第175話 丹羽長秀、荒野を南下す

 黒龍江を遡る幕府遠征艦隊は約1ヶ月ほど掛かり、ようやく栄河城へ到着。森長可や滝川一忠たち将兵は栄河城を見て愕然となった。日本国内においては全く見た事のない城郭である。


 それも、そのはずだ。幸田広之がオランダの城塞都市ナールデンを参考に図面を描き、築城の名手丹羽長秀が実戦経験を元に普請した城であった。大きな五稜郭内に城塞都市がある。


 五稜郭のような要塞は星形要塞や稜堡式城郭と呼ばれ15世紀以降のイタリアで発生した形態だ。無論、火砲に対応する必要から考案されている。日本や中華王朝の城とは設計思想が全く違う。


 外堀は黒龍江から引き込んだ水が満たされていた。それを越えると巨大な土塁と煉瓦造りの角面堡などがあった。


 時間、資材、人夫、気候などの制限下における急ぎ普請であろうが、攻め落とすのは難しいはず。よくぞ、こんな城を作ったものだと感心する他ない。


 城外にある普請の指揮所に織田家重臣(直参)、長可と森家重臣、一忠と滝川家重臣などが挨拶するため訪れた(※沿海府で滝川一忠画と合流した後、同じ船で来た)。


「遠路ご苦労じゃな。待ちかねておったぞ」


「また随分堅そうな城ですな」


「鬼武蔵よ、こちらは広いからのぉ。戦い方も日本とは違う。明と女直が大砲を持って攻めてくることも考えねばならぬ。本丸から少しでも遠くに相手を撃てる出丸を作らぬとな。それはそうと三九郎殿(一忠)の後ろに控えておるのは慶次郎(前田慶次郎利益)ではないか。近うよれ」


「大納言様、ご無沙汰しております。叔父上(前田利家)もご壮健でなにより」


「真田殿(昌幸)も居るのぉ。源二郎(真田信繁=幸村)殿は先の戦いでは武功を挙げておるぞ」


「はっ、当家の誉れでございます」


 その頃、森長可たちが率いて来た艦船にウラ国の家臣たちが乗り込み、馬の対価及び軍資金として受けとる商品を見ては驚嘆していた。受領に関しては角倉了以の手代が帳簿を作っている。昨年、手形の決済や商品売買(物々交換含む)などを管理するため送り込まれたのだ。


 他にもウラ国へは測量するための要員も送られている。ウラ国を拠点にホイファ国付近への測量も行われているが、これらを指揮するのは徳川家家臣服部半蔵正成だ。正成の配下は既にホイファ城やヘトァアラ城近辺に潜伏していた。


 数日後、長秀たちとウラ国の者は大量の物資を積んだ船で栄寧へ向かった。そして永寧を経てウラ国に至ったのは西暦1592年6月下旬の事である。


 その頃、幸田孝之や徳川家康たちは牡丹城と丹江城に着いていた。さらに、栄明城への第2陣も到着し、丹江城を目指している。その間にも松花江から牡丹江をへ経て栄河城からの物資が続々と丹江城へ運びこまれた。


 そしてホイファ国へ幕府軍、ウラ国軍、シベ部勢、スワン部勢、野人フルハ部を率いる北河国軍、白河国王三男エドゥンが率いる野人ウェジ部勢とワルカ部勢(極少数)など、およそ7万5千ほどの軍勢が雪崩込んだ。

 

 マンジュ国のヌルハチはおよそ7千、イェヘ国のナリムブルもおよそ1万でホイファ国南部へ接近。しかし斥候の報告を聞いて動きが止まった。そうこうしているうちにホイファ国王バインダリは城を捨てて逃亡したがマンジュ国の兵に捕まり連行されてしまう。ヌルハチもヘトゥアラ城へ兵を引き返す。


 ホイファ城に入った長秀はイェヘ国王のナリムブルと西イェヘ城ブジャイを招き会談を行った。当然、暗殺を恐れたナリムブルとブジャイは人質を要求し、ウラ国王マンタイの嫡男チョフリ(撮胡里)がイェヘ側に身を預ける事で実現したのである。


 しかし内容は対等とは言い難く、イェヘ国が領有するシベとスワンの一部を全てウラ国へ割譲したうえ従属すべしという屈辱的な内容だ。その上、東西イェヘ城主は引退せよ、という到底呑めない条件を突きつけた。


 これに対してイェヘ西城主ブジャイはナリムブルと別個に会談を申し出てきた。


「予も趨勢を顧みぬほど愚かではございませぬぞ。そもそもナリムブル殿はイェヘの国王を自認されているが、先代国王は我が父であり、現国王も予にて間違いなきこと。されど国王とは名ばかり。然るにナリムブル殿は武人としての才ありて、傾いた我が国を立て直した功労者。ナリムブル殿無くては成り立ちませぬ。しかし最近は、イェヘ東王国王と名乗り始め、さらにフルン・グルン国王だと吹聴する始末。残念ながらナリムブル殿と張り合うほどの力はございませぬ。そこでマンタイ殿の弟君ブジャンタイ(布占泰)殿を我が娘ドゥンガ(東哥)の婿養子に迎えようと致しました。ブジャンタイ殿は若くしてフルン中にその名を轟かせる人物……」


「その話は日本に居るマンタイ殿の次男ナムダリ殿より聞いておりますぞ。結納まで済ませながら話が立ち消えたとか……」


「然様、それはナリムブル殿がブジャンタイ殿の器量を警戒し、反対されたからに他なりませぬ。女直や蒙古は族長あってこそ。器量の劣る族長には誰も従わず、絶えず離合集散を繰り返しております」


「それならば、改めてブジャンタイ殿をドゥンガ(東哥)王女の婿養子として迎えられよ。ブジャンタイ殿はイエヘ東城に入られ国王となり、ブジャイ殿はイェヘ西城を実子のブヤング殿へ譲り後見なさればよかろう」


「異存はござらぬ。何とぞブヤングとドゥンガをお頼み申す」


 その後、丹羽長秀、徳川家康、幸田孝之、北河国王、マンタイ、ブジャンタイ、ブジャイ、ナリムブルで話し合いというか一方的に処分が言い渡された。ナリムブルは渋々同意する他なく、城の明け渡しに応じ、身柄拘束となったのである。


 こうして、連合軍はイェヘ国の軍勢とホイファ国の服属した残党も加え、ヘトゥアラ城へ向かう事が決まる。長秀は孝之と2人だけで未来の知識を元に相談していた。


「イェヘについては左衛門の読みと違う形になってしまったのぉ。されど、これでイェヘはウラに併呑されるわけでもなく、都合が良かろう。フルン・グルンが全てまとまっても厄介じゃ」


「これからヘトゥアラ城ですな。城自体は造作もないはず。何処の国でも伸し上がる武人は考え方が似ております。奇襲が好きだと左衛門殿は申してましたが、夜襲や釣り野伏せとかしてきそうですな」


「マンジュ国は伊賀や伊豆のようなものじゃろ。何処から襲われるか分からぬとは困ったものよ。勝手も分からぬし、先ずはウラとイェヘに先行して頂こうか。我らは大砲(カロネード砲タイプ)もあるしな」


 長秀たちはヘトゥアラ城を目指し南下するのであった。


 









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