第338話駆け引き
339.駆け引き
予めルイスとはお互いの家の名前を出して、相手を牽制するとは話してあった。
カズイ達を逃がした後であれば、逃げるだけなら空間蹴りが使えるオレ達だけならなんとでもなるからだ。
勿論その場合には人死にを出さない事が前提になるが、フォスターク王国の貴族に連なる者である事を明かし、尚もチカラで抑えにくるのならしょうが無い。
最悪は外交問題になる可能性があったのは事実ではある。しかし、他国の貴族の子息をチカラで押さえつけるなど、どう考えても非は向こうにあるのは当然の事だ。
勿論その場合は自力でカナリスを脱出して、然るべき場所で訴える必要はあるのだが。
カナリス伯爵の『負けた』と言うのは、それを抑える手段が向こうに無かった事に他ならない。
「何か望む物はあるかね? 非礼の詫びに、私の出来る事なら便宜を図ろう」
そう話すカナリス伯爵は、既に負けを認めた敗軍の将のそれであった。
しかしいきなり欲しいものと言われてもパッと思い付く訳も無く……
かと言って何も望まないのは、相手の非はそのままになってしまう訳で、これもよろしくない。
出来れば禍根を残さず、ほどほどの価値の物……
オレが頭を抱えていると、ルイスが神妙に口を開いた。
「私達はフォスターク王国へ帰る途中です。もし許されるならば、グレートフェンリルに入る際の通行税の免除を願います」
え? 通行税? あ!忘れてた!そりゃ国を越えるなら払うのは当然だ!
今までの旅では国境なんて無かったから、完全に忘れてたよ!
「グレートフェンリルへの通行税か……分かった。関所にはこちらから話を通しておこう。後でカナリスの客人の証を渡す。それを見せれば何人いようが問題なく通れるはずだ」
「過分な配慮ありがとうございます」
オレが呆けている間にルイスは話を全て綺麗に片付けてくれた。
いや、あれですよ? だってルイスはここまで国境を越えて旅をしてきたから当然 覚えてるわけで。
オレはほら、山越えとかヘビに乗って海越えしかしてないし……
誰に対してか分からない言い訳を、頭の中で言い続けるしか出来ないオレであった。
カナリス伯爵と和解して、今は領主館の中庭で騎士と向かい合っている。
お互いの手には模擬戦用の木剣があり、開始の合図を待っている所だ。
何故こんな所で模擬戦をする事になったのか……それは伯爵と全てが丸く収まって団欒している時の事である。
護衛の騎士がパーガスを恫喝している声が、廊下から部屋の中に漏れ聞こえてきたのだ。
どうやらパーガスがトイレに立ったのを見計らって、護衛の一人がヤツを執拗に責めたらしい。
騎士曰く、あんな若造が本気を出した所で、我等の首が一瞬で落ちるなどフザケタ事を言うなと。しかも主君である伯爵の前で。
確かに護衛の騎士からすれば、まだ少し幼さが残るオレに負けるなど、考えられなかったのだろう。
しかもそれを言い放ったのが冒険者風情とくれば、騎士で無くとも怒り心頭である。
結果、何故かオレにお鉢が回り、本当にそんな強さがあるのかを証明するために、騎士と模擬戦をする事になってしまったのだ。
しかし、ここで困った事がある。
以前のサンドラ領のマンティス事件では時間も無く、手っ取り早く実力を見せるためにワザと騎士を煽った事もあったが、今は平時だ。
相手騎士のプライドもあり、あまり酷い勝ち方をすれば余計な禍根を残しかねない。
しかし騎士1人に辛勝するようでは、先ほどのパーガスの言葉が嘘になってしまう。
最悪はやはりチカラで押さえつけると、伯爵が心変わりをする可能性もあるわけで……
そんなオレの葛藤にルイスは気が付いたのだろう。開始の合図の前に声を上げた。
「閣下、お待ちください。やはり騎士との模擬戦よりも、私とアルドの戦いの方がお気に召すかと存じます」
「どう言う事だ?」
「はい。私達は空を駆けます。地上での戦いだけでは閣下を満足させるには少々役不足かと」
カナリス伯爵はルイスの言葉を暫く考えた後に口を開いた。
「そうだな。噂のリベンジャーの戦いも見てみたい。騎士は下がれ」
「お、お待ちを!それでは私共の名誉が……」
「では私との模擬戦の後に改めて戦うと言う事でいかがですか?」
ルイスにこう言われては、騎士はそれ以上 何も言うことは出来ず、ルイスを睨みつけながら下がっていった。
改めてルイスが模擬戦の準備を整えると、オレの前に立ちながら話しかけてくる。
「アルド、こうして向かいあうのはいつ以来だ?」
「まだ学生の頃だったな……そう時間が経ったわけでも無いが、酷く懐かしいよ」
「そうだな……遠慮は無しと言いたい所だが、今回は胸を借りるぜ」
「ああ、全力で来い」
昔を思い出した所で、お互いに切り替える。ルイスの殺気が漲った所で伯爵の声が響いた。
「始め!」
合図と共にルイスがまっ直ぐに突っ込んでくる……疾い!
