第10話妹

10.妹




もうすぐ6歳の誕生日のある日。


「母様。頑張ってください!」

「母さま。だ、大丈夫ですか……」

「お師匠……!」


アル、エル、アシェラ、の三羽烏が屋敷の1室で叫んでいた。


「ぼっちゃま方、アシェラ様もどうか部屋の外へおさがり下さい……」


ローランドからの言葉に従い、オレ達とローランドは部屋の外に移動する。


ちなみに執事のローランドやメイド達は、アシェラが母さんの弟子という事で“様”付けで呼んでいる。


「母様……」

「母さま……」

「お師匠……」


廊下で立ちすくむオレ達より先に、部屋から追い出された者がいた。


「ああ、精霊様……僕のラフィをどうかお助けください……」


それはズバリ、窓から外を見て跪き祈っている……オレのパパンだ。


いったい何の騒ぎかと言うと、実は母さんが出産中なのである。


遡ること、アシェラが弟子になって暫く経った頃、夏の終わりか秋の始めの話。


「最近、食欲が無くて、もしかしてと思って調べてきたわ。どうやら妊娠したみたい」


夕食の時に、母さんがいきなり爆弾発言をした。


「お、お、お……」


父さんは眼を見開き“お”を呟いていた。


「母様、おめでとうございます」

「にんしん?」

「お師匠、おめでとう!」


「エル、母様に赤ちゃんが出来たんだよ。オレ達の弟か妹が生まれるんだぞ」

「赤ちゃん!弟か妹?か、かあさま、僕はどっちでもいいです」


オレ達は思い思いに母さんを祝福した。


「ラフィ。ありがとう。おめでとう」


やっとフリーズが解けた父さんが祝福の言葉を贈っている。

母さんは皆を見渡して、心から嬉しそうだ。


「ありがとう。みんな」


母さんは最高の笑顔で答えている。


それからは特に大きな出来事もなく母さんのお腹は順調に大きくなっていった。




今日の夕食の後--------




母さんはソファに座り、オレ達が遊んでいるのを微笑ましそうに見ていた。

すると急に体を起こし、苦しそうな顔でオレに話しかけてくる。


「アル、父さんとローランドを呼んできて……できれば早く……」


唐突に言われたオレは“マズイ”と感じ、少しだけ慣れた身体強化を使い、父さんとローランドを呼びに行く。

そこからは慌ただしく過ぎていった。


屋敷に逗留させていた医者と産婆が、メイド達にテキパキと指示を出していく。

メイドは指示に従い準備を進めていった。母さんも2度目とあって存外に落ち着いている。


しかし、1人取り乱し動物園のクマの様にうろうろと歩き回る者がいた。


「ヨシュア様、落ち着いてくだされ。奥様が不安に思ってしまいます」

「ローランド……どうやって落ち着けば良いんだろう?僕は何をすればいいんだ……」


「奥様を励ましてくださればよろしいかと……」

「分かった。ラフィーナ、頑張れ!僕のラフィなら大丈夫だ。頑張れラフィーナ!」



「うるさい!」



母さんの声が響く。


「申し訳ありません。ヨシュア様、一度、ご退出して頂きたく……」

「ラフィ、分かった……外で君の無事を祈ってるよ……」


父さんは部屋を追い出されて、冒頭に続く。


どれだけ経っただろうか、アシェラはかなり前にハルヴァに連れられて家へと帰っていった。

かなり抵抗していたが、最後はハルヴァの言う事を聞いていた。


ときおり部屋からメイドが出入りするだけで中の様子は依然として分からない。

父さん、オレ、エル、ローランドの4人は廊下に椅子を運びジッと座っている。


「アルドぼっちゃま、エルファスぼっちゃま、そろそろ寝ませんと、明日に響きます」

「もうちょっとだけ……」


エルの言葉を父さんが遮った。


「エル、母さんが心配なのは分かるよ。ただね、アルやエルが体を壊しては母さんが悲しんでしまう。もちろん僕も」


