第181話紫の少女

181.紫の少女





エルフの郷のマンティスを倒し出してどれぐらいが経ったのか……

ふと気が付いた時には空がだいぶ明るくなっていた。


「もうすぐ夜明けか……」


今はガル達に変わり1人で防衛線を守っている所だ。

防衛線を守るエルフ達全員とガルは、ブルーリング騎士団謹製の睡眠薬を飲んで貰った。


睡眠薬は飲むと1時間眠っただけで4時間分の睡眠がとれる優れものだ。

1時間ほど前に飲ませたので、そろそろ起きてくると思われる。


マンティスは一晩経った今でも落ち着く様子は無い。

エルフの郷がこの調子ではサンドラの街も……あそこにはミリア第1婦人がいる。


エルフの郷もだがサンドラの街も絶対に守りたい。

対処できる見込みも無くジリジリと焦燥感だけが募っていく。


”戦力が足りない”


しかし、オレ自身も魔力の残りは2割。体力の残りも正直、立っているだけでキツくなってきた。

それでもガル達が起きるまで何とか防衛線を1人で支えていると、不意に裏口に当たる場所から爆発音が響いてくる。


どこかの裏口をマンティスに破られたのだろう。

しかし今は防衛線を維持していたエルフ達もガルも眠っているはずだ。


しかも、あの方向はマズイ。”向こうは子供が避難している場所だ”オレは咄嗟に向かおうとするが、目の前のマンティスの群れを放置する事は出来なかった。

1秒が何倍にも感じられる中、奥からは何故か戦闘音と歓声が聞こえてくる。


ヤキモキしながらマンティスを狩っていると、直にガルとエルフ達がやってきた。どうやら奥のマンティスを倒し壊れた壁も修理をしてくれたようだ。


「助かった。ガル」

「オレ達は壁の修理をしただけだ」


「マンティスは?」

「子供が全部倒した後だったぜ」


「子供が……?」


オレは防衛線をガルに任せて、奥の子供が集まっている場所へと向かってみた。

そこには200人ほどの子供の中に、紫の髪をした人族の少女が凛として立っている。


少女は年の頃はオレと同じか少し下。立ち姿は背筋が真っ直ぐに伸び、まるで軍人のようだ。


「子供の中に紛れていたが、見つかってしまったわね」


見た目通りの年では無いのだろうか?落ち着いている姿は歴戦の猛者の風格を醸し出している。


「君がマンティスを?」

「ええ、あれぐらいはどうって事はないわ」


「そうか、助かった」

「アナタは人族の子供よね?こんな所で何をしてるの?それに、そのおかしな仮面は……」


「オレは”王家の影”王家の要請でエルフの郷とサンドラの街の救援にきた」


少女はオレの言葉に訝しそうに見つめて来る。


「嘘はついて無さそうだけど……アナタみたいな子供に何が……」


どうやら少女にはオレが普通の子供のように見えているのだろう。

久しぶりに子供扱いされた気がする……何か不思議な気分だ。


少女はオレの顔色を見て少しだけ顔をしかめている。


「アナタは少し休んでなさい。顔色が悪いわ。見つかったからには私も加勢する……少しでもエルフの印象を良くしないとね」


最後の言葉は小さく呟いただけだが聞こえてしまった。エルフに借りでもあるのだろうか。


「じゃあ、1時間だけ休ませてもらう……助かる」



見た目は少女だがマンティスを倒せるのなら、戦力になるはずだ。心配ではあるが今は全員が綱渡りで何とかやり繰りしているに過ぎない。

”申し訳ない”と心の中で謝って騎士団の睡眠薬を飲んだ。




1時間後---------------------




戦闘音で起こされると、陽が登り始める所だった。

流石は騎士団の睡眠薬だ。魔力は相変わらず2割ほどだが眠気はだいぶマシになった


オレはガル達の様子を見に行くとガルが先程の少女に賞賛の言葉をかけている。


「成りは小さいが良い腕だ。そこらの魔法師団員では太刀打ちできないぜ」

「それは……まあねぇ」


オレは少女が無事だった事に安堵し、ガルに話しかけた。


「ガル、1時間だけ寝かせて貰った。助かったよ」

「お、真打登場か?」


少女はガルの言葉に訝し気な顔でオレを見ている。


「魔力は残り2割しか無いんだ。頑張っても後1回の戦闘で魔力が尽きる……」

「そうか、魔力の完全回復だと4時間は寝ないとな。今4時間お前が抜けるのは……撤退か……」


オレとガルが難しい顔をしていると少女が大きな声でオレ達に発破をかけた。


「大の男が何しけた顔してるんだい。子供を当てにして恥ずかしくないのかい?口より手を動かしな」

「……そうだな、スマン」


ガルがエルフと一緒に防衛線に戻って行く。

続いて少女はオレを見つめて口を開いた。


「どうもアナタも多少は戦えるみたいだけど、子供は奥で休んでなさい。私が魔力の回復時間ぐらい作ってあげるわ」


そう言って少女は背伸びをして、自分より背の高いオレの頭を撫でた。そして振り返ったかと思うと、空間蹴りでガル達の頭の上を越え建物の上へと移動する。



空間蹴り……え?オレ、エル、アシェラ以外に使える人がいるの?え?何で?どういう事??



