第176話 ヘトゥアラ城の攻防

 ヌルハチ率いるマンジュ軍はホイファからヘトゥアラ城へ向けて撤退する途中、多くの離脱者を出していた。離脱した族長などは追撃するウラ国とイェヘ国の軍勢に続々と投降。


 ウラ国とイェヘ国の軍勢は慣れない地形だが、投降した族長たちの案内もあり、順調にマンジュ国領内を進軍出来た。現在、西暦1592年で、マンジュ国の勢力はまだ十分とはいえない。


 史実における明と朝鮮の連合軍を撃滅したサルフの戦いは西暦1619年であり、26年後の事だ。何事にも段階がある。現段階においてはマンジュや明に鉄砲への対策も無く、ヌルハチの権力基盤は十分ではない。


 丹羽長秀率いる連合軍およそ7万5千はマンジュ国の外様族長からすれば脅威どころではない未曾有の大軍である。明国が号して3万などという場合、大体実数は1万程度だ。


 実数で7万5千もの軍勢が自身の領地を通過しようという時、大した恩義があるわけでもないヌルハチへ忠義を尽くす族長はほぼ居ない。そのため、ヌルハチは十分な補給も得られず、落ち武者状態でヘトゥアラ城へ向かう他なかった。


 史実におけるフルン連合軍や九部族連合との戦いは、何れもヘトゥアラ城近辺での戦いである。ヘトゥアラ城はマンジュ国の西端だが、東端からホイファ国のような弱小勢力でなく大軍が攻めてくるのは全くの想定外だ。


 ヘトゥアラ城から離れるにしたがってヌルハチへ服属した時期も新しい。つまり忠誠度もそれに比例すると見て概ね問題ないだろう。結果として、ヘトゥアラ城へ帰還したヌルハチに従う兵は3千も居なかった。ヌルハチは直ちに遼東巡撫や遼東総兵へ倭寇とウラ国の大軍が攻めてくると報告。


 驚いた遼東総兵(役職名)はハダ国の兵も動員し、ヘトゥアラ城へ駆けつけた。この時、イェへ国が敵方に寝返ってる事も発覚しており、ハダ国王メンゲブルは動揺を隠せない。


 そして先行したウラ国とイェへ国の軍勢はヘトゥアラ城から10kmの地点にある城を占拠し、本隊の到着を待っていた。ウラ国とイェへ国の軍勢に遅れること4日後、長秀たちが到着。


「服部党(半蔵が指揮する偵察部隊)によれば明国とハダ国の援軍およそ2万も居る。守りを固められると厄介じゃ。合戦で行こうかと思う。先ず兵を誘い出す。儂と織田家の兵以外は小早川、蒲生、堀。後詰めに稲葉、黒田、蜂須賀、北河国勢。徳川、幸田、森、伊達、羽柴、滝川、ウラ国勢、イェへ国勢、ホイファ国勢はハダ城を攻めてもらう。ハダ城を落としたら、次は瀋陽じゃ。儂らもヘトゥアラ城を落としたら撫順へ向かうとしよう」


 長秀たちが諸将へそう告げると別働隊はハダ城へ向かうため去った。当然、ヌルハチたちも斥候を通して捕捉している。それでも何が起きてるのか理解できない。何しろ5万の大軍だ。


 撤退する前触れなのか、それともハダ城を攻めるとも考えられる。仮にハダ城を攻めるための兵力分散であれば、背後より脅かされる前、打って出る他ない。相手が2万なら十分勝てると判断したのだ。


 ヘトゥアラ城で打って出るべし、という結論が出るまでの間、幕府軍と野人女直勢は近い場所へ陣を構築しつつあった。


「陛下、敵方は馬を後方に、歩兵を前面に展開しておりますぞ」


「倭寇共は陸での戦い方を知らぬのか。しかし油断はならぬ。ウラ国やイェへの軍勢へ奇襲や夜襲を試みても全く隙がなかった。城を前にしても柵や櫓を作ったり用心深い奴らじゃ。先ずは遼東の兵が正面より弩弓で敵の前備えを崩し、後は我らが突撃するまで」


 ヌルハチは家臣にそう告げると出陣の触れを出した。


「ほぉ、やはり合戦してくれるようじゃな。ハダ王や遼東総兵は背後を脅かされる前に何とかせねばなるまいしのぉ。先ずは門前の虎退治をせねば、仕方あるまい。遼東勢は弩弓、両翼からマンジュ国とホイファ国の騎兵であろう……」


