第410話亀の歩み part1

410.亀の歩み part1






ギリクと団長へとびきりの脅しをかけた次の日、オレ達はブルーリングへ帰ってきた。

王家との交渉をギリクへ任せた以上、ググ領に滞在する意味が無かったからである。


ググの街に残った団長は、オレ達の行動を縛るような事は一切せず、全てを飲み込み従順な子羊のよう振舞っていた。

その目には、ある種 信仰のような光が垣間見え、背中に怖気が走ったのをオレは忘れる事は無いだろう。


団長から逃げるように帰ったブルーリングだったが、オレが最初にやらないといけないのは当然ながら報告である。

ぶっちゃけ、どんどん酷くなっていく状況を説明しないと……でも、きっとエルや父さんに叱られる。


あー、もう、とっとと家に帰って、ベッドに潜り込んで誰にも話しかけられたくない!

いっそニートになりたい……異世界に転生してニートとか……最高じゃないですか!


しかし、現実は無情である。

結局 話さないなんて出来るわけも無く……オレはエルと父さんが居るであろう執務室へ向かったのである。


「アルドです……よろしいでしょうか?」


いきなりの訪問で直ぐに返事は無い。

オレとしては、一応 報告にやって来た事実があれば良いわけで……直ぐに踵を返そうとした所で声が聞こえてきた。


「……どうぞ」


くそっ、今のはエルの声だ。後2秒遅ければ、知らぬ存ぜんを貫けたのに!

こうなったら逃げられない……オレは死刑囚の気持ちで、執務室の扉を開けたのだった。


「アルド、ただいま帰りました……」

「おかえり、アル。随分 早かったね」

「おかえりなさい、兄さま」


2人はオレの姿を見て眉根を下げている。きっとオレの様子から何か問題があった事を悟っているのだろう。


「実は色々と問題が起こりまして……順を追って説明します」


そこからは、狗神の墓を作った事から始まり、ギリクと団長に使徒の件を話した事までを、なるべく主観を交えず丁寧に説明していった。


「………………と言うわけで、団長とギリク殿へ王家への橋渡しを頼んで帰ってきました」


父さんは難しい顔で何かを考え、エルはオレを憐れむように見つめている。

共通するのは、2人共 一切の声を発さず押し黙っている事だ。


やっぱり怒ってるんでしょうか? いや、でも、オレだけが悪いんじゃないと言うか……

結局 ググ領で起こった一連の件を考えて、一番の悪手はこちらの身分を明かした事なのだろう。


あれが無ければ、使徒である事がバレても最悪は逃げて有耶無耶にできたのだから。

あの時は攫われて魔力も無かった事から、かなり追い詰められていた。


けん制のために名乗らざる得なかったとは言っても、もう少し濁した方が良かったのかもしれない。

しかし、今更言ってもしょうがないわけで。


「すみません。徐々に状況が悪くなっています。これでギリク殿が王家との交渉に失敗するようなら……打つ手がありません」

「そうか……分かったよ。一度、王都にいる父さんと話してくる。アルは取り敢えずゆっくり休むと良い」


「はい……本当にすみませんでした……」


オレが謝ると、父さんは困った顔でゆっくりと話し始めた。


「アル、今回の事はいきなり攫われた事が全ての発端だよ。色々な制限がある中、出来る事をやってきた。違うかい?」

「はい……その時々では最善手のつもりで動いたつもりです。でも結果的に全てが裏目に出てしまいました。僕の判断ミスだと思っています……」


父さんはゆっくりと首を振り、諭すように口を開く。


「僕はそうは思わない。攫われた状況の中、敵の目を盗んで『魔食いの首輪」を壊し、ほぼ独力で団長を交渉の場に引きずり出したんだ。僕からしたら英雄の所業だよ。その際に名乗りを上げて相手をけん制するなんて当たり前の話だ。それにアルは失敗と言うけど、実際に王族と交渉するまで後一歩の所まできているじゃないか。相手は一国の王家なんだ。多少のリスクは飲み込むのはしょうがない事じゃないかな?」


