第260話ハルヴァの憂鬱
260.ハルヴァの憂鬱
母さんに説教された後、10日後に結婚のお披露目をしたい旨を話すと、想像とは違う反応をされてしまった……
「か、母様……?」
結婚の報告をすれば、きっとオレの事を揶揄うか、イジるかのどちらかだと思っていたのだが、いきなり抱きしめられてしまったのだ。
あまりの事にオレは立ち尽くしていると、母さんはオレを抱きしめたままゆっくりと口を開いた。
「……アル、一度しか言わないから良く聞いて」
穏やかな口調で母さんは話し始める。
「アナタのこれからの人生には辛い事が沢山あるわ。アシェラやオリビア、ライラはそんなアナタを支えてくれる筈よ。ただね、それでも……どうしても耐えられなくなった時……その時は全てを捨てて逃げなさい」
「母様……」
「アナタとエルが使徒になった時……アナタが1人で魔の森に向かったと聞いて、私は心の底から後悔したの……何でアナタに”逃げる”って選択肢を示せなかったのか、何でアナタ達にだけ全てを背負わせたのか……」
「……」
「アル、エル、クララ……私にとってはアナタ達が、生きていてくれるだけで価値があるの……それを忘れないで」
「……はい、ありがとうございます」
それからはお互い気恥ずかしい中での話し合いではあったが、10日後のパーティには当然ながら出席してくれるそうだ。
ちゃっかり、パーティでのデザートは多めに用意しておくように釘を刺されてしまったのは、氷結さんなのでしょうがないだろう。
次の日の朝----------------
「おはよう、アシェラ」
「おはよう、アルド」
オレが起きて部屋から出ると既にアシェラは屋敷にやってきており、昨日のハルヴァとの会話を聞いてみた。
「アシェラ、ハルヴァとは話せたのか?」
「うん、お父さんには10日後、パーティがあるから参加するように言っておいた」
「それ、ちゃんと結婚のお披露目パーティって言ってあるのか?」
「最初は分かってなかったみたいだけど、後でお母さんに言われて慌ててた」
「そうか、こっちはお爺様、父様、母様に話して参加して貰える事になった。昨日の夕食でエルとクララには話したから今日の内には、マールにもエルから聞いておいてもらう事になってる」
「分かった」
それから昨日、爺さんから言われた、身内と友人のパーティは別で行う旨をアシェラへ話すと、”問題無い”との返事を貰えた。
これで後はサンドラ伯爵の返事が問題無ければ、9日後にはオレ達の結婚パーティとなる。
アシェラ、ライラと一緒に少し落ち着かない朝を過ごしていると、王都から飛んできたであろうオリビアがやってきた。
「おはよう、オリビア」
「おはようございます、アルド」
それからオリビアは皆に朝の挨拶をしていくが、この光景も既に見慣れた光景だ。
一通りの挨拶が終わるとオリビアは昨日、自宅へ帰った後のサンドラ伯爵との会話を教えてくれた。
「昨日の夕食後にお父様と話をしました。10日後は特に予定も無いらしく、パーティには参加してくださるそうです」
「そうか、良かった」
「後から送られてきた、手紙に関しても問題無いそうです。本音を言えば、アルドの周りの者を自分の眼で見たかったようですが”迷惑をかけつつもりは無い”そうですよ」
そう言って、昨日のサンドラ伯爵との会話を思い出しながらオリビアは小さく笑っている。
「何かあったのか?」
「大した事では無いのですが、お父様ったら「後世でサンドラは礼儀しらずだ、と言われないような恰好で行かねば……」と若い頃に王から爵位を賜った時の服を引っ張り出してきたんです」
「そんな恰好で来られても……」
「心配しないでください。お腹が出過ぎて、着られなかったんですから」
「……」
「それからはお母様と2人で説得して、なるべく質素な物を着てくる事になりました」
「それなら良かった。アオに飛ばしてもらうので、あまり目立つ服は……」
「はい、大丈夫です。お父様も状況は理解していますので。ただ”使徒”が義理の息子になる、それが嬉しくてしょうがないみたいです」
オリビアが笑いながら話す言葉に、オレは苦笑いで答える事しか出来なかった。
