第97話競技会 part3

97.競技会 part3



オレ、エル、マール、ファリステア、アンナ先生でブルーリング邸への帰路を歩いていた。

聞いてみた所、騎士学科の代表はやはりエルだ。


今日の空間蹴りでの騒ぎもありエルに聞いてみる。


「エル、実は今日の試合で空間蹴りを使ったら、ちょっとした騒ぎになったんだ」

「あー、まあ、そうでしょうね」


「明日の試合どうする?」

「あー、そうか、僕と兄さまか・・」


「本気でやると、ちょっと・・なぁ」

「そうですね・・」


「そうかと言って手を抜くならどっちが勝つかも決めないと終わらなくなる」

「そうですね・・完全な八百長ですね」


オレ達の話を回りの皆は黙って聞いている。この状況だと八百長もしょうがないと思ってくれてそうだ。


「一度、お爺様に相談するか」

「そうですね。僕達だけの話じゃ無くなるかもしれませんし」


結局、オレ達では判断できないので爺さんに丸投げする事にした。

屋敷に帰って早速エルと2人で爺さんの執務室へ向かう。


「アルドです。少しお話があるのですがよろしいでしょうか?」

「入れ」


エルと2人で爺さんに今日の事を話した。


「正直な話、お前達が強いのは聞いているが、どの程度かは判らん。一度、庭で模擬戦を見せてくれ」


確かに言われてみれば爺さんの言う事は尤もだ。早速、皆で庭へ移動する。

庭の隅で道路からは見えない位置でエルと向かい合う。


「エル、木剣が無いから魔力武器で行こう」


ブルーリングで模擬戦の時に使っていた100%魔力の柔らか武器だ。


「判りました」

「じゃあ、お爺様。合図をお願いします」


爺さんに開始の合図を頼む。


「判った。では”始め”」


爺さんの合図にオレとエルは一瞬で身体強化を終える。

オレはウィンドバレット(非殺傷型)を5個を自分の周りに漂わせ、エルはいつも通り盾を構えてこちらを伺っている。


まずは1当て。オレはエルに向かって走りだす。途中で空間蹴りを使い立体機動で攻撃を開始した。

エルとの模擬戦は楽しい。最初は地上で戦っていたが、いつの間にか空中戦になっている。


魔法も飛び交い人目が気になり出す・・ふと爺さんを見ると何やら地上から大声を出しているようだ。

戦闘に集中して気が付かなかった。オレは戦闘を中断してエルに話しかける。


「エル、ストップだ。お爺様が何か怒ってる」

「え?あ、本当ですね・・」


「一回、下に降りるぞ」

「判りました」


オレとエルが自由落下で落ちていくと爺さんがオレ達を受け止めようとする・・皆やるけど無理だろ・・

地面のかなり前で落下速度を落とし、そこからは螺旋階段の様に降りて行く。


「お爺様、どうしました?」

「お爺さま、何かありましたか?」


オレ達2人の言葉を聞いて、明らかに疲れた表情で話し出した。


「少し、いや、かなり想像と違った・・お前達はこれを学園の模擬戦でやろうとしてたのか?」

「「はい」」


爺さんがコメカミを揉みながら渋い顔をしている。


「アルド。空間蹴りはどの程度、見せた?」

「え?上に逃げただけなので2,3歩でしょうか?」


「2人共、見せるのは3歩までにしろ。魔力の限り歩けるなんて絶対に見せるな。知り合いにも口裏を合わせて貰え」

「「はい・・」」


「明日はエルファスの勝ちだ。アルドが勝つと目立ち過ぎる」

「「はい・・」」


「・・・そんな顔をするな。2人共、ずっと隠せとは言ってない。一度、王と話しをしてくる」

「「・・王様と?」」


「ああ、そのチカラをそのまま示すのは少しマズイ・・お前達には、まだ極大魔法もあるのだろう?」

「「はい・・」」


「この際、それも見たいがラフィーナからは街から1時間以上離れないと危険と言われているからな。次ブルーリングに里帰りする時にはワシも一緒に行こう」

「「判りました」」


何やら大そうな話になってきた。まずはアンナ先生、ファリステア、ユーリに口止めだ。


次の日の学園で早速ネロとルイスにオレとエルの戦闘力を口止めした。その際にブルーリング家としてのお願いだと釘を刺しておく。

こんな事をしなくてもルイスやネロ、ファリステア、アンナ先生は信用しているのだが・・ユーリお前は別だ。


ガイアス達にはエルから話してるはずである。残りはジョーだ。実はノエルに気がある様で風呂にかこつけて週に2回程ブルーリング邸にやってくる。


今日の朝からノエルが口止めに向かっているはずなので問題ない。

次は八百長の話をしないとな・・・正直、気が重い。


Dクラスの教室にアンナ先生、ファリステア、ルイス、ネロを呼び出した。他の生徒は皆、演習場に行っている。

皆に昨日の爺さんからの話をした。


昨日のオレと同じで王にまで話が行くと思って無かったのだろう。皆、青い顔をしながら”聞かなきゃ良かった”と呟いている。

オレからの話はこれで終了だ。皆には話の進展があればすぐに連絡する事を約束して解散になった。



演習場に戻るとエルと商業科の模擬戦が始まる所だった。

