第368話オクタールの街リターンズ part3

368.オクタールの街リターンズ part3






オーガの波が引いて行き、オクタールの奥から唐突に主が姿を見せた。

その圧倒的な存在感に、私はすぐさま撤退を叫んだ……しかし、ルイス君とネロ君は恐怖で竦んでしまっており、呆然と主を見つめるだけで動こうとはしない。


くっ、こんな所で実戦経験の浅さが出るなんて……

でも、この子達は絶対に殺させない。私は木の上から空へ駆け出し、ウィンドバレット全弾を主へと撃ちこんでいく。


恐らく、この程度の攻撃ではけん制にしかならないとは思う。しかし、今は少しでも時間がほしい。

未だにルイス君とネロ君は、目を見開いたまま主を見つめ、動き出す気配すら無い。


こうなったら……

少し可哀そうだとは思うけど、私はウィンドバレット(そよ風バージョン)を2人の顔面に向けて撃ち込んだ。


ウィンドバレットは面白いように顔面に吸い込まれていき、2人は鼻血を出して悶絶している。


「早く空へ逃げなさい! ボサっとしてると、もう2,3発撃ちこむわよ!」


2人はやっと状況を飲み込んだのか、鼻血を流しながらもやっと我に返ってくれた。


「すみませんでした!」「ごめんだぞ……」


空へと逃げ出した2人が謝る中、主はウィンドバレットが効いた様子も無く、忌々しそうにこちらを睨みつけている。

このクソオーガ……髪の恨みも利子を付けて、倍にして返してやるわ!


私はウィンドバレットに魔力をマシマシで注ぎ込み、主の顔面 目掛けて撃ちこんだ。

その瞬間 主の姿がブレた……マズイ! 主は空へ逃げていたネロ君へ真っ直ぐに向かって行く。


空間蹴り? いや、違う。主は驚くべき速さで動き、近くの家の屋根からネロ君目掛け、飛びあがったのだ。


「ネロ君、逃げて!!」


ネロ君が、私の声に直ぐさま反応出来たのは、獣人族特有の俊敏さを持っているからなのだろう。

しかし、主の動きは想像よりずっと速かった……


ネロ君は必死に躱し、主からの直撃だけは避けたものの、ヤツの拳が足に掠ってしまった。

攻撃が掠る……普通の敵なら上手く避けたと評される所だが、相手は主だ。


空間蹴りの魔道具が壊れて宙を舞う中、ネロ君は殴られた勢いのまま、近くの木へと吹き飛ばされていった。


「ルイス君、ネロ君の救助を! 早く! そしたら直ぐに洞窟へ離脱して! 私はコイツを抑える!!」

「は、はい!」


ルイス君は私の指示通り、吹き飛ばされたネロ君へと駆けていった。

ああは言ったが、ルイス君とネロ君が逃げるだけの時間を稼ぐ……恐らくコイツがそんな余裕をくれる事は無いだろう。


こうなったら石に齧り付いてでもコイツを止めてやるわ。

あの2人を殺させるわけにはいかない。あの子達は、私の命に代えても絶対に守ってみせる!


そんな決意を秘めて、私は1人 主へと向かって行くのだった。



◇◇◇



微睡みの中から、徐々に意識が覚醒していく。

ゆっくりと瞼を開くと、洞窟の岩肌が目に入ってきた。


「あ、そうか……コンデンスレイを撃ったんだった……」


ゆっくりと立ち上がり、洞窟から見るオクタールは、アチコチから未だに煙が立ち上っていた。


「火は殆ど消えてるんだな。でも、誰も戻って無いのか……打ち合わせ通り、一番危ない場所に応援に入らないと」


まだ少しボンヤリする頭を振って、オレは半月の薄暗い月明かりの中、空へと駆け出して行った。






先ずは一番近くの西門へと向かっていく。すると、遠くに空を駆ける者の姿があった。

あれは……誰かがこっちに向かっている?


距離か徐々に近づくにつれ、驚きと共に目に入ってきたのは、ルイスがネロを背負って空を駆ける姿だった。


「ルイス! ネロ!」


間近で見るネロの足は、片方が潰れて原型を留めておらず、もう片方は膝から下が無くなっていた。

ルイスが血止めの応急処置だけはしたようだが、直ぐに回復魔法をかけなくては!


