第54話 蝦夷の発展とイエズス会

 天正17年4月(西暦1589)。


 秀吉たち一行は現代で言うところの積丹半島あたりで羆退治を行い加藤清正が見事仕留めた。後にいうところの清正の熊退治である。歓喜した秀吉は清正を虎之助から熊之助と呼ぶようになった。


 それを知った地元の住民たちは尊敬するどころか怒り狂い襲ってきたのだ。理由もわからず必死に交戦し何とか逃げたが、羆退治と併せ、結構な犠牲者を出す始末。


 その羆は、ある村の住民たちが追っていたのだ。すでに何度か交戦し、十分弱らせていた。獲物を横取りされたのだから、怒るのは無理もない。


 秀吉たちはさらに北上。家を作り、鮭や鹿肉を燻し何とか冬を越せた。そして何年か経つうちに言葉や毒弓を住民から習うなど交流重ね、生活に慣れてきた頃……。


 ある時、秀吉たちの乗った船が強風に流され、沖合いの彼方へ。そのまま消息不明となってしまう。


 その頃、幕府は蝦夷の開発を加速させており現代で言うところの内浦湾から苫小牧あたりの開拓に力を注いでいた。


 まずは環濠集落を築き、住民から鮭などを買い付ける。基本は物々交換であり、米や麦、酒、布が人気。さらに沖合で水揚げした魚は川沿いに住む住人へ無料で分け与えた。


 蝦夷の民から得られる鮭より、ナマコ、昆布、帆立、鮑、鰊、鰯、鯖、鱈などのほうが全体の売上比率では遥かに上。鮭は蝦夷の民保護のため割高の価格で買い取るのが幕府の方針。


 しかし、河川を遡上する鮭を巡り住民同士での争いが絶えなくなっている。鮭を買い上げる取引所の役人はときおり対立している村人双方招き、酒など振る舞いつつ懐柔に努めた。


 さらに幕府は蝦夷地の民へ農具や種を提供し、作物栽培を奨励。小麦粉、蕎麦、大豆などを植えさせ買い取った。蝦夷の民は製粉出来ないので自分たちが収穫した小麦や蕎麦はそのまま食べれない。脱穀や製粉代として何割か差し引かれる。


 何年か経つと蝦夷の民たちは農耕と漁労で暮らす者が増え幕府へ依存しつつあった。


 蝦夷の民と共生するため幕府は天然痘対策にも力を注いだ。本土から蝦夷へ上陸する場所は決められており、一定期間隔離される。万一、天然痘が流行した場合、村人が避難する小屋を用意。患者は和人が看病しなければならない。


 例え和人であろうが蝦夷地にあっては現地の神や信仰を優先的に尊重することも蝦夷地令により定められ、破ったものは処罰。


 また幕府は蝦夷の有力者による使節団を京の都や大坂へ招くことも忘れなかったのである。彼らは華やかな京の都や巨大都市へ変貌しつつある大坂を見て驚愕。どれだけの差があるのか悟り、友好関係の維持に努めた。


 イエズス会より蝦夷で布教したいという申し出もあったが、蝦夷地令により、日本人であろうと現地の神や信仰を尊重しているため不許可となる。


 幕府総裁幸田広之は面会したイエズス会士たちに対してイスパニアが新大陸で行った最大の過ちは天然痘を持ち込み、十分な対処がなされなかった事だと告げた。


 国家消滅するほどの原住民がイスパニアのせいで死んだ悲劇は他人事とは思えず、幕府は最大限の配慮と対等な共生を目指している旨、伝えたのである。


 この時、貿易が止まり会の運営費に窮していたイエズス会は再開を嘆願。しかし広之の回答は必要とあらば直接マカオ、マニラ、ゴアへ御用船を向かわせる。


 キリスト教についてもマカオで活動するフランシスコ会やドミニコ会でもいいし、プロテスタント、あるいはキリスト教と同じ神であるイスラム教にも布教の機会を与えるべきかも知れない。幕府は全ての神や宗教に平等であり寛容などと言って慌てさせた。


 さらに離日しているヴァリニャーノがローマにあるイエズス会本部へ宛てて日本や明を征服出来る可能性の見解述べた書簡送ったかも尋ね、驚かせたのである。


 以前の審問に続く厳しい指摘や主張。動揺するイエズス会士への追い討ちはイスパニアとイングランドの関係について語ったことだ。

 

 イスパニア王フェリペ2世の妻がイングランド女王メアリー。1558年に死去するまでの間、イングランドの共同統治者だったこと。


 またメアリー1世はカトリックで現在イングランド統治者の義妹エリザベスがプロテスタント。そのためフェリペ2世はエリザベスを打倒し、カトリックであり前スコットランド女王メアリー・スチュアートをイングランド王にしたかったなどと言われ驚くより恐怖を感じた。


 フェリペ2世のことを偉大な王だと褒めつつ、神聖ローマ帝国のカール5世(イスパニア王カルロス)とポルトガル王マヌエルの娘イザベルとの間に生まれただのハプスブルク家云々……。


 ネーデルラント、ミラノ、ナポリ、サルデーニャ、シチリアなども当然のように知っている。ネーデルラントを支援するイングランドに勝てるといいですね、などと涼しい顔だが、一体何故知ってるのか?


 審問のときも最初は仏教界からのあらぬ噂と悪意から守るため、などとうまいこと言って神に宣誓させたうえ、全くの騙し討ちのようなことをされた記憶が蘇る。


 この悪魔のような幸田広之によって日本はおろかアジアの支配地域も危ういのでは、と居合わせたイエズス会士誰もが思った。


 


 

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