第92話 角倉了以の帰還
天正18年11月上旬(西暦1590年11月下旬)。大坂城では本来の歴史を知るものだけが入れる部屋にて織田信孝、丹羽長秀、岡本良勝、蜂屋頼隆、幸田孝之、幸田広之の全員で緊急の話し合いが行われていた。
角倉了以が野人女直系部族の族長親族や家臣数人、スメレンクル族、ホジェン族、北海道中村のアイヌ、さらに羽柴秀吉の家臣片桐直盛(且元)などを伴い大坂へ来たことにより、今後の方策を論じるためだ。
了以は大河(アムール川)河口の陣地から函館まで来たあと、東陸奥の羽柴家領内で秀吉の無事を羽柴秀長に伝え、太平洋側を黒潮に逆らいながら南下。磐城から江戸まで陸路移動。そして江戸から尾張まで再び船にて移動し、上方へ到着。
幸田広之は樺太の南北両端とアムール川河口域に拠点を作り、3年くらい掛けてアムール川や沿海州の測量しつつ、女直に接触するつもりだった。少し見込み違いだが、秀吉の大手柄により、大幅な短縮となるかも知れない。
「しかし藤吉郎め、生きてるとは思ってたが悪運の強いやつじゃな」
「上様と五郎左殿、もうお気は済みましたかな。筑前守への仕打ちもそろそろ解いてあげては……」
「彦右衛門よ、決して恨みがあるわけではない。左衛門が来なければ儂は切腹、母上は磔。まだ手ぬるいくらいじゃ。しかし天下人になっただけのことはある。見事なものよ」
「左衛門殿よ、いかがいたすつもりじゃな」
「兵庫頭(蜂屋頼隆)殿、ここは派兵したいと存じます。現地で魚以外の兵糧確保は無理となれば、まずは手始めに1万。冬場の犬ゾリ用に羽後や北海道で育てている犬(秋田犬の以前のマタギ犬や北海道犬)も多数送るとして、北海道から馬も試しに100頭」
「雪の上で戦うのか……。騎馬でなく犬とは源九郎判官公も驚きじゃな」
長秀は冗談っぽく言ってるが、以前より犬ゾリを使った雪上合戦を想定し、準備は行っている。
「まだ馬はあまり必要ないとは存じます。アムール川を船(舟)で移動しつつ活動範囲を広げるのが先決。大きな戦いが起きるのはアムール川を西に進み蒙古の部族が居る土地へ達した場合、さらに女直が多く住む松花江を南下した場合……」
広之は現代より持ってきた歴史年表地図を見せながら説明する。
「それにしても大きいのぅ。筑前が居るところから松花江は長門から陸奥くらいまであるではないか。ならば馬はまだ先じゃな。しかし備えだけはしておくのが寛容」
「はっ、上様仰せのとおりにございます。北海道の北端、樺太の南北両端、アムール川河口、ウスリー川との分岐点、松花江との分岐点、アムール川の西側、ウラジオストックの北方、計8ヶ所に拠点を設けたいと存じますが……」
広之は地図でウラジオストックを示しながら、そこから南の豆満江河口から進むと女直の支配地だと説明した。ウラジオストックより少し北方に拠点を設け、大量の仔馬を送って育てつつ開墾や漁で自活。
満洲国と戦う時点で不凍港のウラジオストックを本格開発する案を披露。広之の案は了承され、アムール川改めて黒竜江、流域一帯を沿海州と命名。河口の陣地に沿海府という政庁を設け、長官は丹羽長秀が拝命。
幕府の北方省からは独立しており、長秀の立場は総督に近い。織田家、徳川家、森家、蒲生家、伊達家、安東家、津軽家、南部家、羽柴家からも兵を出させる。
僧侶、山師、鍛冶職人、漁師なども一行に加えたい。来春出航し、初夏には着く予定。大量の米、麦、豆、干し野菜、味噌、醤油、酢、酒、砂糖、茶などの他、鶏、豚、馬、牛、犬。
そして通信用の伝書鳩。かねてより伝書鳩は実用していたが、広大な地域では役に立つであろう。日本軍のシベリア出兵でも伝書鳩は使われた。
現地部族への交易品や贈り物として織物、磁器、ろうそく、鉄砲、日本刀、包丁、鍋、釜、煙草、薬、酒、塩、砂糖、茶、油、干し鱈、干しイカ、干し鮑、煎海鼠などを揃える準備も進める。
問題は角倉了以が連れてきた女直の客人だ。意思の疎通が思い通りとはいかず手間取ったが、姓はイルゲンギョロ……。漢字表記なら伊爾根覚羅。つまりラスト・エンペラーで知られる愛新覚羅と同じ覚羅氏だ。
愛新とは金を意味しており、それ以外の覚羅氏も多数ある。覚羅氏のルーツは松花江から黒竜江へ注ぐあたりの一帯らしい。 イルゲンギョロの三男と次女が言うには元々先祖は南の方に住んでいたという。
明朝がヌルガン(奴児干)へ奴児干都司を設置した際、先祖は海西女直の都司に従い同行。その後、ヌルガンから撤退する時、落人の如く、現在の場所へ住み始めたようだ。
すでに満洲国を打ち立てたヌルハチと同じ覚羅氏というのは面白い。後の展開で役立ちそうだ。女直の男性4人に女性2人は広之が引き受け世話をすることになった。
さて女直の客人に何を食べさせて驚かせようか、と内心ほくそ笑む広之なのである。
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