第194話傾奇者

194.傾奇者




アシェラがワイバーンを倒して、すぐにシレア団長と数人の騎士がやってきた。


「……あの少女は?」

「……オレの婚約者のアシェラです」


「……」

「……」


何故かシレア団長と騎士全員から可哀想な眼でみられてしまう。

何か言いたい事でもあるんですかね?言って貰ってかまいませんが?


オレは心の中で悪態を吐き、シレア団長に話しかける。


「諸々の手続きは、お任せして良いんですよね?」

「ああ、大丈夫だ。ただ、このワイバーンをどうするかは、そちらで手配してほしい」


シレア団長の言う事は尤もだ。オレ達の財布に入るワイバーンを騎士団が運ぶのは流石におかしい。


「はい、冒険者に依頼を出して運んでもらうようにします」

「それが良いだろう」


そこからは手配してしまった騎士を王都に戻したり、とシレア団長は事後処理があるそうだ。

オレはすぐ横にいるアシェラに向き直って話しかける。


「アシェラ、冒険者ギルドでナーガさんにワイバーンの運搬を頼もう」

「……うん」


冒険者ギルドに向かうつもりで門を通るが、門番はシレア団長がいるので顔パスだった。

ギルドに向かう途中、何故か妙に視線を感じてしまう……解せぬ。


まあ、王都の目の前でワイバーンを倒せば注目を浴びるのもしょうがない。

そろそろオレ達の実力を隠すのも難しいのかもしれないな……


少しの寂しさを感じながらギルドへと歩いていく。


「アシェラ、そろそろ昼だけどお腹は空いてないか?」

「……うん、大丈夫」


何故かアシェラの口数が少ない。もしかしてワイバーン戦で怪我でもしたのだろうか……


「怪我でもしたのか?」

「……してない」


「無理はするなよ。絶対に隠したりしないでくれ」

「……うん、分かった」


そう言って笑顔を向けてくれるが、やはりアシェラの口数は少ない。

アシェラと歩いていると直にギルドへ到着した。


ゆっくりと扉を開けると、全員がオレを見て呆然としている。

最近は声を掛けられる事さえあるのに……やはりワイバーン戦を間近で見てショックだったのかもしれない。


しかし、それにしてはアシェラでは無くオレを見ているのは何故なのか……

首を傾げながらナーガさんの元へ向かうと、ナーガさんまで呆然とした顔でオレをみてくる。


オレは流石におかしいと思いながらもナーガさんへと声をかけた。


「ナーガさん、王都の門から1000メードの場所でワイバーンを倒しました。素材の回収をお願いします」

「……あ、はい……ワイバーンですか……」


ナーガさんの様子がおかしい。何かあるのかもしれない。


「ナーガさん、どうかしましたか?元気が無いみたいですが……」

「あ、え、いえ……」


「もしかして熱でもあるとか?」


ナーガさんとアシェラがお互いに見つめ合い、何かアイコンタクトを送り合ってから一つ頷いた。

ゆっくりとナーガさんがオレの下半身を指差してくる……


オレがナーガさんが指差した場所に顔を向けると……そこにはショッキングピンク……目がチカチカするほどのショッキングピンクの水着が見えた。





オレは今、ギルドの会議室で中古のレザーアーマーを借りて着替えている所だ。

何が”そろそろオレ達の実力を隠すのも難しいのかもしれないな。キリ”だよ……実力より先に水着のモッコリを隠せと!


そりゃアシェラも無口になるわ!上半身裸でショッキングピンクの水着を着てナイフ2本装備してるとか……本物じゃねぇか!オレだったら絶対に話しかけられたくねぇよ。そんなヤツ!

なんで気が付かないかなぁ……ってか誰か教えてくれよ……


このままオレが使徒って事がバレたら、新しい種族が後世で変態の末裔と言われてしまう。

いっそ、王都をコンデンスレイで更地に……


思考がどんどん物騒になっていく。

それほど恥ずかしかったのだ……誰かオレの気持ちを分かってほしい。


結局、オレが会議室から出るのに30分の時間が必要だった。






「アルド、元気出す」

「そうよ。水着を着てただけじゃない。問題無いわ」


アシェラとナーガさんの優しさが心に沁みる。

しかし他のヤツら……オレの方を見て明らかに笑いを堪えてるヤツが多数。


お前等、月の無い夜には気を付けろよ……顔は覚えたからな。


「ハァ、ありがとうございます。2人の優しさが本当に嬉しいです」


いつになくオレが弱っているからなのか、ナーガさんが頬を染め鼻息を荒くしている。

この人、見た目も能力も性格も文句無しなのに、何故 彼氏が出来ないのかが最近 何となく分かってきた。


この愛すべきポンコツ具合は一歩、懐に歩み寄らないと分かり難いかもしれない。

まあ、ナーガさんは迷宮探索に必要なんで、もう少し独身でいてほしいのだが。


こうしてギルドで初心者用のレザーアーマーを借りてギルドを出た。


「アシェラ、どうする?」

「戻らないと、お師匠が心配する」


「そうだよな……」


オレとアシェラがギルドの前で話していると、ナーガさんが手配したであろうワイバーン回収の依頼を受けた冒険者が、馬車に乗り込んで移動していく。

馬車がオレ達の横を通り過ぎる時には冒険者から様々な声をかけられた。


「さっきは笑わせて貰ったぜ」「割りの良い依頼ありがとなー」「カワイイ彼女と水浴びとかしてるからだよ。ザマー!」「いつまでランク詐欺してるんだよ。さっさとAランクになっちまえー」


