第104話王国騎士団 part2
104.王国騎士団 part2
「始め!」
全員が瞬時に身体強化をかけ、相手の様子を伺っている。
唯一盾を持っていないオレは待っていてもしょうがない。まずは一当てっとマリク副団長へと走り出した。
ちなみに騎士団は魔法が使える人があまりいないそうで自主的に封印している。
オレがマリク副団長と切り結ぶと、横からシレア団長がオレに切り込んできた。
その斬撃をエルが盾で受けてくれる。
暫くすると2対2の模擬戦ではあるが実際の戦闘は1対1の2チームに分かれつつあった。
エルとシレア団長はオレ達から少し離れた場所で戦っている。
オレはと言うとマリク副団長の相手だ。
正直な所、王国騎士団とブルーリング騎士団の強さを比べるとブルーリング騎士団の方が強い。
シレア団長でさえハルヴァには相手にならないと思われる。
しかしマリク副団長の強さはハルヴァに勝てはしないまでも良い勝負はするだろう。
恐らくはこの中で一番の手練れと思われる。
少し楽しくなってきた。
オレは魔力武器で大剣を作りマリク副団長へと切り結ぶ。
大剣の扱いをジョーに習い始めて暫く経つ。修行で感じたのは要は2本の大剣のチカラの向きだ。
短剣なら問題にならないが大剣では振り切った後に体が流れる。
ジョーとの修行を思い出し、独楽の様に回りながら斬撃を加えたり、二刀を同じ方向へ横薙ぎに振るう。勿論、胴と頭など違う場所を狙っての斬撃だ。
そうして何度かマリク副団長と撃ち合っては離れを繰り返す。
横目で見るとエルとシレア団長も良い勝負をしている。
しかし、そろそろこの勝負も飽きてきた。オレはマリク副団長に向かって走り出す。
マリク副団長は盾を構え”後の先”を狙うつもりの様だ。
ジョーと遊びながら考えた技……右の大剣は袈裟斬りで相手の左肩から右脇腹への斬撃を、左の大剣は逆袈裟斬りで右脇腹から左肩への斬撃を同時に繰り出す。
これなら大剣に体が流される事も無く、相手は真逆に迫る2つの斬撃を同時に処理しなくてはならない。
ジョーに何度か試したが逃げる以外に躱す方法は無いと思う。
獲物に食らいつく様な斬撃と言う事で、オレ達はこの斬撃に”牙”と名を付けた。
”牙”は当たれば”倒せる”と言える程の威力を秘めている…しかし”どうしても大振りになってしまい隙が大きくなるのだ。
何時でも簡単に出せる技では無くそのシチュエーションを作る必要があった。
マリク副団長は盾を堅実に使う・・そして隙があればすぐさま片手剣の斬撃が飛んでくるのだ。
膠着状態に気力が削られていく。魔法があれば…空間蹴りが…と思えてストレスが凄まじく溜まる。
しかし、この状態に焦れていたのはオレだけでは無かった。御前試合を見ていたマリク副団長はこの模擬戦がハンデ戦だと言う事が判っている。
マリク副団長はこれだけのハンデがあって圧倒出来ない自分に苛立ち、修羅と呼ばれる相手の底知れなさに畏れを感じていた。
普段ならしない行動。普段なら躱すか最悪は片手剣で受け流す斬撃。しかし目の前の修羅に畏れてか…正面から盾で受けてしまう。
思った以上の衝撃が盾から伝わり体勢が大きく崩れる…アルド以外の他の相手なら隙とも言えない程の隙だったが、目の前にいるのは修羅。見逃してくれるはずも無かった。
盾の使い方が巧いマリク副団長が珍しく斬撃を真正面から受ける。盾が浮き体の線もバラバラだ。
オレは瞬間的に”いける”と感じジョーと遊びで作った”牙”を撃ち込む。
マリク副団長から見れば左上と右下からの同時攻撃だ。大剣は柔らか仕様なので死ぬ事は無いと全力で振るう。
マリク副団長は”牙”を受け止めるつもりだ。左上の斬撃を盾で右下の斬撃を片手剣で。
盾は押されながらも斬撃を止める事に成功する…しかし右下の斬撃を受け止めるのに片手剣では無理だった。
勢いに乗った大剣が片手剣と接触した瞬間、片手剣は大きく弾かれる。
アルドはそのまま振り切った。柔らか仕様なので”バチン”と音がしたのはご愛敬。
