第63話帰宅

63.帰宅



ブルーリングの街に到着する寸前にアシェラの襲撃に遭った。

オレには嬉しい誤算だったが他の人からしてみれば関係の無い話であるどころか、迷惑でしかない。


アシェラにも自覚があるようでオレと一緒に頭を下げて謝った。

一通り謝ってからはオレと一緒の馬に乗っての移動だ。


オレの前にちょこんと座る姿は小動物を思わせる。とても撲殺少女と恐れられているとは思えない。

他の人にしても元々、気が良い人間ばかりだ。オレ達の謝罪に笑って許してくれた。


一部、ニヤニヤしてる者や苦虫を噛み潰した様な顔の者もいるが大丈夫のはずだ。

暫くしてブルーリングの街の門に到着する。


門で一度止まり、ノエルが門番と話をした。

すると休憩中の門番まで門の前に出て、門の両側に並びオレ達の馬車に敬礼をする。


思わずオレとエルは馬に乗りながら返礼をした。

そのままの姿勢で門をくぐる。周りは何事かと注目の的だ。


「このまま屋敷までいくぞ」


オレ達は衆人環視の中、背筋を伸ばし屋敷までの道のりを進んでいった。

屋敷に到着しやっと肩のチカラを抜く。


「エル、肩が凝ったぞ」

「僕もですよ…」


お互い馬から降りての第一声だった。

このままくつろぎたい所だがそうも行かない。


ブルーリングは礼儀知らずと言われない様に、客の相手をしなければ!


「皆さん、お疲れ様でした。ブルーリングの街の領主館です。まずは旅の疲れを落して、ゆっくりとお休みください」


爺さんから先触れがあったようでメイド達が忙しそうに荷物を降ろして部屋に運んでいる。

一番VIPなオリビアをオレが、ファリステアをエルが部屋まで案内して取り敢えずは終了だ。

悪いが残りはメイドに案内を任せる。


後は、父さんと母さんに挨拶と状況説明だ。正直、面倒臭い…氷結さんに説明とか嫌な予感しかしねぇ。

頬を張り、気合を入れる。


父さんの執務室に到着するとエルは既に中のようだ。話し声が聞こえる。

ノックをして声を掛けた。


「アルドです」


扉の向こうから父さんの声が聞こえてくる。


「入ってくれ」

「はい」


オレは扉を開けて執務室に入った。


「アル兄様!」


クララがオレに飛びついて来た。思わず抱き上げる。


「クララ、ただいま」

「おかえりなさい。アル兄様」


「ちょっと重くなったか?」


オレの言葉にクララがびっくりした顔をして急に不機嫌になる。


「アル兄様!降ろしてください」

「あ、ああ…どうした。クララ?」


急に不機嫌になったクララをゆっくりと降ろした。


「アル兄様はデリカシーが足りません!淑女に重くなったなんて!」

「ああ!ごめん。そう言う意味じゃなかったんだ。ちょっと見ない間に大きくなったって意味で…」


オレが焦って釈明していると、やっとクララの機嫌が直った。


「許してあげます。その代わり後で色々なお話を聞かせてくださいね」

「判った。ありがとう、クララ」


こうしてクララとのやり取りが一段落する。

オレは父さんと母さんの顔を見てから話しだした。


「ただいま帰りました。父様、母様」

「「おかえり。アル」」


まずは帰還の報告をする。


「アル。父さんから先触れで大体の話は聞いてるが、詳細を直接、聞きたい」

「分かりました」


そこからエルフと王国が霊薬の件で揉めた事、ファリステアの処遇が宙に浮いた形になった事、王国とサンドラ伯爵に話を通してファリステアを保護した事、なぜか帰りに襲撃があった事、それらを細かく事実だけを話した。


