第228話 麻婆豆腐改め清州豆腐
末が妊娠している事がほぼ確実となった。今年は春頃にお菊が男児の仙寿丸を産んでおり、順調に子供が増えつつある。一方、遼東に居る徳川家康よりの書状で五徳の娘2人を幸田家の養子にと願いでてきた。
その娘2人は現在駿府に住んでおり、来年の春頃大坂へ来るという。以前から広之は家康に打診していたが、家中の問題もあり、色々と難儀、などと神妙な顔だった。
しかし、値打ちを付けるための芝居だった可能性もあり、広之にしてみれば「狸親父に一杯食わされた」と思わないでもない。それにしても、タイミングがあまりにも計算され尽くしている。
家康にしても、五徳の娘は父親が信康なのだ。いまだ家中にて、あの事件は尾を引いてる。信康の遺児というだけで取り扱いが厄介だ。娘というのが不幸中の幸い。広之の思案するところ、後継者は秀忠に間違い無かろう。
恐らく、帰国した後に秀康は分家として出されるはず。そういう伏線としか思えない。高く恩を売り、厄介払い出来る。つまり、一石二鳥だ。実にしたたかであり、侮れない。流石は家康だと、広之も舌を巻く。
この件を五徳に伝えると泣き崩れていた。それでも、流石五徳なだけあって、福(春日局)と同列に扱うと断言。この分だと、家康は史実同様に江を秀忠へ迎え入れたいといいかねない。江は嫌だろうから、織田信孝に釘を指してもらう必要がある。
家康といえば、織田信孝の側室となった督姫も妊娠が確実となっていた。後は、振姫(家康の娘。三法師と同年齢)を三法師に嫁がせれば外戚として申し分ない。歴史を知っているだけに、流石の広之も怖くなってくる。
さて、そんな折、前から仕込んでいた郫県豆瓣醤が満足行くレベルに熟成した。空豆で作っており、通常の赤色でなく、ほぼ黒色だ。花椒も種を入手の上、栽培している。というわけで、広之は四川風麻婆豆腐を作る事にした。
そうはいっても五徳たちは絶対に食べれない。戦国時代の日本人には無理だ。イルハたち女直は香辛料に多少免疫あるからなのか、唐辛子を結構好んで食べる。そこで、ある日の夕食、広之とイルハたち3人は五徳たちと食事をせず、4人で麻婆豆腐にした。
「お母様、何故父上とイルハ殿たちは一緒に夕餉を取らぬのです」
「何でも、私たちが食べれぬような辛い物を作るとか」
福が疑問に思い、五徳へ尋ねていた。その頃、台所で広之は金万福に手順を教えつつ、麻婆豆腐作りに励んでいる。先ず、木綿豆腐(豆乳が濃厚なため絹ごし並みに滑らか)を茹でて風味を出す。
鍋に大量の油を入れて熱する。そこへ、豆豉、郫県豆瓣醤、甜麺醤、粉唐辛子、腊肉(中国風ベーコン)、ニンニクなど入れて風味を出す。さらに、上湯も投入し、いよいよ豆腐が入る。
ゆっくり混ぜ、塩と醤油、味の友、陳年紹興酒をほんの少量。片栗粉で少しとろみを付ける。最後に葉ニンニクが入れられた。皿に盛ると、花椒が散らされ、完成だ。料理人たちは皆異様な匂いに驚いている。
鍋に残った豆腐を味見したお初が悶絶してるのを見て広之は笑っていた。実は横目でお初の味見を察知しており、戦国時代の人間が如何なる反応か見たかったのだ。やはり400年程早いらしい。ちなみに本来の陳麻婆豆腐では牛肉を使うが、今回は見送っている。
麻婆豆腐の発祥は西暦1862年、四川省成都北門にある万福橋の側にある陳興盛飯舗という庶民的な店だ。油の行商人などを相手にしていたという。店主の未亡人が作る紅焼豆腐はたちまち評判となる。
本来労働者向けであり、安い、早い、美味いの見本みたいな料理だ。後に未亡人の風貌から陳麻婆豆腐と呼ばれる。物凄く辛いが、何故か食べれてしまう不思議な料理だ。
これ以外にも広之は茹でた豚のバラ肉や葉ニンニクを使い本式の回鍋肉、葉ニンニクともやしの塩麹炒め、葉ニンニクのナムルなどを手早く作った。こうして広之の部屋に運び、4人だけでの食事を始める。
「おお、これだな。中々の物じゃ。ご飯が止まらぬ」
喜んで食べる広之を見て他の3人も麻婆豆腐に口を付ける。
「幸田様、これはいささか辛いというか痺れるというか。しかし、箸が止まりませぬ。ご飯がいくらでも食べれてしまいます」
「イルハ、どうじゃ美味いであろう」
他の2人も汗を流しながら何とか食べている。
「兄上、この葉ニンニクの和え物も美味でございます」
「アブタイ、葉ニンニクの炒め物も美味いぞ」
「ナムダリ様、回鍋肉も普段と異なる味ですが、実に美味」
「どうじゃ、イルハよ。清州の名物料理になりそうか」
「辛さに慣れさえすれば、かような味は好まれるかと存じます」
「それでは清州豆腐と名付けよう」
その頃、死ぬような苦痛と引き換えに味の構造を理解したお初が唐辛子と花椒弱めで作っていた。やはり、ご飯に掛けて皆で食べている。こちらも大好評のようだ。これまで広東風麻婆豆腐は食べていたので、全く知らない料理でもない。
「お初殿、やはりこちらの方が食べやいようですな。殿は辛い物に強いとは思っておりましたが、流石でございます」
「哲普さん、先程はひと口食べただけで死ぬかと……」
「奥方様たちには食べさせぬわけですな」
そういいつつ、辛くない賄い麻婆豆腐を食べるのであった。
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