第130話 丹羽長秀、沿海州に立つ
丹羽長秀たち、織田幕府の沿海州遠征艦隊は函館を出港した後、中村(現積丹半島の岩内あたり)経由で稚内へ着くと2日程休んだ。
長秀はもっともらしい理由をつけたが目的はただひとつ。幸田広之より必ず毛蟹と雲丹を食べろと言われていたからだ。
オホーツク海産の毛蟹と礼文島産の雲丹(キタムラサキウニ。薄い色あい)、そして帆立、大きな水蛸、鰊の白子、松前漬けなどが並べられた。
函館の炉端焼き屋北島で主人北島三郎太の右腕を務める山本譲二郎が同行している。長秀が腕を見込み北島三郎太へ頼み込んだ結果であり、当然断れるはずもない。
毛蟹は茹でたものを土佐酢で食べる。そして甲羅焼き。帆立は刺し身と貝焼き。雲丹はそのまま食べたり、汁物にされた。他に水蛸の刺し身、鰊の白子、松前漬けなど、北の逸品が勢揃いだ。
稚内で英気を養った長秀一行は樺太西側を北上。4月下旬頃(西暦では5月)、角倉海峡を横断すると、ついに沿海州へ辿り着いた。
旧式の船は陸沿いに進んでおり、遅れて到着する。長秀たちは大海の荒波を突き進んできた。82隻の大型船が黒龍江へ姿を現すとスメレンクルたちは大騒ぎになった。
羽柴秀吉や角倉了以たちの船でさえ驚愕していたが、今回は規模たるや桁違いだ。現代でいえば米海軍の全艦隊が集結したようなものであろう。
知らせを受けた秀吉はただちに参上し、出迎えた。無論、秀吉たちも船の数に仰天する他ない。
「殿……少し数が多すぎやしませぬか。もしや上様が来られたとか」
「熊之助(加藤清正)、流石に上様は来ぬだろう。しかし、相当な大物が来たのは間違いなかも知れぬ。これは大事になるじゃろ」
「スメレンクルの民も怯えきっておりますな」
「佐吉(石田三成)よ、そりゃ仕方ないじゃろ。木彫りの舟に乗ってるような者たちからすれば、あの船1隻でも腰抜かすわい。それが何十ともなれば神様が天より降りて来たくらいのもんじゃ。神社でも作って末代までの語り草にするかも知れぬな」
それから2時間程して、ようやく長秀と前田利家が上陸した。
「おう筑前守、達者のようじゃな」
「これは五郎左殿。誠にお久しゅうございます。よもや五郎左殿が直々に参られるとは、この藤吉郎夢にも思いませなんだ」
「藤吉郎殿、久しぶりじゃな」
「何と又左殿(前田利家)もご一緒か」
「上様のお赦しをえて駆け付けた次第」
その後、丹羽長秀、戸田勝成、島清興(左近)、片桐直盛(且元)、前田利家、真田信繁(幸村)、直江兼続、最上義光、蘆名政道(伊達小次郎)、徳川秀康、本多忠勝、服部正成(いわゆる半蔵。半蔵は世襲)たちが勢揃いする。
秀吉は長秀一行を陣屋へ案内した。
「筑前守よ、スメレンクルによる歓迎の踊りでも始まるのかな」
「五郎左殿は相変わらずでござるなぁ。先ずは腹ごしらえでも……」
「それなら色々食い物持ってきたから、我らの料理人に手伝わせよう」
そして簡単な食事が出された。そこには琵琶湖で取れた鮒を使った鮒寿司が並んでいる。秀吉が驚き呟いた。
「これは鮒寿司……」
「左様、目を瞑ってもわかるじゃろ。お主の家来は江州の者が多いからのぉ。上様と茶々殿が是非食べさせて欲しいと土産に渡されたわ」
「何という心遣い。さぁ佐吉遠慮なく頂くぞ」
「そなたにも上様や左衛門殿(幸田広之)より土産があってな……」
秀吉と清正の前に沢庵漬け、割干し大根漬け、切り干し大根が出された。
「これまた大根でございますか……。やはりそれがしはあまりよう思われてないようですな」
「その大根と米や味噌は尾張中村のものじゃ。わざわざ早馬で運ばせ、五徳殿が漬けたものでな……」
「何と……。1度は弓を向けたこの身にそこまで」
秀吉と清正は涙を流しながら食べるのであった。本当はそのへんで取れた大根だ。米も主に北陸産のものだし、味噌は徳川勢が持参したものである。
「実はもうひとつあるぞ。尾張で作った鮒味噌じゃ」
鮒味噌は愛知県名物で木曽川、長良川、揖斐川の木曾三川下流域の郷土料理だ(戦国時代にあったか不明)。豆味噌で鮒を煮た保存食である。
出された鮒味噌を口にした秀吉がさらに号泣した。
「なっ……なんちゅうもんを食わせてくれたんや。なんちゅうもんを……。こんなうまい鮒味噌は食べたことない」
まさに某グルメ漫画でお馴染み。故郷の鮎を食べて号泣するシーンそのもの。この鮒は淀川で取っているのだが……。
長秀は広之に見せてやりたいと内心思うのであった。
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