第182話パパン

182.パパン




僕はヨシュア=フォン=ブルーリング。

”精霊の使い”であるアルドとエルファスの父親だ。


現ブルーリング家当主、バルザ=フォン=ブルーリングの一人息子でもある。

自分で言うのも何だが、かつてから貴族の嫡男としての義務をしっかりと果たし、周りからの評価も高い。


だが、最近の僕はアルとエルまでの繋ぎ……いてもいなくても変わらない存在にまで落ちている気がする……

そりゃ、創世神話に出て来る”使徒”と比べられないのは分かるが、僕とて、優秀な跡継ぎでブルーリングは安泰だ。と噂された事もあるのだ。





僕が物心がついた頃には母は既に鬼籍に入っていた

父に母の事を聞いても悲しい顔をするだけで、決して重い口を開こうとはしなかった。


小さな頃には分からなかったが、今になってみれば、あれは父の精一杯の優しさだったのだろう。

何故なら母は僕を産んで産後の肥立ちが悪く、亡くなったからだ。


生まれたばかりの僕に責任が無いのは、普通に考えれば分かる。

ただ、感情で……自分が生まれなければ……そう思ってしまわない為に、敢えて教えなかったのだろう。


日々の細かい事はローランドの父のロイドが世話をしてくれたが、誕生日や記念日、母の命日などは必ず仕事を休んで僕と一緒にいてくれた。

母は確かにいなかったが、僕の幼少期のの思い出は、寂しさとは無縁の満たされた日々だったと言える。





大人になりラフィーナと出会い、結婚して子供にも恵まれた。これからも穏やかな日々を過ごしていくのだと思っていたが、どうやら僕の勘違いだったようだ。

双子の兄アルの成長速度がおかしいと気付いたのは3歳、いや4歳の頃か……


言葉1つ取っても4歳児の使う言葉ではない。

ラフィと何度も相談して、アルの成長を見守る事にしたのは良い思い出だ。


それから弟のエルと幼馴染のアシェラもアルの影響を受け、同調するかのように成長していく。

10歳の誕生日が過ぎてからは、それが顕著にでた。


魔法。僕は簡単な詠唱魔法が使える程度だが、僕の妻 アルやエルの母親であるラフィーナは”氷結の魔女”の異名を持つAランク冒険者だ。

元から才能もあったのだろう。ラフィーナから直接の指導を受けてアル、エル、アシェラの3人は比肩できないほどの魔法の使い手へと成長していく。


魔法を覚えてからのアルは水を得た魚のようで、10歳の遠征の頃には極大魔法まで自力で開発してしまった。

1年前のゴブリン騒動でもその魔法は遺憾なく発揮され、ここブル-リングではアルとエルとアシェラの事を”修羅”と呼び、まるで英雄のように扱われている。


かつての英雄もそうだったのか、アル達に縁のある人や場所も人々の目に留まり、タブ商会など大忙しのようだ。

教会もアルド達が良く遊びにいっていた事から、町民からの差し入れが増えて、孤児の生活にも余裕が出来てきたとか。


実は先日シスターがやってきて、ブルーリング領からの寄付金が余ったので返しにきた、と言い出した。

僕は執事からその報告を受けて、返してきた金を倍にして渡すように指示を出したが、思わずシスターの顔を想像してニヤ付いてしまったのは秘密だ。





話は変わるがアルとエルが使徒になってから、まだ1年半ほどしか経っていない。

しかし、その時期を境に明らかにブルーリング領全体の収穫量が上がっているのに気が付いたのだ。


最初は今年は豊作だ、と簡単に考えていたのだが、どの作物がと言う事では無く全ての作物が1.2倍から1.3倍に、多い物だと1.5倍になった物まである。


確かに作物の収穫量は変動があるものなので、この現象は偶然なのかもしれないが、1種類すら減ること無く全ての種類で収穫量が増える……こんな事が有り得るのだろうか?