これで9日後にはブルーリング家、サンドラ家、ハルヴァ家を呼んでお披露目パーティをする事が決まった。
友人達を呼ぶのは少し先だとしても、早々にサンドラ伯爵とハルヴァに挨拶をしに行かねば……
オレはアシェラとオリビアに挨拶の件を話すと、2人の間では既に話し合われていた内容らしく、最初にサンドラ伯爵の下へ挨拶に行ってから、ハルヴァに挨拶をしに行く事となった。
サンドラ伯爵が最初なのは、オリビアがアシェラの上と言う事では無く、伯爵家に対する配慮である。
要は対外的に”サンドラ伯爵家をないがしろにしてませんよ”と言うパフォーマンスだ。
正直、貴族のこう言う所が嫌いなのだが、オレも貴族籍は抜けてもブルーリング家の一員である以上、完全に自由とはいかないのが悲しい所である……
「それじゃ、サンドラ伯爵にはいつ挨拶に行こうか?」
「お父様の予定では今日と明日なら何時でも良いそうです。それを過ぎると、今年の作付の書類が上がってきて忙しくなる、と言っていました」
「出来れば早い方が良い……迷惑にならないなら今日でも良いのか?」
「大丈夫だと思います」
「それなら今日の昼からお邪魔させて貰いたい」
「分かりました。それでは私は王都に戻って、お父様へ話してきます」
「ありがとう、オリビア」
こうしてオレはサンドラ伯爵に挨拶をする事になったのだが、サンドラ邸までは馬車の中でも仮面を被りオレだと悟らせないように配慮し、サンドラ邸に着いてからもオレの行く先は全てカーテンを閉めるという徹底ぶりだ。
「お久しぶりです。サンドラ卿におきましては……」
「あー、アルド君、ここには私達だけだ。そう言うのは止めておこう」
まだ陽も高いのに部屋を閉め切っているので、ライトの魔法の玉を部屋に浮かしての会談である。
いつもはサンドラ伯爵の後ろか横にいるオリビアも、今日ばかりはオレの隣に座っており、全員がオレに注目している状態だ。
「はい、分かりました……」
「白々しいかもしれないが、私はこれがやってみたかったんだ……今日はどういった用件かな?」
そう言うサンドラ伯爵はイタズラが成功したような顔で、オレに問いかけてきた。
「はい、お嬢さん……オリビアとの結婚を許して頂きたく参りました」
「結婚!なんと言う事だ。まだ学園を卒業したばかりなのに結婚とは……」
「僕達が若く未熟なのは理解しています。しかし他の妻とも協力し合って皆で幸せになりたいと思います。是非、結婚の許可を、お願いします」
「うーむ、オリビア。アルド君はこう言うがお前はどうか?」
「はい、私もアルドと同じ意見です。アシェラやライラと共に、アルドを支えていきたいと思っています」
「そうか……2人の気持ちがそこまで固いのならしょうがない。2人の結婚を認めようではないか!」
「ありがとうございます」
オレは立ち上がりサンドラ伯爵に頭を下げると、ミリア第1夫人は呆れた顔をしながらオレに話しかけてきた。
「アルド君、ごめんなさいね。この人どうしても、この寸劇がしたいって聞かなくて……」
「いえ、オレも楽しかったですから。それにオリビアを幸せにする責任を改めて感じました」
「ありがとう、アルド君」
ミリア夫人がそう言って笑う後ろで、サンドラ伯爵は頬を染め鼻の穴を大きくして興奮していた。
あ、この人も……と思ってしまったのは、オレのせいでは無い筈だ。
こうしてサンドラ家との交流も無事に終え、親睦の一環として、オコヤ君と軽い模擬戦を行った。
今度、空間蹴りを教える約束をしたのは良いが、期待しすぎないようにオリビアからフォローしておいて貰わねば……
結局、オレとエル以外ではアシェラとライラしか、空間蹴りを習得した者はいないのだから。
なんとかサンドラ家の皆さんへの挨拶を終え、行きと同じようにお忍びでブルーリングまで帰ってきた時には、あと少しで夕食と言う頃合いであった。
サンドラ伯爵への挨拶を終え、後はハルヴァへの挨拶だけだ。
アシェラはいないかメイドに聞いてみると、少し前に家へ帰った、と教えてくれた。
オレは少し悩んだが、ここまできたら明日にでもハルヴァへ挨拶をしたい。