「殿、大砲は重たいのかまだありませぬな」


「総裁様の話では明の大砲は馬30頭分以上もあるそうじゃ。こんな山奥に短い日数で運んでこれまい。弩弓だけ防げば良かろう。左近(島左近)よ、敵の陣備えが終わりそうな頃合いで鉄砲足軽を一町(約110m)程下がらせるべし。敵が柵まで進んできたら鉛を馳走して進ぜよ」


「はっ、心得て存じます」


 数時間後、遼東勢が柵へ向かい前進してきた。幕府軍は袋に入れてた鉄砲を取り出し、発砲準備に取り掛かる。そして一斉に火を噴いた。轟音が鳴り響く中、次々に遼東勢は倒れ、叫び声を上げている。


 離れた所から当たっても、一撃で絶命することは少ない。逆にいえば即死出来なければ悲惨だ。止血も出来ず、苦しみながら出血多量で死んだり、動けずに倒れておるところ、止めを刺される。


 逃げ惑う兵たちで隊列は乱れ、混乱状態となっていた。前列にいた槍を持った兵たちは逃げ、後列の弓兵と揉み合いとなり、そこを鉄砲が襲う。もはや半狂乱状態であり、異常な光景だった。


「一体何じゃあれは……。煙を吐く、あの筒から何か出ているようじゃな。もはや総崩れではないか。何とか敵の前備えを崩せば勝機はある」


 ヌルハチは逃げる遼東勢の横をすり抜け、柵へ接近した。しかし、容赦なく鉄砲が襲い、騎兵も右往左往している。時折、幕府軍の櫓から布の付いた弓の矢が飛ぶ。この辺りを狙えという合図であった。先程からヌルハチの居る辺りに布矢が仕切りに飛んでくる。


 柵の間際まで前進している幕府軍鉄砲足軽はマンジュ軍を徹底的に狙い撃つ。ハダ王メンゲブルは戦闘する事もなく撤退を命じたが、やはり逃げ場所がない。山間部に川が流れる狭い戦場とあってヘトゥアラ城へ通じる隘路は兵士で溢れかえり、将棋倒しとなっている。


 今回の戦いについて、敵兵が武器を捨てない限りは攻撃しても良いとされていた。柵の外に出た足軽鉄砲兵は両翼の騎兵を徹底的に狙い撃つ。こうして3時間ほど一方的な殺戮が繰り広げられ攻撃は止まった。


「左近よ、どれほど仏になったかのう」 


「恐らく、敵の7割程か、と……」


「2万3千居ったであろ」


「1万6100となりますな」


「わかっとる。口にするでない。まあ念仏(一向宗)ども相手には、相当酷い事をしたが、兵士をこれだけ仏とするのは初めてじゃ。まだ生きていても助かる見込み無い者は見つけ次第、慈悲を……」


「畏まりそうろう」


 ヘトゥアラ城への追撃は3日後とされた。ヘトゥアラ城への隘路が死体の山で塞がっているためだ。黒鍬衆たちが遺体から甲冑や衣服を剥ぎ取り、戦前に寝返ったマンジュ国の者や降伏した兵へ遺体処理を命じる。鉛は貴重なので弾も拾われた。


 夕刻になり首実検が始まる。そうはいっても大半は鉄砲で殺されており、組み付いて首を取られた者は少ない。無数の遺体からヌルハチ、メンゲブル、遼東総兵も確認された。


 一方、ヘトゥアラ城は修羅場となっていた事を長秀は知る由もない。ヌルハチとメンゲブルが戦死並びに両軍はほぼ壊滅したとの報が届くと遼東勢は総兵が居なくなり、統制など取れず野盗と化した。


 特に正規兵の軍戸ではない李成梁時代からの私兵はヘトゥアラ城の財貨を根こそぎ略奪し、去ったのだ。イェヘ東城主ナリムブルの妹モンゴジェジェはヌルハチに嫁ぎ、出産目前であったが兵士たちに凌辱された上、嬲り殺されたという。そして城は放火され灰燼に帰したのである。


 こうしてヌルハチの一族は絶滅し、マンジュ国は壊滅した。


 翌日、幕府軍は朝から遺体の処理を行ったが、この日も終わらず、片付いたのは合戦の翌々日。簡単な供養塔を作り従軍兵士が経を唱えた。


 ヘトゥアラ城も検分し、同じく供養をする。その後、長秀は将兵を労い酒宴を催した。そして翌日、撫順を目指したのである。

 

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