商業科の代表はどこが商業科なのか判らないぐらいの大男だ。オレとエルが155cmぐらいだが相手は180cmに届いているのではないかと思える。


見た目だけでは大人と子供だ。この会場の中でエルが勝つと思っている人間がどれだけいるか。

武装は騎士剣術だが体の大きさでエルからすれば両手剣に近い武器を片手でもっている。


エルを見下すかの様に薄い笑みを浮かべながら開始の合図を待っていた。

対するエルは自然体で立っており気負いも恐怖も感じられない。その姿が余裕に見えて、相手に無言の挑発になっているのだろうが。


2人の準備が出来たと判断したスイト先生が開始の宣言をする。


「開始!」


180cmの巨体でエルに向かって走って行く。エルは盾を構え受ける構えだ。

180cmからの振り下ろしをエルは盾で軽く受け止める。


お返しとばかりに片手剣を横に薙ぐと横腹にクリーンヒット・・体を”くの字”に曲げながら転がり気絶してしまった。

会場は静寂に包まれている。エルは勝ち乗りを待っていたが、待ちきれなかったのか敵に回復魔法をかけ出した。


暫くしてスイト先生が勝ち乗りを行う


「勝者 騎士学科 エルファス」


騎士学科の観客席から歓声が上がり商業科の席からは溜息が聞こえてくる。



次はオレの番だが1時間は後だろう。

ルイス達と教室で休憩していたが、そう言えば少しマールに聞きたい事がある。


マールの居場所を探すために範囲ソナーを使う・・見つけた。食堂か。

食堂に移動するとマールはエルと一緒に牛乳を飲んでいたので近づいていく。早速、声をかけた。


「エル、第1試合おめでとう」

「ありがとうございます」


「少しマールに話があるんだが・・」

「あ、僕は外した方が良いですか?」


少しエルの眼に不安の色が浮かぶ・・・取らないから安心してくれ。


「エルも聞いてもらって構わないんだが、ちょっとここは人が多い」

「判りました。移動しましょう」


オレ、エル、マールの3人で人の来ない場所へ移動した。


「実は昨日のオリビアと戦った時に”アシェラと同じ立場”が欲しいと言われてな・・・正直、どうすれば良いのか判らない」

「これは・・僕が口を出して良い話じゃ無いですね」

「アルドの気持ちはどうなの?」


「正直、好意を持たれるのは嬉しい。ただオレにはアシェラがいる。不誠実な事は出来ない」

「アシェラは了承していたわ。ラフィーナ様も。アシェラやブルーリング家の事は別にアルドの気持ちはどうなの?」


「・・・判らない」

「・・・・」


「オリビアの事は好きだ。ただアシェラの時の様に、誰かと結婚すると聞いてもオレは止めに行かないと思う」

「そう・・」


「こんな気持ちではそれこそ不誠実だろう」

「私はアシェラとアルドが結ばれて欲しい。これは本心よ。でもね私はオリビアとも友達なの。あの子を見てると・・」


「・・・・」

「私が言えるのはここまで。後はアルドが自分で答えを出して欲しい」


「判った・・」

「でもアルドも私の友達なの。無理はしないでね」


「ありがとう。マール」


日本にいる時はこんな贅沢な悩みなんて無かったのに。どうするにせよ真剣に考えて答えを出そうと思う。それが礼儀だから。


少し暗い気持ちで演習所への道を歩く。途中でアンナ先生に会った。


「アルド君、どこに行ってたの。もう始まるわよ」


偶然会った訳じゃなく探されていた様だ。


「すみません。すぐに向かいます」


そう言うとオレは身体強化で演習場まで走り抜ける。

演習場では対戦相手が舞台の上で苛立っていた。


「おい、遅いぞ」

「すまない」


一言だけ告げて、すぐに舞台に上がる。


「おい、お前さっきの騎士学科の代表の兄貴らしいな」

「お?、ああ、そうだが・・」


「アイツに言っておけ。恥をかかされた礼は必ずる。ってな・・」

「お前、エルに何かするつもりなのか?」


「あ?それは判らねぇなぁ。そう言えば彼女が魔法学科にいるらしいなぁ。うひひ・・」

「・・・・」


ちょっとお灸を据えてやらないといけない様だ・・

スイト先生が準備が完了したと判断した。


「開始!」


一撃で倒すと後で何をしてくるか判らない。ここは心を折りに行かせて貰う。

オレは短剣を2本共鞘に戻す。今回は素手で行く。


相手はオレが舐めていると思ったのだろう。怒りを露わに切りかかってきた。

身体強化がかかってるオレからすれば、躱すのは簡単だ。


ひたすら躱し続ける。30分は経ったはずだ。オレは1発も攻撃せずに躱し続けていた。

相手は息が上がり、滝の様に汗を流している。


「くそが・・ハァハァ・・逃げ、ハァ、るしか、ハァ・・出来ねぇ・ハァ・・のか・・ハァハァ・・」


そろそろ次の段階だ。オレはウィンドバレット(そよ風バージョン)を5個、自分の周りに漂わせる。

このウィンドバレットは特別で普通の人が殴る程度に威力が抑えてあるのだ。


息が上がってる相手の鎧の隙間にウィンドバレットを叩き込む!

