第5話 山崎の戦い①

 6月3日の11時前に織田信孝を総大将とする日向守討伐軍は総勢2万のうち荷駄を除く、およそ1万5千ほどが高槻城に着いた。


 これに先立つこと2時間ほど前、先行した丹羽長秀が高槻城に着き、城主高山重友と西方面にある茨木城主中川清秀両名から出迎えられた。


「おう、これは、お気遣い痛み入る。大坂に参った者たちは三七郎殿(信孝)たちと一緒に戻られるうえ、ご安心めされ」


「五郎左殿、右近殿が先陣とお聞き申した。誠に無念じゃ。我が槍先に日向守の首を吊るし、上様と殿への手向けたむけと致したかった。かくなるうえは存分に矢弾を日向守勢へ馳走してくれるわ」


 軽い抗議を含みつつ、いささか芝居がかった清秀に苦笑する長秀だった。


「五郎左殿、よくぞご無事でござった。泉州より長宗我部の征伐に向かわれると聞いておりましたゆえ……。難しい土地柄ゆえ心配しておりましたが杞憂でしたな。さっそく大坂で七兵衛を討つとは幸先がよい。このたびは清兵衛殿に恨まれてるようじゃが先陣の件しかと承りもうした。それはともかく後ろの御仁はどなたでございまするか?」


「これは紹介が申し遅れた。三七郎殿の御家中に居られる幸田彦右衛門殿は御両人たちも存じてると思うが、その従兄での」


「お初にお目にかかり恐悦至極。それがし三七郎様に御奉公しておりまする幸田左衛門広之と申します。右近殿と清兵衛殿の武勇は聞き及んでおる次第。未熟者ゆえ今後とも武士もののふの何たるかをご教授くだされ。是非お見知りおきを…」


 長秀は今にも笑いだしてしまいそうだ。挨拶された2人は、いまや織田家中の最有力者になりつつある信孝の重臣(2人の想像では)から、かくも丁寧な挨拶をされ石のように固まっている。


 明らかに重友と清秀の両名は困惑していた。幸田彦右衛門といえば信孝の重臣で懐刀的存在。歳はどう見ても左衛門のほうが上。これまで聞いたこともないが長秀と並んでるからにはそうとうな身分。彦右衛門と同格、あるいは上の可能性もある。


 それにしても色白で馬の乗り方が様になっておらず、槍働きするとは思えない。信孝が織田家の中心人物どころか御屋形様になる可能性もある。


 吏僚の筆頭ならば用心せねば……。武将の本能により広之を重要人物達だと睨むのであった。信長と信忠は逃げたと聞いてるが、無論両者は信じていない。しかし時流の趨勢は明らかに信孝なのである。


 長秀到着前に届いた書状で重友と清秀は山崎へ先行することが命じられている。長秀と広之に挨拶を済ませるや、およそ4500の兵を率いて、高槻城より北東の山崎へ向かった。


 山崎は荏胡麻油により栄える大山崎油座の本拠地であり、市街で戦うのは難しい。街の中心を西国街道が通っており、北側にある東黒門外側で戦うほかなく最大の要地と言える。東黒門の東側は沼があら、さらに淀川。東黒門の西側は天王山の麓。


 通説だと天王山を抑えたことにより秀吉は勝てたと言われる。実際は戦場の立地含め根拠に乏しい。東黒門の北側から天王山の間が要。ここを死守すれば、沼を淀川に沿って迂回した主力で決まる。


 孝之が広之の本を見て描いた山崎一帯の図面に抑えるべき場所は示されている。その図面を見せられたからには迷う必要がない。重友と清秀は長秀より図面を受け取り、構想を把握した。


 重友と清秀は東黒門の北側から天王山に至る一帯の奪取を命ぜられ約4500の兵で向った。今回の戦いで手柄を立てれば国持大名も夢ではない。


 先発の兵が出たあと、城には重友が昨日より放っている物見が次々と戻っており、明智の動きが見えてきた。やはり山崎の東にある淀城より北側の勝竜寺城が慌ただしい動きを見せているようだ。瀬田の明智軍は洛中を越え、まもなく勝竜寺城に着きそうだという。


 ほどなくして山崎へ向かった重友と清秀から報告が長秀に届く。無事に目的地を確保したとの内容である。そして信孝が高槻城に到着した。


 信孝の軍勢後方には大坂より着いてきた町人や農民も結構な数居る。大坂では信孝こそ次の天下人だとの噂が吹き荒れており、明智との決戦見たさからだ。


 実は長秀がそのような騒ぎになるべく自身の兵を大坂城外の浪人衆へ紛れ込ませ吹き込んだ結果である。すでに長秀の目は先を見ていた。


「五郎左殿、やはり日向守は山崎へ出て来そうじゃな」


「まもなく勝竜寺城へ着くでござろう。そのために右近殿と清秀殿を向かわせておりますゆえ。大軍過ぎても塩梅がよろしくない。日向守をおびき寄せるのが我らの計略。決戦におよぶしか日向守は道がありませぬ」


「さようじゃな。しかし道中、勝三郎殿が右翼の先鋒を是非にとうるさい事ときたら……」


「それでよいか、と。上様にお近い人ゆえ手柄を立てて頂きましょう。歴史とやらでも右翼の先鋒でござる」


 このあと軍議が行われ布陣が決まった。中央先陣に高山重友、中央左に中川清秀、中央の後方に幸田孝之、右翼先鋒に池田恒興と大坂浪人衆、右翼次鋒に丹羽長秀、右翼第三陣に徳川家康と穴山梅雪、右翼第四陣に長尾一勝かずかつ、左翼は天王山に岡本良勝、これらの後方で信孝の本隊が備える。


 家康と梅雪は是非に、と信孝へ懇願し、どのみち四国遠征軍は各地からの寄せ集めだったので兵を貸し与えている。さらに信孝は自身の重臣である内藤、長尾、幸田の3名に期待した。


 休憩を少しとったあと決まった陣立てに従い軍勢は西国街道を山崎へ向う。



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