第363話母さん part1
363.母さん part1
洞窟も冷え、腰を据えてオクタール攻略を初めて10日が過ぎた頃。
オレ達は陽が登っている間はオーガの間引きを、陽が沈んでからは定期的にオクタールの街に魔法を撃ち込むと言う消耗戦を仕掛けていた。
生物である以上、夜はオーガ達も眠るらしく、いつも攻撃の前は静まり返っている。
しかし、攻撃を始めるとオーガ達は雄たけびを上げて騒ぎ出すので、きっと主もゆっくりと眠ってなどいられないはずだ。
昼間の間引きも順調である。夜襲のお陰で雑魚はかなり疲弊しており、普段のオーガよりだいぶ弱く感じられた。
恐らく、これは食糧不足も大きいのだろう。何せ、オクタールから出ればオレ達に襲われるのだ。
ここ2~3日のオーガは、オクタールから出ると辺りを必要以上に警戒して、非常に怯えているのが見て取れた。
こうして当初の目的通り、オーガに対しての兵糧攻めを仕掛け、まずまずの成果を出す事に成功している。
「じゃあ、今日も間引きと行こうか。いつも通り、昼には一度 ここに戻ってこよう」
「ああ。ネロ、カズイさん、行きましょうか」
「今日もオーガをやっつけてやるんだぞ!」
「2人共、気を付けてよ。特にネロ君。昨日みたいなケガは絶対にダメだからね」
「分かってるぞ。昨日は足が滑ったんだぞ。今日はあんなヘマはしないんだぞ!」
ネロの言葉にルイスとカズイは何とも言えない顔をしているが、何も言わない所を見るとネロは本当に足を滑らしたのだろう。
「じゃあ、行こうか」
「おう」「アルドより沢山倒すんだぞ」「アルドも気を付けてね」
こうしてオレが単独、ルイス達はパーティでオーガの間引きを行っていくのてあった。
実はこの10日の間に、上位種をもう1匹倒す事に成功している。
やはり兵糧攻めと夜襲が効いているのか、オクタールの外で上位種の姿を見る事が多くなってきた。
しかし、パーティを分けている関係上、単独で上位種の群れに突っ込むのは流石に躊躇われる。恐らく戦っても問題無く倒せるのだろうが、今は無理をする場面では無いわけで。
結果、上位種のいる群れは無視して、雑魚のオーガを虱潰しで殲滅して回っていた。
しかし、3日前の事。ここ最近の兵糧攻めで余程 腹が減っていたのか、群れから隠れて何かの肉を貪っている上位種の姿を見つけたのだ。
流石にこれを見逃すほどオレはお人好しでは無い。
地上スレスレを空間蹴りで駆け寄り、無音のままに後ろから超振動で上位種の首を刎ねてやった。
ヤツは首を刎ねられた事にすら気付かず、瞳から光が消えるまでの間、最後まで不思議そうな顔でオレを見つめていた。
これで主以外の上位種は2匹のみである。エル達が到着した暁には、一気に攻勢へと移れるはずだ。
順調に夜襲と兵糧攻めを続けて、更に5日が過ぎた。
昼食にそろそろ洞窟へ戻ろうかという頃、耳の中にアオの声が聞こえてきた。
「アルド、聞こえるかい? エルファスが収納を見て欲しいんだってさ。確かに伝えたからね」
「分かった。ありがとう、アオ」
ミルドでルイス達にアオを見られて以来、アオへの伝言は全て姿を見せないようにしてもらっている。
相手の状況が分からない以上、アオが姿を現すのは色々とリスクがあるからだ。
早速 収納を開けると、中に手紙が入っているのに気付いた。
『兄さまへ。こちらは10日前に主を倒し終わって、オクタールへ向かっている最中です。恐らく明日の午前中には辿り着けると思いますので、正午ちょうどにオクタールの南門の辺りで落ち合いましょう。
追伸 範囲ソナーを使いますので正門から1000メードの範囲にいてもらえると助かります』
「明日にはエル達が到着するのか。いよいよ主との決戦だな。問題はこの2週間で主がどこまで疲弊してるかだが……まだ姿も見てないしな。そこは合流してから相談か」
オレはアオを呼び出すと、「了解した」とだけ伝言を伝えておいた。
魔力も消費する事だし、流石に一言であれば収納を使うまでも無い。
実は、主との戦闘に当たって気がかりか1つある。オレ達は魔瘴石を1つも持っていないのだ。
オレとしては3年の旅の間に迷宮探索などしていないし、するつもりも無かった。
エルの方も、開拓に領主としての勉強、しかもマールの妊娠、出産があったのだ。迷宮探索をしている余裕は無かったのだろう。
