第177話 遼東征伐

 丹羽長秀率いる幕府軍本隊はヘトゥアラ城付近でヌルハチの軍勢を壊滅させ、マンジュ国は消えた。エドゥンたちは旧マンジュ国内で投降したスクスフ部(蘇克素滸)の残党や合戦前に服属している族長を集め事後処理を行うため残留。


 ヌルハチは元々遼東総兵である李成梁の私兵だった。そこで頭角をあらわし左衛指揮使に任じられる。その時、20通の勅書と20頭の馬を授けられ、急速に台頭。西暦1583年には自身の一族を制圧。西暦1586年、スクフク部の首長ニカンワイランを屠った。


 西暦1589年に建州五大部をまとめる。大量の勅書が得られると海西へ歯向かうようになった。李成梁の庇護を受け、身ひとつの境遇から約6年で建州五大部を統一し、フルン四部と対立するまでの立身出世は驚異的だ。


 織田信長でさえ、家督相続から尾張統一に約14年も掛かっており、驚くべき急拡大といえる。ヌルハチが建州五大部を統一出来た最大の要因は撫順における馬市である事はいうまでもない。


 古今東西を問わず、金や権力に人は群がる。李成梁という強大な後ろ盾を持ち、身分不相応な勅書がヌルハチにとって最大の武器だったのであろう。さらに、ヌルハチの勃興期はフルン四部内で様々な混乱があった事も幸いしたのかも知れない。


 ヌルハチが短期間で築き上げたマンジュ国は彼の一族やスクフク部族長の大半を喪失した事により瓦解した。


 織田幕府は奴隷、降伏後の無益な一族抹殺などを禁じている。しかし北河国の所業には干渉せず、という方針が取られた。丹羽長秀の意向を汲んだ北河国の行動は容赦ないものであり、スクフク部は再起不能以前にほぼ消滅したといえる。


 建州全体で見てもホイファやウラ国方面と繋がる主要な城は接収。それらの城主や一族は奴隷として北河国へ連行される事になった。逆らう者はことごとく首を刎ねて、白山部の領内へ晒したのだ。


 北河国の使者は白山部のジュエリ(朱舎里)とネイェン(納殷)へ降伏せねば皆殺しにすると通告。驚いた白山部の族長たちは服属と忠誠を誓ったのだ。進んで人質も差し出してきた。


 さらに北河国は最低限の馬を残し、余分な馬は全て買い上げたのである。これは旧マンジュ国領内でも行われた。そして通達が出され、今後ヌルハチの名を口にする事は禁じたのだ。代わって『李成梁の狗』と命名。


 事実上、消滅したスクフク部も『狗奴部』とされた。逃げた愛新覚羅氏の残党狩りも熾烈を極める。懸賞金が掛けられ女や子供でも容赦なく処刑を断行。


 その頃、戸田勝隆と神子田正治率いる幕府の大艦隊は兵員1万を乗せ黄海へ侵入。三山海口(現代の大連)を占拠すると、瀋水(揮河)を遡り遼東都司の居る遼陽へ向い、これも呆気なく陥落。


 ハダ城へ向った幸田孝之率いる別働隊は大砲を数発撃ち込んだところで相手は降伏。王族は全て捕らわれの身となった。こちらもウラ国とイェヘ国の手によりマンジュ国同様の処置が為されたのだ。


 その後、長秀の本隊は撫順、孝之の別働隊は開原、鉄嶺、瀋陽を難なく落とす。何れも城門を大砲で破壊したところで降伏。幕府軍は女直各勢力にも略奪を禁ずるよう厳命。


 ただし別働隊が鉄領を落とした際、李成梁の血縁者は全て処刑された(李成梁は鉄領出身)。また略奪は禁止だが李成梁家の私兵は見つけ次第処刑された。


 三隊は遼陽で合流。戸田勝隆と神子田正治の率いてきた艦船にブジャイをはじめイェヘ国族長やハダ国族長が招かれたのだ。船に積まれた大量の物資を見せる。長秀は開原で明国に代わり馬市を行うと告げた。勅書に代わり手形を各族長へ発行し、それさえあれば回数制限なく取り引きが出来る。


 これまで勅書を各部の首長へまとめて渡す事によって、争いが絶えなかった。各族長が自由に取り引き出来れば争う必要性は薄い。しかし、逆に族長を率いる各部の首長(国王)は、これまでより権力が低下するのは必定。


 そして制圧下の各都市では物資調達のため永楽銭、銀貨、金貨などが使われた。さらに軍勢を再編した長秀は遼東各地へ派兵。また各地で刀狩りが行われ、武具は全て没収。


 主な都市が次々と制圧されるなか、幸田孝之は艦船(戸田勝隆と神子田正治が率いる艦隊)で天津(天津衛)を目指していた。無論、陽動が目的だ。孝之以下、伊達政宗、真田信繁(幸村)などが、およそ1万の兵である。


 一方で、遼東が日本と女直に蹂躙されているという報は北京を震撼させた。皇帝の朱翊鈞(いわゆる万暦帝)は烈火の如く激怒し、直ちに討伐せよ、との命じたのである。

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