第82話風呂

82.風呂



風呂作りを始めて6日目の朝。今日は闇曜日、浴槽が届く日だ!


昨日までに石の板96枚を作り、整地して、きっちり石の板を敷き詰めた。

朝食を終えるとオレは庭の隅に座り、浴槽が到着するのを今か今かと待ちわびている。


どれぐらいそうしていたのか・・遠くで馬車の音が聞こえてきた。

我慢出来ずに道に飛び出すと荷馬車の上からはみ出しそうな大きさの浴槽が見える。


オレはつい手を振りながら叫んだ。


「おーーい、こっちだーーー」


桶屋の男がオレを見て苦笑いを零している。


「坊主、桶を持ってきたぞ。オレはガキの頃から桶を作り続けてきたが、こんなに喜ばれたのは初めてだ」


桶屋は相変わらずの苦笑いだが機嫌は良さそうに見える。


「こっちだ。裏庭に運んでほしいんだ」


オレは裏庭の方へと移動し、手招きをした。


「坊主、ギリギリまで馬車を寄せる。そっからは手運びだ」

「判った、応援を呼んでくる」


馬車を寄せている間にエルとマールを呼びに行く。

2人に風呂用の桶を運ぶのを手伝ってほしい。と頼むと快く手伝ってくれた。


荷馬車に戻ると桶屋があからさまに不機嫌になる・・


「おいおい、助っ人って子供かよ・・」


一応、この屋敷でのチカラ持ちNO1からNO3勢揃いなんだが。

説明するのも面倒なので風呂用の桶を3人で持ち上げてみた。


この大きさだとかなりの重さだが持てない程の重さでは無い。

桶屋は子供3人で持ち上げる姿を見て、眼をめいいっぱい見開き顎が外れんばかりに口を開けている。


「このままゆっくりと移動だ」


オレの言葉にエルとマールは頷いて答えてくれた。


「マール、無理はしないでね」

「ありがとう、エルファス」


エルがマールを気遣っている・・羨ましい・・アシェラは元気にしてるかな。

最近、マールがエルの事を呼び捨てにするのを隠さなくなった。きっと他の女の子への牽制の意味もあるんだろう。


距離にして100メートル程なのだが安全に運ぶ為に休憩を何度か入れて運ぶ。

そして、とうとう浴室に到着した。浴室と言っても石の板を敷いてあるだけで丸見えだ。


ゆっくりとオレの指示した場所に風呂用の桶を置く・・完成だ!!

異世界転生して13年と数ヶ月、とうとう風呂に入れる。今さらながら13年風呂に入って無い事実に体が痒くなってきた。


「桶屋のオッサン、ありがとう」


オレは満面の笑みでお礼を伝える。オッサンも良い笑顔で片手を上げて帰って行った。


「エルとマールもありがとう。助かった」

「それは良いんですが、これが兄さまが言ってた風呂ですか・・」

「この程度でお礼なんていらないわ」


2人はこれをどうするのか興味津々だった。

これから脱衣場に天幕を張って木の板で目隠しでも作るか。


「これから倉庫から天幕を出してくる。木の板で衝立も作るつもりだ」

「衝立・・」


「ああ、馬車の移動の時に簡易トイレを衝立で作っただろ」

「あー、あれですか」


「それで取り敢えずの目隠しにはなるはずだ」

「判りました、手伝います」


そこからはエルとマールも手伝ってくれた。身体強化が使えるし空間蹴りで2階から直接、移動出来る。

見る見るうちに天幕と衝立が出来て行く・・昼食の時間には、後は小物を揃えるだけになっていた。


(良く考えたら風呂を作っても脱衣所の棚や籠、浴室の石鹸や手拭い、風呂を出てからのバスタオル、何も用意してねぇ)


風呂を作る事ばかり考えていて、小物類はまったくノーマークであった。


「エル、マール、風呂はこれで完成だ。後は小物なんだが昼食の後で屋敷の中を漁ってみる」

「漁るんですか・・お爺さまに怒られない程度でお願いします」

「アルドに自重は無理だと思う・・」


エルとマールの失礼な言葉にも風呂が完成した嬉しさで笑って流す事が出来た。

昼食を食べたら家探しだ!




昼食後------------




オレは屋敷の中のちょうど良さそうな棚や籠、手拭い等を集めて風呂の中に設置していく。

メイドや執事が遠目で”いつもの発作”と話すのが聞こえてくる。


風呂に必要な物は用意した。しかし、石鹸が無い。家の中をくまなく探した。しかし石鹸が無いのだ。もしかしてこの世界には石鹸が無いのか??

