第408話ドラゴンスレイヤーpart3

408.ドラゴンスレイヤーpart3






ググの街で一泊した次の日。今日は朝から団長を訪ねようかと思っている。

約束の2週間からは2日ほど遅れてしまっているので、もしかして謁見の話は無くなってたりしないかと、最後のささやかな抵抗なのは秘密だ。


因みに心配された襲撃だが、一切の異変無く穏やかな夜を過ごす事が出来た。

それとルイス達と相談して、以前 攫われた際と同じ宿へ泊まる事にしてある。


チェックインの際に、「実は僕達、ここに泊まるのは2度目なんですよ……他種族の混成パーティなんですが、覚えてませんか?」としたり顔で言ってやったら、主人は青い顔で金額は変わらず一番良い部屋へ案内してくれた。

うんうん、ここはサービスが良い。次からもこの宿に泊まらせてもらおう。


たまに変な薬を嗅がされるかもしれないが、その時には少しだけ本気を出そうと思う。

仏の顔も3度まで。オレは仏では無いので、2度目は無いぞ。


やられても一切の報復もしないのは、舐められる原因になるとはルイスの談だ。

やり過ぎるつもりは無いが、少し脅す程度は良いのかもしれない。


きっと、ここに母さんがいようものなら、尻の毛まで毟り取るだろうし……

こうして、一晩の宿の後、全員が万全の状態で団長の下を訪ねたのである。






まだ少し早い時間 領主館を訪ね、門番へ声をかけた所、開口一番「す、直ぐに呼んでまいります! 少々お待ちを!!」と叫んで走り去ってしまった。

もう1人の門番は真っ直ぐに立ち、オレ達を横目でチラチラと見つめている。


何なんだろう、この対応は……侮っていないのは分かるにしても、これは少々やり過ぎなんじゃないかな?

ルイス達も目をパチクリさせ、どう判断して良いのか迷っている。


『アルド、無いとは思うが、この態度は……一応警戒だけはしておこう。領主館に入ったら騎士の大隊に囲まれましたってのも、無いとは限らないからな。後は薬の類だ。口に入れる物、匂い、音、何か少しでもおかしいと思ったら直ぐに逃げ出すぞ。ネロ、カズイさんも良いですね?』

『ああ、分かってる。大丈夫だ』

『分かったんだぞ!』

『僕に異変が感じられるかな……逃げる時には邪魔にならないよう気を付けるよ』


少しの緊張から僅かに殺気が滲み出ていたのだろう。さっきまでチラチラ見てきた騎士は、決してこちらを見ず直立不動で立っている。

そんな時間も数分が経った頃、領主館の扉が乱暴に開かれると、団長と身形の良い紳士が走り寄ってきた。


「あ、アルド君、良かった……来てくれないのかと思ってしまった」

「約束より数日 遅れてしまいました。申し訳ありません」


「いや、良いんだ。君達が来てくれさえすれば問題無い」


えーっと……これは歓迎されてるって事で良いんだよな? でも、ここまでオレ達を待ち焦がれるって、おかしくね?

いきなり攻撃される事はなさそうだが、何かの陰謀にでも嵌められるとか……もう、これ以上はお腹一杯なので、何かしてくるなら本気で怒りますよ?


団長のテンションの高さに困惑していると、待ちきれないとばかりに隣の紳士が口を開いた。


「ノイル、先ずは紹介してくれ」

「あ、はい、兄上。アルド君、こっちは私の兄のギリク=フォン=ググ。次のググ領の領主だ。父が高齢なため、既に実務は兄が執り行っている。事実上の領主と思ってもらって構わない」


え? てっきり執事か何かと思っちゃったじゃないか。ここは絶対に、先に名乗らせるわけにはいかない。


「あ、アルド。私の名はアルド=ブルーリングです。お初にお目にかかります。申し訳ありませんが、グレートフェンリルの作法には通じておりませんので、失礼のほどはご容赦下さい」

「やはり……いや、君の礼はお手本のようだ。素晴らしい。私はギリク=フォン=ググ。次の領主の予定だ。歓迎するよ、ドラゴンスレイヤー殿」


どうやらグレートフェンリルの礼は、フォスタークと大きな違いは無いらしい。

しかし、次期領主まで出てきて、この歓迎ムードは……こっちとの温度差が凄い事になっている。


「立ち話もなんだ。さあ、上がってくれ。こっちだ」


そう言ってギリクは意気揚々と歩いて行く……付いて行けば良いんでしょうか?

