第55話入学式
55.入学式
入学式の当日の朝食。
「エルファス。今日の代表挨拶、楽しみにしているぞ」
「はい、お爺さま」
先日の試験結果だが、エルはなんと騎士学科の首席を取ったのだ。
入学式では騎士学科、魔法学科、商業科、合同で行い、それぞれの首席が代表で挨拶をするらしく、騎士学科ではエルが代表で挨拶をする事となった。
「エル、おめでとう。兄貴として鼻が高いぞ」
「ありがとうございます。兄さま」
オレとエルの様子を爺さんが微妙な顔で見ている。
「アルド、あまり言いたくはないが、魔法学科でビリはどうなんだ……」
「お爺様、僕は全く気にしてません。お爺様も気にされませんように」
オレがとびきりの笑顔で答えると、爺さんは特大の溜息を吐いてオレを苦い顔で見つめてきた。
爺さんのプレッシャーが凄いが、オレは後ろを振り返らない男なのだ。
さて騎士学科がエルなら、魔法学科の首席は誰なのかをマールに聞いてみた。
「魔法学科の代表は誰なんだ?」
「オリビア様です」
「オリビアか、アイツ魔法使えたのか」
「オリビア様は文武両道で全ての試験で好成績を取られたようですよ」
「マールも負けてないだろ?」
「それを言うならアルドがなぜDクラス何でしょう。試験で本当に魔法を撃たなかったのですか?」
「アー チョウシ ガ ワルカッタ カラナー」
オレの態度が怪しいからか、全員が疑いの眼を向けてくる……何故だ。
「さて、そろそろ学園に向かうか」
「そうですね」
「分かりました」
学園に向かいながら、これからの学園生活に対する期待や不安、希望などを話していると直ぐに学園が見えてきた。
学園の正門にはオレ達と同じような新入生が沢山歩いており、逆に上級生の姿は見えない。
今日は入学式なので通常の時間より1時間ほど遅いのだ。
きっと上級生は今頃、必死に勉学に励んでいるのだろう。
正門をくぐるとエルとはお別れだ。騎士学科と魔法学科では方向が違う。
「じゃあな、エル」
学園の正門でエルと別れて、マールと一緒に魔法学科へと向かった。
「じゃあな、マール」
校舎の入口まで到着すると今度はマールとお別れである。SクラスとDクラスの教室は物理的のも遠いのだ……
1人Dクラスに向かう途中、姿見の鏡を見ると可愛らしい新入生の姿が見える……やだーーオレちゃんプリチーー!
新しい制服に袖を通して歩く姿は、我ながら微笑ましく思える。
因みに制服の準備は試験結果の日から今日までの間に、屋敷のメイドが全ての雑務をやってくれた。
しかし偶然メイド長の手帳が見えた時に、オレの服のサイズから好きな食べ物、果ては好みのタイプまで調べてあったのは、驚きを通り越して背筋が冷たくなった……服のサイズなんてオレでも知らないのに……
気を取り直して……この制服だが魔法学科の男の制服は胸のポケットが青色になっている。どうも胸ポケットの色で学科を識別しているらしい。
因みに騎士学科だと赤色、商業科だと黄色である。
そして女性の制服はポケットでは無く、リボンの色で判別しているようだ。ただし青が魔法学科なのは同じだった。
こんな感じでキョロキョロしながら歩いていると、我がDクラスに辿り着く。
早速、扉を開けクラスの様子を窺うと、どうやら皆、最初の説明会の時と同じ席に座っているようだ。郷に入らば郷に従えの精神でオレもこの前の席に座る事にしよう。
「アルド、元気してたか」
早速、獣人族のネロから声をかけられた。
「ネロは元気そうだな。オレはボチボチだったよ」
見た目は制服を着崩して少し素行不良っぽいが、こいつは説明会の時、誰よりも早く来てたんだよな……
人は見かけによらない、と感じながら、試験結果の時からの近況やその時思った事などの雑談をしていた。
「アンナ先生って普通だよなぁ」
「うん。特徴が無さすぎるぞ」
その中の1つ、アンナ先生の印象を話をしていると、後ろから気配を感じる。
「アナタ達……」
気配を感じた時には遅かった……後ろに立ったアンナ先生にオレとネロは同時に拳骨を落とされてしまった。