父さんの言葉にエルはしぶしぶながら頷く。


「良い子だエル。じゃあここは父さんに任せて2人は寝るんだ。いいね?」

「分かった……」

「分かりました」


「おやすみアル。おやすみエル」

「おやすみなさい」

「おやすみなさい……」


オレ達は廊下を歩き、自室へと向かう。

エルの部屋を越え、オレの自室に入る前にエルが聞いてきた。


「母さま、大丈夫ですよね……」

「当たり前だろ。明日の朝には、お前はお兄ちゃんだよ」


オレの言葉にエルは驚いた顔で小さく呟く。


「明日の朝にはお兄ちゃん……」

「ああ、お兄ちゃんだ」


「分かりました。おやすみなさい」

「おやすみ」


オレ達はそれぞれ自室に入り、眠りについた。




次の日の朝----------------------




その日の朝は早かった。アシェラがいつもの1時間も早くやってきたからだ。

オレは眠い眼を擦りながらベッドから出る。


「アシェラ……早くないか?」


オレは寝ぼけていつもより早いアシェラに問いかけた。


「お師匠は?」

「母様……?あ、赤ちゃん」


すぐにエルを起こしにいく。


「エル。起きろ。母様の所にいくぞ」

「おはよお、にいさま……」


「エル。母様の所だ。置いてくぞ。お兄ちゃんになるんだろ」

「おにいちゃん……!母さまは?」


「だから。今から母様の所にいくぞ」

「分かりました!」


眠気も吹っ飛んだ……エルを連れて廊下を走っていく。

母さんの部屋の前には、運び込んだ椅子に座る父さんとローランドがいた。


「父様。赤ちゃんは?」


オレの声に父さんが疲れた顔を向ける。


「まだなんだ……さっきメイドを捕まえて聞いてみたら、もうすぐって言ってたんだけどね」


父さんは待ちくたびれたのだろう、疲れた顔で苦笑いをこぼす。


「そっか……もうすぐか……」

「母さまも赤ちゃんも、きっと大丈夫……」

「お師匠、頑張ってる!」


「3人共、朝食を食べて顔を洗ってきなさい。そしたら父さんとちょっとだけ交代してくれるかな?」


「「「分かりました」」」


3人で朝食を食べて顔を洗い戻ってきた。


「父様、交代します」

「アル、エル、アシェラ助かるよ。ローランド、君も一緒に朝食にしよう」

「分かりました。ヨシュア様」


父さんとローランドがいなくなりオレ達3人で待つことになった。

それからしばらく経つと部屋の様子が慌ただしくなってくる。


メイドが出入りし、お湯や綺麗な布を運んでいるのだ。

どこかそわそわした空気が漂ってくると、父さんとローランドが戻ってきた。


「変わった事は?」

「メイドが忙しそうに布やお湯を運んでた」

「そうか、そろそろかもね……僕のラフィ頑張ってくれ……」


昨日の慌てぶりから考えると、別人のような父さんを見ながら、オレも母さんと赤ちゃんの無事を祈る。

すると突然、赤ちゃんの泣き声が響き渡った。とても大きな声で泣いている。これなら大丈夫だとやっと心から安心出来た。


父さんとオレ、エル、アシェラが部屋に呼ばれる。

部屋に入ると疲れた顔の母さんと元気に泣いてる赤ちゃんがいた。


「僕のラフィ、元気な子をありがとう。体は大丈夫かい?」

「さすがに疲れたけど大丈夫よ」


父さんは母さんを軽く抱きしめている。


「アル、エル、あなたたちの妹のクララよ。アシェラも妹弟子になる予定だから可愛がってあげてね」


「もちろんです。母様」

「お兄ちゃんなので当たり前です」

「お師匠。可愛がります」


オレ達はそれぞれがクララを見て笑いあう。



今日、オレ達にかわいらしい妹ができた。




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