第159話日常 その壱

159.日常 その壱





王都のブル-リング邸へ辿り着くと魔力が回復していく……

魔力が回復?驚いて屋敷の中へ入ると2階から妙な気配がする。


導かれる様に歩いていくと、空き部屋だったはずの1室から何とも言えない気配を感じた。

ゆっくりドアを開けると、中には魔瘴石が浮かび青い光を放っている。


「領域……」


ゆっくりと近づくとアオが飛び出してきた。


「アルド。あんまり刺激するなよ。魔瘴石で代用してるんだから」

「アオ。領域を作ったのか」


「ああ、エルファスが帰ってすぐにね」

「エル達は?」


「ブルーリングにいるよ。地竜の素材を捌くのに王都だけでは足が付くとか言ってたね。ボクには意味が分からなかったけど」

「そうか……」


「誰がブルーリングに行ってるんだ?」

「ん?アルドの爺さん、父さん、姐さん、エルファス、アシェラ、マール、クララ、アシェラの母親の8人だね」


「そうか。オレもブルーリングに送って貰っても良いか?」

「了解だ」


そう言ってアオはオレをブル-リングへと送ってくれた。



ブルーリングに到着するとアオが口を開く。


「迷宮で言ったと思うけど一度、精霊王様に会いに行って来る。王都へ行きたい人がいたら明日の朝、飛ばしてやるよ。それを過ぎると僕は1週間ほど出て来れなくなるから良く考えてくれ」

「分かった。伝えておくよ」


アオはいつもの通り、そのまま消えていった。

今の時間は夕方だ。さて皆はどこにいるのか、居間へと移動すると1人退屈そうにクララがお茶を飲んでいる。


「クララ、皆はどうした?」


オレが声をかけると驚いた顔でこちらに振り向いてから、笑顔を浮かべて走り寄って来た。


「アル兄さま!」


オレはクララを抱き上げてくるくると回りながら、もう一度聞いてみる。


「クララ、皆はどうしたか分かるか?」


クララの話によるとブルーリング領に戻ったのは一昨日の朝。

アシェラとルーシェさんはハルヴァと久しぶりに顔を合わせ、自宅へと帰って行った。


それからアシェラは実家で寝泊りして、毎日お昼頃にやってきてはオレがこっちに来てないか聞きに来ているそうた。



父さん、母さん、エル、マールだが、マールは一度、実家へと帰った。そして婚約の件を父さんがタブに話をして正式に了承を貰ったらしい。昨日はタブ一家を招待して簡単な晩餐会が開かれたようだ。