1発・・2発・・5発・・おかわり。また5個のウィンドバレットが現れた。


相手は明らかに怯えた様子を見せ始める。オレは心の中で”早く棄権しないかなぁ”と考えていた。

何回目かの”おかわり”で相手は審判に”棄権”の意思を示す。


お互いに舞台を降りる前に少しお話だ。


「さっきの魔法ウィンドバレットって言うんだ」


オレから声をかけられると思っていなかった様で露骨に嫌な顔をしてこちらを向く。


「ああ?知らねぇよ。んな事は」


オレは相手の返事を無視して自分の言いたい事だけを話す。


「ウィンドバレットは威力が色々あって使い易いんだよ。さっきのは最弱、これが非殺傷型、これが殺傷型、これが殺傷型:魔物用だ」


相手の木剣にウィンドバレットを叩き込んでいく・・殺傷型で折れた木剣に殺傷型:魔物用が当たり粉々になる。


「エルやマールに何かするなら覚悟してくれ・・」


相手は眼を見開き、足は震えている。13歳の子供相手にやり過ぎたか?と思ったが釘を刺さないと、相手はいつか中2病を発症しそうだった。

きっとこの事を糧に成長してくれる事を信じよう。




これで午前の試合は終了した。午後からの相手はエルだ。まずはルイス達に合流して昼食を食べないと。

演習場を出るとルイス達はオレを待っていてくれた。そのまま食堂へ向かう。


昨日の様にオレを遠目から見てヒソヒソと話している姿をアチコチで見かける。

心の中で溜息をついているとルイスが大声で叫び出した。


「何だ手前等は。言いたい事があるなら言ってみろ」


そう言い当たりを見回す。先程と違い眼を逸らす者が沢山いた。


「おい、お前、言いたい事があるなら言ってみろ」


近くの男にルイスが詰め寄るが俯いて口を閉ざすだけだ。


「お前、お前だよ。さっきこっち見て何か話してたよな。なんだ、聞いてやるから言ってみろよ」


今度は少し遠くのヤツに絡んでいる・・ここまでくるとこっちが絡んでるじゃねぇか!


「ったく。人族のこう言う陰湿な所は好きになれねぇ・・」


そう言うとオレの方を向いて話し出す。


「アルドは別だからな。お前はこんな陰湿な事はしねぇ。ほら昼飯に行こう」


そう言うと食堂へと歩き出す。オレ達が通り過ぎた後で、ルイスに言われた生徒達はバツが悪そうな顔をしていた。




昼食を終えエルとの第3試合が始まる。

舞台の脇でエルと雑談をしてるとスイト先生に嫌味を言われた。


「対戦相手同士で、あまり親しく話すのはどうなのかな?正に公私混同だと思うが」


少しアンナ先生の気持ちが判った。これを四六時中やられたらキツイなぁ。

しかし、オレには関係無いので無視してエルと話す。その間スイト先生の舌打ちの音が途絶える事は無かった。


そうしていると時間になり、オレとエルは同時に舞台へと上がって行く。


「エル、緊張してないか?」

「大丈夫です。兄さまは?」


「オレも大丈夫だ」


オレ達の軽口に苛立ったのだろうスイト先生が開始を宣言する。


「開始!」


オレ達はお互いに武器を構えて対峙した。


「エル、準備は良いか?」

「はい、大丈夫です」


「じゃあ、行くぞ」

「はい」


そこからの模擬戦は普段のオレ達の3割ぐらいのチカラで戦った。勿論、爺さんに言われた空間蹴りは3歩までしか使っていない。

逆に3歩の縛りを入れた事で、周りからは本当に”3歩しか使えない”と思わせる事が出来たと思う。


そしてそろそろオレは負けないといけない。爺さんに言われた様に。

オレはエルの盾に短剣を振るう。エルは受けてそのままオレにカウンターの一撃を食らわした。


まともに受けた斬撃はかなり効いた。本当に意識を持っていかれそうだった。

しかし斬撃を振るった時のエルの顔が泣きそうだったのだ・・・


ここは兄として絶対に意識を持ってかれてはいけない。と必死に耐えた。

そのまま戦闘不能として審判に”降参”を申し出る。


スイト先生には盛大に舌打ちをされたが無視だ無視。

勝負が付いた後はエルがすぐに回復魔法をかけてくれる。


こうしてオレの負けで競技会は終了した。

スイト先生や校長を見返したかったアンナ先生には悪いと思うがこれぐらいで勘弁して欲しい。



気になるのは王様にどんな話が行ってるかだ・・穏便に済めばいいのだけれど・・

本心ではきっと何か起こる事を半ば確信しながら過ごすのであった。







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