第377話 丹羽長秀たちの帰還④
羽柴秀吉も久々に大坂城三ノ丸内の上屋敷へ戻って来た。安土城で蟄居同然の身となった後、奥州へ向かう際、短い滞在をして以来だ。
秀吉が北海道で行方不明となって以降、暫定的に羽柴家の当主名代を甥の羽柴秀次が務めていた。しかし、実質的に家中を取り仕切ってるのは秀吉正室の寧々である。
寧々が幕府に捜索と3年の猶予を陳情した結果だ。当面は秀次を儀礼的な場や出仕における代役とし、秀吉は不在という方での現状維持が認められたのである。寧々自ら丹羽長秀や池田恒興などへも執拗に根回しを行なった結果だ。
筆頭家老は浅野長政(寧々とは互いに浅野家養子※長政は晩年の呼び方だが長政とする)が務めていた。また、東陸奥の羽柴家領地は八戸城で木下家定(寧々の実兄)が国家老として政務を行なっている。
寧々側の浅野・杉原(寧々と家定の実家)系と仲側の三好吉房(仲の娘婿で秀次実父)が水面下で対立していた。本来の主人が居ない以上、当然の成り行きともいえる。
一時は絶望的と思われた秀吉が無事であるどころか面目躍如の活躍をするや、微妙なバランスの上、成立していたトロイカ体制は混乱した。
寧々側は秀次以外の養子である羽柴秀俊(小早川秀秋)を秀次に代わる秀吉の跡目相続者へ仕立てようと画策し始めた。秀俊の実父は木下家定であり、寧々の甥にあたる。
典型的な世継ぎ争いやお家騒動の類いだ。大陸には行かなかった重臣では、藤堂高虎、加藤嘉明、石田正澄、中村一氏、竹中重利などが居た。
羽柴家の家老は浅野長政、木下家定、三好吉房の3人だが、全て身内で固めている。現代の企業でいえば、あからさまな一族経営といえよう。
そんな羽柴家を支えていたのが藤堂高虎と加藤嘉明の2人だ。幕府の普請などに駆り出される事も多い他、業績は数え切れない。北海道や奥羽との貿易なども2人が中心であり、羽柴家の財政を荷なっていた。
大坂の屋敷へ戻った秀吉は寧々と仲の双方から脚色した話を聞かされ、お家騒動の一歩手前だと悟る。薄々は察していた事なので驚きはない。そして、大坂城への初出仕前日、評定を開いた。
「留守の間、家老を始めとする年寄衆(重臣)の働きは目覚ましかったようじゃな。この筑前、改めて礼を申す。さて虎之助(加藤清正)、市兵衛(福島正則)、与右衛門(藤堂高虎)……。そなたたちは織田家の直参となったはずではないか。なぜゆえ羽柴家の評定に居る」
清正が笑みを浮かべつつ口を開いた。
「殿、我ら織田家の直参となりもうしたが、当面は羽柴家の与力と相成った次第」
「何と、それは誠か……。ならば、これまで同様こき使うので容赦せぬぞ」
「ははっ何なりと仰せつけを」
「それは良いとして……。まず佐吉(石田三成)を家老並(家老待遇)の筆頭奉行とする。儂もそうじゃが家老たちも年老いておるでな。3人とも佐吉を支えてくれ。治兵衛(秀次)の代になっても佐吉が居れば安泰じゃ」
「ははっ、この佐吉、十分なご奉公をいたします」
自身の実子である羽柴秀俊を擁立すべく動いていた木下家定(八戸城から秀吉一行を迎えるため馳せ参じた)は少し俯き加減になっている。仲側の三好吉房は実子の秀次が改めて後継者に名指しされたとあり、安堵の表情だ。
「北海道の中村はさらに大きくする。鰊や鱈は銭になるでなぁ。沿海、清州、遼東などにも家臣を送る。中村で儲けた銭を全て大陸へ投げるのじゃ。既に算段は付けておる。もはや米に頼っているようでは立ち行かなくなってしまう。銭さえあれば、米なんぞいくらでも買える。まずは銭を稼がねばならぬ。佐吉、儂の代わりに話せ」
「御意……。最も儲けが出るのは大陸との貿易でございます。されば幕府が抑えており、商人や大名も手が出せませぬ。ならば大陸で日本や他の異国へ売る品を買い付けるか、逆に入ってきた品を買い付けた上で卸すのがひとつ。ただ、抜け道がございます。内地での貿易は大名も認められており、羽柴家は北海道の産物を扱い、大きな益が生み出されている次第。樺太までは内地でごさいます。外地にあたる沿海州角倉とは角倉海峡を隔てスメレンクルが住んでおり、彼らは好きに往来の上、貿易しておる次第。角倉家も黒龍江から清州へ拡がる貿易を行っております」
「佐吉の申した通りじゃ。既に儂らが沿海へ辿り着いた船や中村の船は内地と外地を行き来しておるが、何のお咎めもない。抜け荷ではなく幕府も知っての事じゃ。銭を集めるのは儂に任せよ。とにかく船を新たに作って作りまくるのじゃ。両替や手形にも手を出す。そちらのほうは助佐(片桐且元)に任せておる」
その後、秀吉は寧々と多少不和になったが、家中を何とか抑えこむ事に成功し、後世で羽柴財閥と称される巨大企業グループの基礎を作り上げるのであった。
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