第7話誕生日 part2

7.誕生日 part2





深い眠りの中、軽い痛みを感じた。体のあちこちに鈍痛がある。痛みのためか、ゆっくりと覚醒していく……


(オレは何を……)


ボンヤリとした思考から、拉致された事を思い出しオレは飛び起きた。


(アシェラは?!)


周りを見渡そうとするが、自分の両手が後ろ手に縛られており、身動きできない。

芋虫のように這いずり、辺りの様子を確認すると、すぐ後ろで同じように縛られたアシェラを見つけた。


(アシェラ……良かった……)


心の中で名前を叫び、すぐ横まで這いずりながら移動していく……


(息は……)


アシェラの口元に耳を近づけると、スー…ハア…呼吸の音が確認できた。


(良かった……大丈夫そうだ。さっきのクスリで寝てるだけなのか……)


取り敢えずの無事が確認できてホッとするが、この状況は如何にもマズイ。

気持ちを切替え、先程の事を思いだしながら今の状況を考えてみる。


(いきなりクスリを嗅がされて拉致……しかも2人一緒に……手際が良すぎないか?)


先程の事を思い出し、あまりの手際の良さに違和感を覚えた。


(計画的には無理なはずだし……寝かした子供をそのまま運ぶのは目立つ。何か袋に入れて運んだ?もしかして普段から子供を誘拐してるのか……そうなると目的は奴隷か身代金って所だな)


恐らくは常習的に子供を誘拐しているのだろう。

その事実に苛立ちが湧いてくるが、今は自分とアシェラの身の安全が最優先だ。


(どっちにしても逃げるしかないが……ここはどこなんだ?どうやって逃げる?)


もう一度、周りを見渡す。どうやらここは、どこかの倉庫のようだ。

奥に農機具らしき物やクワ、鎌、ロープ等いろいろな物が積んであった。


オレは、また芋虫のように這いずってクワの前まで移動する。クワは立てかけてあり刃の部分がこちらを向いていた。

精神を集中して魔力を腕の表面に纏う。最近、覚えた身体強化だ。


この身体強化だが覚えた当初は、正直に言うと舐めていた。実際に使ってみると想像以上に難しく、緻密な魔力操作が必要だったのだ。

今、オレが使える身体強化は腕の表面に魔力を纏い“腕の防御を上げる”事と、足に魔力を纏い“一瞬だけ早く動く”その2つしか無い。



早速、腕に魔力を纏いクワの刃にロープをこすり付ると、何とかロープを切る事に成功した。

次は情報が欲しい……オレは音を出さないように立ち上がり、1つしか無い扉にゆっくりと近づいていく。


扉の前に立ち耳を澄まして、扉の向こうの音を拾う。


10秒……20秒……1分……


何の音も聞こえない。


ゆっくりとドアノブに触れ、まずは鍵が掛かっていないか確認する。ドアノブをゆっくり回す……回った……どうやら鍵はかかっていないらしい。



ドクッドクッ自分の心臓の音が聞こえるようだ……



意を決しゆっくりと扉を少しだけ開く……僅かな隙間ができ、顔を近づけて扉の外を窺う……(映画なら絶対何か出るタイミングだな)

強い恐怖を感じながらも、くだらない考えが頭をよぎった。我ながら“意外に余裕あるなぁ”と、苦笑いが浮かぶ。


部屋の外は廊下だった。遠くでかすかにだが人の声が聞こえる。オレは一度、部屋の中を見返しアシェラを視界に入れた。


(廊下の先を確認したいが……アシェラを先に起こすか……アシェラがこの状況に耐えられるか?)


正直、7歳の女の子に耐えられる状況ではない。


(オレだけ抜け出して助けを呼んだほうが良いのか?……しかし、戻るまでアシェラが無事とは限らない。最悪、抜け出したのがバレてアシェラを口封じするかも……)


一番はまずオレとアシェラの安全だ。


(やっぱり抜け出すなら一緒だ。ただし、情報は先に集めないと)