「いい機会です。入学式の後に自己紹介をしましょうか。私の事もよーーく知ってもらわないとね」
教室中に響く声でアンナ先生は声を出し、呆れた表情で教壇まで歩いていく。
「それでは皆さん、そろそろ入学式が始まります。校庭へ移動してください」
アンナ先生の言葉に皆が席を立ち上がり、聡い者は自主的に校庭へ移動し、分かっていない者は人の流れに従って歩いて行く。
オレは当然の如く、流されるままである。
人の流れのまま校庭へ移動すると、特にクラス毎で並ぶ訳でも無く、生徒が乱雑に立っていた。
どうやら好きな場所で自由に聞くようだ。日本での入学式とはだいぶイメージが違う。
軽くカルチャーショックを受けながらも、適当な場所で正面を見つめていると、白髪のナイスミドルが演台に上がってきた。
「私は校長のナージルだ。まずは学園に入学おめでとう」
どうやら校長先生らしいが、話を始めると露骨に嫌そうな顔をしたり、地面に座り出す者まで現れる。
この空気の中で話せる校長のメンタルを称賛しつつも、オレも座らせてもらう。
一通り聞いて思った事は、異世界でも校長の話は長いらしい、と言う事だ。
結局、10分程の時間を話してやっと校長の話が終わったが、終わった瞬間にちょっと嬉しかった。
日本の小学生だった頃も、校長の話が終わると嬉しかった覚えがある。校長先生と言う存在の業の深さを痛感した。
さて、次はいよいよ代表の挨拶のようだ。
台上にゆっくりとエル、オリビアと知らない男が上がってくる。
エルが3人の中で1歩前に出たので、最初は騎士学科からのようだ。
「皆さん、初めまして。私はエルファス=フォン=ブルーリングと申します」
エルは挨拶をする中で軽いジョークを入れるなど、日本でも通用するレベルのスピーチを話ししている。
内容自体は模範的な事しか言って無いのだが、話し方や間の取り方が上手いのだ……相変わらずのイケメンぶりを見せつけてエルの挨拶は終了した。
エルが下がると次はオリビアが1歩前に出て話始める。
「皆様、初めまして。魔法学科代表のオリビア=フォン=サンドラです。お見知りおきを……」
オリビアの挨拶も皆を飽きさせない工夫が凝らされており、先程の校長先生の挨拶と比べると雲泥の差だ。
見た目の華やかさとサンドラ伯爵家の名前もあって、挨拶の終了時には拍手喝采だった。
そして最後の商業科の子の番になったのだが、緊張と先の2人の挨拶のプレッシャーなのだろう……もう見ていられなかった。
話の内容も意味が分からなければ声も裏返ってしまい、このままではトラウマとして心に傷が残ってしまう……と思った時にエルとオリビアがフォローに入った。
ワザとゆっくりと落ち着く雰囲気を出し、普段の会話のような冗談を交えながら商業科の子に会話を促していく。
元々、代表を務める程に実力があった商業科の子は、途中から笑みを浮かべる程にリラックスし無事に挨拶を終える事が出来た。
その瞬間、オレは台上の3人全員に心からの拍手を送ると、それに釣られてか生徒全員からの拍手が鳴り響く……3人は綺麗な礼を見せて台から降りていった。
入学式も終わり、それぞれのクラスに戻った後。
「今回の入学式は校長の話以外は100点だったわね!」
いきなり恐ろしい事をアンナ先生が言い出した。
校長が嫌いなのだろうか…大人の事情なんだろう。
「さあ、自己紹介をしましょうか」
なんだろう、アンナ先生のテンションが微妙に高い気がする。入学式で感動したのだろうか。先生は演出する側だろう。
嫌らしい事を考えながらアンナ先生を見る。
「それじゃあ座ってる順番に自己紹介よ。名前、種族、学園に入った動機、将来の目標なんかを話してね」
座ってる順番らしい…どうやらオレは1、2、、、6番目だ。
「じゃあ私から。名前はアンナよ。動機は、働かないと食べていけないから。目標は…玉の輿!かしらね。じゃあ、次はここから順番にね」
アンナ先生は端の席を指名して順番に自己紹介をさせる。
最初は大人しそうな女の子だ。よく見ると耳が長い。もしかしてエルフか?