マリク副団長の顔には悔しそうだが、どこか楽しそうな表情が浮かんでいた。
この模擬戦は2対2である。
このままエルと2人でシレア団長をフルボッコしても良いのだが、どうせなら2対2の混戦も体験してみたい。
「マリク副団長。行きましょう」
マリク副団長は一瞬、ポカンと呆けた顔をしたが次の瞬間には肉食獣の様な顔で頷いた。
エルファスとシレア団長の戦いはある意味一方的だった。アルド達と違いここまで長引いているのはエルファスが手加減をしているのだ。
仮にも王国騎士団の団長と副団長である。13歳の学生に手加減されて負けたとあっては立つ瀬がない。
エルファスとしては勝って良いのか判断が付かなかったのだ。
シレア団長は…と言えば元々、空間蹴り、魔法、魔法盾、とかなりのハンデ戦ですら喜々として戦う猛者である。
エルがどれだけ手加減しようとも模擬戦を楽しんでいた。
エルとシレア団長の戦いに、まずはマリク副団長が乱入していく。エルを2人で挟み込む様に動きどちらかが死角になる様な立ち位置に移動するのだ。
”なるほどなぁ”と眺めているとネロの声が聞こえた。
「アルド!何見てるんだぞ。エルを助けろ」
ネロが熱くなっている…珍しい。ルイスは審判だけあって声援は無いが何か言いたそうにしている。
確かにこれではエルに申し訳がない。
オレも乱入していく。
暫く、斬り合っては離れを繰り返しているとエルがボソリと聞いて来た。
「兄さま。この模擬戦、勝っても良いのですか?」
一瞬、何を言っているのか判らなかったが、どうやらエルはわざと勝たない様にしていた様だ。
「当たり前だろ。勝ちにいくぞ」
オレの言葉にエルは吹っ切れた様で、真っ先に斬り込んで行く。
エルはシレア団長にシールドバッシュで牽制をし、片手剣でマリク副団長を攻撃した。
オレはと言うとエルの後ろを隠れる様に付いていき、完全にフリーな状態だ。
ぎりぎりまでエルの体の影に隠れてシレア団長へ襲いかかる。
シレア団長がオレに気付き、盾を構えようとした所でもう1度エルからのバッシュが飛んできた。
これにはさすがのシレア団長も体勢を崩してしまう。
すかさず首筋に短剣を当て、団長から”参った”の言葉をもぎ取った。
エルの方に振り返るとマリク副団長の片手剣がエルの首筋に当てられている…”降参です”エルの言葉が響く。
これで最初に戻った形だがオレは仕切り治さずマリク副団長の死角から攻撃を仕掛ける。
オレの攻撃を盾で受けると思われた所で、何故か盾を手放し腰の予備武器である短剣を抜く。
オレの一瞬の躊躇を見逃さず、短剣を首筋に当てられた……この堅実な人がこんな手を……狙っていたのかは判らないが…オレの負けだ。
”参った”オレの言葉が妙に演習場に響いた。
オレの降参の言葉の後、騎士達の喝采が演習場に響き渡る。
この光景を見ると悔しさはあるものの、負けて良かったのかもしれない。
騎士達にも話しかけられた。
”副団長は強いだろう””今日は団長の調子が悪かっただけだ””学園を卒業したら騎士団に来い”等の耳に痛い話、ありがたい話、果ては嫌味に至るまで色々な騎士が話しかけてくる。
空気が弛緩し笑い声が出始めた頃、1人の文官風の男がシレア団長に話しかけて来た。
シレア団長の顔がみるみるうちに強張って行く。
肩を落とし暗い表情でシレア団長がオレ、エル、ルイス、ネロ、マリク副団長を呼ぶ。
「付いて来てくれ…」
そう一言だけ告げるとシレア団長は、演習場の横にある屋根が付いた屋内演習場へと入っていく。
屋内演習場の中には王様のお付きの人とウチの爺さんが微妙な顔で立っていた。
「シレア。お前と言うヤツは…あれ程関わるなと言っただろうが!」
お付きの人がシレア団長にお冠の様だ。
「えーと、そう、親睦を深めようと思いまして…」
「だから関わるな!と言っている。お前がこの子達を騎士団に入れようと画策すれば、王家が貴族の世継ぎに介入する事になると何度言ったら判るんだ!」
「……申し訳ありませんでした」