オレが飛ばされなければ色々と分担も出来たのだろうが、今更 言ってもしょうがない事である。
「やっぱりグリム、お前の罪は想像よりずっと重いぞ。オリビアから『償いのために魔瘴石を取りに行っている』と聞いてるが、1個や2個じゃ納得できないからな」
ここにはいない魔族の上位精霊へ、恨み節を呟くしか出来ないのだった。
昼食の際に、ルイス達へエルからの手紙を見せると、3人は安心した様子で思い思いに口を開いた。
「向こうの主を倒せたんだな。何も書かれて無いって事は、怪我人も出なかったみたいで安心したぜ」
「流石、エルファスとアシェラなんだぞ。皆が来ればオクタールの主も簡単に倒せるんだぞ!」
「じゃあ、明日からがオクタール攻略の本番だね。僕達はサポート役に回るんでしょ? 具体的には何をするんだろ」
「ああ、怪我人が出なかったみたいで良かった。カズイさん、サポートは恐らく引き続き雑魚のオーガの討伐になると思います。僕達が本格的にオクタールを攻めれば、逃げ出す個体もいると思いますから」
「そっか。それなら僕にでもできそうだ」
カズイは言葉を吐いてから、急に難しい顔で黙り込んでしまった。
「カズイさん、どうかしましたか?」
「いや……良く考えたらベージェにいた頃は、普通のオーガにも怯えてたのに、今はオーガの2~3匹なら大した事無いって思えちゃったから……勿論、この魔道具があるからなんだけど……僕、この3年で凄く強くなったみたいだよ」
カズイの言葉にルイスとネロも思う所があるらしく、少し考えてから口を開いた。
「それはオレもです。たぶんアルドの教えを受けて、一緒に戦ってるからだと思います。現にコイツを探す旅の途中も修行は欠かさなかったですが、今の方が何倍も早く成長している実感がありますから」
「オレもそう思うぞ。ジョー達との冒険だと安全マージンをしっかり取るけど、アルドと一緒だと全力の戦闘ばかりなんだぞ。普通はこんな戦い方をすれば直ぐに死ぬんだぞ」
「そうだね。全力の実戦をこの密度でこなせば、誰でも強くなるしか無いよね」
むむむ。何かオレが3人をこき使っているような話になっているが……付いて来たいって言ったのはお前等だろうが!
「おい、それじゃあ、オレがお前等をこき使ってるみたいじゃないか」
「まぁ、間違いじゃないな。例え無理に付いて来たのがオレ達だとしてもだ」
「おま、分かった。ナーガさんが着いたら、ルイス達が参加を嫌がってるって話しておく」
「おいおい。オレはこき使われてるって言っただけだぜ。誰も嫌だなんて言ってないだろ? 寧ろ、こんなに密度の濃い戦いが出来て嬉しいって言ってるんだよ」
「ルイス……幾ら何でもそれは、ちょっと無理矢理すぎないか?」
「……言うな、オレもそう思ってるんだからよ」
「プッ……」
「ククッ……」
「「「「ハハハハハハ……」」」」
休憩の間、4人の笑い声が辺りに響き渡るのだった。
その日の夜もいつもと同じように野営の見張りを交代しつつ、それぞれがオクタールへ嫌がらせの魔法を撃ち込んでいった。
そして次の日の朝の事。支度を終えて今は朝食を摂っている所てある。
「今日は早めに戻って昼食にしよう。きっとエル達と合流したら、昼食の取り合いになる気がする……」
「あー、ラフィーナさんか」
「ああ。オレ達は拠点で狩りをしながらの野営だが、向こうは恐らく……ずっと悪魔のメニューだろうからな」
「……なるほど、分かった。オレも干し肉と黒パンのみは勘弁してほしいからな。早めに戻る事にするぜ」
示し合わせたように全員が頷いて、今日は早めの昼食を摂る事に決まったのだった。
早目の昼食を摂り終わり、後30分ほどで正午となる頃。
「そろそろエル達を迎えに行ってくる。ネロ、このスープをかき混ぜておいてくれないか?」
「任せるんだぞ」
「頼んだ。じゃあ、行ってくる」
そう言ってオクタールの正門の近くの大木に降り立ち、懐から懐中時計を出すと11:50を指していた。
そろそろエルの範囲ソナーが飛んでくるはずだ。
そのまま枝の上で待っていると、100メードほど西からソナーが飛んできた。待っていれば、エル達はここに向かってくるはずだ。
数分も経つと空に人影が見え始め、4人の元気な姿が確認できた。
呑気に手を振ってこちらに誘導しようとした所で、オクタールから何かが4人に向けて飛んでいくのが見えた。
ガァァァァァァァァァ!!!!