今日は母さん、エル、マールの母、マールの4人で正式な婚約に向けての具体的な事を、客間で話しているそうだ。

そして爺さん、父さん、タブの3人は婚約の件では無く、オレが先日 言い出した商売の話を、執務室で相談している。


どうも3人共、オレが想定より話を大きくすると思っているらしく、なるべく直ぐに対応できる様にと、密な連絡を取る事で合意したそうだ。

そして、今回この機会にタブ商会は王都へ支店を出す事に決まった。


勿論、バックにはブルーリング家が付いているので、何かあればオレがタブに協力しても文句は出ないだろう。

客間に行ってエルの結婚の話を聞いてもしょうがないのでオレは爺さん、父さん、タブがいる執務室へと向かった。


「アルドです。入ってもよろしいでしょうか?」


執務室の扉をノックして問いかけると奥から爺さんの声で返事がある。


「入れ」

「失礼します」


執務室へ入ると予想通り爺さん、父さん、タブ、そしてローランドがいた。


「ただいま戻りました」

「地竜討伐、ご苦労だった。ゆっくりと休め」


「ありがとうございます。実は…」


オレはアオから言われた事を話そうと思ったのだが、ここにはタブとローランドがいる。

話して良い物かどうかを悩んでいると、爺さんが話出した。


「この2人には全て話してある。使徒の件も含めてな」

「分かりました。実は………」


オレはアオに言われた件、明日の朝を逃すと暫くは王都へ戻れなくなる事を話した。


「そうか、エルファスとマールは婚約の話がある。悪いがアルド、お前が王都へ戻ってくれ」

「はい。分かりました。アシェラは……」


「……好きにしろ」

「はい」


爺さんはタブと父さんに向き直った。


「ワシは王都に戻ろうと思う」

「そうですね。風呂の件もありますからね……」

「ご領主様。よろしければ私も王都へ連れて行って頂けませんか?」


「王都に?」

「はい。先日の王都へ支店を出す件に加え、昨日 使わせて頂きました風呂。その完成形を王都に作られているとか……是非とも拝見させて頂きたいと思います」


「……良いだろう」

「ありがとうございます」


どうやら爺さん、タブは王都へ行くらしい。


「お爺様、では僕はこれで失礼します」

「分かった。下がれ」


オレが執務室から退室する時に爺さんが「ブルーリングの男は”使徒”ですら尻に敷かれるようだ」と話しているのが聞こえた。

全く異論は無いので聞こえなかったフリをしてハルヴァ邸へと向かおう。


ゴブリンの時は街を見回る余裕も無かったし、街の人も のんびり商売なんてしていなかった。

もう辺りは暗くなっているのだが、久しぶりのブルーリングの街をゆっくりと景色を楽しみながら歩いて行く。


直にハルヴァ邸へ到着し、扉をノックすると奥から返事をする声が聞こえた。


「はーい」


声と同時に扉が開き、ルーシェさんが顔をだす。


「あらあら。アルド君。お久しぶりね」

「ルーシェさん。ご無沙汰しています」


「寒いでしょ。入って入って」

「良いんですか?」


「未来の息子が何言ってるの。自分の家と思って寛いでちょうだい」

「すみません……お邪魔します」


オレが家に入るとハルヴァが居間で剣の手入れをして、アシェラが部屋着で家の手伝いをしていた。


アシェラの部屋着……イメージとしては髪をゴムで縛りジャージで過ごす休日のOLのような格好だ。


「お邪魔します……」

「え?あ、はぁ……どうぞ」


ハルヴァと何とも言えない会話を交わす。

アシェラはと言うと、完全にオレが来るのは想定外だったらしく、珍しくフリーズして眼を見開いている。


「た、ただいま。今、迷宮から戻った」


尚も固まったままのアシェラは何を思ったのか特大のライトの魔法を発動させ、バーニアを使って自室へと逃げ込んだ。


「「「眼がぁぁぁ」」」


家中にオレ、ハルヴァ、ルーシェさんの絶叫が木霊した。





15分後-------------





アシェラは前に買った町娘の服に着替え、髪も梳かして、とても可愛らしい。


「お母さん。アルドが来たなら先に教えて!」

「アナタがだらしない恰好してるからでしょ。ねぇ、アルド君」

「あ、まぁ。ははは……」


ハルヴァは無言で剣の手入れをしてる。お前どれだけ剣を触ってるんだよ。さっきから全然進んで無いじゃないか……

何とも言えない雰囲気の中、オレはアシェラに話しかけた。


「明日からアオが精霊王に会いに行くらしくて、暫く王都へ飛べないらしいんだ」

「アルドはどうするの?」


「オレはお爺様から風呂の進捗やら色々と申し付けられてるから王都へ戻る。ブルーリングにはエルが残る予定だ」

