日はアルド君に無理を言って狩りに同行させてもらいたく伺った。どうだろうか、一切手を出さないと約束する。同行を許して貰えないだろうか?」


シレアの言葉にルイスとネロが固まった。王国騎士団団長がなぜFランクの依頼に同行するのか……意味が判らない。


「ルイス、ネロどうだ。シレア団長を同行させても良いか?」

「あ、ああ…オレは問題ない…」

「お、オレも良いぞ…」


ルイスとネロの了承を貰いシレアが同行する事に決まる。


「じゃあ、依頼を受けるか!」


楽しそうに掲示板に向かうアルドをエル、ルイス、ネロは生暖かい眼で見送るのだった。


ルイスの提案でEランクの依頼”上級薬草採取”を受ける。特に面白そうな依頼が無い場合は最近の定番の依頼だ。

狩場はスカーレッドの森、これも定番になりつつある。


シレア団長は移動の時には邪魔にならない様、少し離れた所を歩いていたが意識はこちらを向いており足元が少しお留守の様だ。

簡単な段差や木の根に躓き転びそうになり、酷い時には犬のう〇こを踏みそうになっていた。


アルドは必死に笑いを堪えている。その姿をエル、ルイス、ネロが見て”悪魔がいる…”と戦慄するのだった。




スカーレッドの森に到着しルイスが”散開”の指示を出す。オレ達はお互い離れた位置でゆっくりと森の奥へと進んで行った。

途中、何度か戦闘があったが事前に言ってあった様に、オレとエルはチカラを出さずに、立ち回りで処理していく。


その様子をシレア団長は珍しい物を見るかの様につぶさに観察していた。

オレは少し思い違いをしていたかもしれない。


この人は純粋なのだ。色眼鏡で物事を見ないで”良い物は良い”と言えてしまえる人なのだろう。

確かに団長の立場では不適切かもしれないが認めた相手には”素直に教えを乞う”事ができる人。


団長だけあって器の大きさを感じさせる。短い間だが一緒にいて、人となりも申し分無さそうだ。

この人が団長なら部下もきっと伸び伸びと仕事が出来るだろう。


正直な所、模擬戦での事を根に持って”何かしてくるのではないか?”と疑っていたが杞憂の様だ。

これからは、オレも敬意を持って接する事にしようと思う。




そろそろ昼食の時間になる。ルイスの号令でオレ達は見晴らしの良い平原で昼食を摂る事になった。

シレア団長はオレ達の昼食を黙って見ている。


「シレア団長。昼食は?」

「ああ、私は何も用意して無いんだ」


ちょっと待て。オレはシレア団長の装備をマジマジと見つめた。


「シレア団長、もしかして水は?」

「少し喉が渇いたね」


オレは自分の水筒と予備の干し肉を渡して食事を摂るように促す。


「じゃあ水だけ頂くよ」

「ダメです。食べてください。それとその水筒は差し上げます」


真剣に話す空気を感じたのだろう。シレア団長は黙って礼をして昼食を摂ってくれた。水も定期的に確認しなければ…

暫く休憩して体力も回復した頃、ルイスが聞いて来る。


「どうだ、いけるか?」

「「「問題無い」」」


休憩の後の確認だ。いつの頃からか確認する様になった。この時に嘘は言わないのがオレ達の間の決まりだ。

もう少し休みたければ言う。体調が悪かったりしても言う。オレ達の間で見栄を張る事は無い。



さらに奥へ向かうと少し嫌な気配がした…

自分なりに周囲の警戒をするが特に問題は無い。オレの勘だけが警鐘を鳴らしている。


「ルイス、何か嫌な予感がする…」


オレの呟きにルイスだけでは無い、エル、ネロも警戒のレベルを上げる。


「何か理由があるのか?」

「無い。勘だ…」


「アルドの勘か…探索魔法はいけるか?」

「ああ、大丈夫だ」


ルイスはエルやネロ、シレア団長に向かい話だす。


「これからアルドが探索魔法を使う。敵に魔法使いがいた場合は逆にこっちが見つかる。逃げる準備をしておけよ。それとオレが責任を取る。何があっても指示を聞け」

「「「「判った」」」」


「じゃあ、アルド。探索魔法を使ってくれ」

「了解」


オレは範囲ソナーを使った……ちょっと待て…これは……


「逃げるぞ!」

「どうした?」


「魔力が暴走してる」

「まさか…スカーレッドか!」


「そうだ!」

「全員逃げるぞ」


全員が身体強化をして一斉に来た道を戻る。


スカーレッドの森が何故そう呼ばれる様になったか…それは定期的に魔力異常が発生し森が真っ赤になる事がその語源である。

一度、魔力異常が起こると1月程はその状態が続く。その間に森はあらゆる物が狂い戦い合う地獄となるのだ。


魔力異常の何が問題か……肉体的には何の異常も起こらない。しかし闘争本能を刺激されるのだろう。生きとし生けるもの全てが敵味方 関係無く争い出すのである。

ウィンドウルフの様な群れの魔物も例外では無い。同族、同種であろうとも目の前にいれば襲い戦うのだ。


運が悪いのかアルド達はその魔力異常が起こる瞬間に立ち会ってしまった。

走りながら、もう一度範囲ソナーを使う。


どうやら上空には魔力異常は伝播しない様だ…最悪、空間蹴りで空に逃げれば助かる。

ただし、オレもエルも1人を抱えて跳ぶのが限界だ。


しかし、ここにはルイス、ネロ、シレア団長の3人がいる…オレはリーダーたるルイスにその情報を話した。


「上空へはスカーレッドは向かわないようだ。空間蹴りを使えば逃げられる」

「そうか、空間g・・・」


「持てるのは1人だ!」


