第409話ドラゴンスレイヤーpart4

409.ドラゴンスレイヤーpart4






ルイスに止められて一時の燃えるような怒りは収まったが、腹の底では燻る物が未だにある。

2人は、部屋の隅で青い顔をしながら震えているものの、簡単に許せば直ぐに同じ事をしでかすに違いない。


どうするべきか……少し冷静になって考えてみる……グレートフェンリルの王族へ話が通ったのは良い。こちらも欲しいのは王族への伝手だ。

正にお互いの思惑が一致したと言って良い。


問題は王がオレを引き入れたがっている事だ。しかも、娘の婿として王家へ取り込もうとしているとか……

これは絶対に飲めない条件であるし、何よりオレ自身が死んでも飲みたく無いモノでもある。


ここからどうやって、こちらの欲しい物を手に入れるため上手く立ち回れば良いのか……

王命が出ている以上、ギリクは表面的には引いたとしても、内心は絶対に諦めないと断言出来る。


恐らくコイツは王命に逆らう事は無く、オレがどうしても譲らないと悟れば、自身の保身のために暗殺すら視野に入れてくるだろう。

結局、問題なのは……ドラゴンスレイヤー程度が出す要求では、王 直々の命令に対して弱すぎると言う事だ。


そうであれば、こちらとしては もう一つ上の強力なカードを切るしか方法が無い。これが吉と出るか凶と出るかは分からないが……

オレはゆっくりと立ち上がり、青い顔で震える2人を見下ろした。


色々とやらかしてくれたが、基本的にこの2人は悪人では無い。しかし、事ここに至っては、もうオレの許容範囲を越えているわけで……一つ大きく深呼吸して、オレは最強のカードを切る決意を固めたのであった。

最悪の場合 オレはオレ自身の都合でこの2人の口を封じなくてはならなくなる。


正直 気は進まないがしょうがない……もう策は無いのだから。

ハァ……腹は括った。覚悟も持った……オレはそのまま、おもむろに最強のカードを切るため、アオを呼び出したのである。


「ん? ここはどこだい?」

「ここはグレートフェンリルの中にあるググの街だ。アオ、いきなりで悪いがフェンリルに聞いてきて欲しい事がある」


「フェンリルに? まぁ、良いけど、言ってみなよ」

「最初に言っておく……ここにいる、この2人は悪人じゃない。ただオレの邪魔になるかもしれないんだ……フェンリルの眷属である獣人族の者を、オレの都合で消す事になるかもしれない。悪いがフェンリルに許しを貰ってきてくれないか?」


アオは顔を顰めるだけで、詳しい事を聞こうとはしない。


「ハァ、分かったよ。アルドがそこまで言うんだ、必要な事なんだろうね……ちょっと待っててよ」


それだけ言うとアオは直ぐに消えてしまった。

敢えて獣人語でアオと話したのは、この2人にも聞いて欲しかったからだ。


2人はと言うと、アオを見て目を見開いて驚き、オレとの会話を聞いて混乱し、理解が追いつかないのか呆然と佇んでいる。

そして数分が経った頃、指輪が光り出し再びアオが現れた。


「フェンリルは悲しんでいたよ。ただ人の世の事は僕達 上位精霊でも分からない。だから、一緒にいるネロに任せるって言ってたよ。ネロの決めた事ならフェンリルは従うってさ……」

「そうか、分かった。ありがとな、アオ。嫌な役をさせて悪かったよ」


「本当だよ。僕達をあんまり人のゴタゴタに巻き込まないでくれるかな。じゃあ、僕は行くよ」


そう言ってアオは再び消えてしまった。


「ネロ……聞いての通りだ。場合によって、オレはこの2人の口を封じるつもりだ。お前の意見を聞きたい」

「……オレはバカだから良く分からないんだぞ。でもアルドがいつも一生懸命頑張ってるのは、ずっと見てたんだぞ。可哀そうだとは思うけど、オレは止めないんだぞ……」


「そうか……ありがとな、ネロ」


フェンリルとネロからの許可を取った以上、オレを止める物は既に何も無い。

オレは改めて2人へ務めて冷静に話しかけた。


「お2人共、席へお戻りください」


しかし、2人は見事に狼狽していて、オレの言葉に動こうとはしない。


「何もいきなり命を奪うような真似するつもりはありません。尤も会話すら拒絶されるのであれば、その限りではありませんが……」


オレの言葉を聞いた途端、2人は再び目を見開き、這って席へと着いたのであった。


「さて……何から話しましょうか」

「き、君は……い、いえ、アナタ様は一体……」


「お2人の知りたい事を、全てではありませんがお話します。私の立場と どれだけのチカラを持っているか、それとアナタ方2人が今どのような状況にあるのかを……」


それからは、オレが今代の使徒であり 獣人族の始祖ギギと同じ使命を持っている事。使徒の使命と世界の危機。マナスポットと主。オレ個人の情報は伏せて、およそ全ての事を話していった。


「………………と言う事で、私達は狗神の森のマナスポットを解放に来たんです。尤も、邪魔が入り使命を果たすのが遅れてしまいましたが」

「……ま、まさか、そんな事が……我々は何て事をしてしまったんだ……ま、誠に申し訳ありませんでした!」


2人はソファーから飛び退き、床で土下座をしながら謝罪の言葉を吐いている。

可哀そうだとは思うが、ここまで正体を明かしてしまった以上、「はいそうですか」と許すわけにもいかない……


「座ってください。それは既に終わった話です。未だにわだかまりが無いわけではありませんが、これ以上 何かを言うつもりはありません。それより、これからの事です。私達は本来、機を見てエルフの王家から獣人族の王家へ使徒の件を伝えてもらうつもりでした。しかし、事ここに至っては、それは出来そうもありません。万が一フォスターク王国に今回の一連が露見すれば、最悪 私達は直ぐにでも独立しなくてはいけなくなるのですから」