オレはあまりの衝撃に思考が追いつかない……

と、取り敢えずもう少し情報が欲しい……


オレは家の中の階段を駆け上がり、窓から少女の戦闘の様子をガン見する。

戦闘スタイルは純粋な魔法使い。屋根の上からマンティスを撃ち抜いていた。


驚くべきは、その精度。どんな生き物でも頭を壊せば活動を停止する。

それは魔物であっても同じだ。少女の魔法は主にウィンドカッターを使っていた。


ワンショットワンキル。正に魔法1つに付き確実に1匹を殺している。

タイミングによっては首を斬り落とした余波で、2匹目も殺していた。


「すごい……」


オレは今まで母である”氷結の魔女”以上の魔法使いを見た事がない。

しかし少女は”もしかして……”と思わせる物を持っていた。


魔力操作自体は母さんの方が上だろうが、戦い慣れている……

敵からして一番やられたくない事を、率先してやっていく。


その姿は軍の旗印に相応しい、泥臭い実戦の中で輝く正に”軍人”。

マンティスは群れの中でまばらに倒される事で共食いを誘発され、そこから生きたマンティス同士の争いまで誘導されている。


氷結の魔女とは違う上手さを見せ付けられた気分だ。


戦場で1人立ち、敵を翻弄する(子供の)姿は戦場に咲く一凛の花のようで、素直に(恐ろしく、少しだけ)美しいと思えた。


オレの中に2つの思いが生まれた瞬間だ。

今はガルやエルフ達の休憩と少女のお陰で、防衛線は安定している。


ずっと戦い続けていたせいで冷静な判断が出来ていなかった。

少女には悪いがこの機会に今の状況を整理させて貰う。今は何故、空間蹴りが使えるかは問題じゃない。


まずはここ。エルフの郷の防衛だが、改めて考えてみると防衛線が崩壊するのは時間の問題だ。

申し訳ないが撤退の判断をさせて貰うしかない。


そこで問題になるのがエルフ達だ。

オレ達は領域を作りブルーリングに逃げられる……アオに頼めばエルフも連れて跳んでくれるだろう。


ガルとオレがシンガリを務めればエルフを逃がす時間程度、何とかなるはずだが……

ただ500人……全員の口を完全に塞ぐのは不可能だ。


自分だけなら良い。但し、情に流されて危険にさらされるのは未来の子供や家族、ブルーリングの人々の命……

オレはどうしてもエルフを救う決断を出せなかった。


”使徒”だ。”修羅”だ。と言われながらも、この程度の事も出来ない。

自分の力不足に乾いた笑いさえ沸いて来る。


そんなオレの姿を村長は見ていたのだろう。落ち着いた口調で話しかけて来た。


「王家の影殿。少し宜しいかな?」

「……はい」


「王からの要請で来られただけあって、王家の影殿は恐ろしい強さですな」


こんな時に世間話を?オレは訝し気に村長を見ると瞳に”諦め”を浮かべながら更に話し出した。


「そんな強さを持たれている王家の影殿のチカラを持ってしても、マンティスの群れを抑える事は無理だった……」

「……」


「王家の影殿の強さがあれば自分達だけなら逃げられる……あの空を歩く技術があれば尚更……」

「……」


「しかし、これ以上、我々と行動を共にすれば魔力が尽き王家の影殿もマンティスに飲み込まれてしまう」

「……」


「違いますか?」

「……」