僕は精霊がこの地に祝福を与えたのでは無いかと思っている。


このまま全てが順調に進み、将来ブルーリングが無血で独立できる事を願ってやまない。

恐らく僕の役目はアルとエルまでの繋ぎは勿論、建国の際に流れる血と汚名を被って速やかに退場する事なのだろう。


そして僕の後からは新しく国が生まれ、歴史が始まっていく。

きっと僕の名は歴史の真ん中には出てこないだろう。しかしアルやエルの父として隅の方には残るはずだ。


精々、始祖の父が暗愚だったと書かれないように、僕も頑張らなければ。

そして、どうせなら将来 語られる時には恰好良く語られたい。英雄ではないけれど、英雄を影で支えた英雄の父と。


遠い未来を思う。自分の子孫が自分の事をどのように語るのだろう、と……

今日は良い夢を見られそうだ、そう思いながらベッドへともぐりこんだ。





眠りについてどれぐらい経ったのだろう。乱暴に扉をノックされ夢の中から起こされた。

窓を見ると外は真っ暗で、今は夜中なのだと分かる。


流石に少しイラつきながら、扉の外にいる者へ話しかけた。


「誰だ?こんな時間に……」


恐らくはローランドだろう……こんな時間に起こすのだから、急な案件なのだろうが。


「父さま、エルファスです。母さまが魔力枯渇で倒れました」


頭の片隅にすら無かった返答に、僕はベッドから飛び起きて急いで扉を開けた。

そこにはラフィと同じ魔力枯渇なのだろう、青い顔をしたアシェラがラフィを背負っている。


「アシェラ、ラフィをベッドへ。エル、本当に魔力枯渇だけなのかい?医者が必要だったりは?」

「アシェラ姉に運んで貰っている間に、ソナーをかけましたが、おかしな所はありませんでした」


「そうか……」


エルと話している間に、アシェラがラフィをベッドに寝かしてくれている。

僕としては状況を知りたいがアシェラは見るからに疲弊して立っているのも辛そうだ。


僕が言い出す前に、エルがアシェラに休むように話をしている。

アシェラは余程 辛いのだろう。珍しくエルに言われる通りに自室へと向かった。


エルとアシェラ、ラフィの強さは僕の想像を遥かに超える。その中の2人が魔力枯渇まで追いつめられる……

エルも疲れているだろうが今回のサンドラ救援の報告を、概要だけでも良いので説明してもらわなくては。


エルは真剣な顔で頷いた後、驚くべき事を話し始めた。


今日の明け方にエルフが500人~2000人やってくるらしい。

しかも そのエルフは難民で、使徒の件を隠すために、ここが何処かを悟らせ無いようにするとか……


僕は咄嗟に“無理”の一言を言いそうになったが、ラフィ、エル、アシェラ、ここにはいないがアルも命を掛けて戦っている。

安全な場所にいる僕が最初から白旗を揚げるわけにはいかない。


改めてエルの顔を見ると、魔力は問題無いそうだが明らかに疲労の影が見える。まずは報告が終わったエルを休ませなければ。

これほどの働きをして尚、休むのを渋るエルに少々苦言を呈して強引に休ませた。





さて、後7時間、いや6時間か……どこまで出来るか分からないが“使徒の父”として恥ずかしく無い働きをしなくては……

まずは食料だ。申し訳ないがローランドとタブには手伝ってもらう。


直ぐにローランドと その部下を叩き起こし、タブを呼びに行かせた。


「ローランド、すまないが説明した通りだ。今日の夜明けにはエルフの難民が500~2000ほどやってくる。この地が何処かを、絶対に悟らせ無いようにしないといけない」

「難しいですね……完全な緘口令など……」


「そうだね。実際にはエルフと接触する者に“今の王国とエルフの関係から会話を禁じる”と厳命する程度だろうね」

「それが妥当ですか」


「それと、いないと思うけどエルフの中で情報収集をするような者は、牢に放り込んでくれ」

「分かりました」


「あとは食料、衣類などの物資は提供するが、調理などは自分達でやってもらう。そこまで面倒は見切れない」

「そこは当然ですな」


「じゃあ、まずは逗留場所の確保を頼む。食料は後から来るタブに頼むつもりだ」

「分かりました。微力を尽くさせてもらいます」


1時間ほどすると、息を切らせたタブが執務室へと入ってくる。


「…………と言う事だ。申し訳無いがチカラを貸してほしい」

「分かりました。使徒様の手助けが出来るなど光栄です」


「そうか……では食料の確保を頼む。500~2000人と幅が大きい。取り急ぎ500人の1日分の食料を頼む。どうしても食料の確保に難航するようなら、領主の強権を発動させても良い」