シレア団長の謝罪にお付きの人が溜息をつきながらオレに話しかけて来た。
「ハァ…アルド君だったね?」
「あ、はい…」
「コヤツの言う事は一切聞く必要は無い。全て無視してくれ」
「……」
「どうした?」
「私はシレア団長の有り様に好感を持っています。もし許されるなら年の離れた良き友人として付き合いたいと思います」
お付きの人がオレとシレア団長の顔を交互に見て、何度目かの溜息をついた。
「友人関係までは王家として首は突っ込まん…ただしコヤツが騎士団に入れと言っても決して入るな。それだけは絶対だ。どうしても騎士団に入りたいならブルーリングの騎士団に入ってくれ」
「判りました。お付きの人?」
オレの最後の一言で場が氷付いた…爺さん、シレア団長、マリク副団長の顔が引きつっている。
「アルド!何と言う失礼を!謝れ」
爺さんが血相を変えてオレに怒鳴り散らしてくる。こんな怒り方をする人じゃ無いんだが…
「バルザ、良い。自己紹介をしていなかった私の落ち度だ。もうずっと自己紹介などして無かったから忘れていた。私はダンヒル=フォン=バーク。バーク侯爵家の当主だ。ガイアスとティファの祖父と言った方が良いかな?」
自己紹介を聞いてオレは何故、爺さんがあんなにも怒ったのかを瞬時に理解した。
すぐに跪き謝罪する。
「知らない事とはいえ申し訳ありませんでした」
「即座に謝罪するか。おい、バルザ。養子に出す気は無いか?」
いきなり爺さんに話出すがこの2人…気安くないか?
「ワシが出す訳ないと判って聞いているだろ。まったく…」
「フフフ。気が変わったらいつでも言ってくれ」
「アルド、このタヌキに何か言われても聞くんじゃないぞ。さっきの自己紹介も大事な事を言っておらん。コイツはこの国の宰相だ…」
宰相?ヤダーー本当に偉い人じゃないですかーーさっき謝罪したオレ、グッジョブ!
「では解散するか」
ダンヒル宰相が解散を言い出した時、また空気を読まないシレア団長が口を出す。
「宰相。少しだけ宜しいですか?」
ダンヒル宰相は心の底から嫌そうな顔をして答える。
「何だ…」
「この前の御前試合で私はここにいるアルド君に”おもちゃ”にされました」
「…それがどうした」
「アルド君の本気の戦いを見たくはありませんか?」
「お前が相手をすると言うのか?」
シレア団長がゆっくりと首を振った。
「私では力不足です。御前試合の二の舞がせいぜいでしょう」
「では誰が相手をすると言うのだ?」
ここで何故かマリク副団長が震え出した。
「ここにはもう1人修羅がいるではありませんか」
シレア団長の言葉に全員がエルを見る。マリク副団長が”ほっ”とした顔をしていたのは見逃さない。
「…バルザ、お前に預ける」
シレア団長の言葉にオレは思い至る。ブルーリングを出て本気の戦いをしていない…ワイバーンでさえ舐めプだったのだ。
「アルド、エルファス、お前達はどうしたい?」
「お爺様、僕はエルと模擬戦がしたいです」
「僕も兄さまと模擬戦がしたいです」
「分かった…」
「お爺様、どこまで良いのでしょうか?」
「ここにいる人間には今更だ。全部、見せて見ろ」
「分かりました!」
オレはきっと今日一の笑顔だったと思っている。
「エル、お爺様の許可が出たぞ」
「はい!」
「リアクティブアーマーも使うぞ」
「良いのですか?」
「使って慣れておかないと、いざと言う時に使えないからな」
「それは、そうですね」
オレ達は距離を取り武器を構えた。
どうやら合図はダンヒル宰相が出してくれるようだ。オレとエルを見て準備が完了したと判断したのだろう。
「始め!」
お互い、瞬時に身体強化をかけ戦闘に備える。
オレはウィンドバレットを5個纏いエルに向かって走りだす。
双子だからかエルが最初にリアクティブアーマーを使ってくると確信している。
エルの盾に触れる寸前、空間蹴りで上空に逃げる。そのままウィンドバレットの1つを盾にぶつけた。
盾が爆発するがオレもエルも想定内だ。
「いけーー!」
