第173話 大坂庶民の飲食事情

 食の都大坂には浮世離れした食生活を堪能している幸田家の家族みたいな人たちも居れば、日払いの給金で暮らしている庶民も居る。それでも地位や所得相応に飲食を堪能出来るのが大坂なのだ。


 今回は幸田家の中間である吾平から話を始めたい。中間は小者の上である。先ず小者だが、武家社会の下層に位置しており、江戸時代後期は口入れ屋(現代でいえば派遣会社)を通して奉公する場合が大半だ。


 小者の上に中間がおり、両者は江戸時代に折助などと呼ばれた。これらは武士ではない。その上の足軽も戦国時代であれば兵卒である。しかも、江戸時代になると足軽の大半は無用となった。


 江戸時代の将軍家や各大名家において多少の運用違えど、上士は騎乗資格のある騎士と騎乗資格のない徒士。この内、騎士は御目見得出来る身分である。また上士でも御目見得以上は知行取りで徒士は蔵米取りだ。


 将軍家の御家人は徒士に相当する。しかし御家人は全員が蔵米取りではない。知行取り、蔵米取り、給金と分かれた。さらに与力と同心は抱席といわれ原則一代限り。与力は御家人であり、徒士に相当。同心は足軽相当だ。 



 与力は御家人(内与力を除く)なので役から外れても困らないが、同心は収入が途絶える。ただ、抱席といっても原則なので実際は世襲されるか旗本株や御家人株は売買されていた(売買といっても株券があるはずもない。大抵は養子を装うと思われる)。


 例えば勝海舟の血筋は元々越後の農民である。山上徳左衛門益平(農民)→七男・米山検校(鍼医。成り上がって朝廷から検校を買う)→九男・男谷平藏忠恕(御家人株取得※方式は養子だと思われる→後に旗本)→三男・勝小吉(旗本・勝甚三郎元良の末期婿養子。勝家も元々は御家人の家柄で内実は株取得と同じだと思われる)→長男・勝麟太郎(海舟)。


 鬼平犯科帳でいえば、長谷川平蔵は400石(役料は別)の知行取りで御目見得身分。与力は御家人であり、徒士に相当。同心は足軽相当だ。 


 さらに下士は歩卒の足軽である。明治時代になって、与力は士族となったが同心は卒族という扱いだ。近代的な軍制でいえば上士の内、騎士は士官で、徒士は下士官にあたる。そして下士は兵卒という事になる。同じ軍人にせよ立場は当然違う。


 各大名のいわゆる藩校は上士でないと入れない場合が大半のはず。逆にいえばそれなりの禄高でないと藩校に入れるだけの十分な教育は厳しい。仮に下士だろうと優秀であれば上士の養子などという場合もあったという。


 中間と小者の区別は微妙だが、幸田家の場合、中間は主人である幸田広之や五徳などのお供をしたりする。駕籠担ぎも重要な仕事だ(身分高い人間の場合、駕籠とはいわない)。駕籠を担ぐことを陸尺や六尺などというが、これは中間や小者を指す場合がある。


 しかし、小者は基本的に屋敷での仕事が中心であり、それ以外は荷物の運搬とかを行う。小物が屋敷内で行うのは水汲み、洗濯などだ。


 広之や五徳は中間と小者の名前を知っているが口にして呼ぶ事はない。そもそも直接用事をいいわたす事はなく、小姓や女中が取り次ぐ。また、江戸時代の中間などは大名屋敷内の中間長屋における博打が有名だ。


 しかし、幸田家の中間は待遇が良いため身なりもよい。渡り中間なども居らず、素行もまともだ。


 幸田家の本屋敷は大坂城の二の丸に位置しており、ここに屋敷を拝領する者は極わずか。さらに二の丸内には総裁としての役宅がある他、三の丸外側の惣構え内に2つの屋敷を所有していた。この他にも商家としての屋敷は船場にある他、各地に詰所がある。


 上士の騎乗資格レベルにあたる家臣は自分の家から本屋敷や役宅へ通う。本屋敷に常駐してるのは女中、一部の仲居・料理人・中間・小者などだ。幸田家の家族があまりに多いため、中間の人数も膨れ上がっており、上屋敷、役宅、惣構え内の別宅と分散して住んでいる。


 さて、始めに紹介した吾平だが、中間頭を務めており、他家の中間や足軽とは比べものとならない給金取りだ。ある日の吾平を追ってみよう。


 この日、吾平は非番という事もあり、難波・尾張堀界隈を散策し、申の刻茶が行われている時間に中間長屋へ戻ってきた。本屋敷の中間部屋は大部屋で中間長屋があるのは惣構え内の別宅だ。こちらには独身者家臣の長屋や書生の大部屋もある。


 吾平は帰りに油揚げ、砂抜きあさり、紀州産の春蒔き長葱などを買って来た。さらに、天秤棒担いでまわっている魚屋からメバルの3枚卸しと尾頭付きの2尾を買っている。長屋共有の台所は小さく、自室の火鉢が頼りだ。


 いくら中間とはいえ天下の幸田家に仕える端くれである。やはり、舌が肥えており、普通の中間とは違う。先ずは長葱を刻み、味噌と味醂を合わせ練り込む。それを油揚げに切り込みを入れて、中に挟んだ。さらにメバルの身を刺し身にする。そしてメバルの肝を醤油に浸した。


 油揚げを火鉢で焼き上げ皿に置くとメバルの刺し身を肝醤油に付けて食べる。次に油揚げも頬張り日本酒で流し込む。厚めの油揚げは味噌と葱が合わさり実に美味い。メバルも肝醤油で食べると最高だ。


 油揚げを焼き終えた火鉢の火力を少し強め、大きめの鍋を置く。そこへ日本酒と菜種油を注ぎ、少し塩を加える。さらに鱗と腹わたを取り除いたメバルを鍋の中へ置いた。火が少し通ったら、あさりを敷き詰め、その上に斜め切りした長葱を散らし、蓋をする。


 かくしてアクアパッツアもどきが完成した。これなら高価な鰹節や昆布を使うまでもない。メバルとあさりから極上の出汁が溢れ出す。さらに日本酒の風味がたまらない上、菜種油でより濃厚となっている。


 今日の出来栄えに満足しつつ吾平はアクアパッツアもどきを堪能するのであった。梅雨前の時期は食材的に微妙であり、そういう時期こそ創意工夫しなければならない。


 こうして吾平の宅呑みは続くのであった。



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