第290話ベージェの街 part1

290.ベージェの街 part1






オレは今、ベージェの街までカズイ達のパーティに同道させてもらっている最中である。

彼等はもうすぐ一人前と言われる未熟なパーティではあるが、全員がまだ若い事からベージェの街の中でも将来有望と噂されているパーティだそうだ。


メンバーはエルフの魔法使いであり、リーダーのカズイが19歳。同じくエルフの弓遣いリースが17歳である。因みにこの2人は兄妹だそうだ。

そして前衛の2人だが、魚を焼いて振る舞ってからやけに懐いてくる獣族の女戦士メロウ19歳……どうやら猫獣人だけあって餌付けしてしまったらしい。


それと最初は”殺す”しか言わなかった魔族の女戦士ラヴィ19歳。この4人は元々幼馴染であるらしく、幼い頃から一緒に冒険者を目指していたそうだ。


「そうなんですか、じゃあ、全員が子供の頃からの知り合いなんですね」

「まあね。お互いに命を預け合う事になるから、やっぱり良く知った者じゃないとパーティは組めないよ」


「いきなり知らないヤツと組んで、背中なんて預けられないですしね」

「うん。もしもそんな相手と野営なんてして、眠っている間にサクッとなんて笑えない」


カズイはこんな事を言うが、昨晩はオレも混ぜてもらって一緒に野営をしたのだが……


「それなら昨日の夜はオレがいましたよ?」

「アルドは別だよ。その気になれば寝ている隙を付く必要なんて無いじゃないか。今からでも僕達全員を無傷で制圧出来るだろ?」


「それは……そうですけど」

「だから逆に何もしないって信用出来るんだよ」


カズイの言う事は理解が出来るが、それは信頼関係を築けたと言えるのだろうか……何ともモニョル話である。


「そう言えばアルドは僕達よりだいぶ若く見えるけど幾つなの?」

「僕ですか?16歳になったばかりです」


「16歳……僕より3つも下か。その年であの強さ。フォスターク王国の人は皆そんなに強いのかい?」

「いえ、カズイさん達とそんなに変わらないと思いますよ」


「じゃあアルドが特別なのか……」

「特別……実は僕にも幼馴染がいるんですが、その女の子にはいつもボコボコにされてます」


「え?アルドをボコボコにするの?本当に?」

「ええ、動きは僕より早くて手甲で殴りかかって来るんです。おまけに魔力も僕の倍もあって魔法も上手い」


「……それって本当に人なの?」

「失礼ですよ、カズイさん。今は僕の嫁ですから」


「……アルドって……ドM?」

「普段はカワイイんですよ。普段はね。絶対に怒らせたらダメですけどね」


「そうか、じゃあ、絶対に帰らないとだね」

「はい、僕は絶対に帰ります!僕の居場所はあそこですから」


こうしてお互いの事を話しながらベージェの街までの道のりを歩いていった。






夕方になり野営をするために、森の中でもほど良く開けている場所に荷物を降ろした。

カズイの話では明日の夕方にはベージェの街に到着するらしい。街に行くに当たりカズイに聞いて分かったのだが、このアルジャナの貨幣は銅貨、銀貨、金貨、白金貨の4種類を基本に、大と小を含め全部で8種類だそうだ。


凡その価値は小銅貨が10円、大銅貨が100円、小銀貨か1000円、大銀貨が1万円、小金貨が10万円、大金貨が100万円、小白金貨が1000万円、大白金貨が1億円となるらしい。

普通に生活するには小金貨までしか使わないそうだが、やはり大きな買い物には白金貨が必要なのだろう。


こうなうると問題が出てくる。フォスターク王国とアルジャナは交易が無い事から、オレが持っているお金を両替する事が出来ない。

そしてベージェの街に入るには通行税として小銀貨3枚が必要らしく、このままでは街に入ることさえ出来ないのだ。


会って間も無いカズイ達に金を借りるのは流石にどうかと思う……そして悩んだ末、3食をオレが作る事でベージェの通行税を払ってもらう事になったのが昨日の昼の事だ。

朝食で魚を振る舞った事から、オレの料理の腕には不満が無いらしく全員が賛成してくれた。こうしてベージェに着くまでの間、オレは食事係として腕を振るう事となったのだった。


