第227話 蒙古征伐と明国

 西暦1593年12月上旬。北京の宮廷は続々と入ってくる日本と蒙古(明国では韃靼と呼ぶが蒙古で統一)の戦況に沸き返っていた。一連の戦いは呼和浩特を陥落、トメト部の崩壊と部族長ナムタイ・セチェン・ハーンの戦死に始まり、オルド部、アスト部、ハラチン部まで攻め滅ぼしたのである。


 最終的にはチャハル部のブヤン・セチェン・ハーンを屈服させた上、内ハルハ部を滅ぼし、外ハルハ部も崩壊状態となり残党は大興安嶺山脈の西側奥地へ逃げ去ったという。


 明国朝廷内では総力を結集して日本打つべし、と主張する者も大勢居た。しかし、今回の蒙古征伐は明朝第3代永楽帝の北伐に匹敵する壮挙だと、歓迎の声も少なくない。反対に日本への強硬派は立場を失いつつある。


 さらに、条約による租借地の受け渡しによって日本から膨大な金・銀が支払われた。その上、日本は租借地の普請や大量の物資買い付けで夥しい量の金・銀・銅を使用しており、明国内の景気は良くなっている。


 そのため、親日派と反日派は妥協として用日論を展開するに至った。ようするに明国が日本を利用しているだけだという理屈だ。東夷を以て北狄抑えん、などともっともらしく繕っている。


 夷を以て夷を制す、というのは古来より中華王朝の基本的な安全保障戦略に他ならない。この戦略に基づいた政策のひとつが、いわゆる羈縻政策である。周辺の異民族集団や諸国家に対する従属関係を築く。


 具体的には羈縻、冊封、領土の拡張による領域化など形態は異なる。先ず羈縻とは、中華王朝に近い友好的な国王や首長を都督・刺史・県令などに任じる事で名目的に自国の統治機構へ取り込んでしまう。

  

 冊封は周辺の部族や国家の首長に王や侯といった爵号を与え、君臣関係として華夷秩序を成立させる。羈縻の発展した形態なのかも知れない。羈縻や冊封とは別に支配地域に州や県などを設置し、中央から官僚を送り込み、直接支配するのが領域化だ。


 羈縻と冊封の違いがややこしい。恐らくは対象の友好度合いにもよるのだろう。夷を以て夷を制す、が積極的に行われる場合は羈縻に対してだ。明朝の行ってきた女直や蒙古への対応などはまさに羈縻そのものである。


 それが功を奏したかといえば国力を消耗した挙げ句、最終的には女直や蒙古から倒され、滅亡した。それが、歴史的事実であり、結果だ。日本が沿海州、清州、遼東、租界などで行っているのは領域化に違いない。しかし、羈縻や冊封とは明白に違う。


 華夷秩序においては、西戎・南蛮・東夷・北狄などというが、この内西戎以外は日本の制圧下に成りつつある。明の朝廷にもシャムの王都下流域からカンボジア東南部を領土化したという話は入っていた。

  

 このような状況に、どのような政策が正しいのかは明朝の官僚には判断つかない。それでも面目を保つために、織田幕府へ羈縻や冊封のような形式で望むべし、という声もある。


 形だけでも、織田信孝に朝貢して貰うというものだ。それとて、遼東や天津を抑えられた上、制海権も掌握されている。さらに、明国における買い付けや資本投資は凄まじい額にのぼり、山西商人を始めとした主な商幇は手形、切手、両替、貸付などで日本と強く結び付き始めている。もはや誰が見ても日本が宗主国のような存在だ。


 日本よりもたらされる膨大な量の金・銀・銅や宿願ともいえる蒙古の無力化を考えれば、致し方ないところである。日本との交流は現状、大きな利益を生んでおり、不服ながら容認する他なかった。


 民間でも日本に対する関心は高まっている。民間の学者を始めとする文化人など、数百人が日本へ渡航。また、各地で埋もれていた人材が各租界や遼東へ日本の庇護を受けようと結集していた。


 そんな、ある日の事。幸田孝之は朱翊鈞(万暦帝)へ様々な報告を行うため、参内していた。


「陛下、昨日遼東より届いたところによれば沿海州の兵が蒙古外ハルハ部を殲滅するため今冬もトナカイで遠征するようでございます。また、遼東の兵が来春にでもオイラトを征伐するとの事。その際は黄河を使わせて頂けますでしょうか」


「徹底しておるの。移動は好きにいたせ。明国内で十分銭を落としてやってくれ。その方たちは山西省でも随分評判が良いそうだな。略奪や横暴な真似は一切せず、金払いや気前が良いと……」


「今後の蒙古への対応なのですが、呼和浩特、包頭、オルドス、ウランチャブ、エレンホト、シリンホト、赤峰、通遼、ウランホト、フルンボイルに町を築きます。遼東同様に住民の自治に委ねますゆえ、漢人の移民をお許し下さいませ」


「拐ったりせぬ限りは好きにするが良かろう。我が国としても北狄を抑え込み、拠点が遠くへ移動するのは喜ばしい事じゃ」


「遼西、遼東、租借地、明国内への来年度予算を大坂へ要求いたしましたが、陛下にもごお目通し頂ければ、と存じます」


 そういうと孝之は盆にのせた紙の束を差し出した。


「日本はこれ程の金を持っているというのか……。途方もない量じゃな。これだけの金があれば銀に取って代わる事も出来よう」


「これまで、主に銀を掘っておりましたが今後は金に力を注ぎます。前からお願いしておりますが、日本と明の金・銀・銅の交換比率は整えなければなりませぬ」


「山西商人からも、それについては陳情を受けておる。それにしても、日本よりもたらされたじゃが芋やとうもろこしは豊作のようじゃ。痩せたり寒い土地でも育つ。とうもろこしは鶏・豚・牛の餌になる他、粉にして人が食べたり、酒や茶など使い道は様々。江南のような米どころ以外では大いに役立つ」


「明国は豊かになって貰わなければ困ります」  


「そなたがいうところの共存共栄と互恵関係じゃな」


 孝之は他にも暦や測量などについて様々な提案をして、この日は下がった。






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