「……」

「……」


「……逃げてくだされ」

「!何を?」


「アナタは若い。有り様も真っ直ぐなようだ。我々を見捨てる決断が出来ないほどの優しさもある」

「……」


「アナタは将来、沢山の”人”を救うのでしょう。今、失われるのは全ての種族にとっての損失になる……」

「オレにそんな事は……」


オレはやっぱり、この人達を見殺しにしたくない、そう思ってしまう。

どうしようもない現実に涙すら出そうになった時、オレの指輪が光った。


「アルド、すぐに魔瘴石を出してくれ!」


いきなりのアオの出現に、オレだけじゃなく村長も眼を見開いて驚いている。


「アルド!早くしろって。僕が姐さんに殴られるだろ!」

「ちょ、ちょっと待って……」


「待てない!今すぐ出せ!」


アオの普段に無い剣幕に、オレは2割しか残っていない魔力を使って”収納”から魔瘴石を取り出した。


「よし、全員少し離れて!」


アオがそう言うと魔瘴石が浮き上がり、青い光が徐々に強くなっていく。

もしかしてエル、アシェラ、母さんが加勢に来てくれるのかと期待したが”収納”の中には魔瘴石が2つあった。


エル達は今だに大蛇の森なのだろう。

しかし、アオに領域を作ってもらえれば、魔力の消耗は考えなくても良くなる。今はそれだけでも大きい。


コンデンスレイも2回は撃てるはずだ。それで何とかエルフの郷を守ってサンドラ領に向かえたら。

そんな事を考えていると仮の領域が完成したようで、オレの魔力が急速に回復していく。


「アオ、助かった。ただ母さんが何で魔瘴石を使えって言ったんだ?」

「ん?それは直接聞いてくれ」


それだけ言うとアオは消えてしまった。

相変わらずアオとのコミュニケーションは難しい。アイツが何を言いたいのかイマイチ分からない。


ふと横にいる村長を見ると、何時の間にか土下座の恰好をしてブツブツとエルフ語で何かを呟いていた。


『精霊様……あれは精霊様だ。このお方は”御使い様”に違いない。精霊様が我らの窮地に”御使い様”を遣わしてくださった……』


どうやらエルフ語では”使徒”を”御使い”と呼ぶようだ……今はそんな事はどうでも良い!

アオのせいで益々、この人達をブルーリングに飛ばす事が出来なくなった……しかもアオのヤツ、オレの名前まで呼びやがったよ。


もう完全にオレが使徒ってバレちゃったじゃん!!

もしエルフの郷を救えたとしても、どうやって口を閉じさせるか……


実は”王家の影”じゃなくて”王家のハゲ”だ。とか言ったら笑って全部、忘れてくれないかなぁ。

忘れてくれないだろうな……


更に問題が増えてオレは頭痛が痛くて頭を押さえていた。

ハァ。しょうがない、腹をくくろう。乗り掛かった舟だ。どうせオレには、この人達に危害を加える事など出来ない。


自分の頬を張り、気合を入れる。


「村長、この事は内密にお願いします。オレはアナタ達の敵にはなりたくない……」

『”御使い様”のお言葉のままに……』



オレが覚悟を決めた その時、魔瘴石が光ったかと思うとアオと一緒にエル、アシェラ、母さんが現れた。




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