出来れば今日の内に、明日の約束だけでも取り付けておければ……
念のため、ドラゴンアーマーに着替えると、自室の窓からブルーリングの空へ駆け出していく。
久しぶりにブルーリングの街並みを見下ろしながら空を駆けて行くと、何人かの人がオレに気がついたらしく、驚いた表情を一瞬だけするものの、直ぐに呆れた顔で苦笑いを浮かべていた。
小さな頃からこうして3人で空を駆けていたせいで、ブルーリングの人達は空間蹴りに酷く寛容だ。
改めてブルーリングに帰ってきた事を実感しながら、アシェラの家へと空を駆けて行った。
アシェラの家に到着してからノックをすると、ルーシェさんが扉を開けて顔を出してきた。
「あら、アルド君。アシェラに会いに来たの?上がって頂戴」
「あ、いえ、アシェラを呼んでもらえれば直ぐ済みますので……」
「そんな遠慮しないで。ささ、上がって上がって」
「あ、はぁ、はい……」
ルーシェさんの言葉で半ば強引に家の中へ上げられるとそこには、家の中には鬼気迫る雰囲気で本を読むハルヴァと、部屋着に着替えたアシェラが夕飯の支度をしていた。
いつかもこんなシチュエーションがあったような……昔の記憶を掘り起こしていると、アシェラが料理をしながらルーシェさんに話かけてきた。
「お母さん、これって味付けはどうするの?」
「塩と胡椒よ。少し酢を入れるとまろやかになるけど、そこは好みね」
「アルドはどっちが好きなんだろ……」
「本人に聞いてみれば良いじゃない」
「アルドは凄く料理が上手いんだよ。ボクの料理なんて食べさせられない……」
「そうかしら?」
そう言ってルーシェさんがオレの方に振り向くと、アシェラもつられてなのか、同じようにこちらへ振り向いた。
「どう?アルド君。アシェラの料理を食べてみたい?」
「あ、はい、アシェラの手料理を食べてみたいです」
「ほら、良い機会だから、今日の夕飯を食べていって貰えば良いわ」
「あ、良いんですか?」
「良いのよ、もうすぐ結婚するんだし、遠慮なんかしないで、ね?」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
オレとルーシェさんが話している間もハルヴァは本に集中し、アシェラは眼を見開いてフリーズしている。
中々にレアなアシェラが見れた、と内心喜んでいると、アシェラの声が家の中に響きわたった。
「ライト!!!!!」
特大のライトの魔法が炸裂し、オレ、ルーシェさん、ハルヴァの絶叫が広がるのだった……
「「「眼がぁぁぁぁぁぁぁぁああああああ!」」」
部屋着からかわいらしい服に着替えたアシェラが、開口一番、ルーシェさんに食ってかかっている……
「もう、お母さん。アルドが来たなら教えてって前も言ったでしょ!」
「はいはい。だらしない恰好をしてるから恥ずかしいんでしょ。いつも綺麗にしてないとアルド君が、他の娘に目移りしちゃうわよ」
「そんな事ない。アルドはボクを絶対に捨てたりしない」
「あらあら、お母さん、焼けちゃうわね」
アシェラさん、ルーシェさん、その会話には非常に入り辛いのですが……しかも、2人が料理を作る間、ハルヴァの相手とか……
オレはアシェラ達の会話を聞きながらハルヴァを見るが、真剣に本を読んでいるだけだ。
流石にオレも少し気になってしまい、何の本を読んでいるのかを覗き込んでみると……「ゴブでもわかる貴族の礼儀」
何故、ハルヴァが貴族の礼儀について調べているのか……
オレが不思議そうな顔をしていたのだろう、ルーシェさんが疑問に答えてくれた。
「この人ね、9日後にブルーリングのご当主様とヨシュア様、それにサンドラ伯爵様と同席のパーティに参加するのに貴族の礼儀を何も知らなくてね」
「あ、そうか……他は全員貴族なんだ……」
「本を買ってきて今から勉強してるのよ」
「……」
尚も真剣に本を読むハルヴァ……スマン、こればっかりはオレにもどうもしてやれない。骨は拾ってやるからな……安心して逝ってくれ。
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