「なるほど。父さんからの話と一緒だが、最後の襲撃があったとは聞いてないな」

「一昨日の昼頃、隊に”魔物寄せ”を投げ込まれました」


「魔物寄せ。偶然、魔物に襲われた線は消えるね」

「はい。誰かが投げ込んだ物なのは間違いが無いです」


「アルはどう見る?」

「はい。いくつか可能性としては…」


「聞かせてくれ」

「まず1つ目は盗賊が魔物をけしかけて疲弊した所を襲うつもりだった」


「なるほど。他は?」

「2つ目、オレかエル、もしくはオリビアを攫って身代金を請求するつもりだった」


「……」

「3つ目、襲われたのはブルーリング領に入ったばかりの場所でした。オレ、エル、若しくは領主に恨みがあった」


「……」

「4つ目、ファリステアを攫うつもりだった」


「なぜ、その子を?」

「エルフの外交官に直接貸しを作りたかった…とか?」


「他はあるかい?」

「ありますが。ですが可能性としてはここまでかと」


父さんはオレの話をメモに取っていた。そのメモを見ながら聞いてくる。


「アルはどの線が怪しいと思う?」

「そうですね。まず1つ目は無いかと」


「なぜだい?」

「騎士が12騎いて箱馬車が6台。この隊を襲うとなると何人の盗賊が必要になるか。そんな大きな盗賊団の報告は聞いていませんので」


「なるほど。他には?」

「2つ目も同じ理由です。隊を襲って僕達の身柄を確保するには何個小隊が必要になるか。それと、魔物を使うのは悪手です。ターゲットを魔物が殺してしまうかもしれない」


「他には?」

「以上から3つ目の恨みからの嫌がらせの可能性が高いかと。4つ目だとさっきと同じで魔物がファリステアを殺す可能性がありました」


「……」

「ただし可能性です。騎士が12騎もいたので威力偵察の可能性も否定できません」


「いりょくていさつ?」

「あ、威力偵察と言うのはですね…普通の偵察から1歩踏み込んで軽い戦闘で敵の練度や指揮、出来れば隠し戦力なんかを暴く事です」


「それはアルが考えたのかい?」

「……はい。そうです」


「そうか、僕も使わせてもらうよ」

「はい…」


「話は判った。長旅で疲れているだろう。夕飯まで休んでくれ」

「「はい」」


オレ達は父さんへの報告を終わり部屋から出た。

廊下でエルに話しかける。


「エル、オマエは休むのか?」

「そうですね。少し休もうと思います。兄さまは休まないんですか?」


「オレは…まあな」

「あ、アシェラ姉ですか」


エルは廊下の隅にいるアシェラに気が付いたようだ。


「じゃあな。エル」

「はい。また夕食で」


エルと別れてアシェラの方に向かう。


「アシェラ。改めて、ただいま」

「おかえり…」


オレはやっと落ち着いてアシェラに”ただいま”の挨拶が言えて帰ってきた実感を感じていた。

そんなオレの気持ちを無視してアシェラが話しだす。


「アルド。さっきは人がいたから聞けなかった」

「ん?どうした?」


「あのファリステアって人は誰?」

「え?ファリステアは学園の友達だ。親がエルフの国に強制送還されて路頭に迷ってたから保護したんだ」


「そう、じゃあオリビア様とはどんな関係?」

「お、オリビアは学園の友達だ…やましい事はないぞ」


「怪しい。10歳の誕生日でも踊ってた」

「おま、そんな事まで覚えてるのか」


「アルドの第1夫人は私。第2も決まってる」

「え?ちょっと待て。第1はオマエで間違い無いが第2ってどう言う事だ?」


「失言。アルドは知らなくても良い」

「おい?オレの嫁の話だよね?オレが知らないっておかしく無い?」


「小さい事は気にしたらダメ」

「え?それってオレの人生の一大事なんだけど?」


「……アルド」

「え?え?」


「おかえり…」

「……」


アシェラが笑顔で言った言葉は破壊力抜群だった。大事な何かを誤魔化された気がするが…今は良いか。


「ただいま。アシェラ…」


アシェラがオレの胸の中に飛び込んできた。


「寂しかった」

「ごめん…」


「ううん、大丈夫…」

「アシェラ、大好きだ」


「ボクも…大好き…」


オレ達は執務室の前で抱き合っていた。

部屋から出てきた父さんや母さん、メイドは気が付かないフリをして通り過ぎてくれた。クララだけは小さな声で”きゃーきゃー”と声を上げている。


一頻りアシェラ成分を補給してからは、王都での生活を話したりブルーリングでの生活を聞いたりして過ごす。

そうしていると夕食の時間になった。

最初の夕食はオレ達家族+アシェラとオリビア、ファリステア、アンナ先生、ルイス、ネロの11人だった。


マールも一緒にと思ったが氷結の魔女の弟子では領主一家がお客様をもてなすのに参加は出来ないらしい。

それなら恋人か婚約者なら?と話したら恋人では無理。婚約者ならOKだと言われた。


しかし、婚約となると色々な手続きがあり、今日すぐと言うのは無理だった。しかたなく今回はマールはお休みだ。

夕食の席では父さんが家族の紹介から、皆への歓迎のあいさつをした。


アンナ先生以外は皆がオレの友人と言う事で挨拶は軽く、礼儀は無礼講と言う事になる。

礼儀を厳しくしたらネロとか一発でレッドカードだ。


父さんはゆっくりと夕飯を食べながら、ブルーリング領の事を説明して行く。

さり気なく話す内容は多岐に渡り、貴族と言う物の奥深さを感じさせられた。


まあ、オレは改めて貴族にはならないと心に決めたのだが。

そういえば、どこかでアシェラにオレは貴族にはならないと話さなければ。心のどこかで”捨てられるかも”と思い言い出せない。


不意にアシェラを見ると眼が合い笑いかけられた。やばい…捨てられたら立ち直れないかも…そんな事を思っていた。

そうして夕食も直に終わり、団欒していた時にルイスが爆弾を落とす。


「アルド。そう言えばオマエをボコボコにするヤツがここにいるって言ってたよな?」

「ああ、言ってたな」


オレは心の中でそれ以上は言うな!と叫んでいた。


「そこの婚約者って聞いた覚えがあるんだが…ハッタリだったのか?」

「おま、やめろ。死にたいのか」


「そんな華奢な淑女がオマエをボコボコにできるわけねぇよな」

「……」


そんな空気の中で氷結さんが恐ろしい事を言い出した。


「じゃあ、明日の朝から希望者で模擬戦をしましょう」

「良いんですか?怪我しても知らないですよ」

「オレも出るぞ」

「ボクは勿論出るよ…」

「オレも参加だ…」

「僕は強制参加なんでしょうね…」


「勿論、私も出るわ。じゃあ明日の朝食後にしましょうか。明日は食べ過ぎないようにね」


その”食べ過ぎないように”は吐くって事なんでしょうか?

オレは不安を感じながらも聞けなかった。


いきなり模擬戦とか…氷結さんはバトルジャンキーも患ってるらしい。



こうしてブルーリング領の1日目はゆっくりと更けていった。





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