第373話 慶長伏見地震

 西暦1596年9月1日(天正23年閏7月9日)、戌の刻(20時から21時頃)、伊予松山城では織田将軍家宿老岡本良勝と岡本家の主だった家臣が二ノ丸に詰めていた。


 史実では慶長伊予地震(天正だが史実通り慶長に改号するため慶長と表記する)が起きるためだ。伊予と土佐を領有する良勝は、この日に備え、入念な準備で臨んでいた。

 

 宇摩郡、新居郡 、周敷郡、桑村郡、越智郡、野間郡、風早郡、和気郡、温泉郡、久米郡 、浮穴郡 、伊予郡、喜多郡、宇和郡の計14郡、さらに土佐各地へ家臣を配置してある。


 領内では戌の刻に外へ出た上、一切火を使うなという触れが出されていた。領民たちからは迷惑だとの声が溢れ、笑い話の種となっている。しかし、戌の刻となってしばらく経ち、大きな揺れが発生した。


「殿、ご無事でございますか!」


「うむ、大事ない。皆の者も大事ないようじゃな。それでは手筈通りいたせ。我が家中の力を存分に知らしめよ」


 良勝の号令一下、直ぐに篝火が焚かれた。被害調査、消火、人命救助、壊れた橋などの修理、炊き出しなど、あらかじめ目的ごとに部隊が整理されている。


 まず大坂へ一刻も早く知らせるため夜間移動できる訓練を施された優秀な伝書鳩が数羽放たれた。さらに城下や近隣より伝令が次々と状況を知らせるため戦場並みの勢いで走り込んでくる。


 伊予を震源地とする地震だが、対岸の豊後、あるいは薩摩などでも被害が出た。各地で、伊予同様対応に追われたが、幸い死傷者は十分抑えられ、対策は功を奏したのである。


 そして、3日後に慶長豊後地震が発生。しかし、伊予と違い、豊後は3日前に起きた慶長伊予地震で相応の被害を被っていたところへ、続けざまの大地震のため、人々の不安は増すばかりだ。


 多くの仏教寺院や神社が被災・損傷するなか、豊後府内に滞在していたイエズス会士は信者へ仏や日本の神々による御加護が無いため、神社仏閣は我々の信じる神の裁きを受け云々とアジテーションした。


 その結果、大友家が改易された豊後騒動以来沈静化している宗教対立が再燃。大友家の改易と同時に野ヘ下ったキリスト教徒の旧臣たちが蜂起するなどした。


 被災民救助のため沢山備蓄されていた食料などを略奪し、山へ籠もったのである。これに対して仏教徒の住民も激怒。各地で衝突が発生し、多数の死傷者が出た。


 キリスト教徒が放火してまわったとか、井戸に毒を投げ入れ云々などという噂も流れ、騒乱状態となる。織田家の府内城代は作業を中断。鎮圧に乗り出す。


 蜂起した大友の旧臣は全て討伐。キリスト教徒も捕らえられた。しかし問題のイエズス会士は真っ先に逃亡。今回の出来事は慶長豊後地震における府内騒動などと呼ばれる事になる。


 後に取り調べが行なわれ、キリスト教徒と仏教徒の双方で逮捕者が多数出た。仏教徒の逮捕者の大半は自衛行為とみなされ無罪か猶予処分となり、キリスト教徒の逮捕者は大半が流刑を下される事になる。


 豊後で大きな地震が起きた翌日の1596年9月5日(天正23年閏7月13日)。子の刻(23時から25時)に大坂へ中部地方に至る慶長伏見地震が発生。


 こちらも寝ずに待機させていた将兵が迅速な対応を行なった結果、被害は最小限へ抑え込んだ。大坂や京の都では翌朝から復旧作業が始り、寺の境内や河原にて炊き出しも行なわれた。


 そして、約1ヶ月半後に改元され、天正から慶長となったのである。さて、慶長伏見地震発生から1週間ほど経過。復旧が進むなか、幸田広之は日中は大坂市中を巡回しつつ陣頭指揮を執っていた。


 約1ヶ月後には丹羽長秀たちが帰還する。それまでには街並みを回復させなければならない。大坂と京の都ではおよそ12万の将兵や無数の人足などが普請を行っている。


「大納言様(広之のこと)、御堂筋は明日にでも全て元通りとなります」


「さようか、次は堺筋と松屋筋じゃな。皆、疲れているであろうが、もうひと踏ん張りしてくれ。戦うばかりが武士でない。かような災難に際してこそ腕の見せどころ」


「誠に精が出ますな」


「これは角倉殿、都では世話になってるそうじゃない」


「いえいえ、私に出来ることなどさしてございませぬ。幕府の手際には驚いております」


 そういうや、角倉了以は自身が諸国より買い付けた物資の量・産地・搬入状況などを記した紙を手渡した。地震の予言が公表されるや了以は各地から膨大な量の物資を買い付けては京坂へ輸送し、側面から協力してきたのだ。


 出し渋り、高値で売る事も出来たが、買い付け当時の相場で卸している。しかも、便乗値上げが出来ないほど毎日運ばせていた。そのためパニック買いは起きていない。


 また、幕府は被災者へ度合に応じて被災者手形を発行している。それさえあれば、様々な配給を受け取る事が出来た。こうして、驚くべき早さで復興は進んだ。


 

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