と心温まるお言葉を頂いて、オレの額には青筋が浮かぶ。


「お前等!覚ておけよー!」


馬車の上ではオレの声に笑いが起こっている……怖がられていない……

少し前ならオレの依頼には、あんなに人は集まらなかったはずなのだが。


苦笑いを浮かべながら、一つだけ溜息を吐いた。


「全く……」


さっきまでの落ち込んだ気持ちは随分と軽くなり、アシェラの顔を見る。


「行くか」

「うん」


「昼食を待ちくたびれてるはずだ。急ごう」

「うん!」


氷結さんは放っておくと、生焼けの川魚とかでも食べかねない。

オレとアシェラは空間蹴りとバーニアを使い、最速で川へと戻っていった。





水浴び場に戻ると、予想通り氷結さんから文句を言われてしまう。


「アル!お腹空いた。早く昼食を作って!」


こいつは何故、こんなに偉そうなんだ。

こっちはワイバーンを倒して、ギルドで解体の手配までしてきたというのに……


しかし、1つ何かを言うと3倍になって帰ってくるので軽く流しておく。


「分かりました。ちょっと待ってください」


今日は屋外なので浜焼きと言うかバーベキューの準備を、昨日の夜に料理長へ頼んでおいた。

野菜と肉は既に切ってある。後は魚の腹を出してそこらの枝で串を打てば焼くだけだ。


因みに丁度良い大きさの鉄板が無かったので、倉庫の隅にあった壊れたラージシールドを、応急で鉄板にさせてもらった。

曲面を上にして余計な水分が流れ落ちる便利仕様だ。


本当はジンギスカンのように、肉汁を溜めておければ最高なんだが贅沢は言えない。

タレは醤油と砂糖をメインで作った醤油ダレと、醤油と酢から作ったポン酢の2種類を用意した。


炭に火を着け、手ごろな石で土台を作り盾を乗せる。

氷結さんがウルサイので火起こしに魔法を使ったら思ったより直ぐに火がついた。


魚だけは火の周りに立てて、塩を振っておく。


「さあ、準備完了です」


オレの言葉に母さんは不満そうに話しだす。


「何よ。今から料理するの?」

「これは料理しながら食べるんです」


「どういう事?アルの言う事は、たまに意味が分からないわ」

「じゃあ、見ててください」


オレは野菜を鉄板の隅において、真ん中辺りで薄切りの肉を焼いていく。

まずは醤油ダレで食べる。本当は焼肉のタレが欲しいのだが味噌とミリンがない……


今度、醤油を買いに行く時に味噌とミリンも無いか聞いてみよう。


「うん、美味い。次はポン酢で……これもアッサリしてて美味いな。肉によっては塩と胡椒だけでも美味い……」


1人でバーベキューを楽しんでいると、全員の眼がヤバイ事になっている。


「こ、こんな感じで好きに食べてください……僕は野菜や魚の焼き係をします……」


全員が鉄板に殺到していく……

これは……亡者だ……鉄板にたかる姿は、正に生者を襲わんとする亡者を連想させた。


途中で野菜や魚も食べてもらい、気が付けばそれなりの時間が過ぎている。

オレは用意しておいたハチミツレモンの器を出して、デザートとして振る舞った。


本当であればバーベキューの後はシャーベットやアイスが良いのだが、流石にここでは難しい。

亡者達がハチミツレモンにたかっている間に、オレは1人で遅めのバーベキューを楽しませてもらおう。


細々と1人、肉と野菜に舌鼓を打っていると、いつの間にか隣にアシェラとオリビアとライラが立っていた。


「アルド、ありがとう。美味しかった」

「とても美味しかったです。ありがとう。アルド」

「あ、アルド君、美味しかった……」

「ああ、お粗末様でした」


「アルドは今から食事ですか?」

「そうだな。ずっと肉と野菜と魚を焼いてたからな」


「では私が代わります。アルドはゆっくり食べてください」

「良いのか?」


「当然です。この1年、ずっと料理も勉強してきましたし、これぐらいは出来ます」

「ありがとう。オリビア」


そこからはオリビアに調理をお願いして、アシェラ、オリビア、ライラと話しをしていた。

暫くすると唐突にアシェラが聞いてくる。


「この水着どう?」


いきなりの質問にオレは非常に困ってしまう。素直に”海女さん”みたいと言った日にはどんな事態になるか……

頭をフル回転させて絞り出した答えは……ひどくありきたりな物だった。


「と、とてもカワイイと思うよ……」


それでもアシェラは頬を染めて嬉しそうだ。

ふと横を見るとオリビアとライラもオレの言葉を待っていた。


オレは2人を上から下まで見回すと、顔を染めて恥ずかしそうにしている。


「き、黄色の水着はオリビアの金髪と、とても似合ってる。ら、ライラも髪と水着を合わせたんだな。2人共、可愛らしいよ」


オレの感想を聞いた3人はお互いの顔を見合わせ、なにやら頷いているのが印象的だった。





昼食を摂り終わり休憩もして暫く経った頃、ノエルに時間を聞くと今の時間は15:00だと返された。


「そろそろ帰りましょうか。今から片付けしても、帰る頃には夕方になってるはずです」


オレの言葉に全員が頷いて各々が片付けを始めて行く。

母さんだけは手伝うつもりは無いようで、ハンモックにいつまでも揺られていた……





屋敷に辿り着くと、やはり疲れていたのだろう。全員が眠そうにしていた。

オレも久しぶりに泳いで眠気がすごい。思ったよりも疲れていたみたいだ。


そうして夕食を摂り終わるとそれぞれが分かれていく。

オリビアはアシェラの部屋に泊まっていくので、夕食も風呂もアシェラと一緒らしい。


何故だか、日に日にアシェラ、オリビア、ライラが仲良くなっていく……

オレは疲れからなのか、どうしようもないからなのか、それ以上考えるのを止めた。







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