やっぱり殺される可能性がある策は取れない。方針を決め、ゆっくりと廊下に出る。

音が出ないように扉を閉め、微かに声が聞こえる方にゆっくりと歩いていく。


廊下は小部屋に続いており、声はその小部屋から聞こえていた。

声が聞こえる場所までゆっくりと近づく。


「例の奴隷商人はいつ来るって?」

「あぁ?そんなのオレが知るわけねぇだろうが」


「つかえねぇなテメエはよ……」

「ケッ……」


会話が聞こえてきたが、どうやらやっぱり誘拐されたようだ。


「ガンジさん。あのガキ共、貴族の子供なんですよね。本当に大丈夫なんですか?」

「あぁ?テメエは黙って言うこと聞いてりゃいいんだよ!っとに腰抜けが……」

「タブ、心配するな。売っぱらっちまえば足はつかねえよ。金がいるんだろ?なら、多少は危ない橋を渡らなくちゃなぁ」


「……わかりましたジャロッドさん」


3人分の話し声が聞こえる。


(3人は確実にいる。ここには3人だけだが他に仲間がいる可能性は捨てきれない……分かったのはタブ、ガンジ、ジャロッドの3人か……)


最低でも敵の数は3人だ……情報がもっと欲しい。


(見た所、この部屋を通らないと外には出られない。さて、どうやって逃げ出すか……)


逃げ出す方法を考えていると、3人の会話がマズイ方向に動き出した。


「そろそろガキ共が起きる頃合いか?」

「起きた所でどうしようもできねぇよ、たちゅけてママーって泣くぐらいだろうが」


「あんまり騒がれても万が一があるからな。タブ、おまえ見てこい。もし起きてたらコイツでまた寝かせてきな」


そう言うとジャロッドは机の上にあった小瓶を持ち上げる。


(あれが眠り薬か!)


オレは自分に使われたであろう薬を睨みつけた。


「分かりました……」


タブは返事をすると薬の入った小瓶を受け取り、棚の上の布切れに手を伸ばす。


(さっきの倉庫に来るつもりだ。戻らないと見つかる)


オレは音を立てないように気をつけながら廊下を急ぐ。

慎重に、しかし急いで扉を開ける。アシェラはまだ眠ったままだ。


(どうする?とりあえずやり過ごさないと……)


オレはクワの前に落ちている、切れたロープを後ろ手に持ち、急いで寝転がった。



コツコツと廊下を歩く足音が聞こえてくる。

ゆっくりと扉が開いた。



足音が徐々に近づいてくる……怖い。

気配からアシェラの方に移動していくようだ。先程の話から危害を加える事は無いとは思うが……


寝ているのを確認しているのだろう、座り込み様子を見ている。


「……」


かすかに声が聞こえたが小さすぎて聞き取れない。

タブは立ち上がると、次はオレの傍までやってきた。


アシェラと同じように寝ているのを確認するためか、座り込んでオレをのぞき込んでいる。

ふいに頭を撫でられた感触があった。オレは訝しみながらも寝たフリを続けると……


「すまない……」


先程は聞こえなかったが、タブは確かに謝っていた。


(誘拐しておきながら謝る?どういう事だ?)


