第172話 ウラ国王マンタイの決断
ウラ(烏拉)国は海西女直の中でもフルン(扈倫)四部と言われる国だ。最盛期には30万の人口を誇った強国である。昨年、国王のマンタイ(満泰)は5千騎で北河城を襲った。
しかし丹羽長秀が率いる幕府軍との合戦で惨敗を喫する。その後、長秀や北河イルゲンギョロ(伊爾根覚羅)氏と和睦を結ぶ。マンタイは次男ナムダリ(納穆達里)と長女アブタイ(阿布泰。史実では男性)を日本へ自発的に送り込んだ。
流れを見定められず修正出来ないまま没落する例は古今東西枚挙にいとまがない。また、修正して大躍進する例も数多いといえる。マンタイの方向転換は迅速だった。
巨船と鉄砲の威力を目の当たりにした結果だ。人質や服属を要求せず無制限の馬市という破格の高待遇も当然魅力的である。結果、長秀はウラ国へ大量の商品を送って寄越した。
これらを蒙古系部族の馬と交換したのである。海西の弱小部族や野人ワルカ部の族長には交換の品として馬の他、皮や朝鮮人参を要求。国が傾く程の敗戦を喫したのにも関わらず、途方もない利益がもたらされたのだ。
海西女直は平野部の民であり牧畜主体である。食物の生産もしてはいるが、どちらかといえば牧畜優先だ。日本において国力の基礎は石高であり米は代用貨幣といえる。一方、海西女直にとって馬こそ貨幣そのもの。
羊を放牧させるため移動生活を行う部族も居る。しかし大半は馬を飼いながら定住していた。移動する場合も限定的だ。なので、日本の農民が水利を巡って争うように、牧草地の利用は時に紛争の火種となる。
これは、あくまで海西女直の話だ。建州女直などは冬季と農繁期で住居を移動することがあっても定住生活の上、放牧するほど広大な牧草地とは無縁。日本の山里同様、蕎麦や雑穀などを栽培しており、生活様式は朝鮮や明に近い。
無論、牧草地でないと馬の飼育が出来ない事もないだろう。しかし要件は異なってくる。海西と建州の何れも馬は居るが、生活の根本において比重は違う。何れにしろ、女直の城は小さく、食料に難があるため、籠城戦より短期決戦型だ。
さて、建州や海西も何かと農作業に忙しい時期となっていたが、各地の勢力はいよいよ異変を察知せずにはいられなかった。先ずウラ国には栄河城の長秀より日本から2万程到着しており、3万が間もなく到着すると知らせてきたのだ。
女直が欲しがる胡服、農具、鍋釜、包丁を始め、米麦、茶など大量に積んでいるという。さらに夏頃、もう2万程、来るとの内容だ。しかも、使者には日本へ行ったウラ国王の家臣も一緒であった。ナムダリとアブタイの書状も携えており、日本での生活ぶりが記されていた。
「陛下、10万もの兵とは恐るべき数ですな。それも船で2ヶ月ももかかるような遠路から、かような数が来るとは……」
「日本から戻った者によれば日本の船は天竺にまで行ってるという。国のあちらこちらに立派な巨城があり、人の数は尋常でないそうじゃ。下僕でさえ茶を飲むらしい」
「日本は既に栄寧城や牡丹城を作るなど着々とワルカの領域を侵し、ホイファへ近づいておりますな」
「然様。我らもそろそろ旗色を示さねばならぬ。無論、日本側にな……。日本は南北に長く、作物も暑さや寒さに耐えられるよう、それぞれ改良しているという。沿海府や栄河では既に様々な作物を栽培しており、女直の地が飢えぬようにして明に侮られない国とすべく助力し、その暁には日本人の農民や商人を入れさせて欲しいそうじゃ。従属や献納は求めず対等な関係で構わぬという」
「それが誠なら結構な事でございますな。我ら女直は明や朝鮮の官位・役職を欲しがり、序列や家名とかうるさい。対等とはまさに破格の待遇」
「倅と娘は丞相のような人物の屋敷へ寄寓しておるそうじゃが、法に厳しいという。今回、日本との修好通商条約と安全保障条約という約定の素案も届いたが誠に細かい」
『日烏修好通商条約』
