第166話魔女の系譜

166.魔女の系譜





ここは村から5000メードほど進んだ場所だ。


「ナーガさん、そろそろソナーを使います」

「分かりました」


オレは範囲を前方に絞った局所ソナーを使った。同じ1000メードの距離を探索するのに1/5の魔力で済んでしまう。

その分、前方だけしか探索出来ないのだが……そこは進みながら全員で探索する事でカバーだ。


「ん?前方に魔物が7匹……そこから500メード進んだ所に同じ魔物が10匹です。進んだ場所にはもっと数が要るかもしれません」

「7匹に10匹?群れが分かれたのかも……」


「どうしますか?」

「……想定より数が多すぎます。一度、ギルドに戻って改めて討伐隊を組みましょう」


ナーガさんは想定以上の数に”撤退”を決めた。このパーティのリーダーはナーガさんである以上、従う必要があるのだが……


「ナーガさん。威力偵察を認めて貰えませんか?」

「いりょくていさつ?」


「はい。一度、戦闘を仕掛けて敵の実力や予備選力、士気や命令系統などを確認するための1歩踏み込んだ偵察です」

「それをアルド君がすると?」


「はい。オーガは魔法も使えないはずなので、いざという時は空間蹴りで空に逃げれば何とでもなります」

「……で、本音は?」


「ドラゴンアーマーの試運転がしたいな。と……」


オレから僅かにだが殺気が出たのだろう。ナーガさんが1歩後ずさって鳥が数羽、飛び立っていく。

ナーガさんが周りを見て溜息を吐いた。


「皆もそうなの?」

「僕は……村の人を見て、この前のブルーリング領を思い出しました」

「ボクはアルドと一緒。バーニアも魔力盾も試してみたい」

「私は……足手まといになると思う……」


「ハァ、分かりました。アルド君とアシェラさんは威力偵察を。エルファス君はマールさんの護衛。私は……遠目で見てるわ」

「「「「はい」」」」


オレとアシェラでの威力偵察だ。エルは近くの木の上でマールを抱き上げオレ達の様子を伺っている。


「アシェラ、準備は良いか?」

「うん。全滅させる」


「威力偵察だぞ」


アシェラはチラっとオレの顔を見た。


「ボクにまで建て前で誤魔化す必要は無い。子供の仇はキッチリ取る」

「……分かったよ。ただ無理はしないでくれ」


「分かった」


オレとアシェラはゆっくりとオーガの巣へと足を踏み入れた。



最初、オーガ達はオレ達を見て首を傾げていたが、徐々に嫌らしい笑みを張り付けオレ達に向かってくる。

オレより先にアシェラが動いた……空間蹴りと”バーニア”を使ったのだろう。


アシェラの姿を一瞬だが見失ってしまった。

次の瞬間、オーガの頭が爆ぜる……その次の瞬間には違うオーガの頭が爆ぜた。



今日、初めて本格的に使うはずなのに、バーニアを自由自在に使っている。

もしかしてオレより上手いんじゃないのか?上下左右、あらゆる方向のバーニアを吹かせオーガを翻弄していく。


やっとバーニアを切ったと思ったら、5匹目のオーガの真上から重力に任せて落ちて来た。

左手に魔力を溜めてオーガの脳天に魔法拳を振り切る!



