第378話 歓迎アフタヌーンティー

 来日した各国の使節や非公式使節団などの一行は大坂に到着すると幕府迎賓館へ案内された。迎賓館としては2代目で、本格的な大陸進出後に建設が始り、今年完成したばかりだ。先頃の大地震でも幾らかの損傷はあったが突貫工事にて修繕した。


 ネオ・バロック様式の建築であり、現代の赤坂迎賓館などを参考にしている。国内最高レベルの西洋風建築物だ。ネオ・バロック様式は17世紀のバロック様式をベースにしており、19世紀に花開いた。


 各国の宮殿、国会議事堂、中央駅、中央銀行本店、格式のあるホテル・百貨店・図書館・美術館などは大抵ネオ・バロック様式やボザール様式である。


 晩餐会の開かれる大広間、晩餐会の招待客に食前酒や食後酒が供されたりする間、応接や談話の間(いわゆるサロン)、謁見や調印の間、会談の間、小さな劇場などの他に宿泊用の個室や大浴場もあった。


 庭園には立派な噴水もあり、サイフォンの原理が活用されている。大きな池の周囲にはテラスもあって、外で茶会も可能だ。九州から大坂へ至る各地を見てきたが、日本的な建築物ばかりである。


 このような本格的欧州風の来賓施設がある事に各国使節団は目を見張った。この時代に存在しないはずのネオ・バロック様式やボザール様式の建築物を見て日本でルネッサンス様式やバロック様式がより進化したものであると認識され、後にジャポネ様式やジャポネ・ルネサンスなどといわれる。


 ローマ教皇、イエズス会、フランス、イングランド、スコットランド、ネーデルラント(オランダ)、スウェーデン、ミラノ、ジェノヴァ、シチリア、ナポリ、トルコ、モロッコ、ロシアのシュイスキー派、ペルシャ、ムガル、チベットのゲルク派をはじめとする各宗派など、国や団体の正式な使節。


 デンマーク・ノルウェー、ブランデンブルク、プファルツ、ザクセン、ヘッセン=カッセル、ヴュルテンベルク、スイス、ヴェネツィア、トスカーナなどの非公式使節やイスパニア暫定政府の随行員(オブザーバーのような立場で迎賓館へ招待された)などが迎賓館に入り、それぞれの幕府担当者による挨拶を受ける。


 各自、部屋へ荷物を置き着替えると茶会のため広間へ集まる。そこには今回来日した国や団体の使節以外の在日公使館代表なども招かれていた。


 北河国、ウラ国(清州は連合国のような形だが、ウラ国公使館が窓口業務を担っている)、イェヘ国、チャハル部(北元として)、シャム国、広南国、パタニ国、ジョホール国、ヴィジャヤナガル国、バンテン国、アチェ国の代表である。


 幕府側からは幸田広之、幸田信之、岡本良勝、小島兵部、丹羽長秀、徳川家康、羽柴秀吉などが参加。さらに、近衛前久たち公家、通訳としてサンジェルマンやアブラギータ・フトッテーラの姿もあった。


 各テーブルには専用の女中が付き、お茶を淹れている。ホテルのアフタヌーンティーと同じくタワーのような台には美しい柄の皿や硝子容器などが並ぶ。


 ひと口タルト、マカロン、ミニどら焼き、スコーン、バウムクーヘン、焼プリン、りんごパイ、シュークリーム、カヌレ、フィナンシェ、マロングラッセ、ベルギー風ワッフルなどのスイーツ。


 さらに、クロワッサンや食パンのサンドイッチもあり、よりどりみどりである。当然だか、この時代の欧州王侯貴族でさえ見た事の無いものばかりだ。各種の磁器、ベネチアングラス風の硝子容器、金色のスプーンとフォーク、ロイヤルミルクティーや抹茶ラテなど、あまりの斬新さに驚いたのいうまでもない。


 康蘭玲率いる胡服風の衣服に身を包んだ美女たちが各テーブルを回って踊りを披露しており、感嘆の声が上がっていた。その中でもトスカーナ大公フェルディナンド1世の姪、マリア・デ・メディチは驚きの中、洗練された料理と饗応のスタイルに戸惑いを見せている。そこへ、面識のあるアブラギータが近付いた。


「これはマリア様ではございませぬか」


「貴方は当家の女中に……」


 パトロンであるメディチ家の女中へちょっかいを出して追放されたチャラいにもほどあるが、一応はインテリアというアブラギータの顔は忘れていなかった。嫌悪の対象でもあるが、現在の立場も分からぬうちは慎重な態度のマリアだ。


「故郷に帰ったという話でしたが、よもや遥か東方まで来ていたのですね。この変わったパン(クロワッサンの事。本来は17世紀末のフランス発祥)に入ってるプロシュート(生ハム)の美味たる事……。これは、もしや貴方が関係されているのかしら」


「はい、私が気候や風土の異なる中、品種改良された最高の豚で美味なるプロシュートを作り出しました」


「今回、侍女も一緒です。私の侍従であり、女中とは身分が違う事をお忘れなく」


 マリアに釘を刺され、おどけながら去るアブラギータであった。入れ替わりに、長い旅路で気心の知れている丹羽長秀が声を掛ける。


「日本では申の刻茶と申して、これほど豪勢とは行かぬが、そのへんの者でも昼から夕の間、茶を飲みつつ、何か摘んだりする。申の刻茶は如何かな」


「丹羽殿、普通の民も茶を日頃から飲めるという事でしょうか……」


 欧州で茶や砂糖は高級品だ。大樹の切り株みたいな菓子やパン生地を薄く延ばし、織り込んだらしいパンなど手間が掛かる代物である。果たして、このようなものまで、庶民が口に出来るのなら、桁違いの豊かさという他ない。驚くマリアであった。


 長い道中、欧州の貴族は日本に対し、様々な憶測を抱いていたが、そのひとつは軍事国家であり、文化はさほど進んでないというものだ。しかし、上陸してから見た街の風景は清潔であり、迎賓館の華麗さや洗練された歓迎の茶会など見れば、笑い話の類いといえよう。


 謎の国、日本の洗礼を受けつつ、菓子に目が行くマリアであった。

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