第1条――今後、日本とウラ国は友好関係を維持する。両国は織田幕府首府(大坂)へ外交官をおき、また指定された都市に領事を置くことが出来る。外交官・領事は自由に両国内を移動出来る。
第2条――ウラ国と女直各勢力の間に問題が生じた時、フルハ部以外、日本国はウラ国を全面的に支持する。ウラ国は領内を航行する日本船に対し、便宜を図る。
第3条――ウラ城、栄寧、栄河、栄明、牡丹を貿易場所として開放する。両国の領内を貿易船や隊商が移動する際、便宜を図る。これら開放地に、両国人は居留を許され、土地を借り、建物・倉庫を購入・建築可能である。但し要害となるような建築物は許されない。このため新築・改装の際には両国の役人がこれを検分出来る。居留出来る場所(外国人居留地)に関しては、領事と同地の役人がその決定を主なう。両者にて決定が困難な場合は、ウラ国政府と日本国公使の討議によって解決する。居留地の周囲に囲い等を作る事なく、出入りは自由とする。上記都市以外へ移動のための滞在(逗留)は可能であるが居留は認められない。両国政府間以外の商人同士による取引は自由である。役人が不当な介入は出来ない。在留両国人は、居留する都市において両国人を雇用することが出来る。
第4条――商人間の武器取引は両国の政府及び役人へ届け出と許可が必要である。
第5条――両替通貨は明銭、宋銭、元銭、天正銭、銀、金とし、交換比率は日本国内に準拠する。
第6条――日本人に対し、犯罪を犯したウラ国人は、日本国領事裁判所にて日本の国内法に従って裁かれる。ウラ国人に対し、犯罪を犯した日本人は、ウラ国の法によって裁かれる。判決に不満がある場合、日本国領事館はウラ国人の上告を、ウラ国領事館は日本国人の上告を受け付ける。
第8条――両国人は信仰の自由を認められるが、居留地内に信仰施設を作っても良い。施設の破壊及び論争・否定は行なってはならない。居留地・居留民以外へ布教活動をしてはならない。
第9条――居留地を脱走したり、裁判から逃げたりした両国人に対し、両国領事は両国の役人にその逮捕・勾留を依頼することが出来る。また領事が逮捕した罪人を、両国の獄舎での勾留を求める事が出来る。両国領事は、居留・来訪した両国人に対し、両国の法律を遵守させるように努める。
第10条――両国か戦争をしている国へ、軍用品は輸出・提供してならない。
第11条――条約内容は必要に応じて見直す。その場合には1年前に通達を行う。
第12条――本条約は◯年◯月◯日より有効である。
条約文は、漢語、蒙古語にて作成し、その内容は同一であるが、漢語を原文とみなす。
これらの条約素案はウラ国王や重臣たちが徹夜で精査した結果、批准する事となった。
「倅と娘は両人ともしばらく日本へ留まり学びたいそうじゃ。他にも重臣の子弟を大坂へ送ろうと思う。公使館を作らねばならぬしな。栄河城には既に常駐させておるから、栄明、沿海府、函館にも人を送る手筈を整えよ。夏にはホイファはおろかマンジュ国も消えて無くなるやも知れぬ……」
「日本は今のところ我が国対象の条約を示しておりますが、何れはフルン四部どころか海西全体を視野に入れておるでしょうな」
「その通りじゃ。イェヘのナリムブル殿はマンジュ国を征伐すると息巻いているが日本やフルハも援軍として使えぬか、などと申しておる。まだ、日本がどれだけ強大なのか理解しておらぬからな。日本の使者を挨拶するためウラ城に寄越せとか献納がどうしただの……」
「あの鉄砲を大量に所持した10万の兵など見ぬまで信じぬでしょうな」
「それが命運となろう。予の決意はもう固まっておる。イェヘナラ(葉赫那拉)氏はナラといっても血筋的には蒙古でしかない。我がウラナラ氏こそ栄えあるナラ氏の正統。日本の力を借りてでも宿願を果たそうぞ」
軍役の作成に入るウラ国王マンタイであった。
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