父さんはオレの一連の行動を、確実に前へ進んでいると言う。本当にそうなのだろうか……分からない。

しかし、少しだけ心が楽になった気がする。


であれば、ギリクの交渉が少しでも有利に働くよう、オレはオレで出来る事をすべきだ。


「父様、エル、僕はグレートフェンリルの王が言う通り、地竜を倒そうと思います。同じドラゴンスレイヤーであってもレッサードラゴンと地竜では重さが違う。それに元々の条件には、地竜討伐が含まれています。先ずはチカラを見せ付ける事が、全てを丸く収める方法では無いかと思います」

「地竜討伐か……僕には判断できない事だね。そこはアルに任せるよ。僕もアルを見習って僕の出来る事をするとしよう……先ずは王都に行って父さんと話してくる」


「はい、お願いします」


それだけ言うと、父さんは慌ただしく執務室を出て行ってしまった。この場にはエルとオレだけが残されている。


「エル、悪いが、地竜討伐を手伝ってくれないか? アシェラが動けない今、お前と母様だけが頼りなんだ」

「はい、任せて下さい。そもそも以前の地竜戦では、最後は兄さまに全てを任せてしまいましたから。今回は僕の雪辱戦です!」


「そうか、頼りにしてるよ、エル。後は母様か……」


早速 100メードの範囲ソナーを打ってみたが、母さんの反応は無い。まさか、もしかして、また我が家に巣くっているんじゃないだろうな……

嫌な予感を感じながらも、最大1000メードの局所ソナーを自宅の方向へ打ってみた……いやがった……恐らくリビングでくつろいでやがる。


あの野郎……オレはこんなにも頑張ってるのに!

文句を言ってやらないと! しかし、地竜討伐もお願いしないといけないし……


くぅ、ここはグッと耐え忍ぶしか無いのか……


「……エル、母様はオレの自宅にいるみたいだ。ちょっと行ってくる」

「ハハ……やっぱり……頑張ってください」


こうして、エルに見送られながら執務室を後にしたのである。






自宅のリビングに顔を出すと、ソナーでオレが帰って来るのが分かっていたのだろう。アシェラ、オリビア、ライラは満面の笑顔で出迎えてくれた。

荒んでいた心に、潤いが戻って行くのを感じる。


「ただいま、アシェラ、オリビア、ライラ」


3人の嫁に声をかけて、今回の一連を説明しようとした所で、ヤツが口を開いた。


「アル、私には挨拶は無いのかしら? 留守中、アナタの大切な妻達の面倒をみていてあげたのに」


そう話すのは氷結の魔女こと、氷結さんである。ヤツはソファーに寝転び、焼き菓子を貪りながらの言葉だ。あぁ、床が食べカスまみれじゃないですか……

おま、それのどこが面倒を「みていた」なんだ! 面倒を「みて貰っていた」の間違いだろ!


しかし、文句を言えば3倍になって返って来る……しかも、今回は地竜討伐も頼まなくてはいけないわけで……

結果 不本意ではあるが、オレは下からお願いする事にした。


「ただいま帰りました、母様。無視したつもりは無かったんです。先ずは心配をかけた妻達に声をかけさせてもらいました」

「ふーん……まぁ、良いわ。それでグレートフェンリルの王族とは会える算段はついたの?」


「いえ、その件で母様にお願いがありまして……実は………………」


それからは、今回 ググ領で起こった全ての事を説明していった。


「………………と言う事で、地竜を討伐してギリク殿の交渉の後押しをしたいと思っています。エルには了承をもらいました。出来れば母様にも手伝ってもらいたいのですが……」

「ちょっと待って頂戴。手伝うのは構わないけど、地竜を討伐するって言っても、その「地竜の巣」ってどうやって行くのよ」


「……それは、聞いてません」

「アンタねぇ……そのギリクって次期領主の話では、「地竜の巣」はグレートフェンリルの北にあるんでしょ? って事は当然 ググ領じゃないはずよ。他国の中を好き勝手に動いてみなさい。王命が出ている以上、直ぐに王へ連絡が入るわ。そこでいきなり人が増えたり減ったりしたら、余計な腹を探られかねないじゃない。それこそ、最初に疑われた「国をまたいでの犯罪組織」とでも勘違いされたら目も当てられないわ」