その間にもタブは立ち上がり、部屋を出ていこうとしている。

オレは賭けに出る事にした。勝算なんて全く無い。ただ自分の勘に従い部屋を出て行こうとするタブに声をかけた。


「おじさん、何で謝るの?」

「な、起きていたのか!」


寝ていると思っていたのだろう。オレから声を掛けられるとは思っていなかったタブは、コチラを見て驚いている。


「しーー!おじさん静かに」

「な」


オレの言葉にタブは完全に混乱しているようだった。


「おじさんが僕を誘拐したの?」


タブは辛そうに顔を背けながら、苦しそうに話しだす。


「お、お前には悪いが金がいるんだ……娘の薬代のためには、こうするしかなかったんだ。しょうがないだろ……」


“金”その言葉にオレは一筋の光を見つけた。


「お金なら僕が出すよ。だから逃がして欲しいんだ」

「そんな事、出来る訳が無いだろう……」


「僕のお爺様はここの領主なんだ。だからお金はあるよ」

「ご、ご領主様の孫……」


オレの言葉に、タブは膝から崩れ落ちてしまう。


「どこかの貴族の子弟だとは思っていたが、ご領主様の孫だと……すぐに騎士団が動く……無理だ……マール、お父さんを許してくれ……」


娘であろう名前を呟き、タブは崩れ落ちたまま大粒の涙を流し始めた。

それから時間にして2~3分経っただろうか、多少は落ち着いたタブにオレは話しかける。


「おじさんは子供が攫われる所を、偶然見てしまった。これはマズイと思い、後をつけたんだ」


いきなり話し出したオレ、を訝しげにタブが見つめてくる。


「そして隙を見つけて僕らを助け出す!助け出した子供はなんと領主の孫。当然、褒美の話が出る。そこでおじさんは子供の薬を願い出るんだ」


オレの話を聞いてタブは口を開いた。


「何を言ってる?」

「これからの話さ」


「そんな話があるはず無いだろ。オレは誘拐犯で、お前はその被害者だ。何も変わらない……」

「それは僕が本当の事を話せばでしょ?」


顔に絶望を張り付けて俯いていたタブが、こちらを振り向き目を見開く。


「僕の他は誰も見ていない、それなら僕の話す事が真実になる。ガンジやジャロッドの言う事なんて誰も信じない」

「誰も信じない……」


タブの目に光が蘇ってくる。


「ど、どっちにしても、ご領主様の孫を誘拐したとなれば、しばり首だ。騎士団から逃げられるわけがない……」


今の状況とオレの提案を天秤にかけて、タブは本気で悩んでいるようだ。


「分かった。お孫様を信じてみる事にするよ……」


タブの言葉に、オレは後ろ手のロープを捨てて立ち上がった。


「おま!ロープ……」

「そんな事より、よろしく頼むよ。タブ」


「名前まで……」


オレは手を差し出して握手を求める。

タブは恐る恐る手を出してきたので、オレがしっかりと手を握ってやった。最初は弱かったチカラだったが、最後には2人でしっかり握手を交わす。


「アルドだ、よろしく頼む」

「タブです……薬の件、頼みます」


「任せろ」


タブからいくつか情報を貰った。まず他に仲間はいない、3人だけらしい。場所はブルーリングのスラムの一角、眠らされてから1時間程が経っている。

タブを仲間にできたおかげで、逃げられる可能性は格段に上がったはずだ。


このまま騎士団を呼んでもらうのが一番確実だが、そうするとタブの功績がちょっと弱い。

高価な薬を賜れる働きはしてもらわないと。


(そうなると一番確実なのは、タブが手に持ってる睡眠薬を使うのが良いか……)


「ここから逃げる方法だけど、その薬は吸う以外は効果は無いの?」

「ああ、飲んでも傷からも、もちろん吸っても効果はあるそうです」


「なるほど、飲んでも効くのか……」


失敗はできない以上、確実に飲ませたい。

どんな方法が良いか考えこんでいると、タブが話しだした。


「あまり長い時間、戻らないと様子を見にくるかも戻らないとマズイ。なんとか薬は飲ませてみせます。呼びにくるので待っててください」


オレはタブの言葉に頷いた。タブが戻った後、ボーっと待ってるつもりは無い。万が一失敗した時に備えて準備だけはしないと。

周りを見渡し武器になりそうな物を探す。急ごしらえだが、棒切れの先に鎌の刃の部分を結び即席の槍を作った。槍モドキを持ち突いてみる。良く判らない。まあ、素手よりは良いだろう。


そろそろアシェラを起こして状況を説明しないと……寝ているアシェラに近づきロープを外してやる。やさしく揺すって声をかけると、アシェラはゆっくりと目を開いていく。

最初はボーっとした眼でオレを見ていたが、徐々に目覚めてきたのか眼に理性が宿ってくる。


今の状況をなんて説明するか……考えあぐねていると不意にアシェラが辺りを見渡した。知らない倉庫に攫われた記憶……アシェラの眼に涙が溜まっていく……


「アシェラちゃん、大丈夫だから。すぐに帰れるからね!ちょっとだけ待って」


さらに涙がたまっていく。今にもこぼれ落ちそうだ……


「待って。今は待って。大きな声を出すと怖い人が来ちゃう」


“怖い人”にアシェラは反応し、グッと噛みしめながら泣くのを我慢した。


(強い子だ。34歳のオレでも怖いのに……)


アシェラの様子を見ながら頭を撫でてやる。最初はビックリしていたが、少し落ち着いたようだ。これなら大丈夫だろう。




廊下の気配を探るが、争いのような音は聞こえない。状況が見えず不安を感じ始め出した頃、足早に廊下を歩く音が聞こえてきた。

オレは咄嗟に槍モドキを構え、アシェラの前に出る。


(タブなのか?ガンジやジャロッドだったら……オレは、戦えるのか……)


口が乾く。怖い……

身体強化を使う間もなく扉がゆっくりと開いていく……


「アルド様、大丈夫ですか?」


タブだ。タブの声だ。心の底から安堵しながらオレは槍モドキを降ろしたのだった。




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