第55話 抹茶ラテと餃子
東南アジアへ渡航していた幕府御用船が長崎と堺へ戻ってきた。今回は呂宋(フィリピン)、高山(台湾)、大越(ベトナム)、シャム(タイ)、カンボジア、ジョホール(マレー半島)から原住民を連れてきている(奴隷ではなく賃金を支払っている)。
日本語を覚えさせ通訳兼案内人にするためだ。現地に日本人も置いてきた。
秋には高山へ大規模な船団を送り込む。その数約3千人で、いわゆる屯田兵だ。まず北部に拠点を築く。懸念される風土病対策に万全はない。それでも出来る限りのことは最低限する。
石鹸と蚊帳を大量生産のうえ支給。さらにキク科ヨモギ属のクソニンジンを日本で採取して、漢方薬にした。現地でもクソニンジンを栽培し、茶に入れて飲まさせる。アルテミシニンという成分がマラリアに効く。
広之がそれを知ったのは新型コロナにこのアルテミシニンが効くのではという記事を読んだ際、抗マラリア薬の主要成分でもあると書いてあったからだ。
首狩りで知られる勇敢な部族が多い東部や山岳地帯は避け、まずは西部沿岸地帯に4ヶ所(基隆を含む台北、台中、台南、台北)ほど拠点築き、軌道に乗ったら対岸の明国、大越、シャム、琉球などから移民を呼び込み砂糖きび、砂糖椰子、油椰子、タバコ、茶のプランテーション等、作る予定。
今回の台北市建設計画が成功しなければその先はない。絵に描いた餅になってしまう。すでに幕府の御用船は朝廷の許可を取りつけ日の丸を掲げている。
幸田広之は南方への対策を着々打ちつつ多忙な日々であった。それでも食への飽くなき探求は衰えない。近頃、大坂は豆乳抹茶ラテ(羅弖)あるいは豆乳ほうじ茶ラテとマカロン(麻果崙)を飲食出来る店(茶房)が商人や武家で流行っている。
もはや抹茶は砂糖を入れて飲むのが常識となっており、世間では幸田流茶房や幸田流茶匠と名乗る店あるいは人物が溢れていた。紅茶も製造されるようになり人気となっている。
また広之が登城している間に幸田家で五徳が主催する午餐会や御茶会は在坂大名夫人あるいは織田家中重臣夫人にとって招待されることは大変なステータスとなっていた。
ここで五徳が得る諸大名家や織田家中の内部事情は大変な価値となり広之や幕府に恩恵をもたらしている。午後3時から5時に飲むお茶を申の刻茶は武士から町人まで常識であった。本家幸田家でも当然申の刻に小者も含め皆茶を飲んでいた。
「これ、於初。麻果崙を食べ過ぎじゃ。太ってしまいますぞ。それでなくても嫁ぎ先がなかなか決まらないというのに困ったものじゃなぁ」
「五徳殿とて3個も召し上がってるではありませぬか」
「仕方なかろう。抹茶味でさえこの世のものと思えぬほどの美味なのに、ほうじ茶味や紅茶味まで。きな粉をまぶしたり、この胡桃酪油(くるみバター)を挟んだ焦がしほうじ茶味ときたら」
「この伽羅愛流(キャラメル)酪油を挟んだ紅茶味もたまりませぬ」
「於江も食べ過ぎじゃなぁ」
「麻果崙も良いが、最近左衛門殿が新たに作られた四宮裳宮(ヨ◯クモ◯ク)の香ばしさと歯ざわりも見事」
「於初、四宮裳宮は妾の好物ですぞ」
「まれに左衛門殿が作られる西伯利亜(シベリア)も食べたいですなぁ。しかし手間が掛かるとか言ってなかなか作ってくれませぬ」
江はそう言うや、すかさず四宮裳宮を2本取った。初は完全に婚期を逃しつつあるほか室女中、奥女中、浅井方女中など皆嫁がず離職率は低い。見事に高齢化しつつある。
広之が経営している本家果匠さえ門でも、五徳たちが食べた菓子類を取り扱っており、完全予約制で何ヶ月も待つ貴重品だ。茶と共に味わえる“本家茶房さえ門はなれ”は一見客の入れない高級店である。
「それにしても左衛門殿はお忙しいですのぅ。いまや幕府総裁。世間では天下包丁などと言われておりますが」
「於初、今日はその天下包丁殿が早く帰ってくると申しておりましたぞ。何か新しいものを作ると言っておりましたな」
「それは楽しみにてございます」
そして広之が帰宅するや賄役に指示を出し、大量の韮や鶏肉を細かく切らせ、あるものは生姜を刻んでいた。哲普の部下が練った小麦粉を丸め棒で伸ばしていく。
着替の終わった広之が薄い皮に餡をのせて包んだ。それを他の者も真似て包む。広之が作っているものは餃子であったがニンニクの代わりに生姜が入っている。中身は鶏韮、海老、紫蘇の3種類。
さらに厚めに作った皮の鶏韮餃子は鉄鍋に油ひいた上にのせ大量お湯を注いだ。蓋をすると徐々に蒸し焼きから揚げ近い形なる。千葉県名物のホワイト餃子風だった。ついに万を持しての餃子に広之も心躍る。
そして蓋を被せた囲炉裏に4種の焼餃子、鶏唐揚、たたき胡瓜、豆もやしのナムル、鶏肉そぼろ味噌のせ冷奴、韮玉が並ぶ。
今回、竹子と茶々も五徳の使いが広之の作る新しい食べ物と言うや駆けつけた。餃子のタレは酢醤油と味噌ダレが用意。
「これは餃子と言う明国でよく食べられるものです。そちらの小皿のタレに付けてお召し上がれ」
まず江が鶏韮餃子を食べる。
「これはまた食べたことのない味わい。熱く口の中へ汁が……」
「於江、もっとお上品に食べなされ。そなたも於初のように嫁へ行きそびれますぞ」
「御台様、私は好きで嫁に行かぬのではありませぬ。左衛門殿が申しているように女とて男と対等の権利(広之はこの時代で様々な現代語や観念を持ち込み広めている)があるという言葉を守っておりまする。そもそも他家へ行き家風や姑を気にするより、この屋敷に居るほうが良いはず。大姉様(茶々)も米沢殿(伊達政宗)の屋敷より良いと申しておりますし」
「確かに言えてますが、それはともかく先日の御茶会ときたら、あの京の都から参った公家の娘……」
竹子が少し荒れ気味に愚痴をこぼす。名前に子がつくのは公家風だが、武家なのに公家みたいですこと、おほほ、みたいな感じでからかわれたらしい。広之は冷や汗かきながら仙丸に海老餃子を食べさせて、聞こえないふりをする。
「あのような者は放っておかれるのが寛容か、と存じます。それはそうと左衛門殿、高山や呂宋へ攻め込むという話ですが、伊達の殿も承りたいと申しております」
「茶々殿、まだ攻め込むというようなものではござらん。南方の事は西国大名中心でございますし。伊達殿にはいずれ北方から海を渡って頂く機会もありましょう。それまで力を蓄えて頂ければ、と」
話を聞きつつ初がホワイト餃子もどきに口に入れ、あまりの熱さに驚いている。
「しかし左衛門殿、この餃子とやら焼酎にあいますな」
五徳は暮らし始めて何年も経っており、この手のものは焼酎があうと直感でわかるようになっている。そのころ餃子のうまさに驚いたお初や哲普は追加で餃子を作り始めていた。
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