ネロに近寄ろうとした瞬間、ルイスは悲壮な顔で絞り出すように口を開いた。


「ネロの応急処置はした。それよりラフィーナさんが!」


母さん? 何だ、何を言ってる? つい先日 生死の境を彷徨っていたのに……これ以上 母さんに何があるって言うんだ。


「ラフィーナさんが1人で主を抑えてくれてる! 早く、早く行ってくれ!!」


母さんが1人で主を? は? 何でそんな事になっている……だって、母さんは生き残ったんだぞ?

オレが数舜の間 呆けていると、ルイスの叫び声が響いた。


「早く行け!!! 頼むから行ってくれ!! オレ達のせいで……ラフィーナさんは……」


叫びで我を取り戻したオレは、ルイスに話しかける事もせず、爆発するような加速で西門へと真っ直ぐに飛び出した。

くそっ、母さん。間に合ってくれ!! 頼む、頼みます。お願いですから……


バーニアを連続で吹かし続け、数分の後に西門へ辿り着く。

そこには空間蹴りで、空から主へとウィンドバレットを撃ち続けている母さんの姿があった。


「母様!!」

「アル、遅いわよ! このクソオーガ、硬すぎて魔物用のウィンドバレットが全然 効かないわ! どこまでも癇に障るヤツね!!」


「無事だったんですね……良かった。ケガは? ケガなんてして無いですよね?」

「当たり前でしょ。私を誰だと思ってるの! それより、来たわよ! 避けて!」


母さんが叫んだ次の瞬間には石の礫が高速で飛んでくる。

くそっ、避け切れない。そう判断したオレは、すぐさま魔力盾を出し主からの投石を防いだ。


「アル、ズルイわよ! 私にもその盾 教えなさいよ!」

「え? あ、それは別に構いませんけど……そもそも、その鎧には盾が仕込んであるのに、メンドクサイって言って放置してたのは母様じゃ……」


あのー、母さん、凄く元気なんですが……寧ろ、いつもより色々と漲ってるんじゃないですかね?

母さんの無事な姿に安堵するも、眼下には怒り狂った主が定期的に礫を投げてくる。


先ずは一当てしようとした所で、母さんからの「待った」の声がかかった。


「なんで止めるんですか?」

「アイツは空間蹴りと見間違えるほとの高さまで飛び上がったわ。接近戦はアイツの実力が判明した後よ! 取り敢えず、そこで見てなさい」


それだけ言うと、母さんは魔力マシマシのウィンドバレットを主へ撃ち込み始めた。

致命傷にはならないのだろうが、主は母さんのウィンドバレットを嫌がり、動き回って躱している。


速い……主の素の動きは間違い無くオレよりも速い。

だが、これが全力ならバーニアを使えば、辛うじて対応出来るはずだ!


「母様、大体の動きは見ました。一度、一当てしてきます!」

「気を付けなさいよ。これが全力とは限らないんだから」


「はい。行ってきます!」


細心の注意をはらって主を見ると、ヤツは舐めているのだろう。

オレ達と戦いながら、周りのオーガへ火を消すよう指示をだしていた。


精々舐めてるが良い……その余裕が命取りになるって事を分からせてやる!

先ずはリアクティブアーマーをぶち当てるべく、盾を両腕に出して主へ向かってて真っ直ぐに突っ込んだ。


主は躱そうと身を翻すが、バーニアを使えばそんな主の行動にも何とか対応出来た。

先ずは右! 大きな爆発の中で更にバーニアを吹かせ、左のリアクティブアーマーをぶち当てる!


どうだ!?

ダメージを確認するため、土煙が立ち上る中、一度 距離を取った。


徐々に視界が通ってきた所で、土煙の中から主が飛び出してくる。

くそっ、速い!