「じゃあ、ボクも王都へ行く」


「そうか、後10日もすると学園が始まるからな。それまで王都でも見て回るか」

「うん。前に行った服屋も、もう一回行きたい」


「分かった。気に入った物があればプレゼントするよ」

「……」


「どうした?」

「……ぼそぼそ」


アシェラを見かねたルーシェさんが会話に入ってくる。


「この子ね。洋服屋さんで見た下着が可愛かったって、ずっと言ってるの」

「し、下着ですか……」


アシェラは顔を赤くしてオレを上目遣いで見て来た。

これはヤバイ。店ごと買い上げたくなる破壊力だ。


「お、お任せください……お店の外で待ってますから……」


諸兄よ。ヘタレた、オレを笑え。


30分ほど話をしてオレはお暇させて貰う。


「明日の朝、屋敷へ来てくれ」

「分かった」


ルーシェさんとハルヴァにも挨拶をしてから屋敷へと帰った。




次の日の朝--------------




爺さん、タブ、オレ、アシェラ、クララが王都へと移動する。

クララは誰も遊んでくれなくてブルーリングは退屈だったようだ。


王都の屋敷だとローザの娘のサラと遊べるので迷わず王都行きを決めた。

父さんはブルーリングでの執務が溜まっているそうで、こちらに残るらしい。


この機会にエルへ執務を教えると意気込んでいる。

マールも興味があるようで、エルと一緒に父さんの執務を手伝うそうだ。


「準備は良いかい?」


アオがそう声をかけてくる。


「ああ、頼む」


オレの声をきっかけにしてオレ達はマナストリームへと吸い込まれた。

相変わらず1秒なのか1時間なのか、良く分からない時間が過ぎた後アオは軽い口調で消えていく。


「僕は精霊王様の所に行って来るから、暫く連絡は出来ないからね」

「ああ。分かった」


アオがいなくても加護は変わらず貰えるようで魔力は絶えず満タンだ。


「ではタブ、屋敷のセーリエを紹介しよう」

「はい」


そう言って爺さんとタブは部屋を出ていった。

クララは何も言わずに部屋を出ていく。きっとサラに会いに行くのだろう。


オレは昨日アシェラが言っていたモノを買いに行くのか聞いてみる。


「あ、アシェラ、か、買い物いくか?」


アシェラは頬をほんのり赤く染め、上目遣いで頷いた。アシェラさん分かって、やってませんかね?

セーリエに出かけて来ると伝え、念の為にナイフを2つ装備していく事にする。


片方は地竜を倒したミスリルナイフだ。これで王都に地竜が出てもオレが倒してやるぜ。

因みに前の迷宮探索で預かった”光る杖”だがローザに渡してある。


2~3日で返して貰うと言ってあるので、そしたらナーガさんに渡しに行くつもりだ。

洋服屋に到着すると以前の店員と女性の店員が話しをしていた。


「アシェラ、オレから言うか?」

「うん。お願い……」


少し照れながらアシェラは返事をする。

オレは女性の方の店員を呼びアシェラの下着を選んで欲しい事を伝えた。


「お二人はどの様な、ご関係なのですか?」

「「婚約者です」」


「まぁ!それでは未来の旦那様の希望もお聞きしないといけませんね」


そこからは形がどう、素材はどう、仕舞には透け具合の好みまでゲロさせられた。もうやめて、アルド君のライフは0よ!

オレは何故だかすごく疲れて店の外のベンチで休ませて貰っている。


ぼんやりと人の流れを見ていると箱馬車がすぐ近くで止まった。

箱馬車の作りから、どこかの貴族なのだろう。今のオレの格好は平民の服だ。


絡まれても面倒なので店の中へ入ろうとした所で声をかけられた。


「お久しぶりです。アルド」


思わず声の方へ振り向くと、そこにはオリビアが微笑みながら立っている。


「オリビア、久しぶりだ。サンドラ領から帰っていたのか」

「ええ。昨日の夕方、王都に着きました」


「そうか、おかえり。で良いのかな?」

「ええ、ただいま……」


オリビアは貴族の淑女の格好をし、方やオレは平民の服だ。道行く人はアンバランスなオレ達を興味深そうに見ていく。


「アルドはこんな所で何をしているのです?」

「ああ、アシェラの服を買いに来たんだ」


「アシェラの服を……何故外に?一緒に選んであげれば良いのに」

「いや、その……」


「??」

「……実は下着を……ごにょごにょ」


オリビアは全て合点がいったらしく思案顔で話し出した。


「少しアシェラと話してきます」

「ああ、任せるよ」


そう言ってオリビアは服屋へと入って行く。




オレはまた一人でベンチに座り、道行く人の流れを見るでもなく追っていた。




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