普段の魔法拳よりだいぶ威力が高い。オーガは頭だけでなく上半身が吹き飛んでしまった。

この時点で、この巣のオーガは残り2匹なのだが、オレはアシェラの放った攻撃に眼を奪われてしまう。


「アシェラ……今の……」

「ボーグの手甲、ミスリル入りで魔力の通りがすごく良い」


「それだけで……あの威力を?」


アシェラは両手を広げまじまじと見つめながら眉を寄せている。


「たぶん左でしか撃てない……」

「は?左?何で……」


オレはハッと先日の事を思い出した……アシェラの腕を修復した時。

神経を太くしてしまって魔力操作の練度が信じられないぐらい上がった事を……


「腕の修復のせい……オレのせいか……」


オレがポツリと零した言葉にアシェラは笑って答えた。


「アルドにお願いして本当に良かった。ありがとう」


良かったのだろうか。今でも判断が出来ない……それでもアシェラは”ありがとう”と言ってくれるのか。


「そうか……」


曖昧な答えでしか返せないオレを一瞥して、アシェラは残りの2匹を瞬殺してしまった。





ナーガさんがコメカミを揉みながら話し出した。


「あー、威力偵察と言うのは殲滅する事だったのですか?私の聞いた話とだいぶ違うのですが……」

「「スミマセンデシタ」」


結局、全てのオーガをアシェラ1人で倒してしまったのだが、オレも殲滅するつもりだったので同罪だ。


「ハァ。アルド君、アシェラさん、魔力はどれだけ残っていますか?」

「オレは4/5ぐらいです」

「ボクは2/3ぐらい」


ナーガさんはオレ達に渋い顔をした後、エルの方を向いた。


「エルファス君、一度だけ最大の範囲ソナーをお願いします」

「はい」


直ぐにエルから探る様な魔力が飛んでくる。エルは眼を閉じ集中してソナーの魔力を読んでいた。


「1000メードの中にオーガの巣が2つありました。10匹と12匹です」

「そう……」


ナーガさんは何かを考えては、オレ達を見て、を繰り返している。


「皆はどうしたいのかしら?」

「オレはさっきの戦闘は何もしていないから鎧の試運転をしたいです」

「ボクはまだまだ行ける」

「僕はどちらでも」

「私は見学させてください」


「アシェラ、お前はさっき1人で全部倒しただろ。マールの護衛を頼む。エル、オレと2人で鎧の試運転をしよう」

「分かった。マールには傷1つ付けさせない」

「アシェラ姉が護衛をしてくれるなら安心です」

「ありがとう。アシェラ」


勝手に話を進めるオレ達の会話を聞いて、ナーガさんは苦笑いを浮かべ肩を竦めた。


「分かりました。次は”使徒”様2人にお任せするわ。但し、無理はしない事。かすり傷1つでも付けられたら撤退します。良い?」


かすり傷もダメとは流石にハードルが高いが、エルと2人ならなんとかなるだろう。


「分かりました。行けるよな?エル」

「はい。大丈夫だと思います」


そうして次のオーガが10匹の巣へと向かって行く。

巣に近づくとアシェラはマールを抱いて木の上へと移動し、ナーガさんは気配を殺して全体が見える位置へと移動した。


「エル、準備は良いか?」

「はい、兄さま」


「じゃあ、行くぞ」

「はい」


オレとエルはオーガの巣へと突っ込んで行く。

勘の良い個体もいて応戦しようとしてきたがオレとエルの前では意味は無かった。


オレは空間蹴りとバーニアを吹かし、立体機動で敵を狩って行く。

オーガの皮膚は固かったがマッドベアと同程度だ。気を付ければどうと言う事は無い。


エルはリアクティブアーマーを盾に仕込み、バーニアを吹かせて強引に突っ込んでいた。

前にオレがやった戦法だが来ると分かっていても、バーニアを混ぜられると躱すのは至難の業だ。


こうしてオレとエルは言われた通り、かすり傷1つ負う事なくオーガの群れを殲滅させた。

10匹のオーガの内オレが6匹、エルが4匹。かかった時間は約3分。


ナーガさんは驚く元気も無いようで苦笑いを浮かべている。


「アルド君、エルファス君、アシェラさん……アナタ達、鎧を変えて一段と強くなったわね……」


ナーガさんの言う通りドラゴンアーマーはオーダメイドだけあって動きの邪魔をせず、魔力の伝導性も最高だ。

3人の内、アシェラだけが胸の部分の鎧がズレるようで、たまに直しているが、あれはボーグとの話であった件だろう。成長に期待だ。


これで3つ見つけた巣の内、2つを潰した事になる。

残りの巣は1つオーガは12匹だと言っていた。


「最後の巣は12匹なのだけど、この数は最初の想定の数ね。私からの提案だけど最後はパーティで倒すのはどうかしら?」


ナーガさんの言うパーティでとは5人全員で。と言う事だ。当然マールも数には入ってくる。


「それでお願いしたいです」


真っ先にマールが答えた。


「マール、大丈夫ですか?」

「うん。私だってラフィーナ様の弟子よ。大丈夫……」


「分かった。絶対にマールまではオーガを近づけさせない」

「ありがとう。エルファス」


マールがOkならオレやアシェラに反対する理由は無い。