さて皆が野営の準備に入ったので、早速オレも食材の確保といきたい。黒パンと塩は支給してもらうので、メインになる肉か魚のどちらかが欲しい所だ。魔法使いのカズイに感付かれないよう、反対の方向に局所ソナーを打つ……いた、ワイルドボアの子供だ。


この大きさなら今日の夕食と明日の朝食には充分である。

そのまま森を進み、カズイ達から見えなくなる場所まで来ると、足音を消すために地上から10センドほどの高さで空間蹴りを使った。


完全に音を消してボアの後ろに回り込む……ボアに向かって飛び上がり落下の勢いのまま首に短剣を突き刺してやる。

何が起こったのかも理解しないまま、ボアはその場で息絶えた。


「カズイさん、ボアを仕留めました」

「え?もう?今出てったばかりだよね?」


「運が良かったみたいです」

「運か……そうだね……」


カズイは何か言いたそうにしていたが、何も言わずに頷いている。


「それで本当に申し訳ないんですが……」

「分かったよ、解体だね」


「すみません、僕は解体が苦手で素材をボロボロにしちゃうんです……」

「大丈夫、僕にもアルドより得意な物があって、安心してるぐらいだよ」


これから先、1人で解体が出来なければ最悪は飢えかねない。この機会を逃すまいと、カズイの解体を手伝わせてもらった。


「上手いじゃないか。それなら何度か練習すれば直ぐに出来るようになるよ」

「はい……ありがとうございます……」


血の匂いとグロで精神をゴリゴリと削られてしまった。飛ばされてからもウサギ程度なら適当に解体はしていたので、後は数をこなして慣れるしかないのだろう。

ボアのブロック肉を持ち、何を作ろうかを考えてみる……手持ちの醤油を使って、生姜焼きを作ろうかと思ったが止めておいた。


醤油は何かあった時に自分へのご褒美として使う事にしよう。きっとブルーリングへ帰るまでは持たないのだから、無駄使いは無しだ。

そう言う訳でボアの肉は薄く切り、塩、胡椒で味付けをしてから皆へ振る舞った。


「美味い!凄いよ、アルド!」「美味しい……」「こ、この肉は私のだからな!やらないぞ!」「美味い。肉の厚さか?」


4人はそれぞれの反応をしているが、全員が喜んでくれているので合格だろう。

明日の朝はボアの肉と野菜を煮込んだスープを出すつもりだ。どうせ交代で見張りをするのだから、たまにスープをかき混ぜてもらえれば、じっくり煮込んだ美味しいスープが出来あがる。


そうして夕食を終えて、それぞれが思い思いの場所で横になっていく。

今夜の見張りはカズイ>リース>メロウ>ラヴィ>オレの予定である。


オレが最後なのは、そのまま朝食の用意をして少しでも美味しい物が食べたいからと、メロウが頑なに主張した結果だ。

オレとしては纏まった睡眠時間が取れるので文句を言うつもりは無い。


そうして眠りについてどれぐらい経ったのか、ラヴィに肩を揺すられて起こされた。


「アルド、交代だ」

「ああ、分かりました……」


眠い目を擦りながら焚火に当たりスープをかき混ぜる……おい、これ明らかに減ってるじゃねぇか……何故か眠ろうとせず、焚火を挟んでオレの向かいに座るラヴィにジト目を向けた。


「わ、私は食べて無いぞ……」


尚もジト目でラヴィを見てやる……穴が開くんじゃないかって程、見てやる。


「ほ、ほんの少しだけだ……だって、しょうがないだろう。夜中で小腹が空く頃にこんな匂いのスープがあったら誰でも食べるだろ!」


ラヴィは顔を赤くさせながら逆切れをしてきた。


「でも半分も食べる事は無かったんじゃないですか?」

「わ、私は一口飲んだだけだ。これは本当だ、信じてくれ!」


「じゃあ、誰が?」


ラヴィが幸せそうに眠るメロウを見て、オレに目で訴えてくる。

やはり犯人はヤツか……まぁ、オレもヤツがつまみ食いをするとは思っていたが、まさか半分も食べるとは思わなかった。


「ハァ、これでは朝食には足りないですね。もう1品何か考えますか……」

「……スマン」


ラヴィは小さくなって謝っているが、そろそろ眠らなくても良いのだろうか?