「了解しました。まずは、この件を大事にしない範囲……私の出来る範囲でやってみます」


「頼む」


僕の計算では恐らくだが、ブルーリングの余剰作物で1000人程度なら賄えるはずだ。

この時、僕はブルーリングの収穫量が上がっていた事を心の底から感謝した。





それから朝になるまでの時間、ローランド、タブと出来るかぎりの準備はしたつもりだ。

まずは逗留場所だが、騎士団の演習場にさせて貰った。


2000人規模の難民を収容できる場所が、演習場をおいて他に無かったのだ。

そしてタブにはタブ商会で扱っている食料を、全て提供して貰った。


勿論、お金は払うがタブは後日、取引先に謝罪行脚に出かける事になる。

ここは領主の強権を使っても良かったのだが、タブは自分の足で謝罪に行くと引かなかった。


僕は改めて思う。これだけ誠実な男が何故、人攫いにまで身をやつしたのかと……

僕は頭を振って考えを振り払う。それはもう終わった事だ。今のタブはエルの婚約者の父親だ。


平民とは言え、多少成りとは敬意を示さねば、僕がエルに怒られてしまう。

そうして3人で何とか急場の準備が出来た時には、空が白くなりかけていた。





今は出来る事を終えて、男3人 リビングで椅子に座りお茶を飲んでいる。

メイドも誰も起きていないので、勿論 自分達で入れた。


「何とかなったな。助かった。ローランド、タブ」

「いえ。とんでもございません」

「そのような言葉、勿体無いです」


取り繕って答える2人に、僕は本心を聞いてみたくなった。


「で、本心は?」

「……少々、くたびれました」

「私もです……ですが、こんな出来事も遠い未来には物語になったりするのでしょうか?」


「裏方の物語が好きな、物好きがいれば……或いは……」


僕の言葉に誰だろうか、小さな笑い声をあげる。

僕達は小さな笑い声につられるように笑い出し、最後には3人で腹を抱えて笑っていた。


「なぁに。大の男3人揃って……」


ラフィだ。どうやら魔力枯渇から回復して、寝室にいない僕の様子を見にきたのだろう。


「いや、何でもないよ。3人で物好きがどうやったら生まれるか、相談してただけさ」


タブとローランドが下を向いて笑っているが、そろそろ気持ちを切り替えねば。


「すぐに行くのかい?」

「ええ、アシェラが起きたらすぐに出るわ」


「分かった。こっちは任せてくれて良い。2000人までは対処できる」

「流石は私の旦那様ね。惚れ直したわ」


「そう言ってくれると、とても嬉しいよ。僕のラフィ」


眠った時間にあまり差が無いのだろう。直ぐにアシェラがやってきて、それを見たローランドがエルを呼びにいった。

10分ほどでエルがやってくる。


「エル、アオを呼びして頂戴」

「はい」


エルの返事と同時に精霊様があらわれた。


「アオ、アルドに伝えて頂戴。直ぐに魔瘴石を使うように、って」

「魔瘴石?アルドはエルフの郷だよね?」


「アオ、急いでるの。悪いけど直ぐにでも、アルに魔瘴石を使わせて」


ラフィから謎の圧を感じる。この圧は僕が浮気を疑われて、寝室で搾り取られる時と同じだ。


「は、はい。姐さん」


ラフィは精霊様を小間使いのように扱うと、精霊様はすぐに消えてアルの元に向かっていく。

ほんの数分ほどで慌てた様子の精霊様が戻ってきた。


「姐さん、何時でも飛べます」

「そう、ありがとう」


ラフィは改めてエルとアシェラに向き直る。


「じゃあ行くわよ、エル、アシェラ」

「はい、母さま」

「はい、お師匠」


3人が精霊様に飛ばして貰う瞬間、ラフィは口の動きだけで「あいしてる」と僕だけに見えるように呟いた。

返そうとした時には既にラフィの姿はどこにも無い……


僕は消えてしまった3人がいた場所を見ながら「僕も愛してる」と誰にも聞こえない声でそっと呟いた。





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