普段の戦闘からどれぐらいチカラを抑えればパーティ戦で丁度良いのか、立ち回りの確認もしておきたいとは思っていた。


話が纏まった所で、オレ達5人は最後のオーガの巣へ向かう。

陣形は最初と同じで前衛:左にエル、右にオレ 中衛:左にマール、右にナーガさん シンガリ:アシェラ になる。


アシェラはシンガリではあるが一番後ろでは固定砲台としてしか動けない。実際には遊撃に近い動きになるだろう。

最後の巣は思ったより近い場所にあった。エルとオレを先頭にゆっくりと巣に入っていくとオーガが咆哮を上げ襲い掛かってきた。


今回はパーティ戦だ。オーガが向かってくるのを魔力盾と魔力武器(片手剣)を出して待ち構える。

魔力盾にはリアクティブアーマーをかけておくのは忘れない。


12匹いるはずだが向かってきたオーガは7匹だった。

どこかに隠れているのかもしれないが、まずは目の前の7匹に集中する。


マールがエルの後ろから固定砲台として、オーガの足を狙ってウィンドバレット(魔物用)を撃ち込んでいく。

絶えず3つのウィンドバレットを頭上に漂わせ、減るとすぐに補充していた。


マールの魔法は”上手い”と言うのがしっくりくる。

足を狙うにしても足先の指や関節部分を狙い、倒すのでは無く補助としての魔法に徹していた。


補助に徹する姿勢は正反対だが、純粋な魔法使いとしての戦い方は母さんを見ているようだ。魔法の使い方も実に嫌らしい。

”氷結の魔女”の弟子の中でマールが一番、弟子として正統に技術を継承しているのだろう。


オーガはオレ達の前に辿り着く頃には足を引きずり、まともに歩けない状態になっている。

オレとエルはトドメを刺すだけの簡単なお仕事をするだけで、実際はマールが全て倒しているに等しかった。


直に7匹のオーガを倒し、残りの5匹を捜そうか。と話していると巣の奥から咆哮が響きわたる。

ゆっくりと現れたオーガの姿は、他のオーガより一回り大きく色もドス黒い。


配下の4匹のオーガを引き連れて、こちらを睨みつけている。


「あれはオーガジェネラル……Aランクの魔物です……」


ナーガさんは警戒して話しているが、ふと思い至ったようで何やら呟きだした。


「良く考えたらSランクの地竜も倒し、Aランクのワイバーンやミノタウロスも舐めプ出来る人が3人もいるんでした……」


ナーガさんが急に肩の力を抜いて話し出す。


「この魔物はパーティ戦では厳しいかもしれません。アシェラさん。オーガジェネラルをお願いできますか?」

「分かった」


「他の人は残りのオーガをパーティで倒します。良いですね」

「「「はい」」」


アシェラがオーガジェネラルへ突っ込んで行くのを合図にオレ達も残りのオーガへと向かって行く。

オレ達は先程と同じようにマールがオーガの足を攻撃し、戦闘能力を奪って倒させてもらった。


アシェラはと言うと”左手”に魔力を貯め、オーガジェネラルに空間蹴りとバーニアを使って突っ込んで行く。

オーガジェネラルはオーガより硬いはずなのだが、アシェラの魔法拳を腹に受けて胴体に大穴を晒していた。


「アッサリ終わりましたね……」


ナーガさんが呆れた様に話し、オレ達もあまりの呆気なさに何とも言えない空気が流れている。


「あ、新しい装備の確認は出来ました……」


ナーガさんがジト目を向けてきた。


「装備の確認でオーガの巣を殲滅するのですね……」

「「「「……」」」」


「冗談です。これで村も助かり、ギルドのメンツも保たれます」


それから村へと戻りオーガの巣を壊滅させた話をすると先程、絡んで来た男は子供の墓の前で静かに泣き崩れていく。

帰りもギルドの馬車に送ってもらっている時。


「子供の仇は取った」

「そうだな。今回はアシェラとマールが大活躍だったな」

「そうですね」

「わ、私は補助をしていただけで、倒してたのはアルドやエルファスよ!」


オレ、エル、アシェラがマールを見ると、アワアワと必死に謙遜している。

マールの慌てた姿……珍しい物が見れた。と小さく笑うとアシェラがオレの顔を覗きこんできた。


オレはアシェラの左手を取り、手甲を脱がせじっくりと観察する。


「アルド?」

「……アシェラ、本当に痛みや違和感は無いのか?」


今日の戦闘を見てもアシェラの左手での魔法拳の威力は群を抜いていた。地竜戦でも地竜のウロコを抜く事が出来たのは超振動と左手の魔法拳だけだった。

魔力の効率を考えると超振動より、アシェラの魔法拳はずっと有用だ。


それだけに何か反動があったりしないかが、心配になって来る。


「大丈夫。違和感があったらすぐにアルドに言う」

「絶対だぞ……」


「分かった」




こうしてオーガ討伐は終わった。ドラゴンアーマーは想像以上の出来で非常に使い易い。

特に今までローブを使っていたアシェラの変化は恐ろしさを感じる程だ。


オレは暫くの間はアシェラと模擬戦をしない事を心の中で決めた。




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