絶望しそうな所で、ふと思い出した。前、手が汚れた時にファリステアとユーリが石鹸で手を洗っていたのを・・オレは即効でファリステアの部屋へ向かった。


ファリステアの部屋の前に立つ。石鹸はオレの見間違いだとしたら・・石鹸ってどうやって作るんだっけ・・確か灰汁と油を混ぜるんだったよな・・最悪、自作も視野に入れなければ。

ノックをする・・返事が返ってくる数瞬か長く感じられる。


「ハイ、ドウゾ」


オレは覚悟を決めて扉を開ける・・ファリステアが不思議そうな顔でオレを見ていた。


「ファリステア、聞きたい事があるんだ・・」

「ハイ」


「石鹸って知ってるか?」

「セッケン?ワカリマセン」


終わった。オレはその場で崩れ落ちた。もう泣いていいかな。

物音がしたんだろう、隣の部屋からユーリが出てきた。


「どうしたんだ?」

「石鹸が・・」


「石鹸がどうした?」

「石鹸が無いんだ・・」


「む、ちょっと待ってろ」


ユーリが部屋に戻ってしまう。石鹸を作る。その難しさにオレは折れかけていた。嫌、もう折れていた。


「ほら・・」


ユーリが部屋から戻って来て石鹸をオレに渡してくれた。


「ああ・・この石鹸を作る手間を考えると・・」


オレは石鹸を握りs・・・・え?、手に持った石鹸をガン見する。石鹸・・あれ?


「ファリステアが石鹸を知らなかったんだが・・」

「ああ、エルフ語ではムーニって言うんだ」


ああー言葉ですかーそりゃそうだ。オムツみたいな名前ですねー

オレは気を取り直して話しだす。


「エルフの国では石鹸は一般的なのか?」

「そうだな水浴びや洗濯で普通に使うな」


「オレは今、この瞬間エルフスキーになったぞ!エルフばんざーーーーい!!」


ファリステアとユーリが口を開けてアホの子の顔になってる。


「この石鹸もらってもいいか?」

「・・・あ、ああ。持ってってくれ」


オレは石鹸を片手に自室へ移動した。今の時刻は夕方だ。夕飯の前の風呂・・良い・・すごく良い・・

着換えと多めの手拭いを持って風呂場へと移動する。


オレは浴槽に魔法でお湯を溜める。約300ℓのお湯だ。すぐには入らない。しかしかつてない程にオレは真剣だ。今なら半分の魔力でコンデンスレイが撃てる気がする。

なんとか半分の魔力を使い浴槽に一杯のお湯を溜める事が出来た。


脱衣所の天幕へ向かい、服を脱いで籠の中へ入れる。手拭いは取り敢えず1枚持っていけば良いだろう。

浴室へ移動し、まずは体を洗う。普通の木製の椅子に柄杓程の大きさの桶を使って体を洗っていく。こんな道具だが気持ち良い。この時点で泣きそうだ。


しっかりと石鹸を使い体を洗う。2回目でやっと泡立った。どれだけ汚かったんだオレの体・・

体の次は髪の毛だ。これも泡立つまで洗う。結局、3回も洗う事になった。


やっと待望の湯舟だ・・浴槽の脇に立ち湯舟に手を入れる・・温かい・・いつの間にかオレの眼からは涙が溢れていた・・

少し冷静になってから、ゆっくりと湯舟に浸かる・・


「ぁぁぁぁぁ・・」


思わず声が出るのは日本でもこの世界でも変わらない。

まだ残暑が残る季節だ。オレは今日だけは風呂を心の底から楽しみたかった。エアコン魔法で気温を冬にする。


首から上は凍える程の寒さ、しかし体はお湯の中だ。簡単ではあるが壁はある。しかし浴槽から空を見れば夕焼けの空が広がっていた。心地よさは冬の露天風呂だ。

何という贅沢。魔力を筆頭にお金も時間も今の自分の全力を注ぎ込んだ。


このゆったりとした豊な時間を味わう。不思議な事に何故か日本の事ばかりが頭に浮かぶ・・やはり風呂は日本の心なのだろう・・そしてオレの心はやはり日本人なのだろう。

13年ぶりの風呂を思う存分味わった。一度エルや爺さんにも入らせてやろう。


ノエル、ファリステア、アンナ先生、ユーリ、マールにもだ。女性陣は来週の闇曜日の昼でどうだろうか・・オレは依頼に行く予定だからちょうど風呂が空いている。

久しぶりの風呂にのぼせる寸前まで浸かり、後ろ髪をひかれながら風呂場を後にした。


ポカポカと頭から湯気を立てるオレをすれ違うメイド達が珍しそうに見て行く。

オレとしてはどうでも良い・・この気分の良さを抱えて夕飯をいただこう。


周りはオレの髪のツヤや肌の様子、果ては匂いにも驚いていた。オレの近くに寄ると微かに石鹸の匂いがするのだ。

爺さんやエルは興味深そうだったが、女性陣の眼の奥には恐怖すら覚える程の何かが確かにあった。


例えるなら肉食獣の得物を前にした眼・・それが一番近い気がする。

しかし、オレはどんな圧力にも屈しない!風呂は絶対に死守する!