「……」


「何も知らないアナタ方を、こちらの都合に巻き込む事を申し訳なく思っています。ただ、通り過ぎるだけだった私達を、攫って権力争いに巻き込んだのはアナタ方だ。始まりはお互いの不幸な事故だったとしても、ここまで話が拗れた以上、もう無かった事には出来ません」

「わ、私達は殺されるのでしょうか……」


「最悪の場合はそうなります。私の精霊との会話を お聞きになっていたでしょう。既にアナタ方の精霊であるフェンリルにも了承はもらいました。もうアナタ達2人に逃げ場は無い……」

「ふ、フェンリル様が……」


2人は既に逃げ場が無い事を悟ったのか、絶望に打ちひしがれて震えている。


「顔を上げてください。今言ったのは最悪の事態です。当然ですが、先ほどの王家からの提案を受ける事は出来ません。私は使徒であると同時に、新しい種族の始祖でもあります。恐らく獣人族との間で子は成せないでしょう。ですので元々、この話は成し得ない事だった……」

「そ、そうか……それなら王に全てを話せば、きっと分かってもらえるはずだ!」


「申し訳ありませんが、それは止めてください。私が使徒だと明かすのは、王家と良好な関係を築いた後です。初手でいきなり使徒の件を話すなど、そんなリスクを負う事は出来ません」

「で、では、一体 我等にどうしろと、おっしゃるのですか?」


「私がお願いしたいのは、あくまでドラゴンスレイヤーとして、王家との関係を作る手助けをしてほしいのです。その後、使徒の件を話せるにまで、王家との関係を深める事が出来れば、私はアナタ方に対して一切の危害を加えない事を約束します」

「よ、要は、使徒様である事を隠したままで王家の信頼を得たいと、そう言う事ですか……」


「はい、その通りです。お願いできませんか?」

「……」


ギリクは難しい顔をして黙り込んでしまった。

しかし、今まで完全に蚊帳の外だった団長は、オレとギリクの顔を交互に見て声を上げる。


「あ、兄上、やりましょう! や、やるしか無いではないですか! でなければ、私達の命程度でこの問題が片付くとは思えません……既に使徒様がレッサードラゴンを倒した事は、ググ領だけで無くグレートフェンリル全体に知られています。今更 小手先の策を施そうとも……もう、遅い……」

「そうだ……そうだな……不肖の私に出来るか分かりませんが、精一杯やってみようと思います……」


2人は覚悟を持ってくれたようだ。しかし、まだ足りない。

オレはオレの大切なモノを守るため、彼等へ更に枷をはめる……


「分かりました。但し、この事は他言無用に願います。万が一、この件が洩れるような事があれば、私はドラゴンスレイヤーとして、ブルーリングに連なる者として…………そして世界を救う使徒として、アナタ方に連なる全てのモノを滅ぼす事になるかもしれません」

「そ、それは……」


「……恐らく獣人族の王家は、どんな形になったとしても、最終的には私達と友誼を結ぶでしょう。そうでなければ、数百年後に世界が滅ぶのですから……それを踏まえて考えて頂きたい。もしも、アナタ方が裏切るようなら、当面は逃げられるかもしれません。しかし、最後には必ず報いを受けさせる……残念ですが、その時には容赦出来ない……」

「……分かり……ました。アナタ様が全てをお話になった意味を……肝に命じます」


こうして2人へ特大の脅しをかけ、話し合いは終わったのである。

後で聞いた話では、この後 直ぐに次期領主のギリクだけは根回しのため先に王都へ向かったそうだ。






オレ達は団長からの強い要望で、領主館の1室で今夜の宿を借りる事となった。


『ふぅ……これで何とかなってくれると良いんだがな』


こう話すのはルイスである。客間に入ってから直ぐに、カズイから先ほどの交渉を通訳してもらい吐いた言葉だ。


『ああ、これでダメならオレに打つ手は無いよ。お手上げだ』

『言葉は分からなかったが、お前の迫力は本物だった。これでも舐めた真似をしてくるなら、本当に制裁してやるしかねぇか……』


ルイスは先ほどのオレの脅しの真意を確かめたかったのだろう。探るような目でオレを見つめてくる。


『さっきの話か……ああは言ったけどなぁ……本当にオレに出来るのか、自信は無い。ただ、オレの大切な人達に危害が加わるって言うなら……多分、オレはやると思う」

『そうか……あんまり考え過ぎるな。お前は良くやってるよ』


オレは何も答えずに、曖昧な笑みを浮かべて返しておいた。

これ以上この話を長引かせても、何も良い事は無いと判断しての事だ。


しかし、こうなると王家との交渉はギリクに任せておくしか無いが、問題は地竜の討伐である。


『問題は地竜だよな。どうしたもんか……』

『おい、お前、まさか、地竜を討伐するつもりなのか? あのバカ息子に王家との交渉を任せるんなら、そんな事する必要は無いだろう』


『まぁ、そうなんだけどな。ただボーグに頼まれた件もあるし、何よりレッサー程度じゃなく地竜を討伐すれば、王家も軽く扱えないんじゃないかと思ってな……』

『そりゃ、そうだろうけど……』


オレの言葉を聞き、この場には不自然な沈黙が訪れる。

地竜討伐……本当に討伐するのなら、妊娠中であるアシェラのチカラは当てに出来ない。それに、申し訳ないがルイス達では役不足だ。


やっぱり、エルと母さん、ライラの3人に頼むしか無いか。

狗神の森のマナスポットを解放するだけだったのに……何でこうなった。


オレの心を反映するかのように、部屋には特大の溜息が響くのであった。




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