凄まじいい叫び声に思わずオクタールを見ると、城壁の上に何かがいる……普通のオーガより二回り大きく、色は禍々しい黒……主だ。
遠目からでも分かるほど凄まじい憎しみを瞳に宿し、オレを真っ直ぐに睨みつけている。
恐らくここ最近の嫌がらせへ対処するために、とうとう主自身が現れたのだろう。
軽く一当てして、主のおおよその実力だけでも知りたいが、今は4人との合流が先だ。
主へ挨拶代わりのウィンドバレットを数発 撃ち込んで、エル達と合流するべくオレは空へと駆け上がっていった。
しかし、エル達に近づいて行くにつれ、何か4人の様子がおかしい……
ん? どうした? 空を駆けているのが3人しかいないのだ。1人は抱きかかえられている?
更に近づくと母さんがアシェラに抱きかかえられ、頭から血を流しているのが見えた。
「母様!!!」
さっき4人を目掛け、何かが飛んで行ったのは……まさか主が何かを投げたのか?
くそっ! あの野郎!!
だから言ったのに……髪型が崩れるのが嫌とか言って、最低限の頭装備しか着けないから……
主に腸が煮えくり返るほどの怒りを感じるが、先ずは母さんの容態を……バーニアを吹かして最速で向かっていった。
「アシェラ、母様は?」
「回復魔法をかけたから、たぶん大丈夫だと思う……」
大丈夫と言うアシェラの顔は、不安で泣き出しそうに見える。
「オレがソナーをかける」
「お願い」
アシェラの隣へ移動して、空を駆けながらソナーを打った……外傷は治療済……くそっ!頭の
中で出血してる! 一刻も早く治療しないと命に関わる!!
「ダメだ。頭の中で出血してる。このままじゃ母様は助からない!」
3人は驚いた顔でオレを見つめ、全員が叫ぶように言葉を吐いた。
「兄さま! 回復魔法を!! 早く!!」
「アルド! お師匠を助けて! お願い、お願いだから!」
「ラフィーナ、起きて! アナタがこんな所で倒れるなんておかしいでしょ!」
こうしている間も主からは、断続的に石が投げ込まれエルが盾で防いでいる。
「エル、防御は任せるぞ。アシェラ、時間が惜しい。このまま回復するから、オレに速度を合わせてくれ。ナーガさん、風魔法でエルから漏れた石の破片を防いで下さい」
それだけ言うと、オレは母さんの頭へ手を当てソナーを再度打つ……くそっ、出血が多い。
ソナーで傷ついた血管は分かるんだ。落ち着け、オレ。最速で回復魔法をかけ傷付いた血管を修復していった。
1分ほどが経ち、傷ついた血管は全て修復を終えているが、母さんが目覚める様子は無い。
出血で脳を圧迫しているんだ……このまま放置しても良いのか? 血は母さんの物だから拒絶反応なんかは出ないはずだけど……分からない。
「取り合えず傷は全部治した……母さんを安全な場所へ連れて行こう……」
「はい……」「うん……」「分かりました……」
相変わらず主からの攻撃は続いているが、分かっていれば投石如きでオレ達を傷つけられるわけも無く。
主はオクタールから離れていくオレ達を憎々しげに見つめている……主よ。覚えておけ。お前は絶対にオレが殺してやる。絶対にだ!!
きっと3人共全員が同じ事を思っていたのだろう。特大の殺気を主へ放ちながら、洞窟へと急いだのであった。
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