隣のルイスを見ると肩を竦めているので、獣人語が話せない事から、この事態に全く付いて来てないようだ。


結局、この状況で逃げるなど出来るはずもなく……心の中で小さく溜息を吐いて、次期領主様の後を追ったのである。






領主館へ招かれたオレ達は、以前にも入った事のある応接間へと通された。


「先ずは座ってほしい。今回は愚弟が色々と迷惑をかけたようで申し訳なかった。君ほどの者を軽く扱うとは……ダンにもキツイ処罰を与える事を約束するよ。ググ家の嫡男として、この場を借りて正式に謝罪する。すまなかった」


いきなり次期領主様からの謝罪である。

ギリクの年のころは40歳ほどだろうか。オレ達とは二回り近く離れているように見える。


そんな相手からいきなり丁重な謝罪とか……前回から引き続き、主導権を取られっぱなしだ。


「いえ、もう団長から謝罪は頂いています。ギリク殿から改めて謝罪して頂く必要はありません」

「そう言ってもらえて助かるよ。君が寛大な心を持っていてくれて、本当に私は運が良い」


「勿体ないお言葉です……」


しかし……これは流石におかしくないか? 確かに、いきなり攫われたり迷宮探索に利用されたりはしたが、向こうがここまで下手に出る理由が無いのだ。

本来、団長から一応の謝罪をもらって終わった話に、わざわざ次期領主まで出てくるなど……この態度に裏があるように思えてならない。


そんなオレの心を見透かしたように、ギリクは少し笑みを浮かべて話し出した。


「君は聡いな。私の態度に違和感を感じているんだろ?」


これは、どう返せば良いのか。ここでヘタな事を言えば余計な面倒事が起きるのは火を見るよりも明らかだ。


「ふふ……本当に君は聡い。その年で場の雰囲気に流され、不用意な言葉を吐く事も無いときた。息子に君の爪の垢でも煎じて飲ませたいほどだよ。そんな聡い君には嘘偽りなく話した方が良さそうだ。単刀直入に言う。地竜を討伐してもらえないだろうか?」


いきなり、この男は何を言い出すのだろうか……鱗の迷宮で倒したレッサードラゴンのようなパチモンとは違い、地竜は正真正銘の竜種である。

当然、オレだけで倒せる相手では無い。


くそっ、コイツ等 兄弟は……ちょっと隙をみせれば、次から次へと無理難題ばかり吹っ掛けてきやがる!

エルからのお願いが無ければ、とっとと逃げ出す所だ。


「ギリク殿、いきなりのお話ですが、地竜を私1人で倒すのは不可能です。先日のレッサードラゴンは、下位の竜種であったからこそ私1人で倒せたのです。本物の竜種はあんなものじゃない……」

「アルド君、君の言いようでは、過去に君が言う本物の竜種を倒した事があるみたいではないか? フフフ……隠さなくとも良い。噂は聞いているよ。3年ほど前……フォスタークの学園での卒業式の際、ブルールング家の嫡男がドラゴンスレイヤーである事を明かしたのだとか。直ぐに姿を消したと聞いていたが……なるほど。武者修行の旅で世界を巡っていたのか。君ほどの者であれば狗神の森のウィンドウルフ程度 容易く倒す事も出来ただろう……そんな君と縁を持てたのは、望外の喜びだよ」


あー、もう! 既にオレの事を調べてたのか。だからこそ次期領主が直々に表れたって事か!

先手を取られっぱなしじゃないか。クソッ、この絡め捕られるような感覚……だんだんムカついてきたぞ。


そもそも、いきなり現れて地竜を倒せとか……コイツは頭がおかしいのか?