「ワタシ ハ ファリステア デス」
片言での自己紹介だ。
アンナ先生がオレの知らない言葉でファリステアと話をしている。
「補足するわ。種族はエルフ。動機は親の仕事の都合でエルフの国から引っ越してきたみたいね。目標は友達を沢山作る事だって。素敵な目標ね。まだ人族語が上手に話せないから皆でフォローしてあげてね」
アンナ先生がファリステアの通訳をして残りの自己紹介を終わらせた。
「じゃあ、次の人」
皆が順番に自己紹介をしていく。
そしてオレの番がやってきた。
「アルドです。種族は人族。動機は回復魔法を筆頭に色々な魔法を覚えたいから。目標も同じで色々な魔法を覚えたいと思ってます」
何の捻りも無い、無難な自己紹介をした。
順番は進んでネロの番だ。
「オレはネロ。種族は獣人族だぞ。爺ちゃんに学校で学んでこいって言われたから。目標は学校で1番になる事だぞ」
ネロは何の1番になるつもりなんだろう。
自己紹介が進む中、気になるヤツがいた。
「名前はルイスベル。種族は魔族。動機は学園を卒業すれば自由が手に入るからだ。目標は特に無い」
魔族がいたよ!よく見ると褐色の肌に髪は濃い赤だ。イメージとしては魔族と言うよりダークエルフが近い。
これでドワーフで種族コンプリートだ。
この前、見たドワーフっぽいヤツは人族のぽっちゃりさんだった。
順調に自己紹介が進み全員の分が終わる。
「これで全員の自己紹介が終わったわね。このクラスはDだけどSクラスの実力の子がゴロゴロいるのよ。例えばファリステアは人族語を話せないからDクラスだけど他は全てS相当よ。だから胸を張って学園生活を送ってほしいの」
アンナ先生の言葉にはオレ達を想う気持ちが籠っている。良い先生だな。
周りを見て“このDクラスでも楽しく過ごせそうだ。”そんな感想を抱いていた。
「皆、この学園は授業の半分が選択制になってるのは知ってるかしら?クラスに関係なく、自分の勉強したい物を選んで学べるの。もう半分は各クラスで文字、算術、歴史、等の基礎を学ぶのよ」
授業の半分は選択制か、実際にどんな魔法を習うかを選択するんだろうな。
もう半分はおそらく文字や算術、歴史や礼儀なんかだろう。
「じゃあ次はこの1年一緒に過ごす班を作りましょう。先生、くじを作ってきたから順番に引いてね」
教壇の前にアンナ先生が袋を持って立っている。
「じゃあ皆、この中から紙を1枚引いてね。1から9までの番号が書いてあるから、それが班の番号よ」
オレ達はぞろぞろとアンナ先生の場所まで歩いていきくじを引いた。
くじを見ると9の数字が書いてある。くじまでビリかなんかヘコむわ…マジでヘコむわ。
「アルド、何番だった?」
「オレは9だ。ネロは?」
「オレも9だったぞ」
「1年よろしくな」
ネロと同じ班になった。楽しく過ごせそうだ。
周りでも自分の番号を言いながら班の仲間を探している。
「残りのメンバーは誰かな?」
「待ってろよ」
そう言うとネロが周りを見て大声をだした。
「オレとここのアルドが9番だぞ。残りのヤツはこっちに来てくれ」
クラス中がネロを見た。これなら同じ班の人間はすぐに判るはずだ。
しばらく待つが誰もこない。
ふとファリステアが紙を持ってウロウロしているのが眼に入る。
どうも紙に書いてある文字が読めないようだ。
オレは近づきファリステアに話しかける。
「紙を見せてくれ」
話しかけて自分の紙を見せるとファリステアもゆっくり紙を出してくる。
数字を見ると9だった。
「オマエだったか。オレ達は同じ班だ、よろしく」
オレは自分の紙とファリステアの紙を並べて見せ、同じ数字なのを判ってもらう。
ファリステアは2枚の紙を見比べ、安堵の息を吐いて笑った。
ネロの所に戻りファリステアをジェスチャーで呼ぶ。
とりあえずは3人で挨拶を交わした。
「あと1人は誰だろ」
ネロの言葉に周りを見回す。
1人だけ我関せずを貫いてるヤツがいた。魔族のルイスベルだ。
オレは溜息を一つ吐きルイスベルに向かって歩いていく。
「オマエもしかして9の紙じゃないか?」
いきなりのオレの質問にヤツはふざけた答えを返してきた。
「それがどうした」
濃い、濃すぎる…オレ以外の班員、キャラが濃すぎるだろう!
きっとエル、マール、アシェラを筆頭にアルドを知る全ての人が“オマエモナー”と突っ込む事だろう。
何度目かの溜息をつき、ネロとファリステアを呼んだ。
「オレはアルドだ。よろしく」
「ネロだ。よろしくな」
「ワタシ ハ ファリステア デス」
「……」
ルイスベルは我関せずを貫いている。
ネロは意外な事にルイスベルの態度に腹を立てていなかった。
そもそも気にもしてない。というのが正解なのだが…
オレだけがルイスベルの態度に呆れ半分、苛立ち半分で腹を立てている。
(昔から不思議だった。進学すると何故か不良同士で喧嘩をして序列を決めるのか…その気持ちが今、分かった)
考えてみれば12歳、もうすぐ中2なのだ。病気が発病してもおかしくないだろう。
しかしオレは大人だ。中2病には罹らない…はずだ。
正直、懐かしく描いていた日本で学生だった頃とはまったく違った。
しかし大人として暖かく向き合おうと心に決めたのだった。
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