ルイスの言葉を遮ってオレは叫ぶ。


「空間蹴りで運べるのは自分と後1人だ…」


エル以外の全員が声を失う。

冒険者なんて仕事をすれば、いつかこんな選択をする時が来るのかもしれない。


走りながらルイスが話し出した。


「アルド、エル…ネロとシレア団長を運べ…」

「ルイス!何を言い出すんだ!」


「黙れ!」

「……」


「オレがリーダーだ…オレの指示にして従うと言っただろ」

「……」


「オレも自殺する訳じゃない。オレは魔族だ。人族より魔力に対する耐性は高いはずだ…」

「はずだ…ってお前」


「全滅は絶対に許さない」

「……」


全力で走っているが赤い魔力との差がどんどん狭まっている。

決して大きくは無い、しかし誰もが聞いてしまう様な芯のある声が響いた。


「私が残る。前途ある若者を見殺しにしたとあっては例え生き残ったとしても私の心が死ぬ」


恰好良い。この人はカッコイイ大人であり、カッコイイ男だ。死なせちゃいけない!


「エル!」

「はい、兄さま!」


双子の能力なのだろうか。オレとエルはお互いの名前を呼ぶだけで正しく意見を共有出来ていた。



どんどんスカーレッドが近づいて来る……もう遠くない時に追いつかれてしまう。


「全員、オレの近くに寄ってくれ」


こんな状況で説明も何も無いのに全員がオレの近くに寄ってくれた。


「魔力盾!」


オレは右腕を掲げて前腕から魔力盾を球状に展開する。

スカーレッドが魔力異常なら魔力で作った盾なら防げるのが道理だ。


スカーレッドが意識があるかの様にオレ達を飲み込もうとしてくる。

しかし、スカーレッドをオレの魔力盾で防ぎながらひたすらに出口へ向かって走り続けた。


どれぐらい走っただろう……魔力が枯渇しそうな感覚に意識が朦朧とする……ふと、魔力が急に回復し、意識も覚醒した。

エルだ。オレに魔力を譲渡し魔力枯渇で倒れる所をシレア団長が抱き抱え、そのままおぶって走り出す。


「私もこれぐらいは出来る!エルファス君は死んでも離さない」

「ありがとうございます。シレア団長…」


この瞬間、年齢も種族も立場も違う5人の心は確かに1つになっていた。

全員が1人も欠けずこの森を抜け出す!死ぬ時は全員一緒だ!!


全員がお互いのフォローをしていた。転びそうになれば手を貸し、折れそうになれば言葉を、どれぐらい走っただろう。必死で走りながらもオレは2度目の魔力枯渇で意識が朦朧としていた。




いつの間にか気を失っていた様だ。辺りは漆黒の闇だがオレの前には焚火が焚かれ煌々と辺りを照らしている。

寝起きの様なまどろんだ意識の中でゆっくりと半身を起こす。


「どうなった…」


誰もいないと思い独り言を呟いたつもりだったが、後ろから声がかかる。


「お前のお陰だ」


声の聞こえる方向へゆっくりと振り返った。


「……助かったのか。説明してくれると助かる」


そこにはエル、ルイス、ネロ、シレア団長が笑みを浮かべて座っていた。


「どう言えばいいのか…一応、説明しておく」


少し戸惑った様子でルイスが説明してくれる様だ。


「お前が魔力で盾を作ってくれたお陰で、ギリギリだが森から逃げられた」

「そうか…」


「正直、お前はフラフラだったからな。覚えて無いのもしょうがない」

「スマン、まったく記憶がない」


「ただな、森から出てオレ達がどれだけ言っても、お前は盾を消そうとしなかったんだ」

「……」


「これ以上の魔力の消耗は危険と判断して、シレア団長に頼んで気絶させて貰った」

「……」

「悪いとは思ったが対処させて貰った。すまない」


「オレがシレア団長に頼んだんだ、オレだと加減が分からなかった」

「助けて頂いてありがとうございました」

「いや、良いんだ。魔力の盾が無ければ恐らくはスカーレッドに飲み込まれていた…こちらこそ礼を言いたい」


一通りの説明を受け、助かったのだと肩のチカラを抜く。

細かな状況も聞きたい。今は依頼を受けた日の翌日の早朝だそうだ。今日は学園には行けそうに無い。


オレとエルが魔力枯渇で気絶していたので、背負って王都へ帰る事も考えたそうだ。

しかし、ルイスやネロ、シレア団長も森からの脱出でかなり消耗しており、まずは回復に専念する事になった。


ここで少し問題が発生する。自宅への報告をどうするか…特にサンドラ邸とブルーリング邸は捜索隊を出しかねない。

ここでネロが頑張ってくれた。暗くなる前にギルドへ走って移動し、サンドラ邸とブルーリング邸への連絡を頼んでくれたのだ。そして、その足で自宅へ戻り食料を買い込んで戻って来てくれた。


そして回復したルイスとシレア団長が主になって見張りを引き受けて、今に至るらしい。

実はエルもオレが目覚める30分程前に目が覚めた所で説明を聞いてオレと同じ様に頷いていた


「全員、無事に何とかなったな。王都へ帰るか」


ルイスの言葉に全員がゆっくりと立ち上がる。


「帰ったら小言が待ってるな…」

「小言で済めばマシだろう」

「兄さま、学園休んじゃいましたね」

「オレは昨日の内に怒られたぞ」


4人でワイワイ話しているとシレア団長がポツリと呟く。


「諸君は学生だが…私は無断欠勤だ……」


無断欠勤…元社会人として、その言葉の重みに自分の事では無いが、胃がキリキリと痛くなる気がした。




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