第125話 現代人と戦国時代

――幸田広之の独白


 それにしても面白くなってきた。先ず北海道だが、現代における最大の問題は人口の少なさであろう。


 500万人を少し超える程度の人口であったが、この改変された世界線においては、樺太や千島列島と併せ、その3倍くらいは欲しい。少なくとも最低で1千万人。


 現在、渡島半島と北海道沿岸部(全体)および主要河川の測量は終わった。樺太や南千島も進んでいる。


 今年以降は札幌、小樽、岩見沢、旭川、留萌、稚内、室蘭、苫小牧、帯広、釧路などの港湾や街道の整備をしつつ本格的な入植をさせたい。


 数年後には千島列島と樺太も視野に入れる。満蒙方面の後背地として急ピッチで開拓しなければならない。


 そして満蒙だが、こればっかりは成り行き次第だ。日本から遠く離れた地での戦いは色んな意味で厳しい。


 戦争は政府、軍隊、国民が一体化したものだ。政治目的、軍事能力、国民意思が合致しなければ後方支援すら満足に出来ない。その逆が戦前の大日本帝国である。


 戦国時代の紛争というのは暴力の極限行動による絶対的戦争だ。ナポレオンの戦争はこれに該当する。


 ひたすら無限に戦争という暴力を無制限に行使し続けたわけで、いくら血塗られた欧州の歴史でも例外的な類いだ。


 実は自分がこれから行おうとしていることはナポレオンに近い。現代に居る時、あれほど山県有朋の主権線外へ利益線を設定する国防概念が嫌いだったのに……。


 日清戦争後、日本の利益線は朝鮮半島と台湾にまで広がった。


 しかし、この時代まだ脅威ともいえないイスパニア、英国、オランダ、満州国(後の清)、ロシア(まだ、この時代存在しないロマノフ朝)を念頭に主権線や利益線を拡大しようとしている。


 現状の主権線は暫定ではあるが黒龍江河口域、カムチャッカ、アラスカ、カリフォルニア、竹島(鬱陵島)、台湾にまで拡大つつある。


 利益線はさらにその外側だ。北米ではカリフォルニアとアラスカの金は絶対に確保する必要あるが、遠い将来を見据え、抑えなければならない……。


 テキサスの油田とガス田、さらに五大湖周辺の鉱床。アメリカ西部は鉱床に恵まれてない。ミネソタ州のメサビ鉄山が有名だ。そうなるとアメリカにおいてはアパラチア山脈あたりまで支配下に置く必要がある。


 無論、金銭的にはカリフォルニアで採取される金があれば費用の心配など要らない。


 しかし、遥か1万里の彼方で欧州人や原住民と戦争をする場合、金銭だけでは解決できない部分がある。

 

 本当の政府目標は何百年も後の世界で強国としてアジアを白人から守るためだがそんな事いえない。やはり宗教というのは便利なんだな。


 民族意識の高揚といっても生まれてから土地を離れない人が大半だ。この時代、カリフォルニアやオーストラリアへ行くのは宇宙旅行に近い。


 やはり、あれしかないのか……八紘一宇。人種、民族、宗教などの差別なく、一つとなり、平和に暮らすという世界秩序。


 ただ、それやると少なくとも一神教の勢力を敵に回すことになる。大和民族としての意識を高めるのは効果あるかも知れないが諸刃の剣であろう。

  

 どこかに靖国神社も作らないと駄目だろうな。ひたすら攻め続けるとか戦国大名やナポレオンみたいな事は出来ればしたくない。何か手立てを考えねば。


 八紘一宇以前として、そこに盛り込まれる理念を植え付けるのは並大抵でない。そもそも、この時代に存在しない和製漢語や漢籍からの転用たるや多いにも程ある。


 自由、政治、軍事、戦争、戦略、戦術、国防、貿易、経済、外交、宗教、世界、国際、民族、国家、文化、報告、主権、私権、犯罪、弁護、会計、問題、事件、計画、規則、義務、教育、人権、平和、条約、協定、記録、金額、経費、金融、警告、連絡、支配、集団、秩序などだが、これらは幕府の公式用語にしてしまった(著者談:これで会話の場面描くの楽ですな、ふはは)。

 

 十分浸透しているとは言い難いが。少しづつでも慣れてくれればいい。


 いずれにせよ平安貴族の権力闘争や土地を巡る武士の争いなど、そういう時代は終わった。これから民族や国家の生存や盛衰を賭けた戦争となる。

  

 ポルトガルがインドやマラッカで行った事やイスパニアが新亜州(アメリカ大陸)で行ったことを政治宣伝材料にしてもいいだろう。


 これからの戦争は単純に城を落としたり、野戦で勝てばよいというものではない。


 例えば丹羽長秀に課せられた目標は伊爾根覚羅(イルゲンギョロ)氏族であるエドゥンとイルハの父を担ぎつつ野人女直へ浸透し、沿海州から黒龍江省あたりの諸族へ浸透することだ。


 特に沿海州の諸族へは略奪などせず、むしろ貴重な品を惜しみなく与え、敵対せず友好関係を保ったほうが得だと知らしめる。


 そして測量により地図を作り、各集落の領域、戸数、責任者など帳簿を作ってしまう。検地と大差ない。


 明には経済戦争を仕掛けている。何年も対明貿易を管理し、銀や銅の流出を防いできた。その結果、明の商船はマニラへ殺到している。


 マニラのイスパニア商人は圧倒的買い手市場となり、買い叩いている。つまり銀や銅のの価値は上がり、相対的に紙幣の価値は下落。

  

 そこへ来て、昨年から幕府御用窯で生産した磁器や生糸を大量に明より安く売った。しかもマニラからは明商船より買った砂糖を持ってこさせ、それと少し高めで買い取り、ポトシ銀山産出の銀はますます価値が上がる。


 日本製磁器は完全欧州向けだ。本来の歴史における古伊万里(有田焼)風やマイセン風であり、彼らの嗜好をジャストミートしている以上、明国製より受けがいい。


 マニラでの取引が利益を出しにくくなった結果、明の商船は台湾へ来航する量と数が増えるのは当然だろう。


 磁器や生糸も日本向けへ売れないから、持ってくるのは、ほぼ砂糖だ。無論、買い叩き放題となろう。その上、日本の俵物や薬などを買えば、向こうは砂糖の利益だけで足りず、なけなしの銀や銅銭を吐き出す。


 明は狂ったように紙幣を濫造し、ますますインフレに拍車が掛かりつつ、日本の撰銭令と同じ構図となろう。


 そこへ北方の女直が反旗翻し遼陽を襲えば、明は軍を派遣する。莫大な戦費を調達するため、さらに紙幣を濫造する他ない。税の取り立ても厳しくなれば一揆や打ち壊しなど頻発。


 少なくとも確実に財政は破綻する。米本位制になるかも知れない。そうなれば台湾の対岸一体へ大量の天正銅銭(まだ発行してないが極秘で鋳造している)、金貨、銀貨をバラ撒き、台湾の経済圏へ組み込みつつ、大量の移民を呼び込む。


 福建の役人も抱き込み地方軍閥化させ、南北から揺さぶれば明の体力は限界を超える。


 そこで対華21ヶ条ならぬ対明21ヶ条を突きつけて手打ちとしたい。新亜州(アメリカ大陸で)で腐る程産出される金や銀で明の経済を掌握し、上海から広東まで日本の経済圏へ組み込む。


 さてさて、これからがいよいよ本番だろう。


 

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