そのまま大剣を縦横無尽に振るい、オレに攻撃をさせる暇を与えないつもりのようだ。
しかし、その速さもエルほどじゃない。大剣の嵐を潜り抜け短剣を逆袈裟斬りに振り切った。
ルイスは後ろに数メード吹っ飛びゆっくりと立ち上がる。
「まだやるんだろ?」
「当たり前だ!」
それからはテンポを遅くしたり、空間蹴りの魔道具を使い空で戦ったりと、様々な工夫を試すがオレにルイスの大剣が届く事は無かった。
ルイスが何度目かに倒れた後、少し悔しそうに口を開く。
「参った……」
オレは直ぐに近寄って回復魔法をかけてやる。
「強くなったな、ルイス。もう本気の身体強化をかけないと付いていけなかったよ」
「良く言うぜ。お前は魔力武器も魔法もバーニアだって使ってねぇくせに」
オレ達が笑い合いながら話す姿を、伯爵は当然として騎士達も唖然とした顔で見守るだけである。
「私はこれで終了です。騎士の方、戦われるのであれば交代します」
「い、いや、その……わ、私は……」
オレ達の想像以上に激しい戦いに、騎士は怯えてしまって、とても模擬戦をするような雰囲気では無い。
「まぁ、しょうがないですよ。コイツはドラゴンスレイヤーですから」
「おま、ここで言うか?」
「今更だろ。お前が本来のチカラの半分も出していないのは、分かっておいてもらわないとな」
「……」
伯爵や騎士がぶつぶつと、『ドラゴンスレイヤー』が何やらと話し合っているが、動く気配は微塵も無い。
そんな一種 沈んだ空気の中、パーガスが恐る恐る声をかけてきた。
「お、お前、ドラゴンスレイヤーってのは本当なのか?」
「あー、まぁ、竜種を倒した事はありますね」
するとパーガスは少し考えてウィズやザザイに向かって声を張り上げた。
「おい、アルドと模擬戦をするぞ!」
「は? アンタ、バカじゃないの? 今のを見たでしょ。私達が適うわけないでしょうが!」
「そうだ。恥をかくだけだ。ヤメとけ」
「お前ら、良く考えろ。ドラゴンスレイヤーに胸を貸してもらえるんだぞ? こんな機会は死ぬまでに二度と無ぇ。オレは断言できる」
パーガスの言葉を聞き、ウィズとザザイは何かに思い至ったように考え出した。
少しの時間が過ぎ、ザザイが振り絞るように口を開く。
「分かった。オレはやる。ウィズ、お前もやるだろ?」
「あー、もぅ、分かったわよ。その代わりアルド君、絶対に手加減してよ。絶対だからね!」
オレは受けるとは一言も言ってないのに、今度は何故かダカートの風と模擬戦をする事になってしまった。
因みにソーイは斥候であるため、模擬戦はお休みである。庭の隅で肩を竦めて我関せずを貫いている。
そして何故かオレ1人とパーティであるダカートの風が向き合っているが、誰もこの状況を止めようとはしない。
ルイスよ、面白がってオレの攻略法を、パーガスに教えるのはやめてくれませんかね?
こうしてお互いの準備が出来た所で伯爵の「始め」の声が響いたのであった。
オレの前にはダカートの風と騎士が数人 転がって荒い息を吐いている。
あれからダカートの風の戦いを見て、何故か騎士達にも火が着いたらしく、交代で模擬戦をする事になってしまったのだ。
結局、ダカートの風が3回、騎士4名、それにルイスとは2回 オレは戦った事になる。
「これほどとは……アルド君、君と敵対しなかった過去の自分を褒め称えたい気分だよ」
「いえ、そんな事は……」
伯爵さん、その言葉にはどう答えても正解は無いような気がするんですが。答えにくい事は言わないでくれると助かります。
結局 オレの『武』を見せ付けて押さえ込む形にはなってしまったが、大きな問題に発展する事は無さそうだ。
ルイスがこれを計算していたのかは分からないが、結果オーライと言う事にしておこう。
オレとルイスは伯爵に気に入られ、カナリス家の客人として一晩だけ泊まっていくことになった。
これは万が一、伯爵がオレ達を諦めていなかった場合、カズイ達が少しでも国境に逃げる時間を稼ぐためである。決して相手を信用しての行動では無い。
それは伯爵も分かっているのか、 泊まるのに際してオレ達が相部屋でないと了承しなかった事でなんとなく察しているようだった。
「ふぅ、今日は疲れたな」
「お前は模擬戦 続きだったからな。そりゃあ疲れてるだろ」
「お前が言うかよ。パーガス達の模擬戦の後で、騎士達をけしかけただろ」
「ん? オレはお前が相手には怪我を絶対にさせないように、配慮してるって囁いただけだぜ」
「おま、それがけしかけてるって事だろうが」
「ハハハ。そう言うなよ。騎士にも面目があるからな。伯爵の目の前で、戦いもせず逃げたんじゃ流石にマズイだろ?」
「そりゃ、そうだろうけど……」
「アイツ等、感謝してたぜ。こっそりとオレに礼を言ってくる程度にはな」
「それ……全部お前が美味しい所持って行ってないか?」
「今更 何を言ってるんだ。ドラゴンスレイヤーが小さい事を言うなってんだ。そもそもお前がムチでオレはアメなんだからしょうがないだろ?」
ルイスは笑いながらフザケタ事を言っている。
少しの沈黙の後、オレは半笑いで呆れたように口を開いた。
「まぁ、将来 お前がこの国に帰った時に、多少でも足しになれば文句は無いがな」
「はっ、それは考えなくて良いって言っただろうが。今は無事に帰る事だけを考えれば良いんだよ」
「分かってるよ。先にお前が夜番をしてくれるんだろ? オレはそろそろ寝るぞ」
「ああ。万が一があっても、絶対にお前までは敵を通さないから安心して寝て良いからな」
オレは返事を返さずに、片手を上げてからベッドにも潜り込んでいった。
深い闇に落ちる寸前、ルイスの「ありがとう」と言う声が聞こえたのは、きっと夢では無いのだろう。
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