第364話母さん part2

364.母さん part2






洞窟へ最速で戻ったオレ達の様子を見て、ルイス達は驚いた声を上げている。


「ラフィーナさんはどうしたんだ? そっちの組も順調だったんじゃ無かったのか?」


今はルイスの相手をしている時間は無い。申し訳無いと思いつつ、苛立ちと共に大声で叫んだ。


「後にしてくれ! 今は時間が惜しいんだ!!」


ルイスはオレの鬼気迫る様子に、小さく「スマン……」とだけ答えて、それ以降何も口にする事は無かった。

くそっ、こんな言い方! ごめん、ルイス。でも母さんが……


オレは記憶の中にある脳内出血についての事を、必死で思い出していた。

脳内出血は、確か出血の量次第で症状が全く変わるはずだ……最悪は死に至ってしまう。


場所によって後遺症が出る事もあったはず……血が固まったらダメなんだっけ? くそっ分からない!

血を抜くか……このまま様子を見るか……自分の心臓の音が聞こえそうな中、オレが下した決断は……


「エル……母様の頭の中から血を抜き取ろうと思う……」

「ち、血を抜き取るって……どうやって……頭の中なんですよね?」


「母様の頭に穴を開ける……」


その瞬間、エルは悲壮な顔でオレを睨みつけた。


「兄さま! か、母さまの頭に穴って……それって大丈夫なんですか? 母さまは本当に助かるんですか?!」

「分からない。ただ、このまま放置すれば、恐らく母様の体はどこかしら動かなくなる可能性が高い……最悪はそのまま……目覚めないかもしれない」


「そ、そんな……か、母さまが……何で……」

「エル、スマン。時間が惜しいんだ……直ぐに始めたい」


「か、母さま……に、兄さま……嫌だ……僕は絶対に嫌だぁぁぁぁ!!!」


そう叫ぶとエルは洞窟から飛び出し空へ駆け出していった。


「アシェラ! ルイス! ネロ! エルを頼む!! 今のアイツは単身で主へ挑み兼ねない! 最悪は睡眠を撃ち込んでも止めてくれ!! 頼む!」

「分かった」「おう」「任せるんだぞ!」


「ナーガさんとカズイさんは手伝ってください」

「分かったわ。何でも言って……」「わ、分かったよ」


こうして全てが手探りの中、脳の外科手術と言う特大の賭けをする事になってしまった。賭ける物は実の母親の命である。


「ナーガさん、先ずは母様の頭のここからここまで髪を剃ってください」

「分かったわ……ごめん、ラフィーナ」


そう言ってナーガさんは母さんの髪を剃っていく……誤って切ってしまった時は直ぐに回復魔法で治していた。


「カズイさんはお湯を沸かしてください」

「お、お湯? な、鍋にはアルドのスープが……」


オレは作ってあったスープを洞窟の外へ全て捨てて、空になった鍋をカズイへと渡した。


「良く洗ってから、お湯を。沸騰……沸き立つぐらいのお湯をお願いします!」

「わ、分かったよ」


オレはと言うと、母さんにソナーを何度も打ち、どこから穴を開ければ良いのかを、念入りに調査していく。

10分ほどが経ち、魔法で作った沸騰した鍋の中へミスリルナイフを入れ、煮沸消毒をした。


「アルド君……剃り終わったわ」

「ありがとうございます」


改めて母さんの前に立ち、頭に消毒済のミスリルナイフを当てると……今までの母さんとの思い出が走馬灯のように駆け巡り、手が震えてくる……終いにはナイフを落としてしまった。

オレの目からは大粒の涙が溢れ出し、崩れ落ちるようにその場で座り込んでしまう。


「うぅっ……母様……母様……やっぱり僕には無理です……母様の頭にナイフを突き刺すなんて……」


洞窟の中にはオレの嗚咽だけが響き、ナーガさんもカズイもただオレを見つめ続けるしか出来なかった。

そんな時間がどれだけ続いたのか……そっとオレの背中に触れる手がある。


ゆっくりと振り向くと、目が真っ赤に晴れ上がったエルが立っていた。


「兄さま……」

「エル……オレ……やっぱり……」


「アシェラ姉に言われました。兄さまなら絶対に母さまを助けてくれるって……僕は兄さまを信じます……兄さまも自分を信じて下さい……僕には無い『使途の叡智』を持つ兄さまだけが、母さまを助けられる……それでも……もし、母さまが……た、助からなくても……僕は兄さまを恨んだりしません……ですから……お願いです、母さまを助けて下さい。お願いします……」