「お爺様、風呂がとうとう完成しました。都合の良い時に是非一緒に入りませんか?」


オレは夕飯を食べながら爺さんに話しかけた。きっと夕飯の後は女性陣の質問攻めに合うはずだ・・その前に爺さんを仲間に引き入れてやる。


「風呂?この前から裏庭でゴソゴソしてる件か?」

「そうです」


「良く判らんがアルドのやる事だ。夕飯の後に行ってみるか・・」

「はい、ありがとうございます。エルも一緒にどうだ?」

「昼間に運んだ桶ですよね?」


「そうだ。お前には随分助けてもらったから風呂を好きな時に使う権利をやろう」

「・・ありがとうございます。じゃあ僕も夕飯の後でご一緒します」


1人でゆっくり入る風呂も良いが皆で裸の付き合いも良い物だ。

夕飯が終わりオレ、エル、爺さんが風呂場に向かう。途中でメイドを捕まえ、3人分の着替えと風呂上がりの牛乳を頼んだ。


脱衣所には予備の手拭と石鹸が置いてある。それらを素早くエルと爺さんに渡してサッサと服を脱いでいく。

エルと爺さんは戸惑いつつもオレの行動を真似している。全裸になってからエルに話しかけた。


「エル、すまんが魔力を貰えないか?」

「判りました」


エルが魔力をくれる。多くを聞いてこない所もコイツがイケメンたる所以なのだろう。

浴室へ移動し浴槽にお湯を張る。椅子は1つしか無いので爺さんに座って貰った。


オレは夕方に体を洗ったのでエルと爺さんの世話に終始する。


「石鹸で体を洗うのか?」

「そうです。汚れが落ちて気持ち良いですよ」


爺さんが恐る恐る体を洗う。最初はこんな物だろう。エルはオレと爺さんを見ながら勝手に体を洗っていた。

エルは2回目、爺さんは3回目でやっと泡が立ってくる。この2人もオレと同じでだいぶ汚かったらしい。


次は頭だ。体と同様に汚れている。結局、エルは2回、爺さんは3回洗う事になった。


「毎回、こんなに洗うのか?」


爺さんが少し面倒臭そうに聞いてくる。


「いえ、最初は何年分かの汚れがあったので何度か洗いましたが体は3日に1度、頭は週に1度くらいで大丈夫かと思います」

「そうか、結構、頻繁に入らないといけないんだな」


「僕は毎日入るつもりです」

「毎日だと?」


「はい、ローザにお湯の魔道具を作って貰うつもりなので完成したらお爺様も好きな時に入れます」

「そうか・・」


「では湯舟に浸かりましょう」


オレが先頭で湯舟に浸かる。その様子を真似してエル、爺さんも湯舟に体を沈めた。


「冬が最高なんです。魔法で温度を下げますね」


オレは気温を5℃程度まで下げる。


(やっぱり露天は最高だ・・気持ち良いのにのぼせない・・最高だ・・)


周りを見るとエルも爺さんも風呂を楽しんでいた。

どうやら元日本人のオレだけじゃなく、この世界の人にも風呂は受け入れて貰えそうだ。


空を見上げれば星空だ。ライトの魔法の光を最低限まで抑える。


(満点の星空に月・・ここに日本酒とシシャモがあれば・・)


暫く風呂を堪能してのぼせる前に脱衣所で着替える。

着替えも牛乳もしっかりと用意してあった。


オレは牛乳を3つのコップに注ぎキンキンに冷やす。それをエルと爺さんに渡してから一気に飲み干した。

その様子を見ていたエルと爺さんも同じ様に牛乳を飲む。


「ぷはー美味い!」


オレの声にエル、爺さんも続く。


「プハー美味しいですね」

「ぷはーー、美味いな」


片付けは申し訳ないがメイドにお任せだ。


「では戻りましょうか」

「判った」

「判りました、兄さま」


屋敷への移動中に爺さんから話しかけられた。


「アルド、風呂を堪能させて貰った。ありがとう」

「いえ、気に入って貰えたなら嬉しいです」


「入りたくなったら、その時は頼む」

「はい、何なら毎日でも良いですよ」


爺さんは流石に苦笑いで答えた。


「ローザの魔道具が出来れば僕に言う必要も無くなるので、頑張って進めます」

「期待している」


ローザの価値の話もある。オレは敢えてローザの名前を出しておいた。

風呂の次はトイレも何とかしたいしな・・ローザはもしかしてブルーリングにとって金の卵になるかもしれない。


爺さんと別れてエルと自室へ戻ろうとしているとオレの部屋の前に女性陣が待っていた。

オレは空間蹴りと壁走りを駆使して自室へ逃げ込んで鍵を閉める。オレは一言だけ叫んだ。


「明日の朝の登校で話してやるから寝かせてくれ」


扉の外からギャーギャー聞こえるが布団に潜って無視していたら直に聞こえなくなった。

話ぐらいしてやれば良かったかな。と思ったが、あの様子では今から風呂に入らせろと言い出しかねない。


13年ぶりの風呂を思い出しながら今夜は休もうと思う。おやすみなさい・・





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