第221話 血に染まる草原

 山西商人の汚れ仕事を一手に引き受けている陳徳栄より打診のあった呼和浩特方面への蒙古遠征が実現の運びとなった。丹羽長秀を総大将とするおよそ2万の軍勢で瀋陽を出発。留守は徳川家康に託された。蒙古遠征軍は長秀の他、羽柴秀吉、前田利家、前田利益(慶次)、森長可、蒲生氏郷など、およそ兵数2万となっている。


 黄河を船で進み山西省に入った頃には陜西省からも大勢の者が集まった。山西省と併せて義勇兵の数はおよそ3万。長秀率いる幕府軍は略奪や横暴な行為をせず、各地で物資を高値で買い入れた。


 山西省各地では「義倭来了」の報に「殺掉蒙古」「報仇雪恨」などと、蒙古打つべしの声は高まる一方だ。楡林には山西商人たちが集めた大量の軍馬、駱駝、兵糧、冬場に耐えうる天幕、冬場の兵装、銃弾、砲弾、火薬などが用意されていた。さらに小型の船、薪、煉瓦、木材も十分揃えられている。

  

 大軍が呼和浩特(帰化城)から程近い地域へ姿を表すと流石にトメト部ナムタイ・セチェン・ハーンも事態を察した。軍勢の主体が日本兵である事は知らないため、楽観視している。反乱を鎮圧するため寧夏へ派兵された残党だろう、と踏んでいたのである。蹴散らして略奪する気でいた。


 季節は晩秋になろうかという頃、幕府軍は夜襲や奇襲を警戒しながら、呼和浩特へ迫った。ナムタイ・セチェン・ハーンは呼和浩特の前面に布陣して、待ち構えている。


「五郎三殿、呼和浩特の兵は少いですのう。後方を狙うつもりのようですな」


「又左よ、案じるなかれ。荷駄隊から呼和浩特の方へ物見櫓を無数に作ったり、斥候も十分じゃ。抜かる事はあるまい。直に伝書鳩が飛んで来るであろう」


「丹羽殿、麿もかように大きないくさは久々でおじゃれば……」


 同行している近衛前久が歌を謡いだす。それから数時間後、伝書鳩が舞い降りた。荷駄隊を守っていた蒲生氏郷が敵の別働隊へ鉄砲により壊滅させたとの報だ。これを受け長秀は呼和浩特前面へ布陣する敵軍へ攻撃を開始した。


 そうはいっても呆気ないものであった。トメト軍は呼和浩特の漢人部隊を盾に、両翼から蒙古の騎兵が突撃するという戦法だ。しかし、幕府軍は完全に読んでいる。そこで、撤退すると見せかけ、敵をおびきよせた。


 両翼の騎兵が追撃し、幕府軍の射程圏内へ入るや一斉射撃により、ほぼ壊滅。さらに小型の砲(カロネード砲のようなタイプ)が敵軍中央部へ炸裂した。後は呼和浩特城内へ逃げようと右往左往する兵を包囲しながら銃弾と砲弾が絶え間なく撃ち込まれ、死体だらけだ。


 城門を大砲で壊し、城内へ幕府軍が殺到。城内に居た者は全て城外へ連行された。義勇兵たちが蒙古人を若い女性と子供以外全て殺し、漢人は奴隷となる。呼和浩特近辺に点在するゲルもしらみ潰しとなった。


 その後、呼和浩特の城門は修築。大量の物資が運び込まれた。城は義勇兵へ任せ、幕府軍はトメト部(土默特)を壊滅させるべく掃討。さらにトメト部以外にもオルドス部(鄂爾多斯)、ハラチン部(喀喇沁)、アスト部(阿速)へ攻撃が開始。


 幕府軍に同行している義勇兵は蒙古人の若い女性、ゲル、羊、馬、駱駝、山羊、牛、遺体から剥ぎ取った衣服、武具など全て呼和浩特へ集めた。若い女性は女郎として売られている。羊と山羊の多くは解体され、肉は兵士が食べ、皮は売り物となった。


 アスト部とハラチン部の連合軍やオルドス部などが大軍で挑んできたが、いずれも壊滅。この報はアスト部やハラチン部と隣接するチャハル部にも届き、動揺させた。チャハル部族長のブヤン・セチェン・ハーンはアスト部やハラチン部からの流入は拒否し、日本に敵対しない旨、実子、女性、貢物など揃え、遼陽へ使者を送っている。


 ブヤン・セチェン・ハーンはいまや統一勢力となりつつある女直やマンジュや遼東を鎧袖一触で制圧した日本を警戒していた。東西から攻撃されたら、勝てる見込みはない。もはや日本、女直、明の三者が対蒙古で一致しているように思える。


 これまで、漢人などは田畑にしがみつく憐れな連中としか思ってなかった。我ら偉大なる草原の民は好きな時、好きな場所、羊以下の価値しかない農民を犯したり、殺す。そして奪い尽くすものだと考えていたが、報仇雪恨などと旗を掲げているという。


 明白に報復を意図しており、攻められた蒙古諸部族は負けたが最後、若い女性や子供は売られ、残りは皆殺しや凌遅刑。ゲルや家畜は全て奪われて、後には何も残らない。


 戦って勝たなければ根絶やしとなってしまう。しかし、勝てる見込みはほぼ無い。北方の部族は農民になるなら降伏を認めるといわれているらしい。草原の民に死ねといってるようなものだ。


 ブヤン・セチェン・ハーンはオルド(宮殿的なゲル)で冬を前にして焦燥に駆られていた。恐らく西方は壊滅的な状態であり、オルドス部やオイラトも無事か怪しい。ハルハ部と連合して戦う手もあるにせよ、向こうの出方が不明だ。


 以前、チャハル部はトメト部と激しく争っていた。その時代、ハルハ部は内ハルハと外ハルハに分裂。内ハルハ(5部ハルハ)は当時のチャハル部族長ダライスン・ゴデン・ハーン、外ハルハ(七旗ハルハ。実際は13部に分かれている)はトメト部族長アルタン・ハーンに別れた。


 繋がり的には内ハルハだ。勢力としては外ハルハが圧倒的である。しかし、内ハルハと外ハルハは多数の有力首長による連合体で統一されてるとは言い難い。アスト部とハラチン部が泣きつく先は外ハルハ以外に無いだろう。


 問題は内ハルハが外ハルハへ同調するのか、そこが問題である。ブヤン・セチェン・ハーンの見立てでは、内ハルハと外ハルハの歩調が揃わない。外ハルハはいざとなれば草原北部(外モンゴル)へ逃げるばずだ。しかし、内ハルハはあまりに女直へ近すぎる。


 内ハルハの傘下各部毎に分離し、清州へ臣従すれば許される可能性はあるだろう。そうなるとチャハル部の立場は苦しくなる。瀋陽へ向かわせた使者が何か情報を持って来る事を願う他ない。


 



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