咄嗟に魔力盾を出したが、躱しきれない! オレは主に殴られた勢いのまま地面を転がされてしまった。

まずい。追撃が来る……


直ぐに体勢を整えるが、追撃が来る事は無かった。主を見ると、母さんからのマシマシ ウィンドバレットを忌々しそうに躱している。


「早く立ちなさい! ボーッとしてるなら、アンタにもそよ風バージョンを叩き込むわよ!」

「す、すみません!」


改めて主を見ると、リアクティブアーマーのダメージで腕の皮は剥がれ、全身が火傷だらけではあるが、見る見るうちにケガが治っていく。

回復持ち……


クソッ、魔法を使えないくせに、回復持ちとか……恐らく2つのマナスポットの加護の一部を、回復に使ったのだろう。


「母様、コイツは回復持ちです! 回復する速さ以上のダメージを与え続けるか、欠損クラスの大ダメージを与えるかしか方法がありません!」

「本当にムカつくヤツね! アル、こうなったら一時撤退よ! コイツには全員で全力をもって当たる必要があるわ」


「分かりました。撤退のライトを撃ちます!」


そう告げるとオレは特大のライトを空高く打ち上げた。

恐らくオレと母さんの2人では、コイツを倒すだけの火力を維持するのは難しい。


超振動を使えば、ワンチャンあるかもしれないが、今はネロの足のケガも気になる……

安全マージンを考えるなら、出直すのが正解のはずだ。


しかし、こちらの思惑通り、主が逃がしてくれるわけも無く。

主は母さんに投石をしてけん制しつつ、オレに向かって突っ込んできた。


距離を取らないと……咄嗟にバーニアを吹かして主と距離を取ろうとするが、想定よりだいぶ速い。

きっとヤツは母さんのウィンドバレットを躱すのに、全力を出していなかったのだ。


主の拳が振るわれる瞬間、両腕の魔力盾を出してガードするが堪えきれない。

結果 再度、土の上を転がされてしまった。


くそっ、速い上に攻撃が重い。マズイ事に左の魔力盾が半分割られてしまっている。

魔力がゴッソリ削られた……残りの魔力は一気に半分だ。


主は数度の当たりでオレを取るに足らない相手だと認識したらしく、嫌らしい笑みを浮かべながらゆっくりと近づいてくる。

そんな窮地に陥ったオレに、空から真っ直ぐに向かってくる影が1つあった。


アシェラだ。オレが打ち上げた、撤退のライトを見たのだろう。南門から急いで向かってきてくれたようだ。

アシェラは主の背後に降り立ち、丁度 オレとで主を挟むような形になっている。


「アルド、大丈夫?」

「ああ、助かったよ、アシェラ。コイツは想像よりもずっと速くて強い。オレだけじゃ、ちょっと無理みたいだ」


「ボクが来たからもう大丈夫。それに直ぐエルファスもやって来る!」

「攻勢に移りたい所だけどな。魔力盾を割られて魔力の残りがキツイんだ。それにネロが足をやられた。直ぐにでも診てやりたい。今回は撤退しよう」


「分かった……でも、そう言う事なら、アルドとネロの借りは返しておく!!」


それだけ言うと、アシェラは主へ目掛けてバーニアを吹かした。

くっ、幾らアシェラでも、コイツとタイマンは流石にマズイ。


オレは咄嗟にマシマシのウィンドバレットを、牽制を兼ねて主へと数発 撃ち込んだ。

アシェラはいきなりのウィンドバレットにも、上手くタイミングを合わせ主の懐へ潜り込んでいく。


元々、格闘術を使うアシェラの動きは変則的で、更にバーニアは生物の動きの埒外にある。

そんなバーニアを小刻みに吹かせ、アシェラはとうとう決定的なチャンスをモノにした。


「アルドとネロの仇!!」


そう叫びながら、主の顔面に渾身の魔法拳を撃ち込んだ。

見上げるような大きさの主ではあるが、後ろ向きに数回転 転がされられ、大木にぶっかって止まった。


うわぁ……あれ、死んだんじゃね?

一瞬、安直な考えが頭をよぎるが、そんな甘い事がある訳も無く。


ゆっくりと立ち上がった主の顔面は、鼻が潰れて鼻血を垂らしているが未だに健在である。

潰れた顔を晒しながらも目には怒りの炎を浮かべ、言葉にならない雄たけびを上げた。


アシェラの渾身の魔法拳でも致命傷にならず、徐々に回復するとか……コイツは万全の状態で挑まないと、こっちが食われる。


「アシェラ、撤退だ! 今ので仇は十分とってもらったよ」

「ぶい!」


オレは直ぐに空間蹴りで空へと逃れ、アシェラはVサインを出しながら嬉しそうに空へと駆け上がって行く。


「アル、アシェラ、取り敢えず洞窟へ逃げるわよ!」

「はい、母様」「はい、お師匠」


こうしてオレ達は主との初戦闘から、分の悪い痛み分けで撤退したのだった。




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