「ラヴィさん、眠らないんですか?」

「あ、いや……す、少し話をしたい。良いか?」


「話ですか?明日、移動の時にすれば良いんじゃないですか?」

「ちょ、ちょっと個人的な事で、出来れば今が良いんだ……ダメか?」


「僕は見張りですから、ラヴィさんが良ければ良いですよ」

「そ、そうか。じゃあ…………」


何の話かと身構えていたら、何とラヴィはベージェの街を越えてからも、オレの旅に同行したいと言い出したのだ。

もっと簡潔に言うと、オレに弟子入りさせて欲しいらしい……


今までもラヴィは自分より強い相手に会った事はあるが、オレほど強さの底が見えない者はいなかったそうだ。

しかもオレはお伽話でしか出てこないフォスターク王国の出身だと言う……最初は適当な嘘だと思っていたが、オレの人となりを見て本当の事なのだと思えてきた。


元々、この年齢の頃には良くある事だが、都会などの今までと違う世界に憧れを持つ事が往々にしてある。

そんな時にオレと言う旅人を見て、自分の気持ちが抑えきれなくなったのだろう。


「お願いだ、私も一緒に連れて行ってほしい。出来ればその道中に稽古を付けてもらえれば最高だ」

「待ってください、カズイさん達のパーティはどうするんですか?それに親も許さないでしょう」


「カズイ達には誠心誠意謝って許してもらう。親や親戚は成人している私のやる事には反対はしない。だから頼む、私も連れて行ってくれ!」


そう言いながらラヴィは頭を下げた。

正直な話、これからの旅にラヴィは足手纏いだ。この程度の実力では例え空間蹴りの魔道具を余分に作った所で、オレに付いてくるのは不可能だろう。


「すみません。この旅はオレも必死なんです。誰かに割ける余裕はありません」

「私が付いて行くだけだ。付いて来られ無いと判断すれば見捨てて貰っても構わない。頼む……お願いします!」


ここで空間蹴りを見せて、オレに付いてくるのは不可能だと説得すれば話は簡単なのだが……やはりこの状況でカズイ達の全てを手放しで信じられる訳もなく……結果、オレは未だに空間蹴りだけは隠し通している。

それに魔力盾やリアクティブアーマー、魔力武器も魔道具であるような濁した感じで話しておいた。きっと外の世界では魔道具が発達していると思ってくれているはずだ。


ラヴィからの懇願をどうやって断ろうか考えていると、声がうるさかったのかカズイが声をかけてきた。


「ラヴィ、アルドが困ってる。無理強いはダメだよ」

「カズイ!私は無理強いなど!」


「してないかい?」

「……」


カズイの言葉にラヴィは悔しそうな顔で黙り込んでしまう。


「さぁ、もう少し眠ろう。アルド、後は任せるね」

「はい、メロウさんがつまみ食いした分、何か作っておきますよ」


「それは楽しみだ。これなら次からもつまみ食いしないといけないや」


そう言ってカズイとラヴィはマントを被り、眠りについた。

おい、カズイ。まさかお前までつまみ食いしたのかよ……一度だけ溜息を吐くと、オレは残りのボアの肉を薄く切って軽くお湯に通し、トンしゃぶを作っていく。


朝食の用意が終わった頃、東の空から太陽が顔を出してくる。

カズイの話でほ今日中にはベージェの街に着けるはずだ。フォスターク王国への手掛かりが得られる事を祈りつつ、朝の準備を進めていくのだった。





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