「エル……」


エルは涙を堪え、必死に言葉を絞り出していた。エルがここまで言うんだ。

であれば、オレは……


「分かった。やってみるよ……」


何時の間にかミスリルナイフは再度お湯の中で煮沸消毒されていた。どうやらカズイがやってくれたみたいだ。

再び、ミスリルナイフを持ち母さんの頭に当てると、先ほどと同じように手が振るえてきてしまう……


くそっ……やっぱり、オレには……

そんなオレの背中にアシェラの手が触れると、不思議な事に高ぶった感情が徐々に収まっていく。


「アシェラ、何を……」

「状態異常回復をかけてる。アルドの魔力が恐怖でザワめいてるから……ボクにはこんな事しか出来ない……」


「状態異常回復……恐慌の状態異常と一緒なのか……これなら!」


オレはアシェラのチカラを借りながら、ミスリルナイフに魔力武器を少しだけ出し、超振動をかけていった。

ヒィィィィィィィン……


羽虫が鳴くような音が広がっていく。


「母様……行く!」


左手でソナーを打ち続け、右手で超振動のミスリルナイフをゆっくりと刺していく。魔力が凄まじい勢いで減って行くが、今はどうでも良い。

ミスリルナイフは全く抵抗も無く母さんの頭へと入っていく。


ソナーで注意深く調べながら絶対に脳へは傷を付けないように慎重に進めていった。

頭蓋骨を抜け、硬膜……最後のクモ膜に穴が開いたのを確認すると、ゆっくりミスリルナイフを引き抜いた。


傷口から少しドロリをした血が流れ出てくる。

後は血が抜けた後に、傷口を塞げば……髄液が漏れ出るのは最小限にしないと……


気を張り詰めながら流れ出る血を見つめていると、いきなり視界がグニャリと回って見えた。

マズイ!魔力枯渇だ。超振動とソナーを使い過ぎて、魔力の残りが……集中し過ぎて睡魔にも気が付けなかったのか……


意識が闇に吸い込まれそうな中、アシェラとは別の手が背中に添えられる。エルだ。

枯渇寸前の魔力が一気に満タンになっていく。


「エル、お前、魔力を全部……」


オレが振り向いた時には薄っすらと笑ったエルが、「母さまを頼みます……」と呟いて意識を失っていく所だった。

倒れるエルを抱き止めたのはルイスだ。


「アルド、エルファスは任せろ。お前はラフィーナさんに全力を!」

「ありがとう!ルイス」


これなら!オレは再び母さんへソナーを打ち続け、ベストなタイミングを計って行く。


「ここだ!」


血が殆ど抜けきった所で、先ずは回復魔法を使い、くも膜を修復。次は硬膜……最後に頭骸骨と皮膚を修復して全ての治療を終わらせたのだった。






あれから半日ほどが過ぎ、洞窟の中は静まり返っていた。

エルも魔力の回復が終わっており、今はオレの隣で俯きながら必死に感情を抑えている。


勿論そんな姿はエルだけでは無い。オレ、アシェラ、ナーガさんは当然として、ルイス、ネロ、カズイも同じように俯いて、この感情をどう処理して良いのか、持て余している状態だ。

この場の誰もが下を向いて唇を噛み、必死に何かを耐えていた……ただ1人を除いて。


「あのクソオーガ……絶対にぶっ殺してやる!絶対、絶対、絶対によ!!」


そう、この空気の中で怒りに震えているのは、氷結の魔女ことラフィーナ=フォン=ブルーリングその人である。

怒りで血走った目に、口汚い言葉……そして、半モヒカンになった髪を逆立て主への怨嗟を叫んでいた。


半モヒカン……母さんは主からの投石を側頭部に受けた。当然、患部は側頭部にあり、手術のため頭の半分はナーガさんの手により剃られてしまっている。

そしてオレ達はと言うと、先ほどまでの悲壮感は無いのだが、母さんが助かった嬉しさと半モヒカンの頭……そして本人の恐ろしいほどの怒りにどうして良いか分からないのだ。


「コホン……」


しまった! 必死に気配を殺していたのに咳が漏れてしまった!

氷結さんが、これを見逃すはずも無く……


「ア~~ル~~、もしかして今 笑ったのかしら?」

「い、いえ、ちょっと咳込んでしまっただけです!」


「本当の事を言いなさい! この頭を見て笑ったんでしょ!」

「い、いえ……そんな事……」


ゆっくりと顔を上げると、半モヒカンで髪を逆立てた母さんの姿が血走った目で怒り狂っている。


「か、母様!」


オレは取り敢えず、この怒れる猛獣を押さえつけるために抱き着いた。


「あ、アル?」

「良かった……本当に良かった……僕は母様が生きていてくれて、本当に嬉しいです。どこか痺れたり、感覚がおかしい所は無いですか?」


母さんはオレが抱き着いたままの体勢で、手を握ったり体を動かしたりして自分の状態を調べている。


「特におかしい所は無いわね。それと悪いんだけど、いい加減離れて貰っても良いかしら?」

「も、もう怒ってはいませんか? 離れたら八つ当たりとか嫌なんですが……」


「ハァ……大丈夫よ。あのクソオーガは欠片も残さず殺してやるけど、アナタ達に八つ当たりなんてしないわよ……」

「分かりました」


やっと鉾を収めた母さんから離れると、全員が安堵の息を吐いていた。

改めて母さんを見ると、髪が半分剃り上げられており何とも言えない雰囲気を醸し出している。


「あー、母様……その頭も見ようによっては、オシャレさんじゃないかなぁって……」

「これのどこがオシャレなのよ! アル! アンタ、バカにしてるんでしょ!!」


「そ、そんな事は無いですよ。いっそ反対側も剃り上げて真ん中だけ残せばモヒカンって髪型に……あ、待って……本当にバカにしたわけじゃ無くて……」


母さんの後ろにはウィンドバレットが無数に、オレを狙うように浮いている。

あのー、それ(非殺傷)ですよね? 1発当たるだけで骨とか折れちゃうんですが……全部当たったらきっとオレ、死んじゃいますよ?


怒りが再燃した氷結さんから、オレは脂汗を流し流して脱兎の如く逃げ出したのだった。


「アル!待ちなさい!!」

「うお、危ね!ちょ、ちょっと本気で狙ってませんか? しかも空間蹴りの魔道具まで使って!」


こうして1時間ほど母さんに追いかけられる事になってしまった。

母さんの髪については可哀そうだと思うが、生きててくれて心の底から嬉しくてしょうがない。


こんないつものバカ騒ぎをしながら思う事は、『口は禍の元』と言う事であった。





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