「少し落ち着いてくれ。君には単刀直入に話した方が良いと判断したからこその言葉だ。先ずは順を追って説明しよう。君達が鱗の迷宮を踏破した後の話だ………………」


ギリクの話はこうだ。

オレ達がググの街を出ると同時に、ギリクと団長は王都へ向かったのだとか。


そこで直ぐ王に謁見し、今回の副団長との勝負の顛末を報告したそうだ。

王や重鎮は、最初こそ団長の起こした番狂わせに驚き、想像以上の武威を持っていたと褒め称えていたらしい。


しかし、話が進むにつれ、レッサーとは言え竜種をたった1人の人族が倒した事を知り、徐々に様相が変わっていった。

曰く「個人でそこまで武威を持つなどありえない」「レッサードラゴンとは言え、正真正銘の竜種だぞ。それを成したのは本当に人なのか?」「そんな事よりも人が空を飛ぶだと? 夢でも見ていたんじゃないのか?」「始祖ギギ様の生まれ変わりかもしれん……」などなど、謁見の間は混乱の坩堝に陥ってしまった。


そして収拾の付かない場に、ジッと何かを考えていた王がゆっくりと口を開く。


「その武、是が非でも我が国にほしい。聞けばその者は人族であるとか。であれば、我等 獣人族とも子は成せよう。我が娘の婿に迎え入れ、そのチカラを次代に繋げるぞ。これは決定である!」


その王の宣言の後、オレの事を分かる範囲で調べ上げ、更に重鎮からの進言の結果、グレートフェンリルの北にある『地竜の巣』と呼ばれる荒野で地竜を狩ってくる事を条件に、オレを王族の末席へ迎え入れる事が決まったのだとか……


「アルド君、君はグレートフェンリルの王族に連なる事が出来るんだ。こんな事は長いグレートフェンリルの歴史においても、数える程しか無い。素晴らしい!! 我がググ家としても、精一杯 後押しさせてもらう。何としても地竜を討伐してくれ。まぁ、勿論 王族となった暁には、後ろ盾となったググ家に多少の融通はお願いするだろうがね。なぁに、王族となった君からすれば取るに足らない事だよ……クックックッ……」


一息に言い切ったギリクはドヤ顔でオレを見つめてくる。

ねぇ、ちょっと聞きたいんだけど……今の話にオレのメリットってあった?


オレは貴族とか王族とかのシガラミが面倒で貴族籍を抜いたんだぞ? なぁ、どこにオレのメリットがあるんだ?

しかも、王の娘と結婚だぁ? それってアシェラやオリビア、ライラは置いてけって事だよな?


テメェ……もしかしてオレ達の仲を引き裂くつもりなのか?

あぁ、そうか、分かった……お前 敵だな……オレの幸せを根こそぎ奪い去ろうとする敵だ。


殺そう……コイツは生かしておいちゃいけない……欠片も残さず焼き尽くそう……そうだ、コンデンスレイが良い……あれなら全部 燃やし尽くして綺麗サッパリ消してくれる……

目の座ったオレの後頭部へ「スパーン」と平手が飛んできた。


はっ、オ、オレは何を……


『あ、アルド、しっかりしろ! 落ち着け! 頼むから冷静になってくれ!!』


知らない内に、オレから特大の殺気が溢れ出していたらしい。

気が付けば、団長とギリクは部屋の隅でガクガクと震え、ルイス達ですら青い顔でオレを見つめていた。


『あ……オレ、どうしてた? 話を聞いてたら、コイツがオレとアシェラ達を別れさせるって……そしたら頭が真っ白になって……』

『大丈夫だ! お前の居場所はずっとブルーリングだ! オレ達が絶対にお前を送り届ける! 誓っても良い! だから、な? 落ち着け、頼む!』


『……分かった』


こうして何とかオレの怒りは、ルイスの必死の説得により抑え込まれたのである。






この日よりググ領では、ドラゴンスレイヤーを本気で怒らせたとして、後世まで語り継がれる格言が生まれた。「口は禍の元」と……





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