「確かに……でも、それだとルイス達と地竜を討伐しないといけないって事ですよね? 流石に今のルイス達では荷が重すぎます」

「そこはマナスポットがあるでしょ。確かアオは世界中に点在してるって言ってたわよね。当然、グレートフェンリルにもあるはずよ。それなら「地竜の巣」の近くにあるマナスポットを解放して、地竜討伐の時だけコッソリ入れ替わるしかないわね」


「なるほど……でも、それだと主をルイス達と僕だけで倒さないといけないのですか……」

「そこは主の強さ次第よ。小さなマナスポットの主なら、今のルイス君達でも何とかなるんじゃない? アンタが初めて主を倒した頃を思い出してみなさい。それと比べて今のルイス達はどう? 空間蹴りを魔道具で補えるなら、そこまでの差はあるのかしら」


母さんの言葉に、昔を思い出してみる。確かに素の身体能力は年齢の違いもあって、あの頃のオレよりは数段上だろう。

武器の扱いも同様だ。身体強化も遜色無いように思える。


「確かに母様の言うように、魔力武器や魔力盾、バーニアや魔法を除けば、あの頃の僕と同じかそれ以上だと思います。でも、あの頃の僕がルイス達と戦ったとしても、きっと僕が勝つはずです。実戦の中での手札の多さは大きなアドバンテージですから」

「それはそうでしょうね。しかも、アンタにはコンデンスレイと超振動がある。対魔物であっても圧倒的な差があるてしょうね」


「だったら……」

「でもね、人は実力を埋める方法を知っているわ。かつて地竜を屠ったと言われている冒険者は、魔法具の剣を使ってそれを成したと言われてるの。何でもその魔法具は、毎日 魔力を注ぎ続ける事によって、10日に一度ではあるけれど、どんな物でも切り裂いたそうよ」


「地竜を……あ、騎士団の盾を真っ二つにしたって冒険者の話ですか?」

「ええ。みんながみんな、アンタみたいに全てを技や技術で補ってるわけじゃないの。むしろアンタが特殊で、普通は装備を整えて少しずつ出来る事を増やしていくのよ」


「それはそうでしょうけど……」

「これからもルイス君達に手伝ってもらうつもりなんでしょ。だったら、あの子達の装備も整える必要があるわ。じゃないと、いつかあの子達を殺してしまう。手始めに地竜を狩ってドラゴンアーマーを着せるべきね。それに前から思ってたんだけど、空間蹴りの魔道具を作れるならバーニアも鎧に仕込めないの? あれがあると無いでは天と地ほどの差があるわ」


母さんはまた適当な事を……バーニアを鎧に仕込むなんて、そんな事 出来るわけ……あれ? 空間蹴りの魔道具と同じように、魔力を通せば魔道具が作動するようにすれば……え? 出来るのか? 勿論 強弱の調整は出来ない事から、オレ達が使うモノより性能は数段 落ちるだろうが。


「……やってみないと分かりませんが、出来るかも……いえ、恐らく出来ると思います」

「そう、じゃあ決まりね。地竜を倒したらルイス君達のドラゴンアーマーを作りましょ。その際にはバーニアの魔道具も仕込む。良いわね?」


「分かりました」


何か胡麻化された感もあるが、氷結の魔女様の助言によって方針は決まった。

どちらにしても、進むしかないわけで……先ずはルイス達と一緒に移動し、「地竜の巣」の近くのマナスポットを解放する。


そして、全ての準備を終えて真打の登場だ。エルと母さんの助けを借りられるのであれば、地竜はそこまで苦労も無く倒せるに違いない。

後の交渉はギリク次第ではあるが、そこは今考えてもどうしようもない事である。


先ずは一歩ずつ。確実に前へ進んで行こうと、決意を新たにしたのだった。




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『アルドの異世界転生 2巻』がオーバラップノベルス様より7/25発売しました(*ノωノ)


2巻はアシェラとの別れから始まりまする。カシューとの長い因縁の始まりです。


是非、手に取って貰えると嬉しかったりします(・∀・)



暫くは毎週火曜日、土曜日の更新にしたいと思います。


いつも応援ありがとうございます(●´ω`●)

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(仮)アルドの異世界転生 ばうお @bauo01

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