第174話 ウラ国王マンタイの使者
ウラ(烏拉)国は支配下にある蒙古系遊牧部族のシベ (錫伯)、またはスワン (蘇完)部なども総動員して馬を買い集めた。ホイファ (輝発)の族長でさえ馬を売る者が後を絶たず、2万頭を超える未曾有の数だ。
シベやスワンは滅ぼした際、ウラ国とイェヘ(葉赫)国で分割しており、境界線が未だに曖昧で小規模な紛争を引き起こしている。しかし、ウラ国は日本からもたらされた大量の物資を元手にイェヘ側であるシベやスワンの族長へ浸透しつつあった。
明国の女直向け馬市(互市とほぼ同義)は現在2ヵ所ある。海西女直は開原南関、建州女直は撫順がそれぞれ指定の馬市となっていた。元来、この馬市へ参加するための勅書(貢勅)を巡って女直の各勢力は抗争を繰り広げてきたのだ。
なのにウラ国が開原南関馬市に姿を見せなくなった。海西女直への勅書発給について窓口となっているのは海西フルン四部(扈倫=フルン・グルン)の盟主たるイェヘ国のナリムブル国王(那林孛羅)やハダ国(哈達)のメンゲブル (蒙格布祿)国王である。
特にハダ国は明国と懇意であり、開原南関馬市を管轄していた。しかしウラ国は常にハダ国を圧迫している。結果、ハダ国は海西女直の盟主として絶大な力を行使出来るのだ。
ところが昨年より状況は一変した。ウラ国が馬市に全く現れないばかりか、シベやスワンの大半が殆ど姿を見せない。また蒙古系部族からも馬は流れてこなくなっている。それと連動するかのように野人女直からの皮や朝鮮人参も流れてこないのだ。馬市へ運び込まれる頭数は例年に比べると明らかに少ない。
明国側も流石に異変ありと察し、イェヘ国やハダ国へ使者を送り、詰問した。謀反の兆候と考えたからだ。こうして倭寇が野人女直の地を荒らし、ウラ国は結託していると結論づけられたのである。
ウラ国では国王ナリムブルが困惑していた。
「陛下、ウラ国から使者が参っております」
「噂をすれば何とやらじゃな。ここへ通せ」
「盟主に置かれましては、お目通り頂き……」
「勿体ぶらずともよい。用件を伝えよ」
「ははっ、我が国は野人フルハ(虎爾哈)部の北河国と盟約を結んだ次第。北河国はかねてより日本国と盟約を結んでおります。我が国もこのほど日本国と盟約を結んだことにより三国同盟と相成りました」
「何じゃと。日本とは倭寇の事であろう。東海の果てにある賊徒如きと手を結ぶとは笑止千万。フルン・グルン(フルン四部)に盾をつくつもりなのか。明国も既に謀反と見做しておる。マンジュ(満州国)のヌルハチは李成梁が失脚して以来、後ろ盾が無くなり、明国へ忠誠を示そうと躍起でな。倭寇討伐を申し出ている。我が国とハダには開原巡撫よりホイファ (輝発)が攻められるような事あらば、必ず救援すべし、と厳命されておるわい。ヌルハチも同様の命を受けてるやも知れぬ。マンタイ殿は正気であろうな」
「僭越ながら申しあげます。我が主は陛下より賜ったご厚恩を忘れることなどございませぬ。今でもフルン・グルンの盟主であり、ナラ氏(那拉)の頭領であると仰ぎ見ている所存。英名の誉れ高き陛下がよもやヌルハチ殿を信じなさるのでしょうか……」
「如何なる意味じゃ」
「陛下は昨年、フルン・グルンの代表としてマンジュ国へエルビン(額勒敏)とジャクム(扎庫木)を割譲せよ、と使者を送られました。我が国へ既にマンジュ国の使者が来ております。ホイファ国と白山部の分割を提示いたしました」
「それは誠であろうな。もとよりヌルハチなぞ信じておらぬ。しかし、マンタイ殿の所業も見逃せる道理がない。このままでは明国へ申し開きが出来ぬであろう。直ちに倭寇と手を切り、フルハを攻められよ。さらにウラ国領のシベやスワンを全て割譲致せ。それで明国とは話をまとめる。そしてフルン・グルンの総力を結集し、マンジュを攻めるのじゃ」
「陛下が朝貢、勅書、馬市などを気に掛けるのは当然かと存じます。然るに我が国は日本国と五分の立場で貿易を行っており、勅書なども必要ございませぬ。日本国は金、銀、銅、布、胡服、薬、煙草、香木、農具、茶、砂糖、塩、醤油、味噌、米、麦、豆、油、乾物など、あらゆる物を用意しております」
「今、申した事は誠なのか……」
「日本国は明国より遥かに豊かな国でございます。3千万人の民が豊かに暮らしており、下僕でも茶を飲んでおるような国。兵の大半は弓矢でなく鉄の弾が出る鉄砲と申す物を持っております。失礼ながらイェヘ国は先年、李成梁に攻められた際、大砲で城壁を破られてございますな。あれより優れた大砲を沢山持っておりまして……」
「もう良い。聞き捨てならぬ話じゃ。日本国王を我が臣下には出来ぬか」
「日本国には天皇という明国皇帝のような存在が君臨しており、現在は107代目。初代より2225年も経っております。つまり周の時代から続く国ですな。今、女直の地に居るのはおよそ8万ほど。夏には2万ほど来ます。それとて日本国からすれば斥候のようなもの」
ナリムブルは使者の声がもはや聞こえないほどの衝撃を受けていた。
「つまり予なぞ取るに足らないというのじゃな……」
「日本国は我が国や北河国とも約定を結び、対等な関係を求めております」
ナリムブルはしばらく考えたいと告げ、使者を下がらせた。イェヘ国は東イェヘ城と西イェヘ城があり、ナリムブルは東イェヘ城主だ。西イェヘ城主はナリムブルの従兄弟のブジャイ(布寨)で、国土は2分されている。
もっとも主導権を握っているのはナリムブルだ。ナリムブルが事実上の国王と内外で認知されており、東西のイェヘはほぼ一体である。それでも重要な事はナリムブルの独断で決めれない。
ナリムブルは直ちにブジャイを呼び協議した。かなり紛糾し、なかなか話がまとまならい。突然現れた日本へ全面的に依存するのは危険であり、ホイファが攻められた場合、援軍を出すが交戦せず、様子見という消極的な結論しか導き出せず終わった。
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