残りのウィンドバレット4個を爆発の間にエルの周りに配置してあった。オレは掛け声に合わせて4個のウィンドバレットを発動する。
4個全て直撃…しかしオレは少しも油断しない。
土煙が晴れてエルの姿が見える。そこには正面の盾の他に右、左、後ろへ盾を展開しているエルが立っていた。
魔力盾。オレは両腕の前腕に展開出来るようにしたがエルは違った。肩から肘の間の上腕と背中に展開出来るようにしたのだ。
これでエルが盾を展開すると上と下にしか死角が無くなる。正に不沈艦と呼ぶにふさわしいだろう。
これで新しい技。魔力盾とリアクティブアーマーの実戦での試験が終わった。
魔力盾は想像通りの使い勝手だったが、リアクティブアーマーは発動に3秒程の時間がかかる。
先程のウィンドバレットを当ててから攻撃をされると使う事が出来ない。
それも鍛錬次第で発動時間を短く出来るのだろうが…
ここからは全力での模擬戦だ。
「エル!慣らしはここまでだ。本気で行くぞ」
「はい、兄さま。僕も本気でいきますね」
2人の言葉を聞いた他の者は驚くのも疲れたと言わんばかりに無表情だったと言う。
しばしの時---------
「エル、そうくるか…」
「これで、どうですか!」
「やるな、エル!」
「うわ、兄さま。ここでリアクティブアーマを使いますか!」
空間蹴り、ウィンドバレット、魔力武器に魔力盾、リアクティブアーマーもだ。
今まで磨き上げてきた技を惜しみなく繰り出して行く。
先程までは地上で戦っていたが今は空中だ。ドッグファイトさながらに空中戦を楽しんででいると下からウィンドバレットを撃ち込まれた。
下を見ると、どうやらルイスが撃ったらしい。
折角、楽しくなってきた所だったのに…オレとエルは模擬戦を中断し自由落下で降りていく。
ダンヒル宰相とマリク副団長が受け止めようとする所までがお約束だ。
折角、楽しんでいたのに邪魔をされた事で、若干の不満顔を向ける。
「アルド…エルファス…お前達は何と戦うつもりなんだ…」
オレの不満顔など”見えない”とばかりに爺さんがポツリポツリと話す。その顔は一気に10歳程、老いたかの様に見えた。
流石に少し心配になってくる。
「お爺様、大丈夫ですか?お顔の色が優れないようですが」
疲れた顔でオレとエルを一瞥して呟いた。
「誰のせいだと…」
「僕達が何か失礼な事でも…もしかして流れ弾が飛んできたとか?」
オレが本気で言ってるのが判るのだろう…爺さんが自分の顔を手で覆いだす。
爺さんの肩に手を置いてダンヒル宰相が呟く…
「最初に自重を教えるべきだったな」
ダンヒル宰相の言葉に爺さんがキレた。
「アルド!エルファス!こいつの孫にも空間蹴りを教えてやれ!」
爺さんの言葉にエルが何でも無い風に返す。
「もう教えました。毎日、休み時間に練習してますよ」
ダンヒル宰相はこの世の終わりかの様な顔をして絞り出す様に話す。
「人の枠を逸脱し過ぎだ…ワシの可愛いガイアスとティファが変わってしまう…」
オレはここに来てやっと事態を飲み込めた。どうやら少しばかり、やり過ぎたらしい。
最近、思う事がある…こと戦闘力に於いてブルーリングより王都は劣っているのでは無いか。
シレア団長、マリク副団長より恐らくハルヴァは強い…母さん、氷結の魔女より強い魔法使いも見た事が無い。
魔の森が近いせいか?と思ったが爺さんがアッチ側なのはおかしい。
何故こうもブルーリングに戦力が集まるのか…偶然か必然なのか判らない。もし必然なら…
オレは頭を振って考えを振り払う。
母さんがブルーリングに来る事になった夢、こうもブルーリングに戦力が集まる理由…まるでオレ達を鍛える為かの様に。
考えても判らない事は考えてもしょうがない。
ダンヒル宰相との出会いにも意味はあるのかも知れないが今は1歩ずつ進んで行こうと思う